忍ビ寄ル影ト冗談
「こんにちはー。」
ガラリと引き戸を開けて一護が顔を出す。 場所は浦原商店。 出迎えるはいつも通り「いらっしゃい、一護サン。」と軽い調子で笑う浦原喜助。 ―――今日は金曜日。 一護の検診日である。 「奥へどうぞ。」 「おう。」 浦原の促しに応え、一護は靴を脱いで男の後に続く。 その足取りは随分慣れたもので、ただ遊びに来ているようにしか見えない。 また一護本人もこの毎週行われる検査に大した意味などないと思っていた。 (つまりは俺とお前のことを検査してんだろ?ンなの、問題ある方が可笑しいって。) 白い彼は死神である一護に反発する存在『虚』ではないのだし。 信頼しきった様子でそう語りかければ、頭の中で同意の声が返ってくる。 『あたりめーだろ。もう何年付き合ってきてると思ってんだ。・・・それに崩玉を取り込んだとは言え、俺はお前に力を貸すだけで侵食する気なんてサラサラねーし、元よりその気が在るならとっくに実行してる。』 (だよなー。) 『ああ。でも他の人間にとっちゃ俺達の確信なんてそう簡単に信じられるモンじゃねぇってことなのかもな。俺からすれば浦原の奴は・・・まぁとりあえず保留するとして、少なくとも親父さんの心配はホンモノだろ。』 (・・・それが解ってるから、こうして真面目に検査受けてんだけどさ。) 『あとはテッサイさんのお菓子、だよな?』 (むしろそっちが本命。) きっぱりと言い切る相棒の態度に白い彼がケラケラと陽気に笑う。 脳内でのみ響くその音に一護も内心苦笑を漏らしながら意識を外へと向け直した。 「その辺りで適当に座ってくださいな。」 「・・・この辺でいいか?」 「結構っスよ。それじゃあ背中をこちらに向けてくださいな。」 「ん。」 畳敷きの部屋に入った後、一護は浦原に背を向けた状態で座布団に座る。 浦原も遅れて腰を下ろし、制服越しに一護の背中へと手の平を翳した。 上から下へ、下から上へ。 まるで病院に置かれた精密機器のように浦原の手が一護の背中を行き来する。 背中を向けているため、その間浦原がどのような表情をしているのか一護には判らない。 加えて――流石百年単位で生きた死神と言うべきか――その気配もまた、感情を読み取らせるものではなかった。 が、この部屋に来るまでに白い彼と雑談した通り、一護自身に何か悪いことが起こっている自覚はない。 それ故に殊更何かを心配することもなく、検査中は変に霊圧を上げたりすることが無いよう注意するだけだった。 あとは―――。 「なぁ浦原。」 「はい、なんでしょ?」 背中越しに語りかければ、普段通りのトーンで声が返ってくる。 そのまま、未だ背中に浦原の手の平を感じながら一護は続けた。 「この後だけどさ、久々に手合わせとかいいかな。」 「こんなに平和だと身体が鈍ってしまいます?」 「それもある。」 仮面の軍勢達のことなど全く気にもせず、一護は素直に肯定する。 ただし「それも」と言うことは別の理由もあるわけで。 浦原がそのことを指摘すれば、一護はニヤリと笑って――ただし浦原には見えないが――声を弾ませた。 「このまま検査が終わって帰っちまうのも勿体無ェだろ?折角いい場所といい相手がいるんだからさ。」 「それはそれは。」 一護に釣られるように浦原も声の調子を変え、楽しそうに告げる。 「一護サンにそう言っていただけるなんて光栄っスよ。それじゃあ今日は夕食もこちらでどうです?テッサイなら喜んで作ってくれるでしょうしね。」 「おお名案!あとで家に連絡入れるな。」 「了解しました。」 浦原がそう答えると同時に検査も終了したらしい。 スッと手が離れていくのを感じて一護は後ろを振り返った。 「終わった?」 「ええ、終わりましたよ。先に電話しときます?」 「んーそうだな。地下に居たら時間忘れちまうし・・・。」 独り言ち、一護は座布団の上から腰を上げる。 それを視線で追う浦原の表情には負の要素などどこにもない。 今回も検査に異常は見当たらなかったということだ。 チラリと横目でそれを確認した一護は「やっぱりな。」と胸中で呟き、電話をするために部屋を出た。 そのため部屋の中を振り返らず行ってしまった一護は気付けない。 残された浦原の顔がひどく厳しい表情になっていたことに。 「嗚呼、まただ。また乖離が強くなっていた―――」 浦原商店の地下勉強部屋にて、浦原と一戦交えた後。 一護はふと先日のことを思い出し、そう言えば訊くつもりだったなと死覇装姿のまま相手に語りかけた。 「浦原、アンタ『仮面の軍勢』の奴らのこと知ってる?」 「ええ知ってますよ。先日一護サンと接触しましたよね。もしかしなくても現在進行形で勧誘されてます?」 「なんだ知ってたのか。」 「そりゃあ一護サンのことですから。」 にこりと笑う浦原に、白い彼が『変態。』とボソリと呟いたが、浦原本人には聞こえないので良しとしよう。 あっそう、と返すと同時に、相手の霊圧探査能力の高さに少しばかりの賞賛を(心の中で)送る。 「ンでまぁ、あいつらの義骸についてなんだけどさ・・・」 まさかアンタとあいつらが知り合いで、しかもアンタが義骸を作ったとか言わねぇよな? と一護が問うと、浦原は帽子の奥で目をパチパチと瞬かせて笑い声を上げた。 「いや〜、一護サン勘が冴えてますね。」 「・・・え?」 (まさか・・・) 『マジなのか?』 まさかただ単に思いついただけの予想が当たっているとは思っていなかったため一護は驚きで白い彼と共に目を点にする。 しかも浦原はそんな二人に追い討ちをかけるかの如く軽く肩を竦めて続けた。 「あの方達の義骸は全てアタシが用意した物っスよ。何せ尸魂界では色々とお世話になりましたからね。特に猿柿サンとか、あと平子サンとか。」 『・・・猿柿ってのは確か仮面の軍勢のちっこいヤツだな。』 (まだ平子以外の仮面の軍勢には会ったこと無ェし、ちっこいとか言われても想像つかんぞ。) 『そりゃそうか。』 答える白い彼の声と被るように浦原が説明を付け加える。 「アタシが十二番隊の隊長になった時にね、平子サンが既に五番隊の隊長で、猿柿サンが十二番隊の副隊長だったんスよ。それに彼女には技術開発局でもお手伝いして頂きました。」 「もしかして平子以外の仮面の軍勢も皆、尸魂界関係者・・・?」 「ええ、そうなりますね。皆サン隊長だったり副隊長だったり。・・・まぁ仮面の軍勢が隊長や副隊長だったって言うより、隊長や副隊長を勤め上げられるくらい高い霊力を持っていたからこそ虚化されてしまったと表現するのが本当は正しいんでしょうけどね。」 「藍染に、か。」 一護の答えに浦原が「ええ。」と頷く。 「ご存知でしたか。」 「ギンに教えてもらった。」 「そうっスか・・・ああでも、他の仮面の軍勢に関しては些か説明不足だったみたいっスね。」 「まぁな。説明される状況が状況だったからさ。」 一護が市丸から平子の過去について聞いたのは平子が転校してくるという情報を掴んだため。 よって話題が彼の人物に絞られてしまったのも仕方の無いことだろう。 肩を竦め、一護はそう説明する。 そしてだからこそ浦原からもっと詳細を聞きたいとも。 「あいつらの目的は何なんだ?俺を仲間にしてどうしたいってんだ。」 (“同じ”仮面の軍勢発症者を助けたいだけなのか、それともまさか本当に仲間という名の戦力が欲しいのか・・・もし後者なら何に備えて?浦原なら知ってるんだろうか。) だが浦原は一護の問いかけに対して首を横に振った。 「残念ながらアタシは彼らの目的なんて知りません。義骸を手配したのも隊長格のよしみってやつと謝罪の代わりみたいなモンですしね。」 「謝罪の代わり?アンタ、平子達に何か余計なことしたのか?」 「余計なことと言うか・・・」 言って、浦原は肩を竦める。 「藍染の手で虚化が始まった彼らを何とかしようと、当時のアタシは万に一つの可能性に賭けてしまったんスよ。」 「万に一つの可能性・・・?」 「彼らを元に戻すため、それが不可能でも内なる虚に蝕まれる彼らを助けるためにアタシは崩玉を使ったんです。」 「なっ、」 自分の前に崩玉を使用されていた存在とその理由を知り、一護は驚きに目を見開いた。 白い彼も一護ほどではないが小さく『ほほう。』と呟いている。 「そんなことが可能なのか?」 「理論上は、とだけ言わせてください。」 既にその理論とは違う結果が出てしまっているからなのか、浦原はそう答えて自嘲を浮かべた。 「しかしそのため、彼らはそれ以前に作られ失敗作となった死神達と異なり消滅することも出来ず、虚の力を持った死神としてその存在を確定されてしまった。おまけに藍染と正面切って敵対してしまった所為で、あれよあれよとアタシも犯罪者扱い。テッサイも巻き込んで永久追放っス。」 「そんな、ことが・・・」 「思えば藍染には本当に散々な目に合わされてますねぇ。」 声のトーンを少し上げて浦原は暗い表情を払拭するように笑う。 こちらが浦原の自嘲に引き摺られないようにとの配慮だと気付き、一護はそんな相手に感謝しながら「まったくだ。」と軽く答えた。 「これで次は藍染脱走とかになったらどうするよ。」 「うわ・・・そんな嫌なこと考えさせないでくださいな。平子サン達のことならともかく――別に彼らとアタシ達が敵対しているわけでもありませんしね――、百年前のこと、朽木サンのこと、続いてもう一回なんて悪夢っスね。」 本当に辟易とした顔で浦原が項垂れる。 大袈裟な仕草と冗談混じりのその台詞に一護は笑い声を上げた。 確かに浦原個人にとっても完璧な疫病神である藍染がもう一度何かを仕出かすなど悪夢以外のなにものでもないと。 まるで他人事のように冗談を引き継いで告げる一護に、それならばと浦原は返す。 「ああ、そうだ。もし三度目があるとすればその時狙われるのは一護サンですよ、きっと。」 「げ・・・マジかよ。」 (もしかしなくても崩玉の所為か。) 『だろうな。藍染の目的は強い力を得ることらしいし。』 限界強度を超えて死神と虚の境界線を取り除く物質、それを何度失敗しても欲しがる藍染の姿は容易に予想可能だ。 せいぜい藍染が脱獄しないよう尸魂界側にしっかりしてもらわなくちゃな、と苦笑する白い彼に今度は一護が辟易とした表情を浮かべながら同意を返した。 「すみませんねぇ、一護サン。アタシの崩玉の所為で。」 「いんや、いいって。もし万が一そんなことが起こったらまた頑張って撃退するし。」 「期待してますよん。」 「はいはい。」 へらり・ではなくニヤリと笑う浦原におざなりな返事をして、一護は話をひとまず切り上げることにする。 大体のことは訊けたし、また新たな疑問が出てくればその都度尋ねれば良いだろう、と。 浦原もそんな一護の態度に倣い、また夕食の時間も近付いて来たということで本日の手合わせも終了となった。 その後、揃って勉強部屋から出る際、浦原は思い出したかのように「ああ、でも。」と一護の背に語りかけた。 一護は歩みを止めて後ろを振り返る。 「ん?どうかしたか。」 「いえいえ、一護サンが気にすることではないんでしょうけどね。」 「・・・?」 眉根を寄せる一護に浦原は穏やかに笑った。 「永久追放になったおかげで一護サンとこうして会話出来ているとすれば、そのことに関してだけは藍染に感謝してやってもいいなぁ・と。」 「・・・あほか。」 「そうっスね。」 くすり、と笑って浦原は帽子の位置を直し、一護に先に上がるよう促す。 一護はやや体温が高くなったように感じつつも気のせいだと胸の中で呟いて、ひょいひょいと素早く部屋から出て行った。 |