「とりあえず浦原を一発どころか百発くらい殴らねばならぬことがよっっっくわかった。」
そう告げた少女の顔には満面の笑みが浮かべられている。 ただし、こめかみにハッキリと筋を浮かび上がらせて。 タイセツナモノ
藍染を倒して目的の道具を手に入れた後、一護はルキア達に自分の行動の本当の理由を明らかにした。
話している間中ルキアも恋次もずっと唖然としていて、しかし途中で遮ることなく静かに耳を傾けていた。 そして一護が全てを話し終わった後、ルキアが冒頭の台詞を吐いたのだ。 「ルキア・・・なんか恐ェぞ。」 「何を言う一護。私のどこが恐いのだ。ちょっと・・・ほんの少し怒っているだけだぞ?」 にこっと笑う彼女を前にして一護の顔が引き攣る。 どこが“ちょっと”だ!?と。 (目が笑ってねぇんだよ!目が!!) その思考は恋次も同じらしく、一護と同様の表情を晒していた。 だが恋次の視線がふとルキアから外された時、彼はハッとしたように表情を厳しいものに改めて“それ”から少女を護るように立ち上がった。 「恋次・・・?」 幼馴染の急変にルキアが不思議そうな顔をする。 対して一護は恋次の変化の理由を最初から知っていたとでも言うように、静かに一言。 「いいから。」 何を、とは言わない。 しかしその言葉が示すものをきちんと理解した恋次は驚愕に目を見開いて一護を振り返った。 「なんでだ・・・!?あいつはッ!」 「ギンは俺達に手出ししねーよ。」 ―――俺と藍染が戦ってた時のこと、よく思い出せって。 苦笑を織り交ぜたその声は、どこか悲しさも含んでいる。 東仙が敗れ、藍染が敗れ。 残っているのは市丸ギンただ一人。 しかし今まで何の行動も起こさなかったためか、それとも一護が繰り広げた戦いとその後の話に意識を持って行かれていたためか、その男には注意を払えていなかった。 一護の口から出た固有名詞にルキアもようやく気付いたようで、それと同時に告げられた言葉の意味と親しそうな呼称に目を見張る。 ただ、その音に秘められた感情にまで気を回すことは出来なかったが。 「一護。その崩玉とやらが絡む話以外に、お主は何を隠している・・・?」 「それはまた、追い追い。」 今はそれよりも優先すべきことがあるからと、一護は手中の物をルキアに見せた。 ギンの視線が此方に向いているのを気にした風でもなく、話を元に戻す一護にルキアも恋次も口を噤んでしまう。 一護がそう言うなら、とどこかそう思わせる表情だったからなのかも知れない。 「で、崩玉を取り出すことについてだけど。浦原の話だと、ルキア本人には何のダメージも無いってさ。」 「・・・胸に腕を突き入れられるのだろう?精神的なものはかなりあると思うぞ。」 「あー・・・ガンバレ。」 「おいちょっと待てぇい!」 片言。しかも横を向いた一護にルキアから素早くツッコミが入る。 まるで先刻の微妙な雰囲気を消し去るように。 「まあまあ、覚悟を決めろよ。いつまでもンな物騒なもん体の中に入れとくのも嫌だろ?」 「う、それはそうだが・・・」 「大丈夫だって。優しくするから。」 そう言って一護はにこりと微笑む。 横で恋次が「お前その言い方なんかエロい。」とか何とか言ってきているが無視だ。 「ほら、ルキア。」 「・・・わかった。」 色々と葛藤しながらそれでも結局――渋々とではあるが――了承する。 そんな少女の様子に一護は苦笑。 しかし一度ゆっくり瞬きした後、その表情は真剣なものに塗り変えられていた。 例の道具を右手に持ち替えて、恋次を後ろに下がらせる。 そして一護は円筒状のそれの上部にあるボタンを親指でぐっと押し込んだ。 途端、二人を取り囲むように六本の柱が出現し、同時に一護の右手が不可思議な何かに覆われる。 それをチラリと見つめた後、一護は一気にその手をルキアの胸に突き刺した。 「ルキ・・・!」 恋次の声が聞こえる。 頭では解っていても、やはり目の前の光景に感情が先行してしまうのだろう。 だがそれも一瞬のことで、腕を引いた一護の右手には透明な結界で覆われた小さな球状のものが存在していた。 一方、少女に視線を向ければ、シュルシュルと渦を描くように治っていく胸の穴。 「・・・ルキア、」 「終わったのか。」 問いかけとも独白ともとれる呟きを漏らし、ルキアはほっと肩の力を抜く。 一護達を囲っていた柱状のものは用が無くなるとすぐに消え去り、駆け寄ってきた恋次が「大丈夫か?」と心配そうな顔を見せた。 「ああ。何も異常は無い。・・・これでやっと終わりか。」 「そうか。よかった・・・」 恋次がほっと一息つき、その横で一護も笑みを浮かべる。 「お疲れさん、ルキア。」 「まったくだ。」 ルキアの返答に一護は苦笑して、それから話しこむ二人を尻目に自分の右手に収められたものに目を向けた。 (これが、崩玉。) 『ついにやったな。』 (ああ。) カチャ・・・ 相棒に頷いたその時、一護の耳が鍔鳴りの音を拾った。 まさか・・・!?とハッとした一護が視線をやった先。 そこには左手で斬魄刀の柄を握り口元を歪めた藍染の姿があった。 全身から血が引いていくような感覚の中、視界の中央で藍染が口を開く。 「止めろっ!」 「卍か「射殺せ、神鎗。」 「・・・ぐっ!」 「なん・・・!?」 始解どころか卍解をしようとしていた藍染に向かって鋭い刃が走った。 男の左手を見事貫き、鏡花水月を弾き飛ばしたその刀。 一護は目の前の状況に戸惑い、そして危機から救ってくれた刀の持ち主を見やる。 琥珀の双眸が見据える先にいたのは白い隊長羽織を翻す銀髪の青年。 「ギ、ン・・・?」 元上司を裏切った市丸ギンその人は、藍染の血に染まった神鎗を一振りして鞘に納めると静かに、しかしはっきりと告げた。 「藍染隊長、ボクの大切な子ぉ傷つけんといて下さい。」 「キサ、マ・・・!」 ギンの言葉に藍染がギリっと奥歯を噛み締める。 しかしその憎々しげな表情に、ギンは真逆の笑みを返した。 「すんません。ボクの優先順位はあの子の方が高かったみたいですわ。」 |