「市丸、お主への処罰が決まった。・・・ついてまいれ。」

そう言って牢の格子の向こう側から声をかけた山本を、ギンは訝しげな表情で見上げた。

(なんで、そない面白そうな顔してんのやろ・・・。)












Great Reversal











山本が現れる少し前―――。


藍染惣右介が中心となって起こした尸魂界への反逆。
最終的には彼を裏切ることになったギンだったが、それでも尸魂界に反旗を翻そうとしていた者としてそれ相応の処罰を受けるに至った。
当然、此方が持っている情報を全て尸魂界側に明かすという条件付でその刑は軽くなるのだが。
加えてこれは自分が己の罪を自覚し、それを償うために必要なこと。
ゆえにギンは謹んで己に科せられる罰を受けるつもりでいた。
ただ、最後に見たオレンジ色の髪の少年が浮かべた表情を思い出して胸の辺りがチクリと傷むことは、決して幻などではないだろう。

(あの顔は笑ってる言えば笑ってたけど・・・でも、ホンマの顔では笑ってなかったわなァ。)

決して子供の満面の笑みとやらを見た経験があるわけではなかったが、しかしそれくらいは判る。
薄暗い牢の中でギンは小さく溜息をついた。
死罪・・・には、ならないだろう。きっと。
けれど幽閉程度にはなるかも知れない。そして、その期間については予想がつかない。
つまり、あの子供ともう一度逢うためにどれほどの時間がかかるのかわからないのだ。
溜息の余韻のように「せっかく逢えたのになぁ。」と呟く。
もうそろそろ己に関する諸々の物事も決定した頃だろう。
どうせウダウダ考えているうちに役人がやって来て処罰を告げるなり、己を連行するなりするのだ。
考え込むのはその後でいい。後悔や切なさや悔しさを感じるのも。

(でも、一護ちゃんと再会出来たんは藍染隊長のおかげって部分もあるんやろうし・・・。そしたら後悔ばっかりは出来へんのかな?)

くすり、と。
ただの微笑みとも自嘲ともとれる笑みを零してギンは薄らと目を開ける。
そして、己を捕らえる格子の向こう側にいる人物を見上げた。

「総隊長はん、ボクのこと・・・決まったんやね。」














―――そして時間は戻り。


いとも容易く牢屋の扉は開錠され、手枷もカシャンと音を立てて外されて、あとは自分で出て来いと言うように山本は背を向ける。
その後に続く副隊長の雀部はチラリとギンを窺ったが、すぐに視線を前に戻して歩みを進めた。
ただその表情が、無表情に少量の戸惑いと妥協と期待そして喜びを乗せていたような気がする。

(・・・って、なんやのそれ。自分でそう感じといてどうかとは思うけど。)

もしかして自分は一縷の希望でも抱いているのだろうか。
此処から向かう先がより強固な牢屋ではなく、太陽色の少年が待つ場所だとか・・・そういう幻想を。

(アホらし。)

そう胸中で呟き、ギンは腰を上げて牢を出る。
立ち上がったギンを山本が振り返った。
その顔にはやはり楽しそうな表情が張り付いており、ギンが不審そうに顔を歪めて見せると「ほほっ」と不気味に――少なくともギンにはそう思えた――笑う。
もしかしてこれは想像以上のバッドエンドなのだろうか・・・と思ってしまうのは間違いだろうか。
自分の立場と狸ジジイのこの表情、要素はほどほどに散りばめられているのだから。

「市丸隊長、そんな顔をせずとも大丈夫ですよ。」
「・・・へ?」
「これ雀部。儂の台詞を盗る気か?」
「いえいえそんなつもりは・・・。ただ、このまま連れて歩くのも彼が可哀想ではありませんか。」
「何やの。一体どういうことなん?」

まず雀部副隊長の第一声に目を点にしたギンだが、次いで交された一番隊主従の会話で余計に頭が混乱する。
そして訝しげな表情で二人に問えば、山本が例の表情で笑った。

「市丸三番隊隊長。少々場所がアレじゃが、お主への処罰について告げる。質問があればその後じゃ。」
「は・・・?はぁ。」
「この度の反逆によりお主に科せられる罰は以下の通り。・・・一つ、隊長の地位の剥奪。二つ、尸魂界からの期限付き追放。期間は死神代行黒崎一護が死して尸魂界へ至るまで。それまでは現世で彼の者の死神業補助およびその体内に保持されたままの崩玉を守護することが必須条件となっておる。」
「・・・・・・・・・それがボクに科せられた罰?ホンマに?」
「嘘でこんなことは言わん。」

なんなら正式な書状も持っておるぞ、と告げられ、ギンはその場にへたり込んだ。

「市丸、何をしておる。早くせねばあやつらが帰ってしまうぞ。」
「あぁそらアカンて・・・。でもホンマに?うわ、どないしょ。なんや力抜けてしもうた。」
「今回のことは黒崎一護の働きが大きく関わっておる。じゃから、あとできちんと言っておくことじゃな。感謝の言葉なり謝罪の言葉なりを。・・・ほれ、早ぅせい。お主が一番若いはずじゃろう?」
「総隊長と比べれば誰かて若造ですやん・・・。」

苦笑してギンは立ち上がった。
と、そこで己の姿を見下ろし、次いで山本の顔を見る。

「急がなアカンのは解ってますけど、流石に今の格好はちょっと・・・着替えてきてもエエですか?」
「・・・着替えた後は瞬歩で移動することになるが、それでも構わんな?」
「まかして下さい。今のボクならどんな長距離でもお茶の子さいさいですわ。」

薄汚れた着物に覆われた胸を軽く叩いてニンマリと笑う。
山本は先刻とは180度違うギンの様子に呆れたような吐息を吐き出すと、野良犬でも追い払うようにシッシッと手を払った。

「ならばとっとと済ませて来い。ただし隊長羽織は持ってくるでないぞ。」
「わかっとりますって。ほな!」

告げた瞬間にギンの姿は消え去っていた。
随分とキレのある瞬歩だ。
怠惰な勤務態度とはうってかわってやる気に満ち溢れたその様子に山本はもう一度溜息を吐き出す。
隣では雀部がくつくつと苦笑を漏らしていた。






















隊長羽織なんかいらない。

必要なのはこの身と想いだけ。


「Great Reversal」=「大逆転」












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