と俺と、アンタの生活。


















この空間に捕らわれるようになってから一体幾日過ぎただろう。


・・・なんて考えることは無い。
俺が捕らわれたこの部屋には暇を紛らわすための物がとにかく考え付くだけ揃えられているような有様だった。
だから勿論テレビもあるわけで、毎朝適当な時間に起きてスイッチを押せば見ている此方がうんざりするぐらい清々しい笑顔のアナウンサーが日付と曜日、それに天気まで教えてくれる。
そうして俺は今日もきちんと布団から出てきて朝食を摂りながら、自分が捕らわれて幾日過ぎたかを天気と共に知った。





「今日で二ヶ月突破・・・。」

淡々とした呟きは、続いて啜ったブラックコーヒーの中に消える。
特にどうこう思うわけでもなくただ結果のみを告げるようになったのは、この部屋の持ち主に左腕の手錠をつけられた日からそう経っていない頃だったろうか。
つまるところ、俺は現代日本社会において非常識とされる状況を早々に受け入れてしまっているのである。
おかしいか?おかしいな。
既に自覚済みだがどうしようもない。真実だからな。

左手に手錠。そこから伸びる銀色の鎖は頑丈そうなベッドの足に繋がっている。
勿論、外に出ることなど許されていない。
そしてこの状況は元々俺の意思ではなく、これを施したたった一人の人間が望んだもの。
簡単に言ってしまえば、監禁、である。・・・いや、部屋の中では自由に動けるから軟禁か?まあどうでもいい。
とにかく立派に犯罪である。法に触れまくり。
見つかれば名前と顔写真が大公開で、下手すると実刑とかついてしまう状況だった。
・・・だがそれも、俺がこの状況に対して何か不満を言った場合、という条件がつくのだろうが。

「ま、ややこしい話は脇に置いとくとして。・・・明日は和食にしてもらうか。」

そう言って見下ろしたテーブルにはトーストとコーヒー、サラダに目玉焼き。
自分で作ったわけではなく先刻出かけたばかりの人間が作って行った代物だ。
そんでもって、これを作った本人イコール俺を監禁した人間。
そいつは俺を鎖で繋いでおきながら、俺の朝食のリクエストにすら笑顔でイエスを返す人間だった。

「アイツが帰ってくんのが午後八時頃でー・・・、残り12時間以上を俺は何して過ごすべきかね。」

テレビの隅に映った時刻を見ながら部屋に備えられた数々の暇つぶし道具を思い出す。
平日の日中にやっているテレビ番組になど興味は無い。朝のニュースがギリギリマシと言ったところか。
最新物を含めたゲーム機はとっくの昔に飽きた。何と言ってもプレイする時間だけは山ほどあるからな。
本はあるだけ全て読破。新しい物を待つのみだ。
パソコンはあるにはあるがインターネットの使用は不可。(俺が外に連絡を取ることを恐れているのだろう。同様の理由で電話も無い。)
部屋の隅に置かれた運動器具なんて誰が使うんだ。
簡単な絵を描く道具も在ったが、残念ながら俺は特別美術が好きなわけでもない。
他の品々についても以下同様。
最初から興味が無かったり、使っているうちに飽きたり。

そんなわけで、物はあるが暇すぎる空間の中、俺はしばらく世間様の情報とやらに耳を傾けることにした。
画面からは馬鹿らしい口調で無駄に事件が報道されてゆく。
俺がこの状況に陥った当時はそれなりに、オレンジ色の髪の少年が姿を消した、なんてアナウンサーが原稿を読み上げることもあったが、今ではそれも無くなって久しい。
親と妹達を交通事故で亡くした孤児を気に掛けるほど世間様は暇じゃないと言うことだ。
昨夜何処かで起きた火事や新しく行方不明になった人間についてのこと、それに政治家の汚職なんてものを延々流し続ける画面を見詰め、俺は嘲るでもなく怒るわけでもなく悲しむわけでもなく、ただ淡々と声を出した。

「黒崎一護は此処にいるぜ。」

別に、見つけてくれなんて思っちゃいねーけど。















午前中をダラダラと過ごし、正午に作り置きの昼食を食べ、それから後は前に一度読んだライトノベルをベッドの上で再度読み返すという作業を行っていた。
そしていつの間にか眠ってしまっていたらしい。
薄らと目を開けて俺の視界に映ったのは、窓から入る街頭の明かりでようやく物の形がわかる程度の暗い室内だった。

それと、見知った人影が一つ。

「・・・帰ってたのか。」
「おや、起こしてしまいましたか?」

物音を立てるどころか気配すらさせなかった人物がそう言って苦笑する。
俺が目ぇ覚めたのは偶然だ、と告げてベッドから起き上がれば、近づいて来た人影が体温の低い手でスルリと此方の頬を撫でた。

「それは良かった。一護サンってば本当に気持ち良さそうに寝てましたからねぇ。起こすのが忍びないくらいに。」
「お気使いどーも。わざわざ音も気配も消してくれちゃって・・・ここはアンタの家なんだから遠慮なんかぜずに部屋の灯りもパチッとつけちまえばいいんだよ。」
「折角一護サンが無防備な寝顔を晒してくれてるのに?そんな勿体無いこと、アタシには出来ないっスよ。」

クスクスと笑いながら甘い声で囁かれる。
今は暗闇ではっきりと見ることは叶わないが、ひどく整った顔立ちに加えてこの声だ。
世の大抵の女性は決して不快に思ったりしないだろう。そして幾らかは腰砕け、というやつになるかも知れない。
だが生憎、俺は男で尚且つノーマルだ。
男に囁かれて喜ぶタイプではない。
と言うことで。

「気持ちの悪い事をサラッと言うな。見ていたい寝顔ってのは女子供のだけで十分なんだよ。」

きっぱりと告げ、未だ頬を撫で続ける手を叩き落した。
しかし俺に手を叩き落された当の本人は甘い笑みを湛えたまま。
つれないっスねぇ、と浮かべられた表情には似合わない台詞を吐いて身を翻す。
ただしその前に掠るような口付けを俺の唇に落としてから。




「・・・馬鹿浦原め。」

奥の部屋へと姿を消した男の名に形容詞をつけて呼び、決して赤くはならないが此処に捕らわれ繰り返されるうちに嫌悪もしなくなってしまった行為に対する罵倒を、俺はその後しばらく一人で続けることとなった。















おまけ



「なあ浦原。俺といて楽しいか?」
「ええ勿論ですとも!一護サンがいてくれるだけでアタシはとっても楽しいですし嬉しいんスよ。」
「そうか。ならいい。」

ニコニコと微笑む男の顔を見上げて告げる。
俺を捕らえた当初は自分のしたことに怯えているような節もあったが、俺がこんな感じになってからは(つまり監禁されることを甘受するようになってからは)いつも上機嫌そのものだ。
時々確認してみても、その台詞や声音と表情に矛盾は無い。
それに安堵を覚える俺自身には・・・まだ、気付かないことにしておこう。
いずれ嫌でも自覚しなければいけないことを何となくだが分かってしまっているからな。

(そうだよ。俺は今のこの生活が、)






















愛情なのか同情なのか、自分ですら判らないけれど。

とにかく、そんな感情を抱いてしまったのだ。厄介なことに。

そして何より厄介なのは、それを嫌だと感じない俺自身だ。












BACK