既に幕は上げられた。
ついに愚かな物語が動き出す。
後戻りは、もう出来ない。












Invisible Determination











空にかかる三日月。
生ぬるい風。
『一』と書かれた大きな扉をくぐった先、待っていたのは、

「・・・来たか。さあ!今回の行動について弁明を貰おうか!三番隊隊長―――市丸ギン!!!」

予定通りの、茶番劇。









「何ですの?イキナリ呼び出されたか思うたら、こない大袈裟な・・・」

一番隊隊舎にずらりと勢ぞろいした護廷の隊長たち。
奥に腰掛ける総隊長・山本元柳斎重国から隊番号の順に並んだ彼らをぐるりと見渡した。
ザッと足を踏み出し、その間を進む。

「尸魂界を取り仕切る隊長さん方がボクなんかのためにそろいもそろってまァ・・・―――でもないか。 十三番隊長さんがいらっしゃいませんなァ。どないかされはったんですか。」
「彼は病欠だよ。」

こちらの軽い疑問に答えたのは盲目の九番隊隊長・東仙要―――愚かなこの物語を裏で操る役者の一人。

嗚呼、何て馬鹿らしい。
いっそ全て吐き捨てたくなるほど。

「またですか。そらお大事に。」

世間話そのままの会話に横からチリッと高ぶる霊圧。
“あの子”とは違い、ただただ荒々しく怒りを示すその主は戦闘狂の能無しだ。
そして今回の劇のエキストラ。

「フザケてんなよ。そんな話しに、ここに呼ばれたと思ってんのか?」

まさか。
胸の内で嘲笑。

何故ここに呼ばれたのか、そもそもどうして呼ばれるようなことをしたのか。
全て承知の上でやって来ているのだから。

「てめえ、一人で勝手に旅禍と遊んできたそうじゃねえか。 しかも殺し損ねたってのはどういう訳だ?てめえ程の奴が旅禍の4・5人殺せねえ訳ねえだろう。」

旅禍。
嘲笑が消え、その言葉に脳裏で己が刃を向けた萱草色がちらつく。
途端、心臓に僅かな痛みを覚えた。

「あら?死んでへんかってねんや?アレ。」
「何!?」

笑みを顔に貼り付けた回答に剣八が目を見開く。

そうだろう。普通、そんなことあるモンじゃない。
本当に殺す気なら、今頃あの子の首を持ち帰っているはずだから。
あの、太陽色の髪を掴み、美しく紅い雫を滴らせながら―――


「いやァ。てっきり死んだ思うててんけどなァ。ボクの勘もニブったかな?」

頭に手を当てて笑って言えば、向けられるのは疑いの目つき。
けれどそれが目的なのだから、どれほど受けようが痛くも痒くもなかった。


「・・・クク・・・」

剣八とは反対側から不快な笑い声が漏らされる。

「猿芝居はやめたまえヨ。我々隊長クラスが、相手の魄動が消えたかどうか察知できないわけないだろ。 ・・・それとも、それができないほど君は油断してたとでも言うのかネ!?」

厭味ったらしく言ってくるのは“あの男”のような実力も無いくせに、 その後を継いで次の技術開発局長の座に納まっている狂科学者。
通り過ぎるこちらをギロリと睨みつけてくる彼に、やはり何も感じることはない。
これも、名も無き哀れな役者エキストラの一人。


「・・・始まったよ。バカオヤジ共のバカ喧嘩が・・・」
―――つきあいきれねーな。

呟くような呆れた声は通常の目線よりも幾分下から。
白銀の髪に翠の眼。
天才少年と名高い、日番谷冬獅郎。今回の劇の主要登場人物の一人でもある。

"何も知らん主役その一"ってトコかいな。

彼の前に用意された道を思い、クスリと笑みを深くする。
きっと自分は彼を哀れに思っているのだろう。
でも、だからといって自分は―――

「いややなあ。まるでボクがわざと逃がしたみたいな言い方やんか。」
「そう言っているんだヨ。」
「うるせえぞ涅!今は俺がコイツと喋ってんだ!すッこんでろ!俺に斬られてえなら話は別だがな!」

横から口を挟んできた涅へと剣八が怒鳴る。
五月蝿い。そしてなんて馬鹿なことだろうか。

「・・・下らぬ。」
「やれやれ・・・」
「・・・・・・・・・」

静かにそれを見守っていた他の隊長たちも同様らしい。
ただ呆れた様子しか見せない。

と、そこに。


「ぺいっ!」


纏まりを見せぬ隊長達に総隊長から一喝。
迫力あるそれに、一斉に皆がそちらを向いた。

「やめんかい。みっともない!更木も涅も下がらっしゃい! ・・・・・・・・・じゃがまあ、今のでおぬしがここへ呼ばれた理由は概ね伝わったかの。」

総隊長の声を耳に入れつつ、思う。
天才少年を哀れんでおきながら、自分はどうなのだ?
自分の前の道に、用意された役柄に、このシナリオに逆らえるとでも?
進む道を自分で決められているとでも?

自分で決めて正しいと選んだはずの道が、揺らぐ。
そして、萱草色がちらつく。
けれど。

「今回のおぬしの命令なしの単独行動。そして標的を取り逃すという隊長としてあるまじき失態! それについて、おぬしからの説明を貰おうと思っての!そのための隊首会じゃ。 どうじゃい。何ぞ弁明でもあるかの。―――市丸や。」

嗚呼・・・本当にあの人のシナリオ通りに事が進んでいく。
あの人が描く完璧なシナリオが。

「ありません!」
「・・・何じゃと?」
「弁明なんてありませんよ。ボクの凡ミス。言い訳のしようもないですわ。さあ、どんな罰でも―――」

そろそろか。

「ちょっと待て、市丸・・・」

ホラ来た。



ガァン!



「!!」

警鐘が鳴り響き、一斉に辺りがざわめく。


≪緊急警報!!緊急警報!!瀞霊廷内に侵入者有り!!各隊守護配置について下さい!!≫


「何だと!?侵入者・・・!?」
「まさか・・・例の旅禍か!?」
「おいっ!?待て剣八!まだ・・・」

制止の声など耳に入れず、戦闘狂が隊舎を飛び出した。
『市丸ギン』と闘って死ななかったという事が彼に必要以上の興味を持たせてしまったのか。


「致し方ないの・・・隊首会はひとまず解散じゃ!市丸の処置については追って通達する。」

飛び出した剣八を見送って総隊長が溜息をつく。
そして、

「各隊、即時廷内守護配置についてくれい!」

総隊長一声で隊長たちは隊舎の外へ足を向けた。
途中、『あの人』とすれ違う。

「随分と都合良く警鐘が鳴るものだな。」

静かに、呟くように。
すれ違い様、言われた言葉に返すのは苦笑。

「・・・ようわかりませんな。言わはってる意味が。」
「それで通ると思ってるのか?」

決められた台詞の応酬。
これらは傍にいる天才少年に聞こえるように。

目に見える事、耳に聞こえる事が真実とは限らんけど・・・
そやけど、この言葉の応酬は天才少年クンにとっての『真実』に聞こえてしまうんやろうなァ。

そして最後とばかりにあの人・藍染惣右介が告げた。

「僕をあまり甘く見ないことだ。」
「・・・・・・・・・」


はじめから言われる手はずだった、言われると分かっていた台詞。
けれど、そんなはず無いと分かっていても、まるで自分の奥底まで見透かされているような言葉に一瞬背筋が凍る。

結局、ボクが今更どうこう出来るワケ無いんやった・・・

そう思い知らされる。
・・・・・・でも、本当に人が他人の内を探ることなど出来る筈も無く。

真実と事実は別モノ。
ボクの内と外も別モノ。

これだけは、違えぬ様に―――






















今更、何も変えられない。

けれど想いだけは抱えていこうと・・・


―――あの色に、誓う。





「Invisible Determination」=「見えない決意」












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