「なんか・・・こう。嫌な予感がするんだけど。」
「あー。俺的にそれ正解。」 刀を交えながら、一護の呟きに白い彼は溜息混じりでそう返す。 嫌な予感と言うよりも、何かが遠くから近づいて来るような感じ。 今は白い彼が自力で・ではなく、夜一の霊力と転神体を使って具象化しているので、彼の虚に似た霊圧が外に漏れ出るようなことは無いが、だとしたら近づいて来る何者かは激しい一護の霊圧を辿っていると言うことになる。 一護よりも先に大体どこの誰が此方に向かって来ているのか判ってしまった白い彼は再度溜息を零してから、 「ま、気にすんな。」 と呟いた。 セマリクルコクゲン
期限は三日と定めた卍解修行も二日目。
名ばかりのそれがあと数時間で半分になろうかと言う時、突如として一護達がいる隠し空間に轟音が響き渡った。 生憎一護は白い相棒との戦闘に集中していたためか、その接近を上手く感知できておらず、その音にビクリと肩を竦ませる。 対する白い彼はもう随分前からその存在に気付いており、驚くでもなくいったん戦いの手を休めて、一護と同じ土煙の舞う方へと視線を向けた。 収まる気配を見せない土煙はもうもうと来訪者の姿を隠す。 だが例え視認できずとも霊圧はまた別モノだ。 一護も体が無意識に感じ取る「予感」としてではなく、はっきりとその霊圧を捉えて「あ・・・」と声を上げた。 それに重なるようにして、砂色の幕の向こうから届いたのは聞いたことのある声。 「こんな処に潜って何やってんのかと思ったら・・・。そいつはてめぇの斬魄刀の本体か?」 己へと意識が向けられたことに、ピクリと白い眉が上がる。 機嫌があまり良いように思えないのは、決して一護の錯覚ではないはずだ。 「隠れてコソコソ卍解の修行か。面白そうなことやってんじゃねぇか・・・」 ようやく晴れだした土煙の奥から現れたのは赤い髪。 吊り上がった目が一護に焦点を合わせた。 「俺もまぜろよ。」 「・・・恋次。」 現れた者の名を呼び、一護は己へと向けられた鋭い笑みを見据える。 何の用だ?とは口で言わずとも表情で読み取ってくれるだろう。 案の定、恋次は一護の顔を見て「何、大した理由じゃねぇ。」と言い、ゆっくりと距離を詰めてきた。 「ちょっと時間がなくなっちまってな。俺も少し集中して鍛錬する場所が欲しかっただけだ。」 「時間が無くなった?」 (どういうイミだ・・・) 双極が解放されるまで、まだ幾日か有るはず。 己と恋次の間での共通項はルキアの処刑に関することぐらいでしかなく、ふと浮かんだ考えに、一護は外からでは判らぬ程度に目を見開く。 恋次は一護の呟きにも似た問いかけを聞き、歩みを止めて口を開いた。 「・・・そうだな。てめぇには教えといてやる。」 その顔からは先刻の笑みが消え去り、鋭い眼差しだけが残る。 「ルキアの処刑時刻が変更になった。」 「・・・何だと?」 「新しい処刑時刻は明日の正午だ。」 (へぇ・・・) 言い切ると同時、恋次が一護から視線を外したのを良いことに、琥珀の双眸は面白そうに歪められた。 その隣では白い彼も肩に天鎖斬月を乗せて口元に弧を描いている。 普通なら急激に縮まった期限に対し驚くなり焦るなりするものなのだろうが、自分達は違う。 むしろ待ち望んだ“時”がすぐ側まで来て、より気合いが入るというもの。 色だけが違うそっくりな顔に浮かんだ二つの笑みは、恋次が「卍解まではあと僅か。こっちはこっちで好きにやらせて貰うぜ。」と振り返ったことで消されてしまったが、一護とその相棒、そろって心中では「ようやくか。」と緊張感を孕みつつ楽しげに笑っていた。 そして、処刑当日。 卍解を修得した恋次が未だ修行を続ける一護の背に言葉を掛ける。 「じゃあ、俺は行くぜ。」 「・・・ああ。」 「・・・・・・。」 はっきり言って、恋次から見た今の一護とその斬魄刀の状態では本当に卍解に到ることが出来るのか怪しいところだった。 しかしそれ以上は何も言わず、この場所から出るため梯子の所へ歩を進める。 途中、岩に背を預けて戦いを見守る夜一と擦れ違い、恋次は彼女にも声を掛けた。 「夜一さんよォ。あいつは・・・本当に大丈夫なのか?」 その言葉に対し、夜一はフッと息を吐き出して口元を歪める。 笑みにも見えるその表情に恋次は怪訝そうな顔をしてみせた。 「夜一さん・・・?」 「案ずるな。」 「誰も案じちゃいねーよ。」 「そうか?まあ良い。・・・一護は平気じゃ。卍解に関しても問題は無い。案じる方が莫迦らしくなるくらいにな。」 「はぁ?そりゃァどういう・・・」 「気にするな。ほれ、おぬしは先に行け。儂はもう暫くあいつらに付き合ってやるつもりじゃからのう。」 そう言って梯子を指差された恋次に続けられる言葉は無かった。 渋々といった感じではあるが梯子を登り始め、やがて見えなくなる。 ただ一人。 残された夜一は戦う白と黒の二人を見据えながら「まったく・・・」と呆れ気味に呟いた。 「本当に、案じる方が莫迦らしいわい。」 |