《伯父様(オジサマ)と俺。05》





「まずは全員席に着こうか」

藍染のその一言で、彼の右側(元々俺が座らされていた場所)に俺が、左側(俺の正面)におふくろが座った。

「一護君、君は現世・尸魂界・虚圏を含む世界の中で魂がどんな循環経路を経ているか知っているかい?」
「……それって、死んだ人間の魂が尸魂界に行って、そこからまた現世に転生するってことでいいのか」
「ああ、そうだよ。そして時折現世に留まったまま虚化してしまう魂魄がある。けれどそれも死神が斬魄刀で斬ることで再び輪廻の流れに乗ることが出来る」
「それっぽい話なら前にルキアから聞いたぜ」

でもそれが一体どうしたんだ?
話が見えない、と視線で訴えかければ、藍染はテーブルに肘を付き、組んだ手の上に顎を乗せて微笑んだ。

「その一連の流れを聞くと、魂というものは磨耗することも汚れることもなく、むしろ一旦綺麗にされて次の世に送り出されるように思えるだろう?」
「あんたはそうじゃないって言うつもりか?」
「“言うつもり”と表現するよりは、むしろ“それが真実だ”と言いたいところだね」
「…………」

藍染の返答には思わず反対してしまいそうになったが、何を言えば良いのか咄嗟に思いつかず、結局俺は黙ったまま相手の続く言葉に耳を傾けた。

「君の言いたいことは何となく解るよ」

黙った俺を見据えて藍染は両目を細める。

「言葉には出来なかったようだけど、たぶん君はこう言いたいんじゃないかな。……輪廻の中で本当に魂が磨耗したり汚れたりしていくなら、そのうち輪廻転生と言うこの世界の仕組みは崩壊して現世に生き物が生まれなくなってしまうのではないか、と」

違うかな? と首を傾げた男に、俺は「違わない」という意味で首を振った。
うん。たぶん俺はそんなことを相手に言いたかったんじゃねえかな。

「でも君の予想とは裏腹に世界はずっと続いている。とすると、この仕組みを維持するための何かがあるとは考えられないかな?」

藍染の言葉に俺ははっとした。
確かに、例え魂が磨耗しても汚れても、それを無かったことにする“何か”があるとするならば、藍染の言葉とこの世界の現状との間に矛盾は無くなるだろう。
そしておそらく、その“何か”とやらが藍染やおふくろのことに関連しているのではないだろうか。

「察しがいいね」

俺はまだ何も言ってなかったのだが、こちらの表情を見ただけで藍染は小さく頷いた。

「その“何か”の名前だけどね……そう。一応名前があるんだ。尸魂界の住人でもほんの一握り、いやひと摘まみの者しか知らない。―――それを『主』と『巫女姫』という」
「“しゅ”と“みこひめ”……?」
「そう。『主』と『巫女姫』よ」

藍染の言葉を続けるように、おふくろが答えた。
そのまま話はおふくろがするらしく、彼女は藍染に一瞥を送った後、俺に微笑みかける。

「磨耗した魂、時には虚に食べられたりして消滅してしまった魂。それらを修復し、必要ならば数を補い、輪廻転生を維持し続ける者を『主』と『巫女姫』と言うの。魂魄の“浄化”と“創造”を担っているから、過去には『世界の母親』と表現する人もいたそうね」
「母親?」
「ええ、そう。でも、何も女ばかりがその役につく訳じゃないのよ?」

苦笑し、おふくろは続けた。

「本来『主』は王族の人間から生まれてくる……と言うよりも、『主』の役割を担う者が霊王になるの。『主』は己の身を“ある場所”に縛り付けることで初めてその役割を果たすことが出来る。でも何か事情があって『主』が役割を果たせない場合は、『主』の代わりに『巫女姫』がその場に座することになるわ。ちなみに『巫女姫』は『主』と違って特定の血族に生まれたりしなくてね、突然その世界に生れ落ちるの。将来霊王となるべき人間が生まれるのと同じ頃か、もしくは先代『巫女姫』が役割を終えた後に」

そう言えば、藍染の目的ってその霊王とやらを殺すことだったような……?
ん? 違うか。
霊王がいる特別な場所に入るため、空座町とその回りの土地や住人を『王鍵』の創生に使うんだっけ。
確か井上が山本総隊長に聞いた話はそんなだったように思う。
話の後で井上が虚圏に連れ去られてそれを連れ戻すために俺もこっちに来たから、あんまりその辺は気にしてなかったと言えば気にしてなかったんだよな……。
まずは井上、ってことで。
それに王鍵の方は尸魂界が何とかしてくれるって言ってたしさ。

……と、思考が逸れてしまったが、俺の意識を戻すようにおふくろが「一護」と名前を呼んだ。

「あなたは私が言った“ある場所”ってどんな所だと思う?」
「どんな所って……。俺、尸魂界の事情とか殆ど知らねえし」
「ふふ、そうね。でもあなたは聞いたことがあるんじゃないかしら」
「え?」

誰に? 何処で?
咄嗟に浮かんだ疑問に首を傾げる。
するとおふくろは小さく微笑んで藍染を見た。

「たぶん兄さん……この人の口から聞いたと思うわよ。『天の座』という言葉を」
「天の、座?」

俺が藍染からそれらしい話を聞いたことがあるとすれば、それは双極の丘で腹を斬られた後くらいしかない。
井上のおかげで完全に治っている場所へ半ば無意識のうちに手を当てつつ、おふくろの声に促されるようにあの時のことを思い出す。
そして、

「藍染が“立つ”って言ってた……? それも確か、そこって今は空っぽだとか何とか」
「よく覚えていたね」

横で藍染が苦笑した。

「今、その玉座に座る者はいない。輪廻転生を維持するために霊王がその身を縛り付けておかなければならない場所は、今、空っぽなんだよ」

だがまあ、とそのまま藍染は続ける。

「実を言うと常時必ず座っていなければならない場所ではなくてね。全ての魂の磨耗がそれほど激しくない間は空白のままでも大丈夫なんだ。ただ、いずれは無視出来ない程に傷ついた魂を修復するため、霊王はその場所に座して力を揮わなければならない。そして今は……残念なことに、その時期になってしまった」
「天の座に着いたものは他の全てと隔絶されるわ。誰とも会えない。誰とも話せない。世界がどうなっているのかも判らないまま、全ての魂が元通りになるまでその場に居続けなければならない。『主』や『巫女姫』は己の特別な生命力を使って全てを“治す”から、それ以外のことに力を使えなくなるの。それは辛いことでしょう。でも今、霊王は『主』としてそこに座さなければならない」
「でも、その座は空白」

俺の口から零れ落ちた言葉に二人は頷く。

「そう。だから兄さんと私が動いたのよ。役に立たない霊王を見限り、私を、この『巫女姫』を玉座に座らせるために」

その残酷な言葉をおふくろは僅かに悲しげな微笑を浮かべ、けれどしっかりとした意思を込めて告げた。
藍染もおふくろと似たような表情を浮かべ、

「同じ役割を持つ『主』と『巫女姫』だが、霊王と真咲だと霊王の存在の方が強くてね。霊王が生きている限り、真咲は『巫女姫』としての役割が果たせない。だから私達は……霊王を、殺さなければならないんだ」

そんな、まさか。
なんだよそれ、と言うしかない。
いきなりすぎてまだ頭が追いついていないような感覚があるけど、それでもだ。
つまり藍染とおふくろがやろうとしてることって、おふくろを所謂“人柱”にしてこの世界を維持しようとしてるってことだろ?
そのために自分の役割を果たそうとしない(らしい)霊王を殺す。
ああ、でも。
その霊王の元へ辿り着くためには王鍵が必要で、王鍵を作るには空座町が必要で……。

混乱する俺を見て二人は「すまないね」「ごめんなさい」と告げた。

「これは三つの世界を巻き込んだ盛大なエゴだよ。でも私達は『巫女姫』とその血縁として、今の状況を見ないフリで過ごす訳には行かなかった。“百”を助けるために“一”を捨てようとしている訳じゃない。大事な人がこの世界で生き続けるために、こうすることを決めたんだ」

藍染の言う『大事な人』ってのが誰を指すのか、二人の目を見れば解ってしまった。
それは息子(甥)であり、娘(姪)達であり、夫(義弟)であり、自分の回りにいる(いた)限られた人達を指すのだろう。

「……あんた達は俺に何て言って欲しいんだよ」

問い掛けは自分でも情けないくらい震えていた。
だってそうだろう?
この人達の守ろうとしている人間の中に自分と自分の大切な人が入ってるんだぜ?
それを解っていて簡単に否定なんか出来ねえ。

「だからあなたには知られたくなかった」

おふくろがそう小さく呟いた。

「一護を苦しめると解っていたから。でもこの状況じゃ教えない訳にもいかなかったしね」
「それと、真咲が死亡を装ったのも『巫女姫』として動くことを決意したからだ。一度天の座に座ってしまえば、もうおそらく生きている君達と見えることはなくなってしまうだろうからね。生きているはずなのに会えないのは辛いから、それならいっそ新しい人と幸せを築いてくれまいかと、そう思ったんだよ」
「俺、は……」

何を言えばいいのだろう。
何を言いたいのだろう。
喉に言葉が詰まって吐き出せない。

「俺は……」
「一護君」

藍染が微笑む。

「無理に答えを出さなくてもいいんだ」

そう言って藍染は席を立ち、言葉が詰まるどころか最早まともに動けそうもない俺の頭をゆっくりと撫でた。
髪を梳く指の感触がすごく優しい。
その優しさが音になったような声で藍染はそっと囁く。

「さっきも言ったとおり、これは私達のエゴだからね」
―――たとえ君が悲しんでも、やめてくれと叫んでも、私達はこの道を行くよ。

その言葉を聞いた瞬間、藍染によって俺の意識は闇へと落とされた。







本当は何も知らせずにいたかった。

(君が悲しむと、嫌になるくらい解っていたからね)