人質にし、さらには誘拐にまで縺れ込んだ黒髪の死神の名は「山田花太郎」というらしい。

「お願いです。ルキアさんを助けてください。」

尸魂界に連れ戻された後のルキアと知り合い、彼女との会話の中で知ったという一護本人を目の前にして そう言った花太郎の瞳に嘘は見られなかった。



そして現在、一護と岩鷲は花太郎について、ルキアが居る白い塔・懺罪宮に向けて 瀞霊廷全域に張り巡らされている巨大な地下水道を歩いていた。
この地下水道はあまりにも複雑な構造をしているため、四番隊の隊員達しか完全には把握出来ていない。
補給路も兼ねているこの空間は救護・補給専門兼雑用係である花太郎達にとって必然的に覚えてしまうものだが、 それ以外の者達にしてみれば超難関な迷路といったところか。
よって、他の死神達に追いつかれるということはまず無いと見ていいだろう。

そして実際に追っ手の気配など微塵も感じられぬまま、一護達は懺罪宮に最も近い出口まで辿り着いた。












ノライヌノサケビ











「ほら。あれが懺罪宮ですよ。」

揃って地上に出た後、白い建物が塔の様に連なりあった建造物を見上げて花太郎が言った。
声につられて一護も同じように懺罪宮を見上げる。
窓は必要最低限にしか取られていないらしく、壁の白さばかりが目立つそれ。

「デケーな・・・あそこにルキアが居んのか。」
「はい。・・・・・・あの、どうかよろしくお願いします。ルキアさんのこと。・・・僕じゃ何も出来ないから。」

言いながら、花太郎は徐々に視線を落としてしまう。
先刻十一番隊の隊員達から護廷十三隊の中で最弱の部隊だと言われ、事実本人も認めているだけに、 ここに来て力の無さがひときわ情けなく思えて仕方がないのだ。

どうしてこんな時、自分は誰かの剣にもなれず盾にもなれないのか。・・・何も、出来ないのか。

積もっていく自責の念に花太郎は顔も上げられず、地面ばかりを見つめた。
しかし。

「そんなこと無ェよ。」
「え?」

花太郎は一護の声に顔を上げた。

「そうだぜ。お前は俺達のこと立派に案内してくれたじゃねーか。」

続いて、横から岩鷲までも。
戸惑いをみせる花太郎に一護は笑いかける。

「花太郎は充分過ぎるくらいやってくれてるってことだ。 お前が居なかったら俺達はまだまだ此処まで来られなかったんだからな。」
「そういうこと。」
「一護さん・・・岩鷲さん・・・」

二人の顔を交互に見返し、花太郎は感極まるといった感じで名前を呼んだ。
そして、自分を励ましてくれる彼らにせめてお礼を・と口を開くが―――

「ありが・・「ちょっと待て。」
「?どうした一護。」

花太郎の言葉を遮った一護に、岩鷲が疑問符を浮かべる。
問われた一護は前方を見据えたまま、スッと目を細めた。

「階段の所に誰かいる・・・」



風で舞い上がった土煙の向こう側に覚えのある霊圧。
切れ間に覗く死覇装の黒。そして橙とはまた違った鮮やかな・・・緋色の髪。

煙が晴れ、姿が露わになる。



「久しぶりだな・・・俺の顔を憶えてるか?」

ゴーグルを押し上げ、その死神は一護を睨みつけた。

『・・・来たか。』
「阿散井、恋次・・・」





立っていたのは六番隊副隊長・阿散井恋次。
今まで出会ってきた死神達とは一線を画すその霊圧に背後の岩鷲と花太郎は震える体を抑えられない。
そんな二人を全くといっていいほど無視し、恋次は己の名を覚えていた一護を「上出来。」と称しながら、 一歩、また一歩と階段を下りてきた。

「正直驚いたぜ。てめーは朽木隊長の攻撃で死んだと思ってたからな。」

階段を下り切ってもなお、その歩みは止まらない。
視線も声も、全て真っ直ぐ一護だけに向けられている。
そして。

「あ・・・おいっ!?ちょっと待てよ一護!」

岩鷲の静止を受けるが、一護も恋次を見据えて一歩踏み出した。
さすがに二人を背後に庇った状態で戦うつもりなどこれっぽっちも無いのだ。



『今のところ、阿散井恋次に用は無ェ。』
(聞きたいことも、やってもらいたいことも、な。)

徐々に前進のスピードを上げつつ、二人の間で恋次には早々にお引取り願うことに決める。
一角と闘ったときはルキアの居場所を聞く必要があったため、加えて尸魂界で初めてまともに死神と戦うということで、 お楽しみの面も含めて少々遊んだりもしていたが、今はその必要も無い。

そうとは知らず、自分に向かって来る一護を認め、恋次の口角が上がった。

「どうやって生き延びたか知らねェが、大したもんだ。褒めてやるよ。・・・・・・だが、ここまでだ。」

そして、抜刀。
一護もその動作に合わせて斬月に手をかける。
恋次は鞘から始解されていない蛇尾丸を抜き放ち、その切っ先を一護に向けた。

「言った筈だぜ。俺はルキアの力を奪った奴を殺す。てめーが生きてちゃ、ルキアに力が戻らねえんだよっ!」

言い切った途端。
ひときわ強く地面を蹴り、瞬時に距離を詰めて恋次と一護が肉薄する。



ガキィンッ



刀同士が打ち合わされ、不協和音を奏でた。

一護を睨みつける恋次と、恋次を何の感慨も無く見ているだけの一護。
それに余計な不快感―――怒りまで煽られ、恋次は更に斬魄刀を持つ手に力を込める。
けれども全く動かない。
つまりは相手からも同じ力で押し返されているということで。

「・・・見当違いもいいとこだ。」
「何?」

焦燥を覚えはじめた頃、静かに呟かれた声に恋次はふと片眉を上げた。

交差する刃の向こう側。
説明するのが面倒くさい・とでも言いたげな瞳にぶつかる。
しかしそこで恋次が余計に怒りを増長させると、反して一護は冷たく嘲るような双眸を向けた。

「俺を殺してもルキアに力なんか戻らねぇよ。」

何故なら一護の力は元々一護自身の魂に在った物だから。
現在のルキアに力が無いのは虚の攻撃によって大怪我を負ったことによるもので、 そして全く回復しないのも浦原が作った特別な義骸に入っていたためだ。
例え一護を殺そうと、他の何かの命を奪おうと、それでルキアの力が戻るということは皆無なのである。

「それに、」

いったん区切り、一護は口元にフッと微笑を刻む。
その口元だけが優しげな淡い笑みを浮かべた状態で、放つ言葉は辛辣。



「お前に俺は殺せない。」



「うるせえっ!!」

確信めいた声を掻き消すように恋次は怒鳴りつけた。
怒りにまかせて蛇尾丸を振るう相手に一護は抵抗せず後ろに下がる。

(ルキアの力を取り戻すために俺を殺す・ね。不可抗力な勘違いはさておき、力が戻れば刑も軽くなったりすんのか?)

恋次の勘違いはルキアが一護を庇うための言い訳によるものだろうから仕方がないとして、 力の譲渡云々に関して瀞霊廷における法はどうなのだと白い相棒に問う一護。
しかし返って来た答えは『さぁ?どうだろうな。』というもので結局わからず終いだ。
ただ、続けて言われた台詞に、一護は些か考えをめぐらす。

『でももしそうなら、コイツは嬢ちゃんを助けたいと思ってるわけだ。』
(助けたい、ねぇ・・・)
『本人に直接聞いてみれば?』

からかうような声で提案されたものだが、やってみる価値が無い訳ではない。
それこそ訊いて返って来たのがYesならこの無益な戦いを収められるかもしれな・・・―――。

「はぁっ!!」
「・・・。」

思考中にやって来た恋次の突撃を斬月で右へと受け流し、 慌てて振り向いたその胸の中心に一護はタンッと横なぎで左腕を見舞う。
直後、軽い音に見合わず鈍い衝撃音が生まれた。
壁には放射線状にヒビが走り、背を強かに打ち付けた恋次が砂埃の中で蹲る。

「一角より弱ェ・・・のか?」

浦原とは比べるまでも無く。
始解もまだな相手に対して抱くべき感想ではないだろうが、 ほぼ反射的に放った攻撃に対してこれほどまで綺麗に受けてくれるのもどうかと思う。
そう思った途端、前方で一気に霊圧が膨れ上がり、周囲の空気が震えた。

「咆えろ!『蛇尾丸』!!」

声と共に砂埃の中から伸びてきたのは刃の群れ。その牙で相手を噛殺さんとするような鋭い一撃。
しかし一護はそれを一歩横に跳んだだけで躱す。
シャァ!と空気との摩擦音が聞こえる程のそれを目で追い、そして伸びきった頃合を見計らって斬月で弾き飛ばした。
顔の近くで金属同士の擦れ合う大音響に見舞われて僅かに顔をしかめつつ、 弾かれた蛇尾丸に引き摺られるようにして砂埃の中から姿を見せた恋次を視界に捉える。
そのまま体は石畳の上に投げ出され、受身を取りつつ地面と擦れ合ってから止まった。

一護が彼の元へ近づこうと歩み始めると、視認せずともそれを気配で悟ったのだろう。
瞬く間に伸びていた刃の群れが戻されて再び恋次が攻撃の構えを取った。
そんな恋次の姿を認めると一護は歩数にして約十歩程度の距離を置いて立ち止まる。
先程受けた攻撃の所為か、恋次のサングラスには大きな亀裂が入り、こめかみからは血が流れ出していた。
けれども眼光衰えることなく睨みつけてくる視線に、一護は淡々と問いかける。

「お前、ルキアのこと助けてぇのか?」
「っ何言ってやがる!既に上が決めたことだ・・・今更ンなわけ、無ェよっ!」

真っ直ぐに飛んできた刃の群れに一護は眉根を寄せた。

捻りも何も無い一撃は先程まであった勢いすら削がれている。
直線的過ぎるそれはまるで真実を言い当てられて癇癪を起こした子供のようだ。
明らかに動揺している攻撃に、既に避ける気すら起こらない。

一護は左手を前に翳し、躊躇いも無く指先でタンっとそれを止めた。
ガンガンガンガンっ!と次々に残りの刃も先頭のものに衝突しては停止していく。
指だけで己の一撃を止められたことに信じられないと恋次は目を見開くが、 それだけ今の攻撃に込められた霊力と一護が見せた霊圧(の高さによって生じる肉体の強度や硬度といったもの) の差が大きいということでだ。

止められた刃の群れは引き戻されること無く地面に落ち、耳障りな音を立てる。
その横を興味が失せたとばかりに通り過ぎ、一護は恋次に近づいていく。

「ホントに?」
「っな、にが・・・」
「ホントにテメーはルキアを助けたいと思ってねぇのか?」
「だから言ってんだろうが。・・・四十六室が決めたことに今更『否』は無ェんだよ。」
「へぇ。」

そうは見えねぇけど?と不機嫌そうに呟く声は作ったものではなく本心からだ。

どうみても目の前のこの死神はルキアの処刑に納得していない。助けたいと思う気持ちを持っている。
しかし思いに反して行動を起こそうとしない。
いっそ彼女を攫うくらいの勢いを・・・覚悟を持っていない。

まるで、一護を殺してルキアの力を元に戻すという行いを、 彼女を助ける事が出来ない、死なせてしまうことに対する償いにしているように感じられて、 一護の不機嫌度は増加の一途を辿っていた。

・・・しかし。

仕方ねぇだろ・・・
「ん?」

俯き、恋次が小さな呟きを漏らす。
それを聞いて、何が仕方ないのだ・と思う一護。
恋次はまるでそれに答えるかのごとく、また今まで溜めてきたものを吐き出すかのように叫んだ。

「敵わねぇんだよ!」

悲痛。そう言えるほどの声で。
認めるしかない悔しさに目をきつく閉じ、地面に叩きつけた拳から血が流れることすら厭わず恋次は続ける。

「俺じゃあ朽木隊長には敵わねぇんだ!ルキアがいなくなってからずっと。 毎日毎日、死ぬ気で鍛錬したってあの人には敵わなかった・・・!一度も勝てなかった! 力ずくで・・・どんだけ助けたいって思ってようが、ルキアを取り戻すなんて俺には出来なかったんだっ!!」



恋次の叫びに一護はそっと目を伏せた。

護りたいから護る。助けたいから助ける。
そんなこと、力が無くては言えないことくらい充分知っていたはずなのに。
血と雨の記憶と共に嫌というほど思い知らされていたはずなのに。

(なんだよ・・・・・・俺の考えは“力ある者”の驕り、ただの思い上がりじゃねーか。)

いつの間にかそんな大切なことまで忘れてしまっていたのかと一護は斬月を握る手に力を込めた。





「黒崎、恥を承知でてめえに頼む・・・!ルキアを・・・ルキアを、助けてくれ!!」

「・・・・・・ああ。必ず。」






















力を持っている故に、助けようと思ったらその通り助けられる力がある故に、

忘れてしまうことや間違ってしまうこともあるんじゃないかなぁと。

にしても一護ってば恋次を貶し過ぎだ(痛)












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