今はもう、その施設の名前も職員や子供達の顔も覚えていないけれど。

『お待たせしました。この子が―――』

ある日突然、それは訪れた。

『そうですか、ありがとうございます。・・・・・・こんにちは。』

頭に乗せられた大きな手。
きちんとこちらの目線に合わせて微笑んでくれた優しい茶色の双眸。
鮮烈に目を射るオレンジ色の髪。

『俺の名前は黒崎一護。これからよろしくな。』
―――喜助くん。



その日、僕は「父さん」に拾われた。























「喜助、十歳の誕生日おめでとう!」

パンパァン!と高らかにクラッカーの音が響く。

7月15日。今日は僕の誕生日だった。
僕の正確な生まれた日は知らない。僕は捨て子だったから。
けれど、四年前のあの日、僕は父さんに拾われて姓と誕生日を貰った。
僕の名前は黒崎喜助。
オレンジ色の髪に茶色の目、そして大学生くらいにしか見えない父親・黒崎一護の血の繋がらない一人息子だ。
日本人離れした色彩の父親だが、かく言う僕も薄い金髪と変わった瞳の色を持っていて、ある意味似たもの親子だとも言われる。


「ふむ・・・この餓鬼もとうとう二桁台突入か。じゃが、このマセた性格にはまだまだ追いつかんようじゃの。」

そう言ってカッカッカと豪快に笑う女性。
漆黒の髪に褐色の肌、おまけに金色の目を持ったこの人は四楓院夜一さん。
僕と父さんのことを“似たもの親子だ”と称したのも彼女だ。
夜一さん(以前「四楓院さん」と呼んだら気味悪がられたので、その時以来名前で呼んでいる)は僕が拾われるずっと前から父さんと知り合いだったらしい。
仕事は何なのか、何処に住んでいるのかは知らないが、彼女は頻繁に我が家へ遊びに来ては父さんと仲良さそうに話している。
僕は平日、学校へ行っているからその時はどうか知らないけど、きっと僕が居ない間にも夜一さんは遊びに来てるんじゃないだろうか。
それは・・・かなり、ズルイ。


「せっかくの誕生日なんですから素直に祝ってくださいよ。」
「本当に祝って欲しくばそういった口を利かぬことじゃな。」

フフン、と夜一さんが笑う。
あ。「のう、一護。」とか言って父さんにの首に腕掛けないでもらえます!?
まるで独占欲ばかり強い小さな子供みたいだから(実際に子供だけど・・・)口しないけれど、父さんに絡む夜一さんを僕はムッと睨み付けた。
父さんにべたべたしないで下さいよ!

「なんじゃ喜助。おぬしも一護に抱きついたいのか?ん?やはり見た目通りまだまだ子供だったか・・・」
「そ、そんなこと!僕はもう十歳です!父親離れくらい出来ます!」
―――だから抱きつきたいなんて思ってません!

そう言った途端、夜一さんの顔がニヤリとなった。
何だかよく分からないけど「しまった」と思う。
この顔はヤバイ。とんでもない事を言われそうだ。

「そうかそうか。なら、もう父親は要らぬな。よし一護、お前は儂がもらってやるぞ。」
「はぁどうも・・・」

やっぱり!父さんも「どうも」なんて言わないで下さい!

「誰も父さんをあげるなんて言ってません!!」
「なんじゃ。要らんと言ったのは喜助、おぬしだぞ?」
「要らないとは言ってません!父親離れくらい出来ると言ったんです。」
「だからそれが“要らぬ”ということだと・・・」

あーもー!!

「じゃあ取り消しますよ!僕はまだ父親離れが出来ません!だから父さんが必要なんです!!これで良いですか!?」

「・・・ほう。」
「喜助・・・今時其処まではっきり言える奴も珍しいぞ。」
「・・・・・・あ。」

夜一さん、そして父さんの静かな声でふと我に返った。

「喜助もついに自分がファザコンだと認めてしもぅたか。十歳にしてカミングアウトとはな。」
「夜一さん、ファザコンは言い過ぎだと・・・」
「いいや、一護。儂は前から思っておったのじゃ。此奴は生粋のファザコンだとな。傍から見ればそれ以外の何者でもなかったぞ。」
「ははは・・・」

父さんは苦笑い。
僕は自分の言ったことに赤面。
何だか凄く居た堪れない。



「・・・喜助?」
「なんじゃ。どうかしたか?」

「ちょっと・・・頭を冷やしてきます。」
「え、喜助!?」



少し吃驚したような、戸惑っているような父さん達を後にして、僕は急いで二階の部屋へと上がった。
熱い顔と速い鼓動。
何だか泣きそうな気持ちになって、とても誕生会を続けられそうには思えない。





* * *





「ちと言い過ぎたかの。・・・すまんな、一護。」
「夜一さんが謝ることじゃねえよ。」

二階の自室に閉じ篭ってしまった喜助。
その方向に顔を向けたまま、俺は溜息をついた。

「あいつが他人の言うことを流せねぇだけだし。」
「馬鹿者。」
「へ?」

ボソリと呟かれ、その言葉に俺は夜一さんの方を向く。
夜一さんも喜助の部屋がある方角に顔を向けていて、俺からはその横顔だけが見えた。

「いくら性格がヒネていようと喜助はまだ十歳になったばかりの子供じゃ。そんな子に他人の言ったことを流せるような余裕などある筈無かろう?」

・・・そうだった。
夜一さんの言葉にハッとする。
普段は大人びた振る舞いをしていようとも、あの子は“彼”ではないし、まだ身も心も幼い子供なのだ。
四年も一緒に暮らしてきたくせにそんなことも解ってやれない俺はまだまだ父親として未熟で、そんな自分に唇を噛む。

「夜一さん、俺・・・」
「・・・・・・まあ、今の儂が言える台詞ではないがの。」

そう言って夜一さんは此方を向き、金の目を僅かに眇めて苦笑を浮かべた。

「ホレ、主役が居らねば始まらんじゃろ。行って来い。」
「ああ。可愛い息子を天岩戸から連れ出してくるよ。」





* * *





一護が喜助の元へ向かった。
儂はテーブルに並べられた料理に目をやり、うっすらと微笑む。

「喜助。おぬしの父親も大概“親馬鹿”のようじゃ。」

買ってきたとしか思えぬ大きなケーキも所狭しと並べられた料理も、全て一護が作ったものだ。
喜助の、ために。
一護が喜助と暮らすようになってから四年。
自分も彼も未だ“彼奴”に重ねてしまい、喜助には不適切な態度をとってしまう事も多々あるが、それでも一護は一生懸命に父親としてやっておるのだろう。

「さて、儂も主役が戻ってきたらきちんと謝らねばならんのぅ。」

喜助は子供で、儂は大人なのだから。





* * *





コンコン。
ノックの音。
僕は無言でそれを聞く。


「喜助、入るな?」

何も返さずベッドに腰掛けていると、カチャリという小さな音と共にドアが開いて父さんが入ってきた。
僕はそちらを向くこともせず、まだ赤い顔のまま床を睨みつける。
近づいてくる足音。
そして僕の前で膝立ちになり、父さんが顔を覗き込んできた。

「喜助・・・」

ふわりと大きくて暖かな手が頬を包み込む。
コツン、と触れ合うのは僕と父さんの額。
たったそれだけで顔に集まっていた熱も引き始め、心臓の音も落ち着いていくのがわかる。

「父さん・・・」
「悪かった。ちょっとからかい過ぎたよ。」
「父さんの所為じゃありません。」
「うん。・・・それでも、ごめんな。」
「どうして、」

どうして父さんが謝るのですか?
僕がただ子供なだけで。せっかく開いてくれた誕生会からも抜けてしまって。
今は我侭な僕を叱るべきじゃないんですか?

「・・・俺さ。まだまだお前のことちゃんと解ってやれてなくて、父親失格だなぁって。だからそれを許してもらいたいんだ。・・・・・・未熟な父親だけど、喜助の“父さん”でいて良いかな?」

静かな口調。
僕は頬に添えられた手に自分のものを重ね、目を閉じて一度だけ深呼吸。

「父さんが僕の父さんでなきゃ、一体誰がなるって言うんですか。」
「喜助・・・」

そして父さんと目を合わせる。


「僕の父さんは父さんだけです。だから父さんはずっと僕の父さんで居てください。」


これが、僕の本心。
ファザコンだろうと何だろうと構わない。
他人から指摘されればやっぱりかなり恥ずかしいけど、こうやって認めてはっきり言った時の父さんの顔に比べれば、そんなのは本当に些細なことなんだ。
この茶色の綺麗な目が嬉しそうに微笑むことに比べれば。

「父さん、下に行きましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます。」
「そうだな。」

手を取って立ち上がる。
僕は父さんの手を引いて部屋を出た。

父さんが笑ってる。それだけで僕はこんなにも嬉しい。






















・・・・・・。(←やちまった)

仔喜助です。それ以上でもそれ以下でもなく。

まぁた管理人ったら変なの始めてるよ、と薄ら笑いで見守っていただけると吉。

















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