準備は万端。
あとはただ、己の思うままに進むだけ。












チョッカントカクゴ











「・・・ぅ・・・、ぁ・・・」

ひっそりと静まり返った・・・否、ただ一人がブツブツと何かを呟いていた練武場に もう一人分の呻き声のようなものが加わった。
先刻から何事かを呟いていた人物――岩鷲はそれに気づかぬまま繰り返し繰り返し 紙に書かれた口上を読み上げている。
しかし呻いていたもう一人が突然パッと目を開けて起き上がった。

「それはヤバイ!死ぬからっ!!・・・・・・・・・・・・・・・って、あれ?・・・ああ。」

キョロキョロと辺りを見回し、夢から覚めたのだと気づいてほっと一息ついたのは一護。
その叫び声で岩鷲が一護の方を振り返り胡乱気な顔をする。

「あ?何言ってんだてめえ。」
「や・・・ちょっと夢見が。」

自分とそっくりな白い死覇装の人物に追い掛け回されていました。
しかも最後辺りには生命の危機まで感じてしまいました。
などと言えるはずも無く、一護は乾いた笑いを返すだけに留めた。

(えーっと。なんで俺、こんな所で寝てたんだ・・・?)

皆が霊珠核で砲弾を作れるようになったあと夜一から突入の心得というものを聞かされていたのだが、 その記憶が途中までしかない。
悩む一護に『ああ、それ?』と頭の中で声が響いた。

『俺が無理やりコッチに連れ込んだからだな。』
(・・・・・・はぁ!?時と場所くらい選べって!!)

他人様が話してる最中にぶっ倒れた俺って何なんだよ!?

いきなり白い彼に干渉されて意識を失ったであろう自分とその周りの反応を想像して一護は頭を抱えたくなってしまう。
しかし干渉してきた当の本人は、肩をすくめるような気配を見せて小さく笑う。

『どうせ心得なんて聞かなくても構わねぇだろ。』
(いや、でも内容がどうというより礼儀としてだな・・・)
『まぁ済んだモンは仕方ない。』
(お前が仕方なくさせたんだろうが。)

諦めろ・と言ってくる白い彼に一護はガクリと肩を落とした。
そんな一護の様子に白い彼は苦笑を漏らし、けれども少し優しげな響きを持って話しかける。

『でも一応さっきのは“夢”だから眠ったことに代わりねぇ。体も頭も休めた筈だぜ。 ・・・お前、ちょっと頑張り過ぎてたからな。』

言われて、自分の行動を振り返ってみる。
そして、

(あー・・・うん、サンキュ。)

どこか照れくささを感じながら一護は小さくそう返した。














「おっ!目が覚めたか黒崎!」

一護が目覚めてしばらく経った後、開いた扉の隙間から雨竜がひょいと顔を出した。

「石田?さっきは悪ぃな。いきなり倒れちまって。」
「そう思うなら最初から倒れるようなマネしないでくれ。井上さんも茶渡君もみんな心配していた・・・ じゃなくて。夜一さんが上で待ってるぞ!出発の準備だ!」
「りょーかい。」

先に行くと言った雨竜に続いて一護も練武場を出る。
階段を上り地上に出れば、既に(未だ何かを呟いていた岩鷲を除いて)全員が 巨大花火台・花鶴大砲の前に集合していた。

「よし!揃ったな!」
「はい!」

正面に鎮座していた夜一に言われ、雨竜が返事をする。
それとは別に、空鶴は一護の方を向くと練武場に残っているであろう実弟について訊いてきた。

「おい。岩鷲のヤツはどうした?」
「どうしたって・・・。あいつなら下で何か読んでたけど?」

何を読んでいるのかまでは聞き取れておらず、あれは一体何だったんだと一護が首を傾げる傍ら、 空鶴の方は「何かを読んでた・・・?」と思い当たる事があるような顔をしてみせる。
と、その時。

「ちょっとまったあ〜〜!!!」

大声を張り上げてその本人が現れた。
急いで階下から上がって来たらしく息も切れ切れである。
しかし岩鷲はニッと笑って片目を瞑る。

「ヒーローは遅れて登場するもんだぜ!」
「何だ?その格好は。」

ヒーロー云々には敢て突っ込まず、先刻とは違って動きやすそうになった岩鷲の衣装について問う一護。
岩鷲は右手を腰に当てた状態で自慢げに胸を張る。

「岩鷲様専用バトルコスチュームだ! かっこいいだろ!泣いて頼んでも貸してやんねーぞ!ザマーミロ!」

(いや、いらねぇし。っつーか、)
「バトルコスチュームだぁ?お前ホントについて・・・」

来るのかよ・と続けようとした一護にザッザッと草を踏みしめ岩鷲が詰め寄った。
鼻先が触れ合うほど近く顔をつき合わせると、逃さないとばかりに目を合わす。
そのまま―――

「俺の兄貴は死神に殺された!!」

その発言に一護以外の周りが息を呑んだ。

「岩鷲てめえっ・・・!」
「姉ちゃんも黙って聞いててくれっ!!」

何を言い出す気だと空鶴が諌めようとするが、岩鷲は大声を出してそれを制止する。
一拍呼吸をおくと岩鷲は静かに語りだした。

「兄貴は天才だった・・・死神統学院に一発で合格、六年あるカリキュラムを二年で終了させて、 本隊に入隊してからはたった五年で副隊長にまで登り詰めた。・・・でも、」
「・・・その先は知ってる。」
「なに!?」

目をむく岩鷲をそのままに、一護は淡々と語りだす。

「他人から聞いた話だ・・・志波家の天才・志波海燕が死神に殺されたって。 流石に誰が殺したのか、なんでそんな事になったのかってのは知らねぇけどな。」
「ンなの決まってらァ!兄貴は、死神どもに裏切られたんだ!仲間だったはずの死神に!! それにボロボロになって死にかけた兄貴をウチまで引きずってきたあの女・・・ 鬼みてえな顔してたアイツを忘れられるワケがねぇ・・・!」

当時のことを思い出しているのだろう。
岩鷲の顔には怒りとも憎しみとも、そして悲しみや恐怖とも取れる複雑な色が浮かんでいた。

「けど、兄貴は最後にそいつに向かって嬉しそうに礼を言ったんだ。 ・・・俺には兄貴がなんでそんなことをしたのかわからねぇ・・・。 けど一つだけ言えるのは、兄貴は最後まで一度も死神どもを憎みも嫌いもしなかったってことだ!」

瞳の力を一層強くして岩鷲は一護を見た。

「俺は知りてえ! どうして兄貴は最後まで死神を憎まなかったのか!どうして兄貴は最後まで死神を信じられたのか!」

岩鷲が一護の着物を掴み上げる。
思い出すのは練武場で見た真っ直ぐな琥珀の双眸。

「てめえは他の死神とは違う!そんな気がする! てめえについていけば何かわかんじゃねえか。そんな気がする!だから俺はてめえを手伝ってやる!・・・ 本当の死神ってのがどういうモンなのか、ギリギリのところまでいって見極めてやるよ!」

岩鷲の決意に驚いて目を見開く者、感動して涙を滲ませる者。
特に金彦と銀彦は「ご立派になられて・・・!」と思いもひとしおのようだ。

その二人の後ろから「ハッ!」と笑が漏れた。

「・・・どうやら覚悟は決まってるみてえだな・・・」

その言葉を発したのは空鶴。
彼女は口角を上げた強気の笑みで岩鷲に瞳を向ける。

「途中でビビって逃げ出すんじゃねーぞ糞ガキが・・・!行くなら死ぬ気で行ってこい!」
「おう!!!」

『やっぱついて来んのか・・・』

白い彼の諦めを含んだ声に小さく苦笑を返し、一護は声に出さずに告げる。

(最初に空鶴さんが「手下をつける」って言ってたしな・・・仕方ないだろ。)
『ちっ。』
(本当の死神ってやつを見極めたいって言うんだ。そんくらい付き合ってやるさ。)

胸中で呟き、一護は胸倉を掴んでいた手に手刀を見舞う。
そして驚いた顔の岩鷲に向けてニイッと笑みを浮かべて見せた。

「よろしくな。」





そして、時は満ちる。

「用意はいいか!もう待ったはきかねえぞガキ共!」

砲台の正面で立ち上がり、空鶴が言い放つ。

「いくぜ!!」






















保護者殿は相変わらず岩鷲がお好きでは無い様で(笑)











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