教師ニ見エナイ新任教師












九月一日を迎え、大部分は久方ぶりに見る顔ぶれの中、一護は朝のホームルームが始まるまでの僅かな時間を数人の友人達と共に過ごしていた。
夏休み前では考えられなかった石田・茶渡・織姫プラス一護の組み合わせに啓吾が騒ぎ立てるという事態が起こったものの、長期休みあけ初日としては割合静かだったと言えるだろう。

やがて担任の越智教諭が教室に現れ、それなりに弾んでいた会話も終了となった。


「おーし!一人も欠けずにそろってるな!感心、感心!!」

全員が着席したのを待って越智教諭が腹式呼吸をマスターしたのですかと問いたくなる程よく通る声で言う。
一学期の途中で転入して来たはずの朽木ルキアがいないことに誰かが突っ込むこともない。
クラスの不良学生二人が欠席であることに対して「ヤンキーだから」と気にもした様子がない担任をぼんやりと眺めながら、改めて一護は尸魂界の情報操作のデタラメさを思い知った。
ただ七月の時とは違い、今はその状況を清々しい気分で享受出来ている。
やっぱりあの時ああして良かったという感想を胸の内で呟いて、一護は外から判らない程度に口元を綻ばせた。

「そんじゃ今日はみんなにちょっとしたお知らせだ!美術担当でこのクラスの副担でもあった岩橋先生が今学期から産休で学校に出て来られなくなった。でもってその代わりとしていらっしゃった先生を紹介するぞ!」
「センセー!それって女のヒト?」
「それとも男の人ぉ?」

越智教諭の突然の話にも一学期で大分慣れたのか、それとも学生とは得てしてこういうものなのか。
とにかく、担任の台詞に反応して一部の、と言うよりも殆どの生徒が驚愕ではなく好奇心の方でざわめきだした。
そういったことに興味が無い残りの者はぼんやりと黒板や空を眺めていたり、机に顔を伏せていたりする。
しかしその中で一護はただ一人、厄介なことを思い出したかのように頭を軽く抑えて溜息を吐き出した。

(俺、選択科目は美術なんだよな・・・)
『だからじゃねーの?』
(いや、・・・うん。だからなんだろうけどさ。なんつーか、こうタイミングが良いと、なあ?)

まるで教師の休みですらわざと作られたものであるかのようだ、と。
頭の中だけでそう告げると、解らなくもないと白い彼から返される。
苦笑を伴ったそれはモヤモヤとしたものを抱える一護に対するものか、それとも―――。

一護ではない、もちろん茶渡達でもない者の霊圧が面白がるように、揺れる。

「それじゃあ先生、入って来て下さい!」

越智教諭の促しの後、ガラリと扉が開いた。
その人物が教室に足を踏み入れた途端、わぁと(主に女子から)声が上がる。
カツカツとリノリウムの床と革靴の間で音を鳴らし、『彼』は教卓の前に立った。
この暑い中、夏用と言えどもぴっちりとスーツを着込み、けれども汗一つかいていない。
モデル並みに長い足を真っ直ぐに揃えて、その人物はニコリ――と表現すべきなのだろうが、一護にはニヤリとかニンマリに見えた――と笑みを浮かべ、口を開いた。

「今学期から岩橋センセの代わりとしてここの副担になった市丸ギン言います。・・・みなさん、よろしゅうな。」

言って、頭を下げる代わりに少しばかり首を横に倒す。
教師としては有り得ない銀色の髪がさらりと揺れるのを視界の中に捉えつつ、沸きあがった歓声だか奇声だか判断つけかねる声に紛れるように一護は小さく「やっぱホストだ。」と呟いた。





市丸が教師としてこの学校にやって来たのは、一護とその中にある崩玉を守護するためである。
働いて生活費を稼ぐ必要など市丸には無かったのだが、そう言うわけで職につくことにしたらしい。
教師ならば学生である一護からなるべく近い位置に堂々といることが出来るというのが市丸の言い分だった。
一護も「確かに。」と一応納得を示したのだが、それなら最初から一般人には見えない死神の姿で見張りをすればいいと思わないでもなかった。
しかしそれを実際口にすることはない。
なぜなら、そんな生活の送り方はあまりにも楽しみが無いからだ。
学生ゆえに一日の多くを学校という閉鎖された空間で過ごす一護の見張りなど、やっている方にとっては暇で暇で仕様が無いだろう。
そう頻繁に敵とすべき何かが現れるとも思えず、ゆえにそんな風に無駄な時間を過ごさせるよりは、教師として働くなり遊ぶなり――後者は推奨できないが――させた方が良いはずだと一護は考えていた。

タイミング良く、と言うよりも良すぎるくらいに副担が産休となり市丸がまんまとそのポジションを獲得したわけだが、しかしやはりどう見ても教師には見えない。
夜のオシゴトの人間、である。
越智教諭なら何も言わないだろうが、一部の口煩い教師達を思い出して一護は溜息をついた。
たった十六の子供がその十倍以上年上の男の何を心配するのかと問われそうだが、気がかりなものは気がかりなのだ。

そんなわけで一護は市丸が挨拶を終えて去ってから暫らく経つのに未だ妙に落ち着きが無いまま教室にいる。
ただ幸いなことに、あらかじめ市丸を知る三人には彼がこうして教職につくことを話しておいたためいつもどおりである一方で他のクラスメイト達は互いに新しい副担について話し合っており、教室全体がざわめいている所為で一護の普段とは違う様子も気にされることはなかった。

一限目が始まる直前。
今日は――少なくとも午前中くらいは――まともな授業が出来ないだろう、と。
自分のことも、自分とは別の意味で落ち着きが無いクラスのことも含め、一護は溜息混じりにそう思った。









放課後。
予想通りあまりまともに進められなかった本日の授業を終えて、一護は教室を出た。

今日は美術が無かったので朝の一件以来市丸とは顔を合わせていない。
新任初日から必要以上に会うのも、市丸と一護が教師・生徒の垣根を越える付き合いをしていると何も知らない者達から勘繰られないようにするという理由で控えることにしている。
なぜ教師・生徒以上の知り合いだとバレてはいけないのかと言うと、それはやはり一部の教員(と生徒)が煩いからというのが大きい。
一護を目の敵にしている人間にとって一教師が特定の生徒を特別視するかもしれないというのは文句をつける恰好のネタなのだ。
だから例え誰かに見られないよう気をつけていたとしても、今朝のように車で学校まで送ってもらうというのは、あまり良いことではないのだが・・・。

(“ボクが色々とアカンねん”ってなぁ・・・)

何やらよく解らない理由で押し切られてしまっていたりする。
ちなみに『行き』だけではなく、本日は特別に時間が一緒になるため『帰り』もだ。
よって今一護が向かっているのは教師用の駐車場。
人気の無い所を小走りで通り抜ければ、ほどなく目的地へ出る。
そこにはすでに市丸が待っていた。
市丸は一護の姿を認めると、ひらひらと手を振る。
それになおざりに返しながら一護は市丸のもとへと駆け寄った。
途中「一護ちゃん」と学校内であるにもかかわらず呼ばれて一瞬声を荒げそうになったが、その名を口にした時の市丸の顔が妙に嬉しそうに見えてしまい、怒るに怒れない。
代わりに「ほら、帰るぞ。」とだけ声をかけて一護は車の助手席に腰を下ろした。
すぐに市丸も運転席へと乗り込み、キーを差し込む。

「・・・明日からは帰るん別々やんなぁ。」
「そうだな。教師が帰宅部の生徒と同じ時間に帰るなんて有り得ねえし。」

低く唸りを上げるエンジン音を耳に入れながらそう返せば、横で何か呟かれた。
内容はよく聞き取れなかったが、「せっかく」「兄さん」「一歩リード」といった単語がその残念そうな音に含まれていた気がする。
しかしどうせくだらないことだろうと一護はあえて問うこともせず――その時、白い彼が苦笑したのだが、おそらく彼には市丸の言ったことが全て聞き取れていたのだろう――、ゆるりと目を閉じた。

「家についたら起こしてくれ。」
「はいな。」

返される声はやわらかい。
一部の厄介な人間のことを差し引いても、今のように学生の混雑を知らない空間でゆっくり出来るのならばこれはこれで良いかもしれない、と。
浅めの眠りに落ちながら一護は思った。






















やってしまいました・・・(先生ネタ)











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