夏休みも殆ど終わってしまった頃、一護達はようやく現世へと帰還した。
ああ大変だった、と言うのが最もオーソドックスな感想だったのだが、一護にとって真に大変なことはその後に待ち構えていたと言えるだろう。
簡単に言ってしまえば、とにかく説明・説得の嵐+αだったのである。
まず穿界門を抜けた直後のこと。
現世での到着ポイントが地上ではなく空中というハプニングに遭いながらも浦原商店一同の機転によりそのまま地面と仲良しになることは避けられたのだが、そんな一護達を空飛ぶ布で助けた浦原が空中ランデブーの顔触れを目にした瞬間、周囲に重いほどの殺気が満ちた。

「・・・・・・・・・なぜお前が此処にいる。」
「いややわぁ、喜助兄さん。そんな恐い顔せんといて。」

地を這うような低音に返したのは、それとは真逆の空気が入りすぎて弾みまくるボールのように明るい声。
声の主であるギンが一護のすぐ傍にちゃっかりと腰を下ろしてニコニコと笑っていた。

(おおぅ、これはヤバいな。あいつらがピンチだ。)
『そう言うなら早く助けてやれよ。』

巻き込まれる形で浦原の殺気を受けながら一護が織姫、チャド、雨竜の三人を一瞥して内心で呟くと白い彼が呆れた口調でそう告げる。
ギンを藍染側の人間だと思っている――むしろギンの座っている位置に問題があるのかも知れないが――浦原は銀髪の彼が一護達と共にいる理由に気付きつつも理性に感情が追いつかないらしく、殺気を大放出。
それに当てられた生身の三人組は尸魂界でも味わったことなどないだろう重圧に身動きがとれないでいた。
浦原商店の店員達でさえ些か顔色を悪くしている。
この殺気の中で平気な顔をしていられるのは一護と夜一、そしてギンくらいだった。
黒猫姿の夜一は旧友の様子にやれやれと溜息を零し、次いで一護に視線を送る。
その視線の意味を読み取った一護は夜一に習うように溜息を一つ吐き出した後、相棒の後押しもあって口を開いた。

「浦原、ストップ。とりあえず、まずは俺達の帰還を喜んでくれると嬉しいんだが。」

途端、なりを潜める殺気。
おかえりなさい、という声を聞きながら一護が横目で見遣ると夜一がうんうんと頷いていた。
どうやら浦原のことは全て旧友に見抜かれているらしい。
誰がどうすれば浦原がどうなるのか。それを全て。
完全に機嫌を元に戻せたわけではないが、ある程度再上昇させた浦原を白い彼が単純だと称するのを無視しつつ、一護は「今の内に」と手っ取り早く尸魂界で起こった事を浦原に語って聞かせた。
重圧から解放されていつもの状態に戻れたためか、一護の説明に時折織姫達からの説明も加わり、ことの詳細が明らかになっていく。
しかしギンが一護たちに同行して現世に来た理由にまで辿り着くと浦原がボソリと零した。

「あンのクソジジイ・・・」

呟きを耳にした一護は苦笑。
一護だとて解ってはいるのだ。
自分が浦原にどのような感情を向けられているのか、それゆえに隣で平然としているギンと彼を此方に送り出した山本をどう思うのか。
しかし、ここは浦原に我慢してもらうしかないだろう。
結局はそう結論付けて、一護は不機嫌オーラを出す浦原に、「ギンと仲良くする必要はないが邪険にするのは控えてやってくれ。」と自身としては控えめな提案を出して場を治めようとし始める。

「・・・まあ、一護サンがそう言うなら仕方ありませんね。崩玉のこともありますし・・・って、」

はたと気付いたように浦原が動きを止める。
それからギギギ、と油切れを起こした機械ような動作で一護の今の姿――白い死覇装姿である――を上から下まで眺めるとたちまち顔を青くして一護の両肩を掴んだ。

「崩玉ですよ崩玉!市丸のことも気にはなりますが、とにかく一護サン!お身体は大丈夫なんスか!?なんか話の途中で飲み込んだとか何とか言いませんでしたっ!?」
「落ち着け浦原!それも今から説明するっつーの!オイ揺らすな!!」

慌てる浦原に叫び返してまずは肩から手を外させる。
しかし揺すられた所為で三半規管が混乱したらしく、僅かな眩暈が残った。

「ったく。」

悪態をつき、片手で額を押さえて眉根を寄せる。
護廷十三隊の隊長を勤め、更には技術開発局を作りその初代局長でもあった男とは到底信じられない振る舞いに頭痛を覚えてしまうのも仕方が無いことではなかろうか。
“浦原隊長”に憧れを抱く者達――とくに「ハ」から始まる二文字の単語に異常な反応を見せる戦闘好きな彼とか――には絶対に見せられない。

「俺の方には何ら異常なし。・・・確かに、俺は崩玉によって俺の内なる虚とでも言うべき存在と融合した。でもアンタも知ってるように、俺はちょっとばかり特殊だろ?んで、その虚に当たる存在とも悪くない関係だったから力だけ譲り受けて意識とか他のものは全て俺のままなんだ。人格も混ざったり打ち消しあったりしねえで今も二つの『個』として存在してるし。」
「ですがその死覇装の色は・・・」
「これは力を譲り受けた証かな。俺自身の力より譲り受けたものの方がデカかったんで、そっちに引き摺られてるらしい。このまま修行して俺の方が強くなれば色も黒に戻るんだってよ。」
―――他に質問は?

そう付け足す一護を前にして浦原は首を横に振った。

「いえ、ご無事ならそれでいいんです。」

と言ってみせるが、帽子の陰から覗く表情は未だ完全に納得したという様子ではない。
しかしこの場で事細かに一護に説明を求めるのも不適切だろうと判断したらしく、浦原はそれ以上何かを問うということをしなかった。
一護もそんな浦原の様子に、また時間が出来た時に自分から詳しく説明するか、と思うだけに留める。
加えてもう一人詳しく説明しなくてはならない対象がいることも思い出して、どうせなら二人一緒に話した方が手間も省けて良いだろうという考えに至った。
・・・そう。現世に帰還した一護を待ち構えていた大変なことのもう一つが、“詳細を説明しなければならないもう一人”こと自分の父親・一心と話すことなのである。
基本的にハイテンションなあの父親がどのような態度で対応してくるのか考えて少々胃の辺りが重くなってくるのを感じつつ、そうやって頭を悩ませる前にしなくてはいけないことを思い出して、一護は再度浦原の名を呼んだ。

「浦原、ちょっと頼みたいことがあるんだけど・・・」
「はいはい何でしょ。一護サンのお願いとあらばどんなことだってお応え致しますよん。」
「兄さんが“お願い”とか言うとエライ卑猥に聞こえるんやけど。」
「ギン、お前は黙ってろ。話がややこしくなるどころか異次元に飛んでっちまう。」
「そうっスよ。お前は黙っていればいいんです。」
「浦原。これから頼みごとをする俺が言うのも何だが、お前も一々反応するな。」

このやり取りで一護の某寡黙な友人が「漫才・・・」と呟いたが、あえて無視する。
一護は大きな溜息を吐き出すと、気を取り直して話を元に戻した。

「コイツの義骸を作ってやってくれねぇか?」

固まる浦原。ニヤニヤと笑うギン。
一護の指が示しているのは後者。つまり隣に座る市丸ギンその人。
浦原は「・・・え?」と小さく呟いた後、目だけを動かして一護の指とその先にいる人物を交互に見返した。

「ほら、俺のサポートでコッチに留まるだろ?それならやっぱアンタみたいに義骸があった方が何かといいだろうし。俺も、他人から空中と会話してる変人だと思われたくねぇし。だから急で悪いんだけど、ちゃちゃっとギンの身体を作ってやって欲しいんだ。」
「住む所は勝手に探すんで、そっちの方はよろしゅう頼んますわ。」

一護の台詞に付け加えるようにしてギンはペコリと頭「だけ」を下げた。
隣では一護が「頼む!」と顔の前で両手を合わせている。
浦原はそんな二人の様子を呆然と見遣っていたが、続いて一護からの言葉を聞いた瞬間、元気良く肯定を示すこととなった。

「気が進まなねぇのは解るけど、お前しか頼れねぇんだ。浦原だけにしか。」
「お任せください!」

理由は、推して知るべし。
ただ、その浦原の返答を聞いて黒猫姿の夜一が呆れたように溜息をついたことを追記しておく。





ちなみに。
雨竜、織姫、チャド、そして一護の順でそれぞれの家へと帰った後、一護は再び浦原とまみえ、そこに一心を加えて詳細を語ることとなった。
その際、その存在無しには説明できないということで白い彼も具象化し(しかもその時の一護は死神姿ではなかったので)、大人二人組は大層驚いていた。(そして白い彼は一護の首に腕を巻きつけてニヤニヤと笑っていた。それを見た二人、特に浦原が急に立ち上がって口をパクパクと開くことしか出来なかったという事態は・・・言うまでもないことだろう。)
ただ、そうやって比較的明るく話が進んでいく中、一護が静かに目を伏せて、「俺はルキアの所為なんかじゃなくて、おふくろの死をきっかけにして死神になったんだよ。」と呟いた時だけは、驚きよりももっと重く暗く、そして切なく悲しい感情が部屋を満たしていた。
当時、まだ年齢が二桁にも達していなかった子供の感情を慮って。

「でも、今の俺は後悔なんかしてねぇから。」

微笑む一護の頭を白い彼がわしわしと撫でる。
それを見て浦原は優しい表情を浮かべ、一心も複雑そうな、けれども嬉しそうな表情で笑った。

「そうだよな。お前は俺と真咲の“一護”だもんな。」






















さてさて、市丸氏は現世でどんな職業につくでしょうか。(働くこと前提か。)











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