波乱ノ近ヅク音
尸魂界から帰還して約一ヶ月が経った。
学校では相変わらず“市丸先生”が女子達の視線を集め、しかしながら本人は気にせず他人のいない所で一護を構い続けている。 また一護の週一回の検査in浦原商店が週二回に増え、それに比例して白い彼の口から飛び出す文句も増加した。 加えて具象化の回数も。 そんな、一護本人にとっては然程変わらないと称すべき日常の中、目に見える形で現れた異常を逸早く察知したのは市丸だった。 夕刻、誰も居ない空き教室の中で赤い光を浴びながら市丸は「それ」を一護に告げた。 「転入生・・・?こんな時期に?」 珍しいな、と呟く一護に対し、市丸は首を横に振る。 「問題は時期やない。転入して来た奴や。」 「・・・まさか藍染の仲間とか、」 「それはないけど、ある意味もっと厄介な連中かも知れへん。」 ハッと息を呑む一護に対し、市丸はゆっくりと首を振って否定するが、続いた台詞と表情はあまり良いものではない。 「“連中”言うても転入して来んのは一人みたいやけどな・・・でもボクの記憶通りなら油断出来へんお人やで。」 「一体誰なんだよ、そいつは。」 「一護ちゃんの“白いの”やったら知ってるんちゃう?むか〜し、喜助兄さんがまだ尸魂界にいた頃、五番隊の隊長やった平子真子って男のこと。」 「生憎、今お前が言ったことくらいしか知らねぇな。」 答えたのは一護に良く似た、しかし異なる存在の声。 しかも一護の頭に直接響くものではなく、市丸にも聞き取ることが出来るものだった。 あっ、と呟いて一護が視線を横にズラす。 予想通り、立っていたのは自分と色違いの姿形をした人物―――白い彼だ。 どうやら会話の内容を考えて市丸にも声が通じるよう具象化したらしい。 「なんや、キミでも知らんことあるんやねぇ。」 「まぁな。でも今回はお前が知ってるみてぇだから別にいいだろ。」 「そうやね。・・・で、話に戻るけど、」 視線を白い彼から一護に戻し、市丸は先を続ける。 「平子隊長な、あの人、藍染はんに実験台にされて虚化した死神なんよ。」 「・・・『仮面の軍勢』か。」 「そう。一護ちゃんとは違って正式・・・って言うてもエエんか判らんけど、本物の仮面の軍勢や。」 市丸がそう言うと、白い彼が顎に手を当て「となると、」と呟く。 「目的は一護との接触、か・・・?」 「ボクもその可能性は高いと思てる。せやけどその『接触』が一護ちゃんにとってエエもんか悪いもんかはまだ判断出来へん。」 「ま、慎重になって悪いことは無ェだろ。」 おそらく平子(達)は黒崎一護を「モドキ」ではなく仮面の軍勢であると考えている可能性が高い。 それは白い彼の存在自体がたった一例しかなく、また今まで完全に隠匿されてきたことが原因だろう。(最近は目の前の市丸のように、その存在を知っている者も少々いるが。) 仲間が見つかれば取り込もうとする。 それは絶対数が少ない彼ら仮面の軍勢にとって自然な行為のはず。 「対応はそいつらの接触があってからでも大丈夫だろ?」 「油断は禁物やで一護ちゃん。」 「ああ、解ってる。こいつが、」 と言って一護は白い彼を視線で示し、 「言った通り、慎重になって悪いことはないだろうし、警戒を怠るつもりは無ェ。」 「うん。でもいざとなったらボクが助けに行くから心配せんといてな!」 「キツネの手を借りるまでもなく一護は強ェよ。」 「キツネ言うなや!!」 「だってキツネだろう?」 「はいはい、喧嘩は余所でやれよー。」 脱線した話に一護は溜息をつき、それだけ言ってあとは傍観に徹することにした。 もし誰かにこの応酬が聞かれれば「市丸先生がご乱心!?」なんてちょっとした騒ぎになるかも知れないが(何せ一般人に白い彼の声は聞こえない)、この時間帯で生徒がここにやって来る可能性は低いだろうし、それ以前に誰かが近付けば一護達が気づく。 「喧嘩するほど仲が良い・・・のかね、これは。」 ヒートアップする二人に聞こえない程度の音量で独り言ち、一護は肩を竦めた。 もう少しこのまま見ているのも悪くはないだろう、と。 そして翌日。 担任である越智教諭と生徒達が揃う空間にその人物が現れた。 「偏平足の平に小野妹子の子、真性包茎の真に辛子明太子の子で平子真子でぃす。こないに中途半端な時期の転入やけど、みなサンどうぞよろしくーゥ。」 「うおーい。平子君平子君、逆だよ逆!」 己の名前を逆さに書いた黒板を背景にして平子がだらりと頭を下げ、教卓を挟んだその横にいる越智教諭が呆れ半分に鏡文字を指摘する。 一護のクラスにやって来た転入生は、霊圧云々のことを抜きにしても、非常に可笑しな人物だった。 「上手いこと書けてるやろ?オレ、得意やねんで。さかさま。」 「あーそうかい。じゃあもうあんた、コレ含めて自己紹介に入っちゃいな!」 と、教室の前方で行われるコントのような会話を耳に入れながら、一護は何気ない風を装って転入生を観察する。 確かに市丸の言っていた通り、上手く隠しているようだが平子から感じられるのは死神とも虚とも取れる奇妙な霊圧。 本物の仮面の軍勢を見るのは初めてだったが、確かに一護の霊圧とよく似ている。 これなら一護の事情を知る者以外、一護を仮面の軍勢だと思うだろう。 「おとなりさんやなァ、仲良うしてや!黒崎くん。」 自己紹介が終了し、席に着くよう言われた平子が一護の傍まで来る。 視線が合えば、歯を見せて笑いかけてきた。 そんな相手の様子に一護も普通の男子高校生らしい振る舞いを意識しながら答える。 「一護でいいぜ。こっちこそ、よろしくな。」 (本気でよろしくさせてもらうかどうかはお前ら次第だけどな。) 『ああ。しっかり見極めさせてもらうぜ。』 白い彼がニヤリと笑う気配を感じながら、一護は眉間に皺を寄せて笑顔を形作った。 |