アルヨルノカイワ
「一護。」
「ん?」 クラスメイトを巻き込んで虚を退治したり、食事を工面したりと、色々な意味で共同生活にも慣れてきたある日の晩。 押入れの扉を開けて顔を出したルキアが、もう寝ようとしていた一護に声をかけた。 「明日は少々早く出たいのだがかまわんか?」 「・・・いいけど朝飯は?」 毎朝ルキアに朝食を持っていくのは、最近一護の仕事である。 なんといっても家族に内緒でルキアと一つ屋根の下で生活しているのだ。 食事のことも当然一護が何とかしなくてはならなくなる。 「が、学校の方で・・・」 申し訳なさそうに言うルキア。 一護は気にした様子も無く告げた。 「りょーかい。なんか持っていくよ。・・・・・・ところで、いきなりどうしたんだ?」 朝食のことはかまわないが、何か用事でもあるのだろうか。 一護が尋ねるとルキアは己の手をぎこちなく握ったり開いたりして見せる。 「いや・・・最近、義骸との連結が悪くてな・・・体が動かしづらい時があるのだ。 それで内魄固定剤を仕入れてこようと思ってな。あと記換神機のスペア燃料も。」 「へぇ。義骸もいろいろ大変なんだな。」 義骸になど入る機会の無い一護には、そういったことは全くわからない。 だが、彼女の話を聴く上では、ただ便利なだけではないらしい。 「そういうものって現世で手に入るもんなのか?」 内魄固定剤と記換神機のスペア燃料はどちらも尸魂界のものだ。 いくら死神の仕事をしていても尸魂界と関わりを持たない一護にとっては そういうのもわからないことの一つである。 「ああ。空座町の端・・・・・・ここからだと東の方に浦原商店というのがあってな。 一見普通の駄菓子屋なのだが、そこでいろいろ尸魂界の物が買える様になっておるのだ。」 「ふ−ん・・・わざわざ帰らなくてもいいのか。便利だなぁ。」 そう答えつつも何か引っかかるものがあって、一護は頭で別のことを考える。 (浦原商店・・・浦原・・・・・・・。どこかで聞いたことがあるような・・・) 知っている様ないない様な名前。 「うむ。・・・便利といえば便利なのだが、あそこの店主が強欲商人でな。」 「強欲商人ねぇ。店主って事はその人、浦原とかいう名前だったりするか?」 「ああ。変わった名前だろう?下は喜助と言うらしいが・・・どうでもいいことだな。 とりあえず、もしかしたらおぬしも会う時が来るかも知れんが、 その時は変な物を売りつけられんように注意しなくてはな。」 「浦原喜助・・・か。了解。そん時は十分気をつけさせてもらうよ。じゃ、お休みルキア。」 「お休み。良い夢を。」 ルキアは扉を閉じて眠りについた。 一護もベッドに横になって目を閉じる。 (なんだろ。昔聞いたことがあるようなないような・・・) 一護の中で引っかかる、ウラハラキスケという名前。 (なあ、あんたなら知ってたりするか?) 自分の中に住まう相棒に問うてみる。 何故かは知らないが、一護の相棒は現世・尸魂界を問わず、様々なことを知っているのだ。 この名前のことも何か知っているかもしれない。 『ああ。知ってるぜ。』 やはり。 (いったい何なんだ?) 『・・・・・・お前、忘れたのか?』 (へ?) 相棒の、まるで一護が知っているかのような口ぶり。 しかし一護はその浦原とか言う人に会った記憶などない。 (忘れたも何も・・・俺、その人に会ったこと無いと思うんだけど。) すると相棒からは少し苦笑するような気配。 『バーカ。誰が会ったなんて言ったんだよ。 一応お前に話したことあるんだけどなぁ。浦原喜助のこと。』 (・・・マジ?ごめん、ちっとも覚えてねぇ。) 一護が小さい時から聴いてきた彼の相棒の知識は膨大だ。 全て覚えているのが困難なほどに。 『ま、いいけどよ。』 彼はそこでいったん区切って、さらに言葉を続ける。 『浦原喜助って言うのは、尸魂界の護廷十三隊十二番隊隊長だった奴さ。永久追放されたけどな。』 (・・・・・・・・・・・・た、隊長!?) まさかそんなに偉い人物だったとは・・・と、驚く一護。 『それだけではない。あやつは技術開発局を創設し、そこの初代局長も勤めておったぞ。』 相棒とは違う、落ち着いた渋めの声。 一護が操る斬魄刀、斬月の声だ。 (うっわぁ。すげぇ・・・って、オッサンも知ってんの?) 『まあな。実はあやつが持つ斬魄刀の紅姫と少々知り合いでな。』 これは初耳だ。 斬月に知り合いの斬魄刀がいたとは。 (俺の知らねぇ事ばっかりだ。) 『当たり前だろ。世界にはお前の知らねぇ事ばっかり溢れてんだよ。』 こちらの独り言のような言葉にまで突っ込みを入れてくる白い彼。 (わかってるよ。) この世には・・・もちろんあの世にも、一護の知らないことが溢れかえっている。 こんな時、一護は己の無知さを実感させられると同時に 相棒の知識の量に感嘆してしまうのだ。 本人にそれを告げるつもりは無いが。 『一護、もう寝ろ。明日も学校だろ?』 まるで一護の保護者のような彼。 昔、父ちゃんか母ちゃんみたいだと言った時 “俺はお前の保護者みたいなモンだろ”と言い返されたことを思い出す。 (ん。お休み。) そして、一護は眠りについた。 |