甘味好きの美食家
「・・・・・・・・・・・・あの、"先生"は?」
「お前の目の前にいるだろうが。」 引き攣った顔でそう告げる白衣の人物。 首から提げているのは聴診器で、胸にはこの内科を担当する医師であることを証明する名札が付いている。 そんな彼を数秒眺めた後、ボクは風邪で痛んだ喉を我慢し、ポツリと呟いた。 「帰っていいですか。」 だって髪をオレンジに染めた医者ってアリエナイ! (しかも眼つきがちょー悪い!眉間に皺寄ってますけど!?) と内心ツッコミを入れたのが半年前のことで。 (今はすっかり餌付けされていたりします。)(あっはv) 「先生、それ地毛ってホント?」 「何度言ったら解んだよ。俺のは地毛。ったく、しつこいぞお前。」 それは申し訳ない。 でもねぇ、そうやって綺麗なオレンジ色の髪が地毛だって言われるたび、どうしても頭の片隅で思ってしまうのだ。 先生の髪に齧りついたら甘酸っぱいんじゃないか、なんてね。 だってそれくらい鮮やかで美味しそうな色なんだもの。 「じゃあその目は?これより明るい茶色だよね。」 そう言って先生の目より濃い色のチョコレートをパキリと齧る。 甘い物は好きだ。 ん?お子様な味覚だって?勝手に言っといてくれ。 何せこっちは本当のお子様なんでね。 小学六年生をナメんなよ。交通機関は全部子供料金なんだからな! ってな話はどうでもよくて。 ボクは甘い物が好きだ。 そして先生も甘い物が好きだ。 まあ、甘い物って言うよりチョコレートが好きらしい。 訪ねると大抵チョコレート系のお菓子をくれるのがいい証拠。 文字通り常備してるよね、先生。 おかげさまで知り合いの歯科医からは不評の嵐なんだけど。 でもぶっちゃけそれがどうしたって感じ? パキパキと板チョコを齧りながら甘い色の瞳を見上げていると、先生が溜息をついて(ああ、視線を逸らされた!酷い!)カルテにさらさらと文字を書き込んだ。 「言っとくが目もカラコンじゃねーからな。」 「それは知ってるよ。コンタクトは見たら判るからね。ただ、」 そう、ただ。 言葉を切ると再び先生がボクを見る。 眼鏡の向こう側。 レンズ一枚越しの瞳はとても甘くて美味しそうで、一度で良いから舐めてみたいなァと思っている。 (この板チョコみたいに齧るのもアリっちゃアリだけど、それじゃあすぐに無くなってしまうから勿体無いでしょ?) 「どうした喜助。」 わしゃわしゃと頭を撫でてくる大きな手。 薄い金色の髪が視界で踊る。 そう言えばボクが先生に対してそう思ったように、初めて顔を合わせた時は先生もボクが髪を染めていると思ったらしい。 確かにね。 名前がいかにも黒髪黒目を連想させるものだったし、自然的にちょっとアリエナイ髪色の先生とは違うけど、それなりに「あれ?」とは感じるだろう。 それが勘違いでボクの髪も(ついでに目も)自前のものだと知った後の先生は、偶にこの色彩を褒めてくれる。 『まあ、綺麗なんじゃねーの?』 なんて。 ニヤリと笑うところが酷いよね。 ちょっと惚れそうなくらいその時の顔が格好良かったなんてさ。 んで、そんなこんなで時折この先生、ボクの頭を(少々乱暴に)撫でるワケだが、やっぱりね・・・綺麗だと言ってもらえるのは凄く嬉しい、だけど。 「先生の目、舐めてみたいな。」 ボクの頭の中はそれが大部分を占めているワケで。 (自分のことなんて案外どうでもいいんだよね。) 「絶対甘くて美味しいと思うんだ。先生がくれるお菓子よりもっとずっと美味しいと思う。」 舌の上で転がせばどんな食べ物より素敵な感動を脳に届けてくれるだろう。 髪も良さそうだけどやっぱり目玉! 本気でそう思っていることを口にすれば、先生は一瞬キョトンと目を丸くさせて(今がチャンス!?)、それからフッと吐息だけで笑った。 ああ、あの顔だ。 上からボクを見下している、余裕たっぷりで冷たくて楽しげで甘い甘い双眸。 「じゃあ、お前が大きくなったらその片目と交換してやってもいいぜ?ただし俺は内科専門だから、お前が外科になったらの話だけど。」 「・・・ホントに?」 冗談じゃなくて? エイプリルフールなんかじゃないよ今は。 「ああ、本当だ。」 薄いフレームの眼鏡を外して先生が酷薄な笑みを刻む。 ああああ、本当の本当らしい。 大人になったら、ボクが外科医になったら、先生はボクに目をくれるんだって!(正確には交換する、だけど) 先生から視線は逸らさず、パキリともう一口チョコレートを口に運ぶ。 甘い。 甘くて美味しい。 でもきっと、先生の目の方がずっとずっと美味しいに決まってる。 だったら答えは一つ! 「じゃあボク、外科医になる!」 (って力いっぱい叫んだんだけどね!) 「ん。」 返事それだけ!? ああもう、先生またカルテに向き直ったし!素っ気無い! |