過剰ナマデノ心配性
「一護ちゃーん、昨日はお疲れさんやったねぇ。」
平子真子が一護を仲間に引き込もうとした次の日の朝。 黒崎家の前で登校前の一護を待っていた市丸がにこやかにそう告げた。 お疲れさん、とは純粋に昨夜現れた虚のことを言っているのだろう。 市丸も始終霊圧を探っているわけではなく、それ故に戦闘態勢でもなかった平子の霊圧が一護と接触したことに気付いている要素はない。 もし知っていたならばこのようなのんびりとした空気など纏えていないはずだ。 という一護の予想は当たったらしく、 「昨日の晩、やっぱり平子から誘われたぜ。仲間になれってな。」 「・・・はぁ!?」 ごく簡易的に一護がそう告げた瞬間、あわや市丸の目が見開かれるかというところまでいった。 「そんで一護ちゃん、大丈夫なん!?何かヘンなことされてへん!?」 「大丈夫だって。あいつらの仲間になる気は無ェって言ったし。・・・ま、アチラもそう簡単に諦めちゃくれねぇだろうーけどよ。」 どうせ今日も何食わぬ顔で学校に来ているのだろう、とオカッパ頭を思い出す。 ついでに肩を竦め、一護は鞄を持ち直した。 「おいギン、ンな突っ立ってねぇで学校行くぞ。教師が遅刻なんて洒落になんねーからな。」 「おっはよう黒崎くん!」 「おはようさん一護クン!」 順に織姫、そして平子。 昨夜のことなどまるで無かったかの如く、予想通り昨日の転校生・平子真子のまま織姫と似たような挨拶をしてくる男に、一護の目は半眼になる。 (めげねぇなあ。) 『アチラさんも仲間が欲しくて必死なんだろ。現世に“敵”がいないわけじゃねーんだからさ。』 (まあな。) 例えば、いや例えるまでもなく死神とか。 頭の中で白い彼に相槌を打ち、一護はひっそりと苦笑する。 視線の先では一護に挨拶を返してもらえなかった平子が「あれ?」とすっ呆けた表情をして、次いで織姫とスキンシップ過多な会話を始めている。 さすがに高校生にもなって男が女に抱きつくというのは問題あるのではないだろうか、と視線の先の二人に思いつつも、織姫に嫌がっている素振りは見えず、平子も“そういう”意味で接触しているわけではないので一護は静観。 だが同じく教室にいた啓吾はそうでもなかったらしく、「ちょっと待てコラァァアアアア!?」と声を上げている。 啓吾の叫び声と、それをのらりくらりと躱す平子。 どうやら織姫大好きを公言して憚らない千鶴も参戦したらしく、あっという間に騒がしさが増した。 織姫が本当に嫌ならそれなりの態度を示すだろうと言う平子に対し、彼女は嫌なことがあっても嫌な顔をしない子なのだと主張する千鶴。 そうすると織姫にとって一番被害を与えているのは千鶴本人ではないのか、と啓吾と同様のツッコミを胸中でしつつ、一護はゆっくりと席を立つ。 そろそろ止めないといけないような気がしたのだ。 (本匠が平子に手ェ出したらどうなると思う?) 『さぁな。平手でも拳でも案外普通に喰らってくれるんじゃね?』 (だと良いけど・・・) 平子が千鶴に対して何らかの良くない反応を示す可能性は決してゼロではないのも事実。 「正義を我が手に、豚共に死を!!!」と物騒な目で宣言する千鶴の脇を通り抜け、彼女が行動に移る前に一護は平子の二の腕を掴んで無言のまま教室を出る。 (念のため、な。) 『お優しいこって。』 「必殺千鶴ジェノ・・・え?」 「い・・・一護・・・?」 攻撃対象を奪われた千鶴及びそれを観戦していた啓吾達は突然の一護の行動にポカンと口を開け、特に何かを言うことも出来ないままその背を見送った。 このおかげでひっそりと「実は黒崎一護は女生徒に優しい熱血っ子」という噂が立つのだが、それはまた別の話。 「うおっ、なんやねん一護。こないな所に来て・・・。あ、もしかしてようようオレらの仲間になってくれるっちゅーことか?」 「ンなわけねーよ。」 はぁ、と溜息をつき、一護は渡り廊下にまで連れ出した平子を睨む。 平子もまさか昨日の今日で一護が態度を変えてくれるとは当然思っていなかったようで、残念がるフリをしつつも気落ちした様子は見られない。 「・・・でもホンマなんでそないにヘーキな顔しとるんや、自分。普通『仮面の軍勢』発症したら正気やいてられへんで。なんせ自分の腹ン中から別のモンが喰い破って出てくるようなもんやさかいな。そうやろ?」 チラリと真面目な視線を寄越し問うてくる平子に、一護は「さてね。」とあくまで軽い表情のまま肩を竦める。 それが気に入らなかったのか、平子は眉間に皺を寄せ、視線には見定めるような色が濃くなった。 視線如きで自分達のことが暴かれるはずもないが、それでも他人の双眸がじっとこちらを見ているとなるとあまり居心地のいいものではない。 眉間の皺を微かに深くして一護は溜息を吐き出した。 「あんまり睨むな。ってか俺だってお前らのこと全くと言っていいほど知らねぇのに、そうホイホイこっちのことばっかり教えてられるかよ。」 「そない言うんやったら、オレらのこと教えればそっちもその平気な顔の理由教えてくれんのかい。」 「それはそれ。・・・言ったろ?俺は信用してる奴に話すって。嘘か本当か判らないことだけ教えられて、だったら俺自身のことも・・・なんて言うほどこっちも馬鹿じゃねーつもり。」 「手厳しい奴やでホンマ。」 「褒め言葉として受け取っとくよ。」 苦い顔で視線を逸らした平子に、一護は口端を持ち上げて小さく笑う。 その数瞬後、視界の端に映った人影が一護の意識を捕らえ、思わずその名を呟いていた。 「・・・あ、たつき。」 この渡り廊下は校舎の二階同士を繋いでいるため、軽く人が寄り掛かっても大丈夫な強度の壁が設置されている。 ただし高さは腰と胸の間くらいまでであるため、目線と同じ位置にある景色は勿論のこと、少し見下ろせば下の中庭を歩く生徒達の姿も視界に捉えることが出来た。 そしてふと下を見れば、朝練を終えたらしい竜貴の姿。 彼女が教室に向かっているということは、朝のショートホームルームの時間が迫っているということだ。 (そんじゃ、戻るとすっか。) 少し時間を置いたことだし、千鶴も改めて平子に危険極まりない名前の攻撃を仕掛けることはないだろう。 いまいち(どころか“まったく”と言っていい程)平子のことを知らず信用出来ていないが故に、過剰なまでにクラスメイトのことを心配している己に胸中で苦笑し、一護は元来た方へ踵を返す。 気付いた平子が「おい、一護!?」と呼び止めるが、 「時間。まだこの学校でねばるつもりなら、それなりに学生らしくやっとけよ。」 一護は振り向かずそう応えるだけ。 内なる虚のことなど欠片も心配していないこちらの様子に平子が何やら悪態をついたようだが、気にせず一護の足は歩みを進めた。 己より五分遅れて平子が入ってくる教室へと。 |