(俺は嬉しかったのかも知れない。アイツが“教えられたアイツ”じゃなくて“俺が知ってるアイツ”であることが。)
―――あの日、出会ったアイツであることが。 ソラカラノアクム
ギンが藍染への裏切りを示した直後、まるで申し合わせたかのように他の護廷の者達、そして織姫達や空鶴までもが一同に双極の丘へと現れた。
しかし彼らの表情は敵に向けるための厳しいものから、驚愕や困惑へと置き換わってしまう。 倒れ伏した藍染惣右介と東仙要。 逃走したはずの朽木ルキアと阿散井恋次。 ぽつんと佇む市丸ギン。 そしてほぼ無傷の旅禍・黒崎一護。 この組合せと各々の状態に誰もが「何があった?」と戸惑っていた。 状況が飲み込めず何を口にして良いのかもわからない。 しかしそんな中、ある一人が「一護、」と名を呼んだ。 「・・・夜一さん。」 一護の名を呼んだのは人型をとった夜一。 彼女は一護に近づくと、厳しい表情のまま告げる。 「この状況を説明してくれんか?四番隊副隊長から話を聞いて来てみれば、首謀者である藍染は既にこの通り・・・儂らにはサッパリ理解できん。」 「あ・・・ああ。」 「一護?」 意識を別の所にやっているような一護に夜一は眉を顰める。 ふとその視線を辿ってみれば藍染の仲間でありそして一護と旧知である市丸ギンがいて、夜一の眉間には更に皺が寄った。 「あやつも反逆者なのではないか?それなのに何故あのように放置しておるのじゃ。まさか今頃になって情けを・・・」 「違う。情けなんかじゃない。その必要が無かったから、そうしないだけ。」 「なに?」 一護が発した否定の言葉に夜一が目を見開き、そしてギン本人も驚いたように顔を上げる。 だが一護はそんなギンを見つめて小さく笑みを浮かべた。 「アイツは藍染とは違うよ。ギンは俺達を護ってくれたんだ。」 「一護・・・」 「一護、ちゃん・・・」 「それで儂らが納得すると思うてか。旅禍の少年。」 威厳に満ちた声が辺りに落ちた。 一護の視線はその発した主へと向けられる。 しかし琥珀の視線は揺るがない。 前に進み出た山本を見据えて一護は堂々と言った。 「納得も何も、それが真実です。山本総隊長。・・・・・・彼は、市丸ギンはその態度で自分の立場を示しました。」 「庇い立てするか。」 「庇うも何も、本当のことです。」 「証拠はあるのか?」 「俺が言っても駄目ならルキアと恋次の証言をどうぞ。それに藍染の左手についた刀傷を調べれば判るはずです。きっとギンの霊圧が残ってますから。」 何百倍も年上の威圧感を物ともせず、一護は悠然と笑みを浮かべる。 そんな一護の態度に山本はふっと表情を崩した。 「よかろう。」 「なっ、山本総隊長・・・。よろしいのですか。」 傍らにいた一番隊副隊長の雀部が上司の言葉に唖然とした表情を作る。 一護は旅禍であり、しかも自分達は一護が言うような光景を目にしていない。つまり本当かどうか判らない。 また霊圧云々については調べれば判るだろうが、それはまだ行われていないのだから。 しかし山本は「そうじゃ。」と短く肯定を返した後、素早く他の者達に命令を下し始めた。 二番隊は反逆者・藍染惣右介と東仙要を捕縛し牢へ護送。 四番隊は朽木ルキアと阿散井恋次、そして黒崎一護の元へ。怪我があれば速やかに治療せよ。 それから・・・・・・ テキパキと命令が下され、困惑で動きの止まっていた者達も次第に各々の仕事をし始めた。 ああこれが総隊長と言うものか、と一護は感心しながら傍にやって来た四番隊の者・・・ではなく走ってきた織姫に傷の具合を見せる。 とは言っても、藍染との戦闘で数箇所に小さな切り傷を作った程度なのだが。 「黒崎くん。どこか他に痛い所とか無い?」 「大丈夫だって。ありがとな、井上。」 六花による治療はすぐに終わって、一護の礼に織姫は嬉しそうな笑みを零す。 先刻の一護の“敵を庇う”発言に関して僅かな戸惑いはあるものの、彼女なりに、黒崎くんは黒崎くん、と認識してくれているのだろう。 それをありがたいと一護は思う。 しかしそんなほのぼのとした雰囲気の中、ふと嫌な何かを感じて一護は周囲を見渡した。 「黒崎くん・・・?」 (何だ、この感じ・・・) 『っ!一護、上だっ!!』 白い彼が叫んだ直後、一護も叫んでいた。 「藍染達から離れろっ!!」 その声の大きさと孕んだ危機感に、反逆者の周りにいた者達が慌てて飛び退く。 それから一瞬遅れて藍染と東仙の上に光が降った。 「反膜か・・・!」 毒づく一護の視線の先。 空が割れ、闇の中から何体もの大虚が姿を現わしていた。 「ギリアンか・・・!何体いやがんだ・・・!!」 「いや・・・まだ奥に何かいるぞ!!」 同じように空を見上げ、副隊長の誰かがそう口にする。 一護は反膜を作っているであろうその奥の“何か”を見据え、表情を険しくした。 「くそっ!藍染達に逃げられちまう。」 どうすれば、と。 その時、一護の脳内で白い彼の声が響いた。 『崩玉を使え、一護。』 (・・・え?) 『俺は虚みたいなもんだからな。崩玉を取り込んでその力を使えばいい。・・・今のお前に俺の力が加われば不可侵の領域ごとき簡単に壊せる。』 ニヤリと笑う気配。 出来るのかと戸惑う暇など一切与えぬ自信に満ちた声だった。 『大丈夫さ。だって“俺”だぜ?』 「・・・ああ。そうだな!」 相棒が大丈夫だと言うのだから、それはきっと・・・いや絶対大丈夫なのだ。 そんな思いが一護を満たす。 頷いた一護は織姫から離れると、握り締めたままだった崩玉に視線を落とし、それに霊圧を込めた。 過度の霊圧に耐え切れず、パキン・・・と澄んだ音と共に崩玉を覆っていた結界が破れ四散する。 そして残った崩玉本体を口へと運び、一護はそれを躊躇いも無く飲み込んだ。 ゴゥ・・・!!! その瞬間、一護の周りに強烈な光と風が生まれた。 空を見上げていた者達はハッとしてそちらを向く。 「一護!?」 「黒崎くん!?」 彼らの視線が集まる中で一護は閉じていた目をゆっくりと開いた。 「・・・これが、俺とお前の力か。」 『どうだ。やれそうだろ?』 「ああ。」 傍から見れば奇妙な独り言だが、生憎それを聞き取れた者はいない。 だが対して姿は見ることが出来ており、周囲の者達はその変化に息を呑んだ。 「黒崎くん、その格好・・・」 一番近くにいた織姫がそう呟く。 目の前にいたのは黒衣を纏う一護だったはずなのに。 しかし織姫の目には現在、黒衣ではないものが映っていた。 一護はそんな織姫の様子から己の姿を見下ろし、そしてたった今気付いたように目を見開く。 「・・・白い。」 黒衣だったものは一瞬の内に白に染まり、本来白かった部分は青みを帯びた黒へ。 天鎖斬月は漆黒を保っていたが、着衣の変わり様に一護自身驚いていた。 「どうして。」 『俺の力の方が強かったってことだな。・・・ま、お前自身がもっと強くなればそのうち元に戻るだろう。』 (そうなのか?) 『そうなんだよ。ほら、悩むよりも先にやることやっちまえ。』 相棒に促され一護は再び空を見た。 反膜に包まれた藍染と東仙は徐々にだが空へ昇って行く。 けれどまだ間に合う。 一護は天鎖斬月の柄を握り直し、そこに思い切り霊圧を込めた。 あまりの強さゆえにその霊圧が可視化される。 右腕を中心に立ち昇るそれはまるで黒い翼のよう。 赤い光を帯びた黒の翼を身に纏い、一護は空を真っ直ぐに射抜いた。 「月牙天衝!!!」 叫びと共に黒く巨大な月牙が放たれる。 それは空の裂け目を直撃し、ギリアンを一瞬にして消滅させると、更にその奥にいる者にまで襲いかかった。 そして。 パァァァアン・・・ 作り手を失い、反膜が高い音を立てて弾けた。 空の裂け目は微かに何かが蠢く音を残しつつ急速に閉じていく。 「やっと終わった・・・」 『そうだな。』 その光景を瞳に映し、一護と白い彼は安堵の息を吐き出した。 |