わかっていた。
わかっていたのだ。 こういう事態になることくらい。 彼が――― 彼がこんな目に遭うことくらい。 全ては私自身がそうなるように仕組んだことなのだから。 けれど・・・ なのに・・・ どうして・・・ ・・・―――どうしてこんなにも、辛くて痛くて仕方ないんだ・・・? Rainy Night
「どうした、喜助。」
「・・・いえ。なんでもないっスよ。」 夜のヤミ。 雨のオト。 血のニオイ。 その光景を前に番傘を差したまま、私は自分の肩に乗る友人に返した。 少しばかり返答が遅れてしまった感は否めないが。 想像していた通りの光景のはずなのに、今それを目にしているとどうしようもなく胸がざわつく。 一体なんだというのだ。 自分の様子に僅かばかりの苛立ちを覚えた。 しかし、それすら遥かに凌駕するざわつきと痛みが存在し、 この光景を目の当たりにしたその瞬間からずっと背筋が氷のように冷えているのも事実。 「助けぬのか?此の侭では流石にこの小僧でもアチラ逝きになってしまうぞ。」 それほど呆けていた筈はないのだが友人は痺れを切らしたらしい。 金色の瞳でジロリと此方を睨み、呆れたような、それでいて愚図愚図している私を責めるような声を出した。 その声に血を流して倒れ伏す少年を心配するものが入っていたのは気のせいではなかろう。 「わかってますヨンvそれじゃ、ちゃっちゃとお片づけしちゃいましょうかね。」 「喜助・・・?」 「はい?何っスか、夜一サン。」 「いや・・・」 何か言いたそうにしながら友人は口を閉じた。 可笑しなことでも言ってしまっただろうか? まぁ、少しばかり明るく言い過ぎたかもしれないが・・・それくらいで? 夜一サンってば、今日は調子でも悪いんスかねぇ。 ホラ、雨だし。 そんで夜一サンは猫だし。 そんなことを思いながら私は彼の元に跪いた。 右肩に裂傷が一つ、それから胸に大きな刺し傷が二つ。 場所から見て鎖結と魄睡だろう。 霊圧を探れば、ただ傷を負ったために今の弱々しい状態になっているわけではないことが分かる。 「これは・・・白哉坊も少々面倒くさいことをやってくれましたねぇ。」 「死神の力を失のうたか。」 「朽木サンから盗ったモノっスけどね。」 「ならば今度は本当に死神にしてやるまでじゃ。」 「はは・・・簡単に言ってくれる。」 傷口に手を当てて力を送り込む。 出血を止めてその体を運ぼうとすると視界の端に人影が映った。 「おや。あんな所にも。」 「お主わざとか?ずっとそこに倒れておったじゃろうに。」 呆れた口調の友人を肩に乗せたまま、倒れている人影――滅却師の少年に近づく。 「怪我はそんなに酷くないっスね。」 言って、傷の位置を確認してから先程彼にやったのと同じように力を送り込んだ。 あらかた傷が塞がってから「・・・っ」と滅却師の少年が身じろぎする。 そしてうっすらと目を開けて此方を確認した。 「コンバンハ。石田君・・・でしたっけ?」 「あなた、は?」 「アタシは浦原喜助ってンです。黒崎サンの知り合いっスよ。 ・・・で、キミの傷は一応塞いだんスけど、どうします?黒崎サンと一緒にウチにいらっしゃいますか?」 石田少年が私の背後に倒れ伏す死覇装の彼に目をやる。 「黒崎は・・・?」 「傷は塞ぎましたので、これから連れ帰ってちゃんとした治療をしますよ。」 「そうですか。」 そう言って、石田少年はよろよろと少しばかり頼りない仕草で立ち上がった。 「そのままお帰りになられるんで?」 「ええ。お気遣いありがとうございます。でも僕は大丈夫。 それより黒崎をよろしくお願いします・・・・・・今、奴等を倒せる可能性があるとすれば、それは僕じゃない。」 あら、よくわかっていらっしゃる。 そんなことが頭の中をよぎったが無視をする。 どちらも尸魂界からの使者に負けたことには変わりないのだから。 石田少年はちらりと倒れたままの彼を見やる。 「―――朽木さんを救えるのは彼だけだ。」 「そうっスか。それでは、お気をつけて。」 言えば、石田少年は此方に背を向けて雨の中を歩いていった。 私もくるりと向き直り、そうして倒れ伏したままだった彼の少年の体を抱き上げる。 肩に友人を乗せているので、この際お姫様抱っこというやつになってしまうが仕方ないだろう。 ・・・それにしても、碌に肉がついてませんね。細過ぎっスよ、この躯。 「そんじゃ、帰りますか。」 途中でずり落ちないようにしっかりと抱き上げてから下駄を鳴らして歩き出した。 触れたところから弱々しいながらも「とくん・・・とくん・・・」と鼓動が伝わってくる。 それに人肌の温もりも。 ―――彼は死んでいない。きちんと生きている。 それを実感して、ふと気づくと、なんと先程までずっと続いていたざわつきと痛みが無くなっていた。 「・・・・・・くく・・・」 ああ、もしかしてそういうこと? 小さく笑い声が漏れる。 「喜助、お主本当に今夜は可笑しいぞ。」 「そうっスね。アタシもそう思います。」 だってホラ、恋は人を可笑しくさせるものでしょう? この厄介な想いを自覚して、私はクスクスと笑い続けた。 友人に胡乱げな目でみられるが、そんなもの気にしていられない。 恋。 このアタシがまさか彼にそんな想いを抱いてしまうとは。 しかもこの時期に。 まさに間抜けとしか言いようが無い。 「さぁて。本当にどうしましょうかねぇ・・・これから。」 予定通りにコトを進めることが出来るのかどうか。 この想いを抱えて自分はどうしようというのか。 不確定要素の出現に私は一人、笑い続けた。 |