瞳の色が金になったあの日から、どれ程の年月が過ぎ去ったのだろうか。 私が貴方の全てに囚われたあの日から、どれ程の年月が過ぎ去ったのだろうか。 Vampire 2nd
自分の『御主人様』は随分と高位の吸血鬼らしい。
元神父の浦原がそう悟ったのは、己が吸血鬼になって暫く経ってからだった。 もともと吸血鬼は数の少ない種らしく、顔を合わせることも滅多にないのだが、しかし決してゼロと言うわけでもない。 浦原が主人である青年の配下についた後も幾度か同族と顔を合わせる機会があった。 長い時を生きていれば、当然その頻度が少なかろうと合計数は着々と多くなる。 そんな中、浦原が目にしていたのは、常に己の主人が相手に敬われている様子。 青年と出会った吸血鬼達は皆一様に頭を垂れ、敬語を用い、そして青年の名が口に出来ぬほど尊いものであるかのようにあえて別の名で彼を呼ぶ。 青年もそんな彼らの様子を当然の如く受け入れ、それなりの対応を見せていた。 そして、今も。 「今晩は。麗しの君。」 茶色の髪を後ろに撫で付けた酷薄そうな男が、そう言って青年の手を取り、甲に口付ける。 青年は淡い笑みを浮かべて男の好きなようにさせており、嫌がる素振りなど外からはさっぱり窺えない。 しかし。 「久しぶりですね。藍染。」 (あ、猫被った。) 男へと向けられた言葉・・・というより口調から、浦原は胸中でそう告げた。 どうやらこの藍染という男、あまり青年には好かれていないらしい。 己の御主人様は相手によって口調を変える。 親しい者・好ましい者ほど粗くなり、その逆は勿論丁寧に。 本人が直接そう言ったわけではないが、浦原は己の過去――青年と初めて会った時のことだ――も含めて、その仮定はおそらく正しいだろうと考えていた。 藍染は己に向けられた微笑をどこか恍惚とした表情で見つめ、青年に話しかけている。 青年を褒め称える言葉、何処の血が美味いか、これからどちらへ向かわれるのか、等々。 今まで出会ってきた(大抵の)同族達と変わらない目の前の光景に浦原はこっそりと溜息をついた。 きっとこの後の展開も毎度お馴染みのものになるのだろう・・・と。 二人の会話が一瞬途切れて不思議な沈黙が出来る。 それから藍染が意を決したように口を開いた。 「私も、貴方の旅に同行させていただけないでしょうか。」 ほらやっぱり、とは浦原の心情。 己の主人は他の吸血鬼に出会うと最後に大体この台詞を告げられる。 100%そうだと言い切らないのは、勿論青年と親しい者はそんな事を言わぬまま「またな。」と気持ちが良いくらいあっさり去って行くからだ。 おそらく彼らは青年の事を良く理解しているからこそ、そんな態度を取るのだろう。 もしくはそんな態度だからこそ青年と親しいのか。 ・・・まぁ今は関係の無いことだ。 とにかく青年が毎度のように告げられて返す反応は一つ。 ニッコリとそれまでで一番の笑みを浮かべて、 「申し訳ない。もう従者は間に合っているのでね。」 と、浦原を示してみせるのだ。 藍染は「そうですか・・・」と肩を落とし、次いで青年の『従者』である浦原をきつく睨みつける。 しかし浦原はそれに対して怯えるどころか、何処吹く風と気にする素振りも見せない。(いろんな吸血鬼達に同じように睨まれてきたので慣れてしまっているのだ。) やがて藍染は自分に睨まれても表情一つ変えない浦原から視線を外し、残念そうな顔で青年を見つめる。 青年は淡い笑みを浮かべ、己の胸に左手を添えた。 「では、藍染。・・・汝に血と月の恩寵があらんことを。」 「・・・・・・・・・はい。貴方にも。」 青年から別れを告げられて藍染も渋々それに従う。 全てがいつも通りのパターン。 バサリと蝙蝠のような羽を広げて藍染が立ち去った。 青年と浦原の視界からその姿が消え、やがて二人きりに戻る。 「・・・・・・毎度毎度、大変っスね。」 「ホントだよ。まったく・・・どいつもこいつも飽きねーなぁ。」 先刻の口調とは打って変わって、青年は見た目にぴったりな粗っぽい口調でそう言った。 もはや表情すらも違う。 浦原に向けられたそれは無邪気というには些か含まれたものがあるような、けれども彼の魅力を最大限に引き出してくれるものだ。 他人には見せず、自分にだけ見せてくれるその全て。 浦原は己を満たす幸福感を確かに感じ取っていた。 「ところでマスター、」 「ストップ。誰もいねぇんだからその呼び方は止めろ。」 「・・・了解っス。それでね、一護サン。」 「ん?」 呼称を改めると青年・一護は少し嬉しそうな顔をしてみせる。 おそらく無意識のそれに「可愛いなぁ・・・」と思ってしまったのは従者としてあるまじきことだろうか。 浦原は苦笑を押し殺し、丁度良い機会だと今まで問わずにいた質問を口に出した。 「一護サンって偉いんですよね?会うヒト会うヒト、皆サン一様に頭下げてますし。」 「へ?・・・ああ、うん。俺は始祖の一人だからな。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え。」 始祖とはつまり、幾つかに分かれている吸血鬼の各一族の最初の一人でありその長ということだ。 言い方を変えると一護より上に来る者はなく、また同列の者も片手の指ぐらいしかいないということ。 まさかそこまでとは・・・!と浦原は驚き、馬鹿なくらい目を見張った。 一護はそんな浦原を見て可笑しそうにクスクスと笑う。 「そう言えば、それ系のことちっとも話してなかったよな。」 「・・・そうっスよ。アタシ、一護サンのこと殆ど知りません。」 知っているのは名前と血の好みと喋り方を相手によって使い分けていること。 そして、たった今聞いたことだけ。 残りは全て個人的な予想で固められている。 そう言った浦原に一護は目を細めて楽しそうに告げた。 「お前は・・・俺のこと、全部知りたい?」 ―――この世界に生まれ落ちてからの全てを。今、此処で。 しかし浦原は頭を振った。 知りたいけれどそんな長いお話を一度にしていただくつもりはありませんよ、と。 「どうせこの先長いんスから、ゆっくり聞かせてくださいな。」 すると青年は一瞬だけ驚いたような顔をし、それからふわりと花が綻ぶように笑った。 「・・・いいぜ。どんだけ掛かるか判んねぇ話、少しずつゆっくり・・・長い時を掛けてお前に話してやる。」 「ありがとうございますv」 交わしたのは、これからもずっと――長命の吸血鬼が『長い』と称するほどの時間を―― 一緒にいるという約束。 他の誰にも許されなかったそれを、一護は浦原と結んでくれたのだ。 「一護サン、だから今はあと一つだけお訊きしても構いませんか?」 「ああ。」 「どうして一護サンはアタシにそういう話し方をしてくださるんです?」 答えは解っていても、それでも本人の口から聞きたいもの。 愚かな願いをお許し下さい、と目の前の人物に胸中で告げた。 一護は少しの間唖然としていたが、やがてその顔に楽しそうな表情を浮かべて「わからないか?」と一言。 「・・・いえ。もしこれが自惚れでないのなら。」 「じゃあ当たりだ。」 「え?」 まるで思考を見透かすように一護は浦原を見ていた。 浦原が驚きに声を上げると、返ってきたのは、きっとこれから先どれだけ目にしようとも心を奪われずにはいられない、そんな表情。 「つまり、浦原喜助は黒崎一護の大切な存在ってことだよ。」 言葉と一緒に唇へと落とされた甘く柔らかな感触を、浦原は一生忘れはしないだろう。 |