闇に輝く金色の瞳。 それは夜の眷属の証―――。 Vampire
「いい夜だ。」
愉しそうに呟くのはまだ若い青年の声。 ようやく昇り始めた真白の月を光源に、木々の合間を縫って進む。 光など無くとも物を見るのは容易かったが、こうして淡く世界を照らし出す月は青年にとっていたくお気に入りなものの一つだった。 青年はふと足を止め、金色の瞳で月を見上げた。 数百年の眠りから覚めた今も空に浮かぶその姿は変わることがない。 人には有り得ぬ色の双眸を細め、薄い唇はゆっくりと弧を描いた。 「月を司りし麗しの女神よ。今宵、貴女の慈悲の元、我の愚行をどうぞお許し下され。」 女神など人間が生んだ御伽噺でしかないことを知りながら、それでも青年はくつりと笑って胸に手を当てる。 芝居がかった動作を取る彼の、その絹の手袋に包まれた指が一流の職人によって作られる陶磁器よりも白く滑らかで繊細であることを知る者は殆ど居ない。 青年はまた木々の合間を進み始めた。 笑みを刻むその唇から僅かに零れるのは真珠色の犬歯。 酷く尖ったそれもまた、瞳と同じく人間とは異なるもの。 「嗚呼・・・血の匂いだ。」 闇の中、青年は更に笑みを深めた。 ぺろりと舌で濡らされた唇は血を啜った時のように真っ赤に染まる。 まだ灯りすら見えぬ街から生きる人間の血の匂いを感じ取り、嬉しそうに金の瞳を輝かせるこの青年は夜に属す者。 その昔、まだ御伽噺が真実だと思われていた頃。 人は彼を吸血鬼、と呼んだ。 人間の繁栄は目覚ましく、そして目まぐるしい。 たった数百年、青年にとっては一眠りの間に街は移動し、そして目を突き刺す程の光に満ち溢れていた。 人工の光も嫌いではないがこれではあんまりだ、と眉根を寄せると青年は街で唯一暗く静寂の中にある所に視線をやる。 そこは所謂『街外れの教会』であり、吸血鬼が苦手とする十字架やら聖水やらがこれでもかと揃えられている、最も忌避すべき場所。 しかし青年は再び明るい街の中心部へと顔を向けることなく、こぢんまりとしたその建物を金の瞳に写して口角を上げた。 □■□ 重い。 覚醒前に感じたのは横たえた体に掛かる人間一人分の重さ。 今日は誰も連れ込んでいないし誰かの所で眠った覚えもない、と聖職者が聞いて呆れるような台詞を胸中で呟きながら、街外れの教会の神父・浦原はうっすらと目を開けた。 「こんばんは、神父。」 「―――ッ!?」 そこに居たのは黒衣を身に纏った青年。・・・否、少年か? 驚く浦原の顔を見てクスクスと吐息を漏らす仕草にはあどけなさすら感じる。 しかし此方を覗き込んでくる瞳がその通りの年齢ではないことを示していた。 浦原の上に跨り、両手も動けぬよう各々抑え付けた格好で鈍く月光を反射するその双眸の色は金。 おまけに薄い唇から零れる鋭い犬歯とくれば、頭では有り得ないと否定していても、口からはたった一つの単語が漏れた。 「・・・ヴァンパイア?」 「正解。かと言って御伽噺の中から出て来た訳ではありませんがね。」 淀みなく肯定し、青年は肩を竦める。 パサリと揺れるオレンジ色の髪は夜よりも昼の太陽の下の方が似合いそうだというのに、今は月光の下で彼自身の妖しい美しさを際立たせるパーツの一つとなっていた。 「私の顔に何か付いてますか?」 「え!?・・・へ、あれ?」 古から生きる吸血鬼のみが持つという眼力にでも捕らわれたかのように、ずっとその深夜の来訪者の顔を見つめ続けていた浦原は、青年本人にそう言われてやっと己を取り戻した風にパチリと目を瞬かせる。 その様子にも青年はくつくつと肩を震わせ「可笑しな人だ。」と囁いた。 「本当に・・・本物?」 「ええ。本当に、本物のヴァンパイアです。」 「・・・嘘。」 「残念ながら嘘ではありません。」 「・・・・・・、」 淡い笑みを見つめながら己の顔が引きつっていくのが分かる。 「アタシを餌にするおつもりで・・・?」 「その通りです。」 「一応、此処は教会っスよ?」 そして御存知でしょうがアタシは神父だ、と告げるが青年の表情は崩れない。 それどころかわざと牙を見せつけているとしか思えないような顔をして、 「聖職者って処女と同じくらい美味しいんですよね。」 ―――知ってました? 知っているわけ無いでしょう、なんて返す気力も無い。 ただぺろりと赤い舌が唇を舐める仕草に目を奪われただけ。 知らず知らず喉を鳴らせば「貴方は食べられる方だと言うのに、」と失笑を受けた。 「アタシ、殺されるんスか?」 ぽつりと零した疑問は独り言のように小さかったが、きちんと相手の耳に届いたらしい。 青年はその金の双眸を半分だけ瞼の裏に隠して「いいえ。」と答えた。 「命までは盗りませんよ。望むのは、この―――」 「・・・っ、」 つぅと絹の手袋に包まれた指が浦原の首筋を撫でる。 それにヒクリと反応を返せば、青年は満足そうに微笑んだ。 「この、流れる血液をほんの少し。それで充分ですから。」 「じゃ、じゃあアナタに噛まれたら同じ吸血鬼になっちゃうってことは・・・」 「それも心配する必要はありません。噛みついただけで仲間が増えてしまっては、いずれ餌の取り合いが起こってしまいますから。」 「それも・・・そうっスね。」 未だ撫でられた箇所にゾクリとする得体の知れない感触が残っている。 青年の言い分にとりあえず頷くと、浦原はその感触を振り払うために小さく身じろいだ。 その事に気付いているのか、青年はただ笑って浦原の様子を眺めているだけ。 「あの、」 「はい?」 「ちょっとアタシの上から退いてくれません?押し倒されているようであまり良い気分じゃないんスよね。」 「ですが私は捕食者ですし。」 居心地が悪くて言ってはみたが、さらりとそう返される。 うっと言葉に詰まれば控えめながらも確かに降ってくる笑い声。 一方的な気まずさは更に増すだけだ。 「それなら今すぐ済ませましょうか。」 「へ?」 気付いた時には顔のすぐ横にオレンジ色の髪。 そして首筋には生温かい吐息。 混乱する頭に、しかし容赦なく熱は与えられた。 「―――っ!」 噛みつかれた首筋がただひたすらに熱い。 そこから熱が伝播したかのように、続いてじわりじわりと体中が火照り出す。 時折耳のすぐ傍で聞こえる水音がそれを助長しているのに気付いて、浦原はハッとなった。 「ちょ、やめ・・・」 「不味い。」 「・・・はぁ?」 何か苦い物でも口にした時の子供のような顔で睨みつけてくる青年に浦原は唖然とした。 吸血を止めてくれたことは良い。 だが不味いとは何だ。不味いとは。 先刻、聖職者の血が美味いと言ったのは青年の方ではないか。 口を離されてから急速に熱の冷めた体で浦原も青年を睨み返す。 喋り方はともかく、見た目が己よりずっと若い彼に何か一言言ってやらなければ気が済まない。 そうして浦原が口を開こうとした時。 「酒、煙草、それに女。・・・随分と遊んでいらっしゃるようですね。」 ニコリと表情筋を動かすが、青年の目は笑っていなかった。 その金色の瞳は語る。 ―――テメェのどこが聖職者だ。あァン? 青年が実際に口に出した訳ではないが浦原にはそう聞こえた。 「いや・・・まぁ、そうですかね。・・・わかります?」 「これだけ不味ければ若い吸血鬼でも分かります。」 酷い言われ様だが真実だけに乾いた笑いしか返せない。 つい先程、何か言ってやらねばと意気込んでいたのにもかかわらず、青年が発する不可視の圧力によって今やその気も消え失せた。 引きつり笑いをする浦原に青年は溜息を一つ。 きっと「失敗した。」とでも思っているのだろう。 「まぁ必要量は頂きましたから別に構わないのですが・・・期待外れですね。」 青年の台詞の最後の方、ぼそりと付け足された一言に浦原の片眉が上がった。 相手は血の味のことを言っているのだと、そう理解は出来ていても、何と言うかやはり期待外れだなんていう単語は男として認める訳にはいかないのだ。 用は済んだと体を退かす青年の腕をガシリと掴み、見返してくる金の双眸に向かって浦原は口端を吊り上げた。 「それなら、お口直しといきませんか?」 □■□ 「人、間ごときが・・・私に勝とうなんて、ンっ・・・千年、早いんですよ。」 「・・・っ、ぅあ!」 神父の腹の上に腰を下ろして青年は嗤った。 くっと下腹に力を入れれば額に汗を浮かべたその男の顔が苦しそうに顰められる。 口直しと言って此方に口付けを仕掛けてきた男だったが、その技術はほんの数十年生きただけの人間のもの。 当然その何百倍もの時を過ごしてきた青年に敵う筈もなく、逆に主導権を握ってやった。 青年はあくまで吸血鬼であり、インキュバスやサキュバスのような淫魔の類ではないのでこの行為によって誰かの命を奪うことは無い。 しかし此方の期待を見事に裏切り(普通神父というのは清廉潔白、処女と同じく穢れていないものなのだ)、あまつさえ口付け、そして青年を淫行の対象にしようとしたのだから、その報いは受けさせねばならないだろう。 こうなれば搾り取れるだけ搾り取ってやる。存分に後悔すると良い。 互いに下穿きだけを乱した状態で青年は大きくナカを収縮させた。 途端、下の方から息の詰まる音。 腰の動きと併せて再度同じようにすれば腹の奥に男の熱が流れ込んできた。 「まだ終わりませんよ?」 耳元で囁き、わざと水音を立てて耳殻を舐め上げる。 続いて瞳。 色の薄い金糸から覗く翡翠色を、これもまた舌で瞼をこじ開けるようにして、ぺろり。 「さぁ・・・夜明けまで、しっかり私の口直しに付き合っていただきますからね。」 言い出したのはそちらなのだから。 そう呟いて青年は男の唇に噛みついた。 □■□ 「・・・っ、」 窓から差し込む陽光に、浦原は小さく呻き声を上げた。 目を開けて確かめればもう随分と日が高い。 寝過ごした!? 一応はこれでも一介の神父。 そして小さくとも教会を預かる者だ。 後悔という言葉を噛み締めてベッドから起き上がろうとする。 しかし―――。 「冗談でしょ・・・?」 だるくて動けない。特に下半身が。 ザァっと音を立てて血の気が引き、顔面蒼白になる。 一度枕から離れた頭を元の位置に戻して浦原は天井を仰いだ。 「・・・やられた。」 吸血鬼の青年の一言についカッとなって仕掛けてみれば、あっという間に手綱はあちらのもの。 おかげで何か大事なものを色々奪われてしまったような気がする・・・。 腰の奥に鈍痛が無かったことには安堵を覚えつつも、そう考えて浦原は重い息を吐き出した。 しかし奪われると同時に与えられたものもある。 それは圧倒的なまでの快楽。 浦原が得たのは知っていた筈の、けれども今までのものが全て子供騙しのように思えてしまう程のそれだった。 甦る記憶にカァと顔が熱くなる。 (あああああ・・・) 思わず口に手をやって浦原は声なき悲鳴を上げた。 とんでもないものを経験させられてしまった。 これではもうそこら辺の女を抱くなんて出来やしない。 聖職者ならばそれで少しはマシになるだろう、と言われそうだが、浦原にとって神父というのは職業であり己の心の有り様ではないのだ。 故に零れた台詞は、 「どうしてくれるんスか・・・」 「何がです?」 「ぅへ!?」 ひょいと扉の向こうから出て来た顔に浦原は度肝を抜かれた。 「ええ!?ちょ、なんで。」 「おや。居てはいけませんでしたか?」 直射日光が当たらずとも、そこは決して暗いとは言えない廊下。 しかも浦原の居る部屋の窓からは燦々と陽光が降り注いで眩しいくらい。 それなのに平気な顔をして此方を覗き込む青年。 彼の容姿は間違いなく昨夜の吸血鬼だというのに・・・。 「それもありますけど、そうじゃなくて。もう太陽出てるっスよ・・・?」 「ああ。そっちですか。」 納得したように青年は頷く。 オレンジ色の短髪、そして真っ白なシルクのシャツ――きっと昨夜の黒衣の中に着ていたものだろう――と相俟って、その仕草は良家の子息のよう。 ただし唇の間から覗く犬歯が全てを裏切ってくれていたが。 「まぁ私ほど長く生きていればある程度のものは平気になりますよ。直接太陽に照らされても短時間ならただの火傷で済みますし。」 「そ、そうっスか。」 吸血鬼なのに日光が平気。 さらには自分だって一晩中物凄いことをしてくれたくせにケロッとした顔で立っているなんて。 あぁもう本当に敵わない。敵う訳がない。 浦原は自然と零れる苦笑をそのままに重い体をよいしょと起き上がらせて青年の元へと向かった。 「此処に留まっているのは日が昇った所為?」 「ええ、そんなところです。流石にこんな晴れた日にわざわざ外へ出る気は起きませんから。」 浦原自身の雰囲気が和らいだためか、そう答えた青年の口元も綻ぶ。 それだけで随分と変わる印象に浦原は目を見張った。 甘い、と言うか可愛らしい? 大したダメージではなくても直射日光はやっぱり痛いんですよ、と困ったように、そしてほんの少し恥ずかしそうに浮かべられる笑みが急に可愛らしく思えてきたのだ。 それに「あれ?」と内心首をひねるが、頭の中では引き続きその笑顔が可愛らしいと分類されてしまっている。 昨夜いい様にしてくれた相手だと言うのに、これは可笑しいんじゃないか? そう戸惑う浦原だが、思われている本人からは構うことなく――此方の考えまで読める訳が無いのだから当たり前と言えば当たり前だ――「朝食・・・というよりブランチの用意が出来てますよ。」と声を掛けられた。 「ブランチ?」 とりあえず思考を切り換え、浦原は疑問符を浮かべる。 時間帯には何も変な所など無いのだが、浦原が作った記憶も無いのにブランチ? まさか・・・と思いつつ、青年に促されるままダイニングキッチンに辿り着くと、テーブルの上にはしっかりと食事が用意されていた。 「・・・作ったんですか?」 気分はむしろ“作れたんですか?” 問いかけにはしっかりと肯定が返ってきて、浦原の困惑の度合いは更に増す。 「私達にとっては嗜好品に過ぎませんが、作れない訳でもないんですよ。」 お腹空いてるでしょう?と席を勧められ、タイミング良く鳴ってしまった腹を抱えて浦原はテーブルに着いた。 パン、スープ、サラダ、茹でたウィンナーとスクランブルエッグ、そしてコーヒー。 きちんと一人分が並べられ、出来立てを示すように湯気を立てていた。 「どうぞ?」 「・・・いただきます。」 向かいに座った青年はテーブルに両肘をつき、その組んだ手の上に顎を置いて浦原を眺めやる。 はっきり言って非常に気まずい。 それに昨日の今日なのだからきちんと疑うべきなのだろう。 だが目の前の決して豪華とは言えない、むしろ普通の食事に何故か食欲を激しく刺激されてしまったのだ。 「あ、美味しい。」 ぽつりと零した一言に青年はフワリと嬉しそうに表情を崩す。 「それは良かった。」 「・・・っ!」 その顔を正面から見た瞬間、浦原の息が止まった。 (アタシの頭、とうとうイカレましたかね。) だってまた「可愛い」なんて思ってしまったのだから。 もうどうしようもない、と胸中で呟いて浦原も笑い返した。 「ところで、」 用意された食事の大部分を腹に納め終えた頃、浦原はパンを千切った動作のまま青年に問いかけた。 「どうしてこんな事を?ここまでやってもらったアタシが言うのも何ですが、日が昇りきる前に帰っても良かったんじゃないっスか?」 「私にだって良心はある、ということですよ。」 浦原は千切ったパンを口に放り込み、咀嚼。 飲み込んだら更にもう一欠片を口の中へ。 その間に青年の言ったことを頭の中で反芻し、口の中からパンが消えるのを待った。 そして、 「・・・良心?」 「そこで突っ掛かられると腹が立ちますね。」 「やだなァ。冗談っスよ。冗談。」 淡々と告げられた感想に笑ってそう返す。 「でもそれならアタシに悪いことをしたって思ってくれてるワケ?」 「・・・年甲斐もなくやりすぎたとは思っています。」 視線を逸らし、渋々と答える青年。 その見た目で「年甲斐もなく」などと言われても可笑しな感じがするだけだが、そう言うからにはかなりの実年齢なのだろう。 「罪滅ぼしっスか。」 「そうとも言います。」 目を合わさぬままなされた一応の肯定に浦原の口角が上がった。 「ねぇ、」と語りかけ、相手の顔を此方に向けさせる。 「それならもっときちんと責任取って下さいな。」 「責任?」 訝しむ青年を前に浦原はニッコリと笑った。 「アタシ、昨夜の経験のおかげでアナタ以外抱けなくなったんスよね。人間の三大欲求の一つを奪ったんだからそれなりの責任は取ってくれないと。」 「それは、貴方が最初に仕掛けてきたからでしょう。」 「“年甲斐もなくやりすぎた”・・・そう言ったのはアナタですよ?」 「・・・ッ、聖職者のくせに。」 一瞬言葉に詰まってようよう発した青年の言葉は浦原が彼よりも優位に立ったことを示すだけ。 それが本人にも解っているのだろう、青年の口元は固く結ばれてしまう。 「聖職者だろうが何だろうが、アタシはアタシ。罪滅ぼしだと認めたのだからきちんと責任取ってもらいましょ?」 「・・・わかりました。良いでしょう。何がお望みで?」 溜息と共に吐き出された返事に浦原は笑みを深めた。 それから「大した事じゃありませんよ。」と言いながらテーブルの上に乗り出す。 「何を、」 「証を下さい。」 「・・・?」 何を言っているのか解らない、と青年の眉間に皺が寄った。 しかし構わず、浦原は青年の片手を取り、その甲に口付ける。 「アナタに隷属する証を、アタシに頂戴?」 「・・・それがどういう意味か理解しているのですか。」 「もちろん。」 そう言ってうっそりと微笑めば、ぱしんと乾いた音がして手を振り払われた。 向けられるのは呆れと困惑の視線。 でも仕方がないではないか。 青年を追いかけるには青年本人に隷属し、共に永きを生きるのが一番なのだから。 「どうやら私はとんでもない人間の所へ来てしまったようですね。」 「今更気付いても遅いっスよ。」 振り払われた方の手で今度は頬杖をつき、からかうようにそう告げる。 浮かべられたその困ったような笑みが肯定のシルシだと取っても良いのですか。 「わかりました。貴方を私の眷属として迎えましょう?」 □■□■□■□ 「あの時は“この男、何を血迷ったか”と思ったが・・・」 「アタシとしてはとても正しい判断だったと思いますけどね。」 浦原を己の配下に置いてから一世紀。 あの夜と同じく真白の月の下で当時のことを思い出していた青年に横から口が挟まれた。 出会った時から変わらない白っぽい金髪と元は翡翠色だった金の瞳を眺めやり、青年は口端を持ち上げる。 「互いの名前すら知らなかったのに?」 分かっていたのは種族と性別。 それなのに青年は神父だった男へと己の血を流し込み、望み通りの存在へと変化させた。 これで本当に良かったのか?といった類の言葉は一度として掛けたことがない。 言っても既に仕様が無いことだし、それに浦原は今もずっと笑っているから。 彼を眷属に迎えると告げた時と同じ笑顔のまま。 その事に安堵しているなんて浦原に教えるつもりはこれっぽっちも無いのだが。 自分も知らぬうちに随分と絆されてしまったらしい。 こっそりと苦笑して青年は眼下の街へと視線を向ける。 「行くぞ、浦原。晩餐の時間だ。」 「はい。御主人様。」 |