《伯父様(オジサマ)と俺。03》





「まぁそう畏まらずに。お茶でも飲んでリラックスしなさい」

と言われてこの場でリラックス出来る奴がいるなら俺の前に連れて来てくれ。
そして今の立場をレッツチェンジ。え?ダメ?
まぁそれはさて置き。
気付けば藍染惣右介の手の一振りで破面と死神二名が退出した部屋の中、彼らの代わりに俺が着席を求められ、しかも茶まで出されてしまっていた。
うわぁ変なポット。などと思考を飛ばしていられたのも一瞬で、藍染のすぐ傍―――グリムジョーが座っていた席に腰を下ろした俺は(あくまで自分の意志じゃねーぞ! ここ重要!)ガッチガチに固まった身体をなんとか動かし、ギギギと音がしてもいいくらいのぎこちなさで声の主に顔を向ける。
視線の先にはにこにこと笑っている藍染惣右介の姿。
何も知らずに今の彼だけを見れば完全に良い人としか思えないだろう。
でもなー。藍染だしなー。
私は天に立つ、とか言っちゃった人だしなぁ……。

「一護君?」
「スミマセン俺の考え読まないでください」
「はっはっは。そんなこと出来るはずないだろう?」

いやいや、アンタ絶対読んだって!
その顔は確実の俺の考えを読んだ所為だろ!?

なんだか物凄い、言葉には出来ない笑顔を浮かべる藍染に心の中で大反論。
しかしながら彼はしばらくその顔を晒した後に「それはともかく」と何事も無かったかのように話題を変えた。

「君はどうして私と真咲が兄妹だと思ったんだい? あれは現世で人間として過ごしていたはずなんだが……」
「それはなんつーか、見た目? 元々おふくろの旧姓が『藍染』ってのは知ってたしな」

と、そこまで告げてふと思った。
そうだよ。
普通に考えりゃ、おふくろは人間で藍染は死神だ。
この二人の間に血縁関係があるとしても、どうして兄妹(もしくは姉弟)だなんて思ったんだろうか。
何世代も前の祖先とか、そんなところならまだしも。
……単純に見た目が同世代ぽかったからか?

「人と死神の年齢差を思いつかない程度には、私と真咲の血の繋がりを予感して戸惑ってしまっていたようだね。まぁそれで正解だったのだから問題も何も無いけれど」

藍染がテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて言う。
目の前の人物がこちらの考えを読むことに関しては早々に諦めるしかないのかも知れない。
うん。そうだ諦めよう。
天に立とうとするにはこれくらいの能力も必要になるんだ、きっと。

「一護君?」
「失礼シマシタ」
「あはは。またまた何を」

謝罪なんて必要ないだろう? と笑う藍染にカクカクと首を上下に動かして同意し、次いで無理やり話題を元に戻す。
まぁなんつーか。
藍染の言い方から察するに、おふくろはあれですか。
元死神とか、そういうオチですか。と。
浦原さんも死神のくせに現世で人間っぽく生活してたし。
夜一さんなんて猫だったし。

「そうだね。バラしてしまえば、真咲は元々尸魂界の住人だよ。それがまぁ色々……本当に色々あって現世に下りた訳だ」

何やら「色々」の部分に思うところがあるらしく、妙な力が篭っていた。
たぶんここは深く追求しない方が(俺にとって)いいんだろうな。
でも何と言うか、この人がおふくろを決して大切に思っていなかった訳じゃないってのは伝わってきて嬉しくなる。
それがたとえ今の今まで、そして現在進行形で敵対している(「していた」かも知れないが)人間だとしても。
しかし。しかし、だ。

「じゃあ、なんで……」

嬉しく思うと同時に俺の中には納得いかない感情も湧きあがってきて、気付けばダンッ! とテーブルに両手を付いて立ち上がっていた。
突然のことに驚き、両目を見開く藍染。
俺はそんな彼を睨みつけ、眉間に力を込める。

「妹を大事に思ってるんだったら、なんであの人を喰った虚なんかと手ぇ組んでんだよっ!!」

それまでとは一変。
訴える声は裏返り、情けなく掠れていた。
だって、そうだろう?
こいつがおふくろとは何の関係もない人間なら、ただ単に尸魂界を裏切って虚と手を組んだ罪人だと思ってそれで終わっていたはず。
井上を誘拐しやがったことに関しては確かに思うところもあるが、虚と手を組んでいること自体には特別大きな感情を抱きはしない。
けれど藍染惣右介はおふくろの実の兄貴だった。
そしておふくろは虚に……グランドフィッシャーに喰われて魂すら残らなかった。
こいつならそれを知っているはずなのに、なんで今も平然と虚の仲間なんかやってられるんだ。

ギリッと奥歯が擦れて音を立てる。

「アンタはおふくろを裏切ってる! それとも本当はおふくろのことなんてどうでもいいと思ってんのか!?」
「落ち着きなさい。誰がそんなことを言ったんだい?」

苛立つほどに落ち着いた声音で藍染が言う。
こちらに着席を促し、それが無理だと悟ると自ら立ち上がって近付いて来た。

「来るな!」

伸ばされた手を振り払う。
だが藍染はそれでもまだ穏やかな顔でこちらの両肩を掴んだ。

「だから落ち着きなさい。早とちりは良くないよ」
「早とちりだと……!?」
「そう。君の怒りは正しくないね」

藍染はくすりと吐息で笑い、「ほら」と言いながらある扉を手で示した。
思わず釣られてその手の先を見遣ると―――

「…………え?」

扉の所に立っていたその“女性”を目にして思考が止まる。

その人は茶色の柔らかそうな髪をしていた。
両目は穏やかに笑みを形作り、こちらを見つめている。
身に纏っているのは破面達と同じ白い服で、ただし露出は限りなく抑えられていることに俺は思わず安堵する。
振り返って藍染を見ると、彼はゆっくりと頷いて言った。

「彼女は私の妹だよ? あんな雑魚に喰われる訳ないだろう?」

面白がるような声に続いて女性も口を開く。

「本当に大きくなったわね、一護」
「おふく、ろ……」

黒崎真咲が当時の姿のまま、そこに立っていた。







どうしよう、何故か素直に喜べない。

ぅえ!? ちょ、マジで!?
こんな展開ってアリなのかよ!!
























《伯父様(オジサマ)と俺。04》





「なっ……! どういうことだよこれは!!」

感動よりも驚愕が勝る。
なんで死んだはずのおふくろがこんな所にいるんだ?
いや、藍染の言を信じるならおふくろ(の魂)はグランドフィッシャーに喰われていなかったからってことなんだろうけど。
でもそれならどうして、おふくろは俺達の所に……俺や親父や妹達の所に帰って来てくれなかったんだ。

「ごめんなさい」

こちらの気持ちを察したのか、おふくろは目を伏せてぽつりとそう言った。

「でもあの時、私はあなた達の元に戻る訳にはいかなかったの。―――そもそもグランドフィッシャーに襲われたのは偶然だったんだけど、あの一件がなくても近いうちに黒崎真咲は『死ぬ』予定だったから」
「それは、どういう……」
「『役目』を果たすためにはあなた達に“黒崎真咲は死んだ”と思われていた方が良かったのよ。じゃないと、きっとあなた達は私が役目を果たすことに反対したわ。そうでなくても苦しませる結果になっただろうから」
「言ってる意味がわかんねーよ。『役目』って何なんだ。俺達家族が反対する? 苦しむ? おふくろ、一体何言ってんだよ…!」

説明されても混乱が酷くなるばかり。
なんだか、ただひたすら自分がこの女性に裏切られたような、捨てられたような気分になって、悔しくて悲しくて、「ちくしょう」と吐き捨てる。
と、そんな時。
ふわり、と頭を撫でられた。

「一護君、落ち着いて」

背後を振り返ると、藍染が微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
同じ『笑み』でもこれまでとは少し違う……「しょうがないなぁ」とでも言いたげな、優しいそれを浮かべて。

「あい、ぜん……」
「君が混乱するのもよく解るよ。真咲も全く言葉が足りていないからね」
「なんで……、なんでおふくろは」
「教えてあげよう。真咲が君達家族から離れなければならなかった理由。そして私がこうして尸魂界に牙を剥いている理由を」
「あんたが尸魂界を裏切った理由?」

それもおふくろの事と関係があるのか?
今まで見えていなかった糸が見え始めているようだ。
死神代行程度の俺には明かされなかったような、それどころかひょっとすると護廷の上位死神達にすら明かされなかったような事実と繋がりが藍染の口から語られようとしている。
ちらり、とおふくろの方を見ると、彼女はほんの少し苦しげに表情を歪めて頷いた。

「本当は一護に知って欲しいことではないのだけれど。でももう、教えない訳にはいかないわね」

その言葉は、これから藍染が語ることが事実であるという証拠になる。
少なくても俺の中ではそうだ。
ゆえに俺は藍染に視線を向け直した。

「教えてくれ、藍染。一体何がどうなってんだ」







教えてあげよう、僕らの秘密。

(でも、出来ることなら知らないままでいて欲しかった)