ミシェーラの兄はとても綺麗だ。彼が言葉を発するたびに、彼が呼吸をするたびに、周囲はきらきらと輝きを増す。
 ただしそれは実兄がとびきり美形で、比喩として『輝いている』と言っているわけではない。
 文字通り、ピカピカキラキラと光るのである。兄が言葉を発するたびに、兄が呼吸をするたびに、その唇から小さな星が零れては、彼の周りで輝くのだった。
(一年中いつだって綺麗だけど、やっぱり冬が一番なのよね)
 今は盲(めし)いてしまった眼で、ミシェーラは記憶の中の輝きを呼び起こす。
 月が冴え冴えと輝く、雲一つない冬の夜。その街角でミシェーラの車椅子を止めた兄が「はあ」と息を吐き出す。すると白い息と一緒に沢山の星がキラキラと輝き、空へと上っていくのだ。
 キンと冷えた空気の中できらめくそれは真綿に包まれて輝く宝石のよう。それから兄はミシェーラが望むままに、幼少期に教会で習った聖歌をいくつか口ずさんでくれる。再び真綿と共に星が生まれて、暗い夜空を背景に美しく輝いた。
 星々に囲まれてミシェーラは歓喜の声を上げる。「みんなこんなに素敵なものを見られないなんてもったいないわ!」と。すると兄は決まって苦笑を零し、「僕はミシェーラに見てもらえるだけで十分だよ」と答える。
 そう、兄が生み出す数多の輝きはミシェーラにしか見ることができなかった。否、もしかしたらミシェーラ以外の人間にも見えていたかもしれないが、兄妹が『見えている人』として認識しているのはミシェーラだけだったのである。
 ミシェーラの兄が生み出す星を目にするための条件はたった一つ。
 それは世界で一番、兄を愛すること。
 ミシェーラは生まれた時から自分の傍にいてくれるこのちょっと頼りない兄が大好きだった。単に『大好き』という言葉だけでは言い表せない、大大大大好き。世界で一番愛している。だから見ることができた。
 両親は自分達兄妹をとても愛してくれていたけれど、彼らの一番は常に妻(夫)であり、子供はその次。いつまでたっても仲睦まじい両親を眺めては、兄妹そろって「仕方ないね」と言ったものだ。
 学校でも兄には友達が少なからずいたし、また兄のことを特別に思ってくれる人もできたことだろう。しかしミシェーラが知る限り、兄の星を目にすることができた者はいなかった。もし星を見つけられる人がいたならばミシェーラは全力でその人を応援する予定だったのだが、その予定は企画の時点で止まってしまっている。残念だと思ったが、実はほんの少し安心してしまったのは、兄には内緒だ。
 そうしてキラキラ輝く星を自分だけの宝物として過ごしてきたけれど、ある日、ミシェーラは視力を失ってしまった。もうどんなに兄を愛していてもあの輝きを目にすることはない。兄の代わりとして『奪われる側』となったことに後悔はないが、星が見えなくなってしまったことだけは少し悲しいと思う。
(でも)
 ミシェーラはこの街≠ノ来てから諸事情により新調した車椅子の肘置きを撫で、胸中で独りごちる。息を吸い込むと、病院特有の消毒液の匂いがした。
(もし今この眼が治ったとしても、私はもうあの星を見ることはないかもしれない)
 星を見るための条件は、世界で一番兄を愛していること。けれどミシェーラは成長し、出会いと別れを繰り返し、兄とは別の意味で大切な人とめぐり会った。この街――ヘルサレムズ・ロットまで赴き、兄に助けてもらった己の婚約者。トビー・マクラクランは、ミシェーラにとって兄と一・二を争うほどに愛しい人である。
 だから、もしかしたらもう兄のあの美しい星を見ることができる人は、もうこの世にいないのかもしれない。兄はとても素晴らしい人だが、何を置いても彼を世界で一番愛してくれる人と早々めぐり会える可能性はあまり高くないだろう。兄でなくとも、そういう人は世界で一人か二人くらいと相場が決まっている。そしてその一人はミシェーラだったのだから、あと一人、いるかいないか。
 でももし兄の唇を割って零れ出すあの星々を目にすることができる人が現れたなら、いつかの決意のように、その人を全力で応援しようとミシェーラは改めて心に誓う。何故なら兄はミシェーラにとってやっぱりとても特別な人なのだから。何があっても幸せになってほしいのである。
「ミシェーラ嬢、少しいいかな」
「ミスタ・スターフェイズ? ええ、もちろん」
 病院内、兄が眠っている病室。車椅子を押してくれるトビーは少し席を外しており、今この部屋にいるのはベッドの上で眠っている兄と、ミシェーラ、それからたった今、兄の見舞いに来てくれた上司の一人――スティーブン・A・スターフェイズ。
 兄の上司はミシェーラとは反対側のベッドの脇にあった椅子に腰かけ、「スティーブンでいいよ」と気さくに告げる。
「では、スティーブンさん」ミシェーラは車椅子の上で小首を傾げた。「私に何かご用ですか?」
「ああ。レオの妹である君に訊きたいことがあって」
「私が答えられることでしたら」
「ありがとう」
 律儀に礼を告げたスティーブンはそれから少し逡巡する。どう言おうか、もしくは言うか言うまいか、迷っているらしい。だがミシェーラが黙してじっと待っていると、彼はようよう口を開いた。

「レオナルドが喋ると……いや、彼が呼吸をしているだけでも彼の周りにキラキラ光るものが見えるんだが、何だと思う?」

 ミシェーラはスティーブンの言葉に驚いて口元に手を当てる。
 しかし彼女はまだ知らない。この後、スティーブンと入れ替わるようにして現れた煙草の香りがする男性――ザップが同じような質問をすることを。もう一つおまけに、レオナルドと一緒にいる音速猿のソニックも、自分にもレオナルドの星が見えるとキィキィ鳴いて主張することを。






Twinkle Twinkle Little Star







2016.02.04 pixivにて初出