夜中の訪問者に中間報告を。
そして大切なあの子の自慢話を。 Unfinished Moon
中途半端な形の月。
けれども気分のためか、なかなか良く思われたそれを肴に、濡縁で酒を楽しむ。 と、そこに――― 「調子はどうじゃ?」 かけられた声に振り返れば、黒猫が一匹。 音もなく現れたのは私の古くからの友人だった。 「いらっしゃい、夜一サン。・・・そちらこそどうです?」 この旧友は現在、黒崎サンと共に尸魂界へ行く予定の二人を育てている途中だ。 茶渡泰虎と井上織姫。 二人とも、黒崎サンの影響で特殊な力に目覚めた者達である。 「まずまずといった所か・・・ようやく自分の意志で力を扱えるようになってきたからのう。 これからは出来るだけその扱いに上手くなっていってもらわねば・・・あそこでは生き残れん。」 「黒崎サンのお荷物になるようなら置いていくまでっスよ。」 私の応えに何か引っかかるものでも覚えたのだろう。 旧友が「ほぅ・・・」と金色の瞳を細める。 「お主の方は随分とはかどっておるようじゃの?」 今度は此方が彼女のその言葉に苦笑。 訝しげに眉をひそめて見せる旧友に、私は「実は・・・」と話を切り出した。 「彼にとって、アタシが教えられるようなことなんてなーんにも無かったんスよね。」 「はぁ?」 意味がわからないとでも言いたげな顔の彼女に、猫なのに表情豊かっスねぇ・と思いつつ、私は話を続ける。 「まず、黒崎サンはもともと死神の力を失っちゃァいなかった。まるで自分の力全てに封印でもかけるように 随分と無茶なやり方で霊圧を抑えてたみたいっス。ま、アタシ等もアチラの彼等も上手く騙されたってわけですね。」 「・・・信じられんな。」 「フフフ・・・そうでしょう?でも事実だったんだからしょうがない。」 そして、信じられないことはそれだけじゃなかった。 私はクスリと微笑んで、それから彼女の上に爆弾を落とす。 「黒崎サン、アタシより強いんですよ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 かなり長い間が空いた後、疑問符つきで一語だけ発す旧友。 私は悪戯が成功した時のようになんだか楽しくなって、ついつい声を出して笑ってしまった。 「笑っておらずにどういうことかちゃんと言わぬか、喜助。」 彼女のお叱りを受けて一応は「そうっスね。」と笑い声を止める。 「最初、黒崎サンを死神に戻すために魂魄を抜こうとしたんですが本人に自分でやるって言われちゃって。 ・・・そしたらビックリ。黒崎サンったら本当に自分だけで死神になってしまったんス。 ・・・あ、夜一サン。信じられないって顔してますけど、作り話じゃありませんからね。 で、まぁとにかく手合わせしたんですが・・・アタシの負けだったわけですよ。」 「どうせ手を抜いておったのじゃろう?」 「ええ。でも、次は途中からチョット本気でやってしまったんです。 ・・・そして気づいたら、黒崎サンを殺すつもりで紅姫を握っていました。」 「お主にそこまでさせるとはな・・・」 静かに、感心するような声で呟く旧友に目をやって私は言葉を続ける。 「流石に卍解なんてやったりしませんけど。だけどどちらも始解の状態でずっと闘ってました。 そして最後はアタシがぐっさりやられて、ハイお終い。 目覚めたら布団の上に寝かされてましたよ。・・・・・・黒崎サンに治療されて、ね。」 「そこまで来ると、とても俄か死神には思えんぞ。」 「そうですね・・・自分の血筋のことも知ってるみたいでしたよ、彼。 だからって一心サンから何か教えてもらったわけではないみたいでしたけど。・・・何者なんでしょう。」 独り言の要素を多分に含んだ疑問の言葉に、旧友も自身に言う様に「そうじゃな。」と零す。 と、私は大切なことを言い忘れているのに気づいて「あ。」と声を上げた。 「ん?まだ何かあったのか?」 律儀に反応してくれる旧友に私はヘラリと笑って口を開く。 「崩玉のこと、黒崎サンに言っちゃいました。それから、あの日のこと・・・最初から全て仕組んでいたことも。」 「お主は阿呆だな。」 「・・・そうですね。」 端的な言い様に苦笑してそう返せば、彼女からは「でもまぁ、」という言葉が続いた。 「それが良いと思ったのじゃろう?喜助・・・お主自身が。」 かつて、私が赤子だった朽木サンに崩玉を埋め込んだこと。 撒き餌と・・・そして黒崎サンを利用して虚を呼び寄せたこと。 予定通り大怪我を負った朽木サンに霊力を分解する義骸を貸し与え、人間にしてしまおうとしたこと。 全部とはいかないが、それでもかなりのことを明かし、彼に崩玉のことを頼んだ。 それで良いと思った。 それが良いと思った。 ―――今でもそう思っている。 「ええ。あの時の虚もわざと呼び出したものだって知られた時にはキツイお仕置きを喰らってしまいましたけどね。」 笑って、彼女の呆れた視線を受ける。 少し深めに息を吸って、それから吐いて。 もう一度息を吸ってから私はゆっくりと言葉を紡ぎだす。 「一体何者なのか、何故そんな力を持っているのか。 黒崎サンはアタシ等にとってわからない事だらけな存在ですが・・・でも、これだけはわかったんスよね。」 静かに耳を傾ける旧友に私は続けた。 「強くて美しくて・・・・・・そして、とても優しい子だということ。」 卓越した戦闘能力。 魂の輝き。 そして、護ることを決めたその心。 「まったく・・・惚気も大概にしろ。」 黒猫の口から吐き出されたのは大きな溜息。 「嫌ですよ。いっぱい自慢したいじゃないですか。アタシの好きな人はこんなに素敵なんですって。」 そう言って微笑む。 彼女は「付き合っておれんわ。」と尻尾を振って闇の中に溶け込み、そのまま何処かへと行ってしまった。 再び一人に戻ったところで私は盃に口をつける。 見上げた中途半端な月は、そうしてやっぱり美しかった。 |