「あ、れ・・・?」
ぱちぱちと幾度か瞬きを繰り返しながら黒崎一護は呆けたように呟いた。 右手には斬魄刀―――斬月を構えており、いかにも戦闘中ですという雰囲気。 事実、一護の周囲には死覇装姿の者が何人も立っており、それぞれが前方―――破面達のいる方向を見据えている。 ただし、そんな彼らも呆ける一護に気付き、なんだ?と首を傾げ始めているが。 一護は己が纏う漆黒の着物を見下ろした。 そして視線を破面、死神、また己へと順に移す。 白い着物を着た十刃がいた、同じく白を纏う藍染達がいた、よく見知った護廷の隊長格がいた、その向こうには平子達『仮面の軍勢』もいた。 ・・・で、一護は再び自身が纏う黒を視界に入れた後、彼の異変を察知して訝っている者達をそのままに、 「なぁ、」 視線を上げ、語りかける先にいたのは、茶の髪と白い着物の男。 一護はその男にぴたりと視線も意識も向け、ただし先刻までの敵意だけは跡形も無く消し去って、心底不思議そうに問い掛けた。 「なんで俺、死神の格好なんかしてんだ?知ってる、藍染さん?」
見よ、幻想は崩された
辺りがざわつき、誰かの「一護!」と叫ぶ声がする。
しかし一護は己を呼んだ誰かには見向きもせず、親しい人間に対するのと全く同じ様子で男の―――平然とした態度を保つ藍染惣右介の答えを待った。 一護の視線を受け、藍染が微笑む。 「それはね、今の君が死神側の人間だからだよ。」 「俺が?藍染さんの、敵?」 藍染の答えに一護の眉間の皺が深まる。 そんなまさか。信じられない。 まるで催眠術に掛かっていた人間が目を覚ましたかのように、一護の表情はそう物語る。 また「一護!」と(そして「黒崎!」とも)呼ぶ声がした。 今度は困惑が混じる声だ。 仲間であるはずの一護の変化に対し、彼が破面側の人間である可能性と彼を信じたいという思いがぶつかり合っているのだろう。 そんな彼らを一瞥し、一護はしばらく黙考したのち納得したように、もしくは何かを思いついたか思い出したかのように「ああ」と呟いた。 「うん、大丈夫。藍染さんの言った『役目』はちゃんと果たしたから。覚えてなきゃなんねーことは、きっちり思い出せるし。」 訳の分からないことを喋る一護だが、死神達とは異なり、藍染は笑みを浮かべて頷いた。 出来のいい生徒を見る教師のような表情だ。 死神達の顔には未だ困惑が浮かんでいたが、それも次第に驚愕や悲しみあるいは怒りの色を濃くし始める。 まさか、と誰かが口にした。 そんなはずはない、と別の誰かも呟いた。 しかし死神達の願いを裏切って、一護はトンッと霊子を集めて作った床を蹴り、 「ただいま。」 「お帰り、一護君。」 ふわり、と藍染の傍らに降り立つ。 「暗示を掛けていたから死神として生きて行くのもそれほど苦では無かっただろうけど・・・ご苦労様。随分長い間、君を一人にしてしまった。」 「いいえ、どーいたしまして。・・・ま、そうやって情報集めんのが藍染さんからもらった俺の仕事だしな。報告は帰ってから?」 「ああ。お願いするよ。」 わざとだろう。 他の者達に聞こえるように一護と藍染が言葉を交わす。 ちらりと死神達を窺い、彼らの反応を見て口の端を持ち上げているのがその証拠だ。 一護を自分達の仲間だと思い疑ってもみなかった者達は、一護の態度に言葉を失い、愕然としている。 そんな彼らを藍染は嘲弄し、反対に一護には穏やかな双眸を向けながら成長途中のその手を取った。 次いで一護の手を取るのとは反対側の手で空間を撫で、空に亀裂を走らせる。 横一線に走った亀裂は瞬く間に大きな音を立てて上下に裂け、真っ黒な穴を覗かせた。 「さて、君を迎えるという目的も果たしたし、今回はこれで帰るとしよう。」 「遊んでいかなくていいのか?」 「彼らとじゃれ合うより君との再会を喜ぶ方が大事なのでね。」 一護の問いに藍染はうっそりと笑いながら答え、手を取ったまま少年を暗い穴―――黒腔へと導く。 導かれた一護も特に抗うことなく「そっか」と言って足を進める。 その背に「一護!!」と今まで出一番大きな声が投げつけられた。 一護がそちらに顔を向ける。 彼を呼んだのは黒髪の小柄な死神の少女。 黒の双眸を苦しげに歪め、彼女は「なぜ・・・っ」と声を詰まらせた。 なぜ藍染の側についているのか。 貴様は死神だろう。死神としてこれまで皆を護って来たのだろう? それなのにどうして死神を、自分達を裏切るのか。 どうしてそんな冷たい目で自分達を見るのか。 たとえ言葉にならずとも、彼女の言いたいことが一護には手に取るように分かった。 だが分かってもそれが一護の心を動かすことは無い。 そんなものは暗示の解けた一護にとって犬や猫の鳴き声と同じ。 否、それどころかただの雑音程度でしかない。 けれども彼女はこれまで『仮の黒崎一護』の一番近くにいた死神だ。 ゆえに一護は餞別としてほんの少しだけ彼女に『本当の自分』を告げた。 「だから言ったろ?死神をやってたのは暗示の所為だって。本当は死神なんて大っ嫌いなんだよ、俺は。」 笑いながら、それでも目だけは憎しみで満たしてはっきりと告げる。 それを聞いて呆然と立ち尽くすしかない少女の反応を確認した後、一護は藍染と共に黒腔の奥へと姿を消した。 |