その事実を知ったとき、俺はあの人が憎くて憎くて仕方なかった。
なぜ護らなかった?彼女を。 世界で一番愛していた女性ではなかったのか。 あの人にはそれだけの力があったはず。 それなのに、なぜ――― Wished Power
おふくろが死んで。親父はそれまで以上に明るくなって。
そして幼い妹達は母が急にいなくなったと泣いていた。 ・・・・・・痛かった。心が。 そう思う資格すら自分にはないとわかっていても、それでも痛くて仕方なかった。 無力な自分。 否、その力でもって皆から母を取り上げた自分。彼女を殺したのは、俺。 この罪をどう償えば良いのか。 血を・・・彼女と同じこの赤い液体を流し続ければいいのだろうか。 おふくろの葬式が終わって、彼と交わしたあの雨の日の誓いも忘れて。 俺の愚かで幼い思考はそうして刃を握り締めた。 けれど、切っても切っても塞がる傷。 子供の力ではそう深く傷つける事はできない・・・ではなく、 傷は全て、あの日を境に現れた者によって塞がれていた。 「やめてよ。」 償いをさせて。 オレに、償いを――― 『だめだ。』 あの青年の声。 自分の相棒だと名乗ったヒト。 「・・・どうして?」 『お前が死ぬとコッチも死ぬ。お前は俺が住んでる世界の王だからな。』 「王・・・様?だから、生かされる・・・」 この罪の償い方は許されていない? 自分が死ねば、さらに別のヒトを巻き込んでしまうらしい。 ・・・どうする? 『でも、そんなに切りたきゃ切れば良いさ。どうせ死にたいならもっとデカい刃物で首でも腹でも突くんだろ? なのにお前は手首を傷つける。ただ血を流したいだけなんだ。・・・だからこれからは治療も自分で出来るようになれよ。』 「治療って・・・あの魔法みたいなの?そんなの人間に出来るわけないじゃん。」 『出来るさ。お前は死神の息子なんだから。』 「・・・は?」 嫌な予感がする。 これは何か確かなものが崩れる時の・・・ 『死神の血を引く死神、だ。お前は。だから治癒の鬼道も―――』 「ちょ、ちょっと待って!死神の息子って・・・!」 『あ?・・・って、そういや知らなかったのか。お前の親父さん、黒崎一心は死神だぜ?しかもかなり力のある。』 「ッ!?」 息を呑む。 自分の父親が死神・・・? 虚とか言う化け物を倒すことが出来る、あの。 それは、つまり――― 『ま、なんでお前の父親があのとき来なかったのか知らねぇけどな。』 嗚呼・・・どうしよう。 思考が黒く塗りつぶされた。 ドス黒い何かが胸を満たし、全身から冷や汗が流れる。 『・・・おい。どうした?』 あの青年も変化を感じ取ったらしい。 空がどうのこうの言っている。暗い・・・とか、雨が・・・とか。 でもそんなの今はどうだっていい。 父が・・・父が死神? 黒崎一心は死神・・・ 虚を倒すことが出来るヒト。 母を助ける事が出来たはずのヒト。 母を愛していたヒト。 母に愛されていたヒト。 そして――― 母を、救ってくれなかったヒト。 「なんで?・・・なんで!どうして!?どうして母ちゃんを助けてくれなかったの!?」 虚に殺された母。 オレの代わりに虚へと命を投げ出した母。 父を愛していたヒト。 父に愛されていたヒト。 父に、救ってもらえなかったヒト。 どうして助けてくれなかった!? 違う、そうではないだろう。お前の存在が母を殺したんだ。 それでもあの人が死神なら母を救えたはずだ!それだけの力があるのだろう!? 自分のことを棚にあげるな。そんなことでお前の罪は変わらない。 でもあの人は・・・あいつは!大切な人を護らなかった!! あいつが悪いんだ! あいつが・・・!あいつのせいで母は死んだんだ!!! 何が正しいとか何が間違っているとか。 どんな事情があったのか、その奥に隠れた真実は何だったのか。 全ては思考から滑り落ちて、ただ自分ではない誰かを憎みたかった。 幼かったあの時の俺は、何も知らなかったあの時の俺は、 ただ自分のせいで母が死んだという重圧に耐え切れなかったのだ。 この重みを、この苦しみを、この痛みを。 誰かに代わって欲しくて仕方なかった。 ―――お前のせいじゃない。 そんな言葉だけではちっとも安らぎなんか得られない。 ―――あいつが悪い。あいつのせいで母が死んだ。 そう思うことで、やっと安心する事が出来た。 自分ではない誰かのせいにすることで、あの人を憎むことで。 ドス黒い感情。 憎しみの炎。 そんなものばかり育って、そうして埋め尽くされていく。 何も知らない子供はそれだけ純真で。 だから一つのものに染まりやすく、真っ直ぐに一つの感情を抱え込んだ。 「オレは・・・死神になれる?強くなれる?・・・力を得られるの?」 『この前言ったはずだぜ?力は欲しくないかってな。 それにお前も言っただろう?護れる力が欲しいと。何をすればいいのかと。 お前が望むなら俺はお前に教えてやる。お前がそう望むなら俺はお前に力をやるよ。』 唇を引き結ぶ。 あいつとは違うのだ。自分は。 だから――― 「力が欲しい。何者にも負けない力が。大切な人を絶対に護りきれる力が。」 『いいぜ。俺が与えてやる。この世界の王であるお前に、お前が望む力を。』 |