死神姫 2nd

















「あ・・・」


バスンッと弾ける音がして、次の瞬間には腕が一本、宙を舞っていた。

それを見つめるのはオレンジ色の髪を持つ高校生。
白いシャツと灰色のズボンという制服に身を包んだその少年は、たった今吹き飛んだ己の腕が地面にぶち当たるのを目の当たりにしながら、けれども別段驚いた様子も見せずに次の瞬間にはその腕を飛ばしたモノに視線を向け直していた。


「ったくまぁ・・・厄介なことに“呪い憑き”ときたもんだ。」


少年と対峙するのは『屍』と呼ばれる不浄の輩。怨念や邪気によって動く亡者。
その屍の中でも「呪い憑き」というのは特殊な力を持つ個体を示し、滅多に居ない存在であるが厄介極まりないものとして認識されていた。
また「呪い憑き」と一言で言ってもその呪いの作用は千差万別、屍各々が固有に持つものであり、此度のものはどうやら一定範囲内に近づく相手の四肢を無差別に切り飛ばしてくれるらしい。

ただこの予想は少年一人の今の経験のみから出されたものではない。

少年の周囲に倒れ伏す影が六つ。
全て先刻の少年と同様に腕か足を切り飛ばされたり、そうでなくとも酷い裂傷を負わされたりしていた。

「義骸に入ってたのが運の尽き・ってやつか?屍達あいつらも魂魄には干渉できないだろうし。」

ダラダラと肩口から血を流しつつもそう小さく呟く。影を見下ろす瞳には揺らぎなど無い。

少年の放った銃弾に驚いて(もしくは慄いて)一時的に逃げた屍の気配はしっかりと捉えられるようにしながらも、片膝を折って足元に倒れていた一人の様子を見遣る。


「く、ろさき・・・?」


このような大怪我を負ってもまだ意識があるのか。
さすが隊長、と胸中で呟きつつ、少年・一護は血に染まった小さな背中を撫でた。

それは本来『十』と書かれた白羽織を纏っているはずの背中。しかし今だけは現世での任務のために死覇装ではなく一護と似たような白いシャツを着ていた。
彼の名は、護廷十三隊十番隊隊長・日番谷冬獅郎。
腕を失っても動じない一護の姿を見て驚愕に見開かれた双眸を見返し、一護は僅かに苦笑する。

「少し待っててくれ。こいつは俺の仕事だから。」

落ち着いた声音は聞く者を幾らか安心させた。
けれども立ち上がった一護の肩口から未だ途切れることなく流れ続ける鮮血は、見る者に喪失の恐怖と不安を煽る。
そして無力さ、という感情も。

何か言おうと口を開くが、冬獅郎の声は微かに空気を震わす程度で終わる。
そのまま一護が飛ばされた自身の腕を回収する様をぼやけた視界で捉え続けた。


一護は地面に落ちた己の腕を掴み上げると、おもむろにそれを未だ血を流す肩口にくっ付けた。
僅かに力を入れて切断面をきっちり触れ合わせ、しばらくそのままにする。
傷口を触れ合わせた瞬間から感じるのは幾らかの発熱。そして「喪失感」を喪失していく感覚。

「ホント・・・“お守り”効果はスゲーな。」

以前、崩玉(とルキア)奪還のために尸魂界へ赴いた際、事前に『縁』が切れぬようにと浦原から渡された・・・・ソレに苦笑じみた表情を浮かべ、一護は独り言ちた。




やがて、そろそろか・と呟くと、千切れていたはずの一護の腕がゆっくりと動きをみせた。
ちゃんと己の意志どおりに動き出した腕に小さく頷くと、逃げた屍を狩るために一護は一歩踏み出す・・・と、その時。


「あ。」
「お、まえ・・・!?」


かち合ったのは今まで以上に見開かれた翠色の瞳。
信じられない。その一言が最も相応しいであろう表情をした冬獅郎に一護が送るのは困ったような、それでいて楽しんでいるような顔。

「あー・・・・・・見ちゃった?」

おどけた様に言い、苦笑する。

血に染まった服から伸びていたのは失ったはずの腕。
さすがに服は破れたままだったが、切り飛ばされた跡など何処にも見当たらず、先刻からそうであったかの様に存在している。
おまけに、いつの間に持っていたのか。その両手にはグリップに短刀を取り付けた銃がしっかりと握られていた。

一護は周囲を見回し、冬獅郎以外のルキア、恋次、乱菊、一角、弓親の五人がそれぞれ血みどろで彼と同じような表情を浮かべているのを確認すると「ま、いいけど。」と呟く。

「どういう、こと・・だ・・・」
「一、護・・・?」

途切れつつも上がる声に一護はフッと薄く笑った。

「俺は『屍姫』―――光言宗に在りし『不死殺しの不死』。あんたらとは違う、“彷徨う者”を狩る者。」
「しか、ば・・ね、ひめ・・・?聞いたこと無ぇ、な・・・」
「そりゃァ滅却師より表沙汰にならない組織だしな。虚なんか狩らねぇし、確か死神とも対立したことはねぇはず。」

だよな?と一護が後ろを振り返った先には、一人の男。
今まで自分達には全く存在を感じさせなかったその人物に、冬獅郎は驚きと恐怖を覚える。

男は一護の声に「ええ。」と返すと、スッと隣に並んだ。


「浦原・・・!?・・・貴様、なぜ此処・・に・・・・・・」

その人物を目の当たりにしてルキアが息を呑む。

黒い羽織に下駄と帽子。そこに居たのは紛れも無く浦原商店の店主・浦原喜助だった。
一護の傍らで平然としている浦原に特別変わった様子は見られない。
しかし知り合って幾らほども経ていない筈なのに、どうして彼らはこうも自然と互いの隣に立っていられるのか。


驚愕しているルキアに顔を向け、一護は口端を軽く上げる。

「浦原は光言宗の元・権大僧正・・・15で死んだ俺を『屍姫』として蘇らせてくれた契約僧だからな。」

まさに俺の命そのもの。『黒崎一護』を生かすものだ、と告げる口調に迷いなど無い。
しかし迷い無きその声に反して、ますます驚きに声も出せず混乱していく周囲。

屍。光言宗。屍姫。黒崎一護。浦原喜助。死・・・・・・

一体、何に一番驚けばいいのか。
現世に存在していた組織のことか?
虚とは違う化物のことか?
それともあの浦原喜助がこんな所に居たことか?
・・・・・・・・・・・・黒崎一護が、既に死んでいたことか・・・?




「一護サン、色々喋っちゃってますけど良いんですか?アチラさんに知れたら何か言ってくるかも知れないスよ?」

混乱する六人の中にその声は冷たい感触を伴って入ってきた。

虚を相手にしたわけでもなく、現世でこんな怪我に見舞われたのだ。
今すぐか、帰ってからか・・・いずれにせよ尸魂界には報告せねばならないだろう。
だがその場合、一護はどうなるのか。前例が無いだけに想像などつきようも無い。
ただ一つ言えるとすれば、一護の魂は確実に尸魂界へと送られるということだろう。
既に死んでいるのならその魂魄は速やかに魂葬されなくてはならない。・・・虚になってしまう前に。
それなら生きていると思われていた『黒崎一護』は一体どうなるのか。

一気に背筋が冷たくなった六人の耳に、しかし続けて入ってきたのは予想外の声だった。

「別に。俺がアイツる間にアンタは記換神機使っといてくれるんだろ。」
「そうっスね。それじゃァ後は任せてくださいな。」
「ああ。」

「なっ・・・!ちょっ、待てよ!黒さ・・・っい!」

浦原と話をつけて屍を追おうとした一護に冬獅郎が声を振り絞る。
無理をしたために激痛がその身を襲ったが、そんなものになど構っていられない。

「おま、え・・・俺達の・・記憶を、消すつもりか・・・」
「今言ったことを他に知られるわけにはいかねーんだよ。・・・俺はまだ、そっちには行けない。」

この地にはまだ沢山護りたいものがあるから。
そして己を殺した『モノ』を見つけ出すためにも。

「『屍姫』である俺は既に生きちゃいない・・・・・・けど尸魂界にも行かない。ここで、死を忘れた己の体を駆ってひたすら屍を葬り続ける。それが俺の使命であり・・・望み、だ。」

「・・・・・・」

決意が込められた声に言い返せる言葉は浮かんでこなかった。
浦原はその沈黙の中、一護を見、そして促す。

「一護サン、そろそろ行かないと撒かれちゃいますよ?」
「ん。・・・じゃ、あと頼むわ。」

そう言い、タッと地面を蹴って飛び上がった距離は決して生身の人間に出せるものではなかった。
屍を狩りに行った一護を見送ってから浦原は倒れ伏した六人を見下ろす。
帽子の影になってよく見えない双眸からは誰も何も感じ取れない。

ただ、そう。出来るのは、偽りの記憶が植えつけられるのを待つことだけ。


「一護サンにも任されたことですし、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょうかねぇ。」


懐から取り出された見慣れた物にそう悟った。






















「死神姫」の蛇足補完(?)として書かせていただきました。

バレネタ・・・に分類されるんだろうか。皆が一護の正体を知って吃驚。

ちなみに現世にいらした死神の皆さんは本誌の展開より。

義骸に入ったままで屍に遭遇してしまったのが不幸と言うか何と言うか。

未知(=屍)との遭遇で死神に戻る暇無く屍の餌食となっていただきました。

それでも魂魄自体は大丈夫なつもり・・・傷ついたのは義骸だけってことで。


「お守り」については自由に想像してください。

物かもしれませんし、それ以外の何かかもしれません(笑)












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