黒衣の王と六花の従者
キィン・・・と、鋼と鋼とが打ち合うよりも更に硬質で清んだ音を奏で、三点を結んだ平面がウルキオラの斬撃を弾く。
詠唱も何も聞こえなかったはずのそれは、しかし確かに井上織姫が作り出した盾だった。 淡いオレンジ色をした盾の向こう、驚きに目を丸く見開いているのはウルキオラの相手・黒崎一護。 先刻の図に乗った発言――十刃No.4のウルキオラに『人間らしくなったのかも』とは愚かにも程がある――の仕置きとばかりに少し本気を見せてやれば、こちらの動きに殆ど付いてこられなくなった子供だ。 その子供から視線を外し、ウルキオラは織姫を見た。 が、以前とは違いその華奢な身体がビクリと肩を揺らすことはない。 「・・・余計な手出しをするな。貴様は藍染様の物であり、貴様自身の意思で取って良い行動など何も無い。」 彼女の薄っぺらい盾如きで黒崎一護に勝利の兆しが見えるなど起こり得るはずもないが、それでも戦いに水を注されたのは事実。 ウルキオラが平坦ながらも威圧的な声で告げると、織姫が何か反論しようと口を開こうとする。 その時。 「オリヒメ、」 井上織姫自身の声ではない。 が、ウルキオラでもない。 彼女の名を聞き慣れない音で呼んだのは、盾で守られていた『はず』の黒崎一護だった。 織姫とウルキオラ、二人の視線が一斉に一護へと向いた瞬間、彼の骨ばった指が伸ばされ――― ぐしゃり。 ウルキオラの一撃を防ぐ程の硬度をもつそれをまるで紙屑のように握り潰し、破り裂いた。 今度はウルキオラ自身が状況の異様さに驚く番。 しかし更に状況は変化する。 先程まで激しい戦いを繰り広げていたにも関わらず、ウルキオラなどまるで眼中になどないと言わんばかりの態度で一護の双眸が織姫のみを捉えていた。 普段の半分程度にまで伏せられた双眸は一護の纏う雰囲気をガラリと変える。 それこそ太陽の下で暢気に暮らしてきた人間とは違い、月夜ばかりの虚圏に住む虚のよう。 暗く深い琥珀の瞳に射られた織姫は、今度こそ身体を硬直させた。 それを見て一護がにこりと笑う。 「オリヒメ、誰が守っていいなんて言った?」 「・・・ッ!も、申し訳ございません一護様っ!!」 一護が目だけを笑わせずに告げた瞬間、織姫は身体の硬直を瞬時に解き、代わりに両膝を突いて地面に額を擦り付けるほど深く頭を下げた。 その肩は恐怖でガタガタと震えている。 ウルキオラの眼光すら耐えられたはずの彼女の心は、今や守ったはずの少年の笑み一つで恐怖に押し潰されようとしていた。 しかしそれでも織姫は己の中の気力を集められるだけ掻き集めて頭を下げたまま告げる。 「出すぎた真似だと承知しています!ですが、わたしはもうこれ以上一護様が傷を負う姿を見たくな「黙れ。」 冷たい声が弁明を遮り、織姫の喉が「ひ、」と悲鳴を上げる。 未だウルキオラに意識を向けぬまま――否。ウルキオラ自身、いつの間にか一護から流れ出す威圧感に戦意を喪失させられていたのだ。よって意識を向ける必要が無いのである――、一護は口端を片方だけ吊り上げた。 「これは俺のゲームだ。俺が作った、俺のためのゲーム。そしてオリヒメ、お前はそのゲームの駒でしかない。駒は駒らしく決まった役割を演じていればいいんだ。余計なことをして俺の気分を損ねるな。」 「もうし、わけ・・・!」 ますます身を縮める織姫。 そんな彼女の元へ一護は足を踏み出す。 ウルキオラは動けない。 一護の動きを視線で追うことしか出来ず、声すら出せずに佇んでいた。 じゃり、と戦いで砕けた柱の欠片を足の裏で啼かせて一護は織姫のすぐ目の前で足を止める。 「オリヒメ、」 先程と同じ四文字の名前。 しかし今度はその音の中に優しげなものを含ませて一護が織姫の名を呼んだ。 「オリヒメ、顔を上げて。」 そう語りかけながら一護は地面に片膝を付け、腕を織姫の顔に伸ばす。 そして両の手の平で彼女の顔を包み込むと自分の方へと向けさせた。 「いち、ご・・・様。」 織姫が途切れ途切れに名を呼ぶと、一護は淡く彼女に笑いかける。 「もうこんな勝手な真似はしない。誓えるな?」 「は、い。」 「よし。いい子だ。」 顔を包み込む手がやさしく動き、織姫はそれに身を任せて気持ち良さそうに目を瞑る。 そんな彼女の様子に一護はくすくすと小さな笑い声を零しながら続けた。 「これからはちゃんと俺の言う通り、賢い駒として動くこと。そうしたら、」 「・・・ぅんっ、」 二人の唇が重なる。 深いそれに目元を赤く染めて応える織姫。 相手の様子を一護は愉しげに見つめ、口内に引き摺り込んだ舌に甘噛みを施した。 やがて一護が離れると織姫は地面に座り込んでとろりと蕩けた瞳を向ける。 一護は彼女のその様にくすりと笑みを零してからやや腰を屈めて額に唇を落とした。 「それじゃ、いい子にしてろよ。」 「はい。」 織姫が頷くのを確認し、琥珀の双眸が再びウルキオラを捉えた。 随分時間喰っちまったな・と独りごち、一護は両の口端を持ち上げる。 「あぁ悪かったなウルキオラ。・・・さあ、続きを始めようか?」 にこり、と深まる笑み。 美しいとさえ言えるはずのそれを、しかしウルキオラは身が凍るほど恐ろしいと思った。 |