《1》
初めて声を聴いたのは、幻術で輸送トラックの姿を隠し人身売買を行っていた異界人達を捕縛した後。クラウスさんの技に巻き込まれて命からがら生き延び、全身を包帯でぐるぐる巻きにされている状態でのことだ。 肝心の眼にさえ包帯が巻かれて視界不明瞭。いや、見ようと思えば義眼で見られたんだろうけど、使うような場合でもなかったし、とりあえず普通に包帯の下で目を閉じていた。□元には呼吸器で発言も実質不可。そんな僕とは対照的に、彼――スティーブン・A・スターフェイズさんは殊更明るい声音で僕の働きをほめたたえた。あまりにも明るすぎたせいで馬鹿にしている雰囲気すら感じられたけど、まぁそれはさておき、なんともいい声の人だなぁとは思った。 声からイケメンって言うのかな。見えていなかったけど、おおこれはイケメン!って思ったわけだ。おまけに声だけじゃなく、革靴が奏でる足音とか、椅子に座ったりする時に聞こえてくる衣擦れの音とか、そういう細かな動作も含めて洗練された感じがしていた。 しかも立場がクラウスさんの副官ときたもんだ。男としての何もかもが自分とは違うと感じましたとも。 そんなイケメン(推定)と実際に顔を合わせたのは、包帯もとれて無事退院し、ライブラの事務所に顔を出してから。勝手に出来上がっていた『ライブラのナンバー2』像を抱いてちょっとばかり緊張していた僕だったけど。 「やあ、少年。前に病院で話はしたけれど、こうして顔を合わせるのは初めてだな。僕はスティーブン・A・スターフェイズ。どうぞよろしく」 自身のデスクから立ち上がり握手のため手を差し出したとてもいい声の男性。すらりと伸びた長い手足、高そうなスーツに包まれた均整のとれた肢体は、かねがねイメージしていた通りだ。 でも。 「なんで紙袋」 それら全てを台無しにするかのように、スティーブン・A・スターフェイズさんは頭にすっぽりと茶色の紙袋をかぶっていた。 両方の目のところだけきれいな丸にくり抜かれ、黒い穴をさらしている。あちらからは外がきちんと見えているのだろうけど、こちらからは完全に黒い丸だ。瞳の色さえうかがえない。 思わず僕がツッコむと、クラウスさんは周囲に汗を飛ばして、チェインさんはさっと姿を消した。そしてザップさんは笑うでもなくからかうでもなく、「まぁそうなるわな」と若干遠い目をする。一体何なの。わけがわからないよ。 「レ、レオナルド君。それがスティーブンの普通なのだ。どうか君も他の皆と同じように接してほしい」 「は? あ、はあ。わかりました」 クラウスさんに言われてはっとする。そうだ。ここはヘルサレムズ・ロット。異常が正常な街。そんなのはここへ来てライブラと出会うまでの三週間でいやというほど思い知ったはずだ。だったらどんなに声と首から下が伊達男でも頭に紙袋をかぶるのが大好きな人間だって普通に生活しているに違いない。 僕はスティーブンさんに対して持っていた勝手なイメージをさっさと頭から追い出し、僕のツッコミのせいでちょっとばかり動きが止まってしまっていたこの組織のナンバー2の手を改めて握り直した。途端、スティーブンさんの肩が小さく跳ねる。 さあ、気を取り直して。 「レオナルド・ウォッチです。こちらこそよろしくお願いします、スティーブンさん」 そしてスマイル! 人間、何事もまずは笑顔だ。そこから友好的な関係が始まるというもの。 僕の態度にクラウスさんはほっとしたように肩から力を抜き、チェインさんは再び姿を現す。ソファにだらりと座っていたザップさんはこちらから視線を外して開きっぱなしだった雑誌のページをめくり始めた。 そして、スティーブンさんは……。 「あ、ああ。よろしく、少年」 あたふたとちょっと慌てたような仕草で僕の手を握りしめていた。 「スティーブンさん、頼まれていたファイリング終了しました」 「ありがとう、少年」 「次は何します?」 「そうだな。コーヒーを頼む」 「わかりました。ブラックですね」 「ああ」 ライブラの事務所、その執務室にいるのは僕とスティーブンさんの二人だけ。他は皆、仕事だったり私事だったりでここにはいない。クラウスさんが外出中なのだからそれに付き従うギルベルトさんも当然おらず、僕は有能な執事の代わりにスティーブンさんのためコーヒーを淹れる役目を仰せつかった。 紙袋をかぶったままバリバリ書類を捌いていく上司との会話は初顔合わせ以来普通にこなせている。ザップさんからは「お前本当に順応性高ェな」と呆れたように言われたが、正直なところザ・人間のクズな先輩にしみじみと異常扱いされているスティーブンさんが可哀想だと思った。だってスティーブンさんって紙袋以外は本当に普通の、って言うか有能な人なのだから。 たとえ『血界の眷属(ブラッドブリード)』と戦う時ですら紙袋をかぶったままで、あまつさえ深く傷ついて戦闘終了後にザップさんに負ぶわれている時ですら朦朧とした意識の中でそれを外さなかったような人物だったとしても。 神々の義眼がライブラ、ひいてはその母体たる牙狩りという組織にとって最大の敵である吸血鬼を見分け、更には諱名を読み取る力があると発覚した驚きよりも、そんなスティーブンさんの執念の方に僕は驚かざるを得ない。どんだけ他人に素顔を晒すのが嫌なんだ、この人。 しかしそれ以外は全く問題のない(と僕は思っている)人であり、バイトがない時は手伝いを申し出る等、この人のために何かしようと思える存在だった。 僕があっさりと紙袋のことを気にせず、むしろスティーブンさんに手伝えることはないかと尋ねるようになると、最初の頃スティーブンさんは少し戸惑っていたようだったけれど、しばらくすれば慣れてきて向こうから声をかけてくれるようにもなった。もうザップさんより僕の方がスティーブンさんとよく話しているような気がする。とは言っても、所詮僕はまだまだ新参者なので、こんなのはただの思い上がりなんだろうけど。 スティーブンさんから受け取った空のマグカップを持って簡易キッチンへ。美味しいけれどちょっと手順が複雑なコーヒーメーカーの扱いにも慣れたもので、ギルベルトさんに横へついてもらっていなくても淀みなく手が動く。一杯分をきちんと抽出して、砂糖もミルクも添えずにお盆へ乗せた。本当はミルクくらい加えた方がいいのだろうけど、スティーブンさんの好みはブラックらしい。様子を見て、何杯も飲むようならミルクを入れさせてもらおうと考えつつ、僕は踵を返した。 「スティーブンさん、お待たせしました」 「ありがとう。……うん、美味い。少年も腕が上がったな」 「立派な先生と厳しい舌をお持ちの審査員様がいらっしゃるので」 前者はギルベルトさん、後者はスティーブンさんだ。そんなことはこの上司もすぐに解ったようで、紙袋の隙間に上手くカップの縁をもぐりこませていたスティーブンさんは一度それを離して「言うようになったな?」と少し弾んだ声で言ってみせた。 そんな穏やかな空気が流れていたからだろう。僕は先日から気になっていたことを口に出していた。 「K・Kさんがスティーブンさんのことを『スカーフェイス』って呼んでたんですけど、スカー(傷)ってことは、もしかしてスティーブンさん、顔に怪我でもされているんですか?」 「……」 相手は紙袋をかぶっており、こちらも義眼は使っていないのだから、表情の変化など判るはずもない。けれどもその僅かな沈黙があれば十分で、僕は内心「しまった」と思った。 ライブラの面々を見ていれば分かるように、スティーブンさんの紙袋の内側については極力触れないようにしている。例外は――僕が知る限りでは――K・Kさんのみで、彼女だけが誰彼はばかることなく「スカーフェイス」なんて呼び方をしていた。その延長でうっかり僕もスティーブンさんの秘されているものを暴こうとしてしまったが、これはまだ僕が触れていいレベルのものじゃなかったんだ。 「すみません。忘れてください」 青くなった顔ですかさず頭を下げる。腰を折る角度はきっちりかっちり90度。 ジャパンのことわざにもあるように、親しき仲にも礼儀あり。ザップさんよりスティーブンさんと仲良くなれたなんて浮かれている場合じゃなかった。僕はただ単にあの銀髪の先輩よりも気遣いができない人間だったのだ。 この人に嫌われたくないなぁ。 元々紙袋以外は尊敬できる人間だし、紙袋をかぶっていてもこの街じゃそうおかしなことでもない(のかもしれない)。そもそもここは「頭はどこ?」って尋ねたくなるような異界人だってたくさんいる街だ。だからこそスティーブンさんの反応を待つまでの時間がやけに長く感じられて、ごくりと唾を飲み込む音はびっくりするほど大きく聞こえた。 部屋に沈黙が落ちたままどれくらいの時間が経っただろう。カサリと乾いた紙の擦れる音がして、「少年」と実にいい声が耳を打った。 「顔を上げてくれ。君が謝るようなことは何もない」 「でも」 頭を下げたまま告げる。 「僕は貴方に失礼なことを言ったはずです」 K・Kさんの台詞から推測するなら、この紙袋の下には大きな傷が隠れているのかもしれない。スティーブンさんはそれを気にして隠そうとしているのかもしれない。男が顔の傷なんか、と言う人はいるだろうけど、当人からすれば「なんか」じゃ片付かない問題だってこともあるだろうし。 「いや、違うんだ。傷はあるにはあるんだが、それを気にして顔を隠しているわけじゃなくてだな」 「え?」 僕は顔を上げた。スティーブンさんは――顔が見えないのであくまでイメージだが――困ったように苦笑して僕の頭にぽんと手を置く。 「顔そのものを他人に見せるわけにはいかないと言うか。とにかく自分の顔にコンプレックス云々ってわけじゃないから、君は気にしなくていいんだよ」 「じゃあさっきの僕の発言がスティーブンさんに嫌な思いをさせたりは……」 「していない。だから安心してくれ」 「よ、よかったぁ」 身体からふっと力が抜けて、その場で膝を折る。スティーブンさんも合わせてしゃがんで、紙袋の中でくすくすと笑ってくれた。僕も徐々におかしくなって、スティーブンさんに合わせて笑う。 結局、スティーブンさんが紙袋をかぶっている理由は謎のままだけど、もう謎は謎のままでもいいかなと思った。少なくとも、相手が話そうともしていないのに無理やり暴くものじゃないよな。 「〜〜〜〜ッ!」 たった一人残ったライブラの事務所内で、男が顔を両手で覆って悶えていた。 濃灰のスーツに紺のシャツと黄色のネクタイ、長い足の先にはピカピカに磨かれた特注の革靴。ライブラの副官の席に座った男は頭から何もかぶっておらず、癖のある黒髪がしっかりと見えていた。また手で覆い切れていない場所――耳などはうっすらと赤く染まっているのが分かる。 「かわいい」 当人以外誰も聞いていない呟きが広い部屋に落ちる。 いつも頭からかぶっている茶色の紙袋を机の端に放り出して、スティーブン・A・スターフェイズは感極まったように繰り返した。 「かわいい。ホントかわいい。なんだあれ。なんでこんな紙袋かぶった変なおっさんにああも可愛く微笑めるんだ少年は!!」 そして再び声もなく悶絶。 しかししばらくしてスティーブンは身悶えるのを止め、「はあ」と大きく溜息を吐いた。 レオナルドは可愛い。だからこそ、 「俺の顔、見られるわけにはいかないんだよなぁ」 がっくりと肩を落としてスティーブンは机に突っ伏した。 《2》 ライブラ事務所から帰宅したら家がなかった。 四十秒で追い出された次はこれか! ちくしょうヘルサレムズ・ロットクオリティめ……! と、ふざけていられたのも数秒だけで、倒壊した安アパートを前に僕はガクリと両膝をついた。しかし霧越しにも太陽が沈もうとしているのが分かる時間帯、ここで落ち込んでいてもどうしようもない。同じアパートに住んでいた住人達が思い思いに私物を発掘する中に混じり、僕も必要なものを掘り出していく。 急に部屋を追い出されたり建物が倒壊したりすることがあるこの街――特に僕が住むような価格が安く治安も褒められたものではない場所――では、こういうことを見越して私物はあまり多く持たない方がいい。僕はそう学んだ。 さっさと必要なものだけ掘り出し、段ボール一個分に収まったそれを抱えてライブラへと足を向ける。申し訳ないけれど事務所に泊めてもらおう……。 そんなこんなでライブラに戻ってきた僕を出迎えてくれたのはギルベルトさん。クラウスさんとスティーブンさんはそれぞれ出かけているらしい。 いつかの時と同じく執務室のソファをお借りして、肉体的にも精神的にもくたくたになった身体を横たえる。この部屋は広いけどそれでも場所を取るのはどうかと思い、持ち込んだ荷物はソファの前にあるローテーブルの下に押し込んだ。 この時、僕は意識していなかったのだが、執務室に入ってきた人間から僕の姿と僕の荷物は完全に見えない状態になっていた。しかも以前のザップさんがそうだったように、僕は眠っているとあまり気配というものが出ていないらしい……の、かな? いや、あの人がただ単にガサツってだけかもしんねーけど。でも普段はクズのくせに戦闘になると大活躍するあのザップさんが眠ってる僕に気付かずこの顔をクッションにしてくれやがったのは確かだ。 ソファに横たわった僕はいつの間にか眠ってしまっていて、目が覚めたのは誰かの話し声が聞こえたから。ぼんやりとした頭で耳を傾けていると、それがクラウスさんとスティーブンさんであることが判った。ああ戻ってきたんだなぁ、今夜はここに泊めてくださいって言わなきゃなぁ、って思ってたんだけど、二人の会話内容に僕はソファの上ではたと目を見開いた。 「――それで、まだその呪いは解けないのかね」 「ああ。一応各方面に当たってもらっているが、残念ながら有力な手がかりは……。どうやら随分古い魔術の類らしくてね」 「そうか……」 「おいおい、クラウス。君がそう肩を落とすことはないさ。確かに首から上が変に見える呪い≠ヘ面倒だが、仕事に大きな支障が出る訳じゃない。少年も早々に慣れてくれたしね」 「うむ。レオナルド君の順応性の高さには感心する」 「だろう? まぁさっさとこんな呪いとオサラバできれば、それに越したことはないが……。他に優先すべき物があるならそっちをやっていくべきだ」 「すまない、スティーブン」 「気にしないでくれ」 スティーブンさんがそう言って軽く笑う。 あれ、この話って僕が聞いても良かったのかな? って言うか首から上が変に見える呪い≠チて何? スティーブンさんが紙袋装備なのはそれが原因ってこと? 変顔に見えるのと紙袋被ってるの、おかしさならどっちもどっちなような気が……ゲフゲフ。やっぱ今のナシで。 意を決して身体を起こす。ソファの背もたれから顔を出して、僕は二人に「あの……」と声をかけた。 「! しょ、少年!?」 「レオナルド君、いたのかね 」 「あ、はい。すんません……。またアパート追い出されちゃって。あ、ギルベルトさんにはちゃんと声かけさせていただいたんすけど!」 「そう焦らずとも大丈夫だ。次の家が決まるまでゆっくりしてるといい。……ところでレオナルド君」 「はっ、はい!」 クラウスさんに改めて名を呼ばれ、慌ててソファから降りる。駆け足でクラウスさんの前に行き、直立不動で待機。スティーブンさんが傍らで「面接……」と呟いていた。 「今の話は聞こえていたかね」 「はい……盗み聞きするつもりはなかったんですが……すみません」 「いや。いずれ君にも話さなければならないと思っていたことだ。無論、スティーブンが構わないと言ってからになるはずだったのだが……」 「ほ、本当にすみませんんんんん」 完全にスティーブンさんの方の準備ができていない状態で聞いちゃいましたね! 駄目なやつですね! すんませんっ! スティーブンさんにも「申し訳ありませんっした!」と腰を九十度に折って頭を下げる。頭上からクラウスさんの慌てる気配が伝わってきたけど人の秘密を聞いてしまったのはやっぱり良くない。 というか、考えれば隠すのも仕方ないっすよね! なにせスティーブンさんは伊達男だ。そんなものは首から下と所作を見るだけで分かる。あと声。そんな人が変な顔に見られる呪い――どんな風に変なのかは分からないけど――を受けて、まともに素顔を晒し続けられるはずがない。凡人顔の自覚がある俺だってそう。でもスティーブンさんは(おそらく)元が良い分、更に隠したくなるだろう。そして可能ならば呪いを受けたことすら隠したいはずだ。プライドってやつ。 結論、僕はスティーブンさんのプライドを傷つけた。だから謝るのは当然のこと。氷漬けにされるのと記憶消去の名目で脳をいじくられるのは勘弁して欲しいけど、罵倒されるくらいは甘んじて受けなきゃいけない。……と、思っていたんだけど。 「頭を上げなよ、少年。確かに呪いのことは知られるとちょっと恥ずかしいけど、君が頭を下げるようなもんじゃない」 「お、怒ってないんすか……?」 ほんのちょっぴり顔を上げてスティーブンさんの表情(紙袋だけど)を窺う。するとスティーブンさんはくすくすと笑いながら肩を揺らして、 「怒ってない。言ったろ? ちょっと恥ずかしいだけだって。まぁ僕の我侭を聞いてくれるなら、ここで耳にした話を他人に吹聴しないでくれってことくらいかな」 「勿論です! 誰にも言いません!」 「ん。ありがとう」 表情は相変わらず茶色のクラフト紙に遮られて分からないけれど、それでも空気が柔らかくなるのが感じられた。クラウスさんもほっとしたように、周囲に小花を飛ばしている。勿論イメージだけど。 僕はきちんと頭を上げてスティーブンさんに微笑みかけた。途端、スティーブンさんが紙袋の上から頬の辺りを押さえる。おや? と思って首を傾げてみるけど、スティーブンさんは何でもないと言って、頬を押さえていた手をヒラヒラと振った。……うん、何でもないなら、それでいいんですけどね。 スティーブン・A・スターフェイズは自宅に帰り、リビングのソファにどかりと腰を下ろした。遮る物のない顔を両手で押さえてしばらくじっとしていたが、やがてぼそぼそと独り言を呟き始める。 「ほんっとに、あの子が無闇矢鱈と透視しない子で良かった……。いや、幻術も何もかかっていない紙袋だから良かったのか。たぶん幻術で隠していたら普通に見られてたよな」 幻術で偽装した車両をそうと知らずに見破った少年だ。もしスティーブンの顔を幻術の類で誤魔化していたなら、レオナルドはそうと知らずに素顔を見てしまっていただろう。他人の服を透視しないのと同じ要領でスティーブンが被っている紙袋を透かして中を見なかったことに、改めて胸を撫で下ろす。 レオナルドが聞いてしまった通り、またクラウスが認識している通り、スティーブンの顔面に幻術がかけられておかしな顔に見られてしまうというのが事実なら、むしろ幻術が効かないレオナルドには顔を見られても良い。彼にだけは本来のスティーブンの顔を認識してもらえただろう。が、実際には違う。スティーブンの首から上に呪いがかけられているのは本当だが、その内容はスティーブンと呪いをかけた術者、それからクラウスの知らないところで解呪のために動いている術者しか知らない。 「……」 スティーブンはゆっくりと顔を覆っていた手を下にずらす。節くれだった男らしい、けれどもきれいな手の内側から現れたのは、垂れ目がちな整った容貌。左のこめかみから口元にかけて大きな傷が走っているが、それすらスティーブンの魅力を引き立てるアクセサリーと化している。 異性ならば放っておかないであろう顔に黒い筋が走った。それらはいくつものアルファベットを形作り、アルファベットは規則的に並んで次々に文章を作る。 ――こんなの、他人に見られる訳にはいかない。 ――俺にはクラウス達に知られたくない秘密があるんだ。 ――そう軽々しく晒せるもんか。 ――本当に冗談じゃない。 ――まさか本音が文字通り顔に出る≠ネんて。 それは、本心が文字となって皮膚に現れる呪い。ライブラの裏側を人知れず担当するスティーブンは当然のように恨みを買いやすい。多くはきっちりいなすが、およそ半年前スティーブンはこの呪いを受けてしまった。 清廉潔白なリーダーやその他の仲間達に知られてはまずい本心を抱えているスティーブンには致命的な呪いである。ゆえに嘘を織り交ぜて顔を隠した。 幻術で隠さなかったのは、もし術者に何かあってその効力が切れた時に対処が難しいから。仮面やフルフェイスのヘルメットも候補に入れてみたが、仮面は長時間使用していると意外に蒸れ、ヘルメットはただ単純に重かった。 紙袋というあまりにも突飛で目立ちすぎる物を使うようになったのは、それが先述の二つよりも楽であったことと、何よりいかにも『隠しています』風を演出することができ、慈悲深い我らがリーダーならば絶対に中を見ようとしないから。 「さっさとこの呪いもなんとかしないとなぁ」 深々と溜息を吐き、スティーブンは肩を落とした。 《3》 昔、誰かが言った。人生、幸福と不幸は同量にもたらされる。ジャパンのコトワザとやらでは「人生楽ありゃ苦あり」と言うのもあるらしい。 でもそんなのは絶対に嘘だ。少なくとも今日一日という期間に区切ってみれば、本日、僕は散々な目に遭ったのだから。 ――初っ端、HLに観光旅行へやって来たと思しきガラの悪い二人組と遭遇。妹への仕送りが入った財布と通帳ごと所持金を全て奪われ、僕は路地裏の片隅に投げ捨てられた。奪われたのがいつものように生活費くらいなら、運が無かったと言って諦め、代わりに日雇いバイトでも探しただろう。でもミシェーラへの仕送りだけは駄目だ。あれだけはきちんと送ってやらなきゃいけない。それが僕のケジメだから。 ボコられた後に目覚めて、パトリックさんにお願いして殺傷性のない武器――スタン警棒を譲ってもらい、僕が例の二人組を探し出せたのは夜になってから。HLのルールを知らない外からの旅行者のことは特定の界隈じゃかなり話題になっていて、辿り着いたバーでもあいつらだけ殊更バカ騒ぎをして悪目立ちしていた。僕は警棒を握り締め、金を返せと正面から言いに行ったものの……。結果はこの通り。スタン警棒でもペースメーカー使用者が相手の場合など、運が悪ければ心臓が止まると言われて怯んだ僕は、パトリックさんからもらった好意を上手に使うこともできず再度ノックアウト。当然、お金は返って来ないまま傷だけが増えた。骨が折れなかったのは幸いだったけど、顔は痛みを通り越して熱を持っている。一体どんな有様になっているのか、鏡を見るのが怖いくらいだった。 ただしこれだけでは終わらない。ボコボコのボロボロになった僕に何やら非常に焦った様子のザップさんが押し掛けてきて身柄を拘束。どうやら義眼を使って愛人さんの一人が大切にしていた猫を探してほしいとのこと。ほうほう。ただし残念ながら、この義眼は見たことのないものを探す機能まで装備しちゃいないんですよねー。しかしそんな言い訳で諦めてくれる理不尽クズ先輩ではなく、しばらく罵り合いを続けた後、僕をランブレッタに乗せるととにかく猫探しだと叫んで走り出した。おい……せめてこっちの傷を労わるくらいのことはしろよ……いや、無理か。無理ですよね。そうでした。アンタはそういう人だった。 ――で、まぁ、今に至る。 夜もだんだん深くなる中、未だザップさんの愛人さんの猫は見つからず。その愛人さんに掛けられた呪いのせいでマグナムが爆発四散すると、この世の終わりのように嘆くクズ先輩を後ろに乗せてランブレッタを走らせる僕。おい、これアンタのバイクだろ運転しろよ! と思ったのは一瞬だけで、今この人に運転させたら確実に事故るわコレ。 やだわー。このままタイムリミットが来てザップさんのザップさんが破裂して、それを眺めながら僕も散々な一日を終えてしまうとかホントいたたまれないわー。 って、あれ? あそこに見えるは……。 「スティーブンさん?」 「おぉ、何だ。今日は夜遊びする知り合いの多い日だな」 高級住宅街に程近い道路の脇、中心に向かって落ち窪むHLの街並みを見下ろせるよう柵を設けたその場所で、ライブラの番頭役もとい紙袋男……ゲフッゴホッ……スティーブンさんが少し驚いたように声を出した。それからヒラリと手を振ってくれる。相変わらず紙袋以外は素敵な上司である。ちなみに言うと、僕は未だこの街でスティーブンさん以外に紙袋をかぶって生活している異界人・人類を見たことがない。 閑話休題(それはさておき)。 スティーブンさんはお知り合いの方と話をしていたらしい。僕が小首を傾げると、相手の異界人の女性――家政婦のヴェデッドさんとその子供達であるエミリーダちゃんおよびガミエルくんを紹介してくれた。無論、盛大に見苦しいことになっているザップさんは放置して。だがこちらのやり取りなど一切気にすることなく喚いていたザップさんは、エミリーダちゃんが抱きしめている猫を見つけた瞬間、グワッと目を見開いて彼女の前に駆け寄った。 異界人の幼女を色情魔から守るため思わずスティーブンさんも僕も戦闘態勢を取りかけたが――この辺にライブラ内でのザップさんの認識の酷さが窺える――、それは杞憂に終わる。ザップさんは女の子を怖がらせないようその前にそっと跪いて、猫を譲ってくれないかと真摯に懇願し始めた。彼女が抱えているのは恋人の猫で、自分はそれをずっと探していたのだと。 外面の良さだけは誇れるザップさんがそういう仕草をすると、このクズ先輩のクズ加減をまだよく分かっていなかったエミリーダちゃんは、少々惜しみつつも猫をザップさんに手渡す。ザップさんは綺麗な笑顔のまま礼を告げ、ランブレッタに跨って走り去っていった。 ……いや、うん、まぁ……女の子から無理やり猫を奪うようなドクズ行為を行うなら僕が視野混交したし、スティーブンさんも革靴を鳴らしてアブソルっただろう。でもさーなんかさー納得いかないっていうか。 「いっそザップさんのザップさんなんて爆発四散してしまえばよかったのに」 「少年……」 「死なば諸共。今日は僕ホント散々だったんで、ザップさんも散々な目に遭えばいいんです。むしろ遭いやがれ」 今日一日の出来事のせいですっかり荒んでしまっていた僕が思わずそう呟くと、スティーブンさんは紙袋の中で苦笑する。「その顔は……確かに散々な目に遭ったんだろうな」と言って。わお、これが今日初めての同情とかツラい。 肩を落とす僕の傍らでスティーブンさんはもう一度苦笑すると、ヴェデッドさんにもう帰るよう告げて、引き留めていたことを軽く謝罪する。ヴェデッドさんは頭を下げ、お子さん達と一緒に車へ乗り込んで去って行った。 さて、残るは僕達二人なわけだけど。あ、って言うかヴェデッドさんも普通に紙袋スティーブンさんと会話してましたね!? 家政婦さんすごいな! 「スティーブンさんのご自宅ってこの近くなんすか?」 「ああ。君は……ここからじゃ遠いな」 「っす」 残念ながら僕をここまで運んできてくれたランブレッタは本来の持ち主の操縦によって猫の配達便と化してしまった。ここから徒歩で帰るのか……距離もそうだけど生還率もヤバい。 無事帰宅できるかも怪しくて肩を落とす僕。でもそんな僕の頭にポンとスティーブンさんの手が乗せられた。 「僕も今日は散々な目に遭ってね。ツイてなかった者同士、最後にちょっとくらいは楽しもうじゃないか」 「へ?」 思わず顔を上げれば、スティーブンさんが節くれだった長い指でご自宅があるらしき方向を示した。 「うちにおいで。治療とシャワーと、あと食事もさせてやるから。僕も折角楽しみにしていたパーティが途中でお開きになってしまってちょっと落ち込んでたんだ。君が一緒に食事をしてくれるなら、そのさみしさも多少は紛れると思ってね」 「……いいんですか?」 「もちろん」 なんと。 紙袋で顔を隠しているせいか、それとも秘密結社ライブラの番頭役という立場ゆえか。スティーブンさんのご自宅つまり滅茶苦茶個人の領域に入れてもらえるなんて、想像だにしていなかった。 純粋に驚きを露わにする僕にスティーブンさんは肩を震わせ、こっちの身体の負担にならないようそっと背中を押す。思わず一歩踏み出してしまえば、あとはもうスティーブンさんに導かれるまま。僕はこの奇妙奇天烈な見た目の上司のお宅にお邪魔することとなってしまった。 「下手すりゃこの家の玄関だけで僕の部屋がまるまる収まっちゃいますよ」 「いや、さすがにそれは無いだろう」 そんなやり取りをしつつ広い玄関を通り過ぎてリビングへと案内される。 ホームパーティをしていたという言葉の通り、ベランダに面した広いリビングには大きなテーブルがあり、その上でほとんど手を付けられずに冷えてしまった料理が静かに主人の帰りを待っていた。じわり、と足元から冷気が忍び寄ってくるように感じたのは……気のせい、なのかなぁ。そう思いたい。 「何か見えるのか?」 リビングの出入口で足を止めた僕にスティーブンさんが問いかける。それがあまりにも穏やかな声だったから、僕の口からはするりと見たままの光景についての言葉が零れ落ちた。 「沢山の人のオーラの残滓が……本当にパーティされてたんですね」 「うん。まぁちょっとした事情で中止になってしまったんだけど」 そう言って残念そうに肩を落とすスティーブンさん。心なしか紙袋に開けられた二つの穴も歪んで見え、哀愁らしきものが感じられる。 「こういうもので悪いが、良かったら食べて行ってくれ。さすがにこの量を一人じゃ処理しきれなくてね。かと言って残すのも、用意してくれたヴェデッドに悪いし……」 「さっきの異界人さんですか?」 「ああ。ヴェデッドの料理は美味いぞ? 特にこの」スティーブンさんがテーブルに近付き、大皿に乗った料理の一つを手で示す。「ローストビーフは格別だ」 「うおおお! すげー美味そうっす! ありがたく頂戴します!」 正直なところ、常日頃から金欠状態の人間にこの料理の数々はまさしく『天の恵み』というやつだ。しかも単にカロリーを摂取できるだけじゃなく、冷えていてもこの美しさ、そしてきっといつも良いものを食べているであろうスティーブンさんが太鼓判を押すほどのもの……期待せずにはいられない。 「それじゃあ料理の方は温め直しておくから、君はまずシャワーを浴びてさっぱりしてきなさい。そのあと怪我の治療をして、お待ちかねの食事だ」 「わかりました。ありがたくシャワー使わせていただきます」 「ああ。バスタブに湯をためてゆっくり浸かってきてもいいぞ。全部浴室のパネルで簡単に操作できるはずだけど、わからなかったら呼んでくれ」 「っす」 風呂場の場所を教えてもらってそちらへ足を向ける。スティーブンさんはリビングと一間続きのキッチンへ。この家は広いだけでそう複雑な構造もしていないし、僕は迷わず目的地に辿り着くことができた。 熱い湯が恋しくてさっさと汚れた服を脱ぎ、浴室へ。シャワーとカランが別々になっていて、バスタブに湯を張りながらシャワーを浴びることができるようになっている。僕は先程のスティーブンさんの言葉にめいっぱい甘えることにして、バスタブに湯を張りながら同時進行で熱いシャワーを全身に浴びた。 湯が傷に沁みたけど気にしない。熱によって徐々に身体の強張りがほぐれていくのを感じながら、僕はほうと息を吐き出した。 風呂を貸し、傷の治療をして、食事を摂らせ。ついでにパーティでは開けられることのなかったワインまで振る舞えば、レオナルドは上機嫌のままリビングで寝入ってしまった。今日は随分と散々な目に遭ったようなので、そこにアルコールが加わってしまえば睡眠に負けるのも仕方のないことだろう。 小柄なレオナルドにはリビングのソファですら極上のベッドになるらしく、すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている。それを傍で見下ろし、スティーブンは紙袋の下で苦笑を漏らした。 「何と言うか……無防備な寝顔だな」 唇を割って零れ落ちた声は意外なほどに穏やかなもの。スティーブンは自分の声を耳にして僅かに驚く。ちょっとした気まぐれで部下を拾ってみたものの、それによって得られたのは随分と大きなものだったらしい。 ホームパーティの顛末に落ち込んでいた気分がほぼ立て直されているのを自覚して、スティーブンは笑みを深めた。 ソファの傍らに跪いてレオナルドの顔を眺めれば、時折むにゃむにゃと動く口の端から涎が垂れていた。 だらしない口元とは反対にぴったりと閉じられた瞼の奥。そこに隠された義眼はこの部屋にいた沢山の人々の残滓を正確に読み取っていた。だがその人々が一体どこへ行ったのかまでは見えなかったらしい。意識すればまた別かもしれないが、普通に『見て』いる程度ではそんなものなのだろう。 (俺も随分と危ない真似をする) スティーブンは胸中で独りごちた。 もしレオナルドがこの部屋で起こったことを正確に読み取っていたとしたら……。少年はこのように気の抜けるような寝顔を晒すことはなかっただろうし、スティーブンもこうして穏やかな心地ではいられなかっただろう。裏の顔が最もバレてはいけないのはクラウスだが、スティーブンにとってレオナルドもまた汚いところを見せたくはない相手だった。こういうことにも手を染めているとレオナルドに知られて恐れや嫌悪の目を向けられた時のことを考えるだけで身体に震えが走る。 しかしその危険性を熟知していてもなお、今夜のスティーブンはレオナルドを傍に置きたかった。何せこのパーティに呼んだ者達は本当にスティーブンにとっての友人だったのだから。 『知ってるかい? こいつマジで美形なんだぜ! だがその色男っぶりが徒(あだ)となって厄介な呪いをかけられちまったんだがな!』 呪いをかけられる前からの知り合いの一人である男がそう言えば、スティーブンが顔を隠していてもなお親交を深めてくれた女性が『うわ―! 見たかった!』と本気で惜しんでくれる。今夜招いたのはそんな友人達。しかしその友人に裏切られ、命を狙われ。自分の身体には傷一つ付かなかったが、胸に重い物が圧し掛かってきたのは変えようのない事実だった。 皆で結託し、スティーブンを裏切った彼らの一人は言った。 『その馬鹿みたいな紙袋の中身もきっちり拝ませてもらうわね』 嘲りに満ちたその言葉がまだ耳の奥に残っている。集団のまとめ役になっていたらしいその女性に銃口を突きつけられたまま、スティーブンは紙袋を外して嗤った。彼女らが目にしたのは奇妙奇天烈な顔ではなかっただろう。しかし同時にとても奇妙であったはず。先んじて仕掛けておいた血凍道が発動し、一切の抵抗もできずに凍っていく元友人達。それを見て「残念だよ」と告げたスティーブンの顔の皮膚の上を、吐いた台詞と同じ言葉が走ったはずだったから。 「本当に友達だと思っていたんだ」 眠っているレオナルドにぽつりとそう零す。玄関で出迎えた時から裏切りを予感して先手を打っていたくせにどの口がそれを言うのか、と他人は詰るかもしれない。しかしスティーブンにとってあの友情は本物だった。ただ友情よりも大切なものがあったからこそ、あのような行動に出ただけで。 友に裏切られ、彼らを始末して。傷つかないほどスティーブンは人間を止めていない。 「本当に散々な一日だったよ。でもそんな一日の最後に君と会えたのは僥倖だった」 平和そのもののような、穏やかな寝顔に頬が緩む。スティーブンは紙袋を外し、レオナルドの前髪をそっと指で梳いて晒された額に唇を落とした。 「……ありがとう、レオナルド」 羽根のような親愛のキスの後、小さな声で告げる。 無論、返事はない。 スティーブンは口元に弧を描き、音もなく立ち上がった。レオナルドにかけてやるブランケットを持ってこなければならない。 そうしてスティーブンが静かにリビングを出て行った後―― 「……」 ソファに寝転がっていた少年の瞼の隙間からじわりと燐光が漏れ出す。未だ夢現状態のレオナルドは額に残る僅かな感触の余韻にゆっくりと瞬いた。と同時に胸中で呟く。 (やっぱりスティーブンさんは紙袋だけどいい人なんだよなぁ) 半分以上眠っていたため彼が何を言っていたのかなどほとんど分からない。けれど優しい雰囲気だけは感じていた。あの上司の人となりを理解するにはその要素だけで十分だろう。 ゆえにレオナルドは義眼が捉えているリビングの状態について思いを馳せる。 義眼で見たリビングには、大勢の人がいただけ≠ナはないオーラが残っている。大きな感情の動きによって強く残ったであろうそれを、レオナルドは知っていた。この街ではよく見る光景であるし、また外の世界でだって日常的ではないにしろ、必ずどこかで起こってしまっているものだ。 (たくさんのひとの、うらみ、いかり、かなしみ、きょうふ) スティーブンに向けられたであろうそれら。具体的な状況は分からずとも、何が起こったかくらいは予想できる。 (でも) レオナルドは目を閉じた。深い呼吸を繰り返し、再び眠りへと落ちていく。 そうして意識が途切れる寸前、レオナルドは思った。 (たぶん仕方のないことだったんだろうな) スティーブンは何だかんだ言って優しい人なのだから。 この部屋に入った時に感じた冷気の気配はもう微塵もない。スティーブンが優しい人だと知った今、レオナルドにとってこの部屋はとても暖かく居心地の良いものに感じられた。 《4》 「あらーその憎たらしい顔! 久々に見た気がするわ」 嫌そうな表情を隠しもせずK・Kさんが告げる。対して言われた方であるスティーブンさんは頬を掻く代わりに紙袋の表面をカリカリと引っ掻いて苦笑を漏らした。 「そう言ってくれるなよ、K・K。さすがにいつもの姿で次期国王と会えるはずないだろう」 「いかにも企んでますって顔を晒すよりは、まだ愛嬌のある紙袋の方が良かったんじゃない?」 「ははっ、手厳しいなぁ」 スティーブンさんが紙袋の内側でまた困ったように笑う。 自分達から少し離れた所で交わされる会話に僕ははてと首を傾げた。 「あの、ザップさん……」 「ンあ?」 隣に立つ白スーツ姿のザップさんを見上げる。訝しげに片方の眉を上げたザップさんに視線でスティーブンさんの方を示し、僕はこっそりと尋ねた。 「スティーブンさん、いつもと何が違うんすか? スーツはさておき、紙袋なのは相変わらずですよね?」 「はあ?」声を裏返してザップさんが目を見開いた。が、すぐさま納得したように「そういやお前の眼はアレだもんなぁ」と呟く。あー……もしかして。 「いつかの人肉運搬車と同じパターンっすか」 「だな」 なるほど納得。今の僕の眼には、スティーブンさんはいつも通りの紙袋にしか見えない。けれど他の皆には紙袋が取っ払われた状態に見えるらしい。「幻術ですよね」と一応追加で尋ねれば、「幻術だな」とザップさんが答えてくれた。神々の義眼はその幻術を勝手にあっさり見破って、僕にいつも通りのスティーブンさんを見せたようだった。 でもまぁスティーブンさん本人がK・Kさんに言った通り、これは必要な措置なのだと思う。何せ本日訪れたのは、ヘルサレムズ・ロット屈指のレストラン『モルツォグァッツァ』。そしてここで接待するのはライブラの大口スポンサー候補である某国の次期国王なのだから。 出資先の組織の副官が紙袋装備の成人男性だなんて、この街の外の住人には理解できないもののはず。それならいっそ幻術をかけて、ごくごく一般的な顔に見えるよう細工するのも頷ける。幻術の下が紙袋なのは、不測の事態が起こって幻術が解けてしまった時の保険だろう。あ、あと僕のこの眼のこともあるかな。 僕がまだライブラに所属したばかりの頃、意図せず幻術のかかった車両を見破って誘拐されてしまった一件を知らないツェッドさんが「どういうことですか?」と頭に疑問符を浮かべた。僕がその説明をしようとしたその時、K・Kさんとの雑談を終えたスティーブンさんがこちらを向いて注意事項を述べる。僕らの方をじっと見つめて、くれぐれも粗相しないようにと告げる視線が痛い。分かっちゃいるけど苦笑いしか出なかった。 モルツォグァッツァでは色々あったけれど、何とか……本当に何とか、事なきを得て。それからしばらく後。 レストランに乗り込んできた不届き者を退けた――と言っても実際にやったのは同じ日にモルツォグァッツァへ来ていた堕落王だったんだけど――お礼として頂戴した招待券を、いつ、誰と使おうか、なんてちょっと考えていた最中、ことは起こった。 スティーブンさん、ザップさんです。もとい、ザップさんが大怪我して超絶緊急事態ですううううう! 患者を受け入れられる病院はどこですか!? いつもの痴情のもつれとはまたちょっと違うんだけど、とにかく怪我を負ったザップさんはヘリコプターで病院に運ばれていた。けれど受け入れ先の病院が見つからない。別の場所で起こった事故により、どこの病院も急患でいっぱいいっぱいなのだ。 焦る僕と救急ヘリの人達。しかしそんな時、僕らの目の前に不思議な建物が現れた。 そこはどう見ても総合病院。けれどこんな場所にこんな巨大な病院なんて、昨日まで存在しなかったはずなんだ。いくらHLが日々区画を移動させる不思議シティだと言っても、こんな大きな物、どこにあったって気付かないはずがないのに。 けれど迷っていてもザップさんは助からない。一か八かでヘリはその病院に着陸する。そして子供のような女医さんによってザップさんは建物の中へと運ばれていった。 屋上のヘリポートに置き去りにされた僕はひとまずスティーブンさんに連絡を取って事の次第を告げる。この時の僕と連絡を受けたスティーブンさんはまだ知る由もなかった。 ――その病院こそ、幻界病棟ライゼズ。旧ブラッドベリ総合病院であり、三年前のニューヨーク崩落時にライブラ創設前のクラウスさんとスティーブンさんが大きな屈辱を味わった、忘れられない場所だったのだ。 ライゼズにやってきたクラウスさんとスティーブンさんは病棟を見上げて絶句し、そして三年前の出来事について教えてくれた。 大崩落時、ここには一体の血界の眷属とそのペット≠ェ現れ、患者や病院関係者達を次々と殺害していったという。当時は勿論諱名を知る術なんかなく、人界側の術者達が死力を尽くして崩落を止めるその瞬間まで戦闘……というか、虐殺は続いた。二人が意識を取り戻した時にはすでにHLが構築されており、病院も吸血鬼も姿を消していたそうだ。 で、その話の後に出会ったのは――僕にとってはさっきも会ったばかりだけど――、この病院で医師を務める女性、ルシアナ・エステヴェス先生。成人した女性であるはずの彼女が子供の姿で、なおかつ何人にも分裂して同時に処置を行う様に息を呑んだ僕らは、病院の院長を務める異界人マグラ・ド・グラナ氏からその経緯を聞き、またルシアナ先生自身の口からライゼズがここまで浮上してきた理由を知った。 彼女は三年前のあの時に吸血鬼のペット≠フ栄養源として種を寄生させられた二百名以上の患者を救うため、こうして人界側に病院を移動させたのだ。そして、その思惑に見事はまってそれ≠ェ現れる――。 「少年、いつも通りに」 「っす」 ライゼズに現れたのは犬と植物が合わさったかのようなペット≠セけでなく、その飼い主たる血界の眷属もだった。そしてその対処にはクラウスさんが当たる。僕はスティーブンさんの陰に隠れて義眼を発動させた。 かつてクラウスさんを圧倒していた吸血鬼は今度も己の有利を疑うことなく攻撃を繰り出す。クラウスさんは防戦一方。それがまた吸血鬼を調子に乗らせていた。でも三年前とは違うのだ。クラウスさんもスティーブンさんも腕を磨き、戦い方を研究し、そして僕だってここにいる。 これまでは血界の眷属の諱名を紙に書いて、そのメモをクラウスさんに渡していたけれど、もっと早く、そして戦場の真っ只中にいるクラウスさんへメモを届けるという危険をなるべく減らすため、新しい伝達手段が開発された。それはスマートフォンのアプリを使って、僕からクラウスさんのスマホへ諱名を送信するというもの。さあ、練習の成果を発揮しようじゃないか。 スマホに読み取った諱名を打ち込む僕。手前でもしもに備えるスティーブンさん。吸血鬼の目を逸らすためその正面に立ち防御に徹するクラウスさん。入力完了まであと少し……! でも、その時。 「――そこか」 吸血鬼が防戦一方のクラウスさんに違和感を覚え、ついに僕が隠れている場所に視線を向けた。ザワリと嫌な感覚が全身を這う。だけど血界の眷属の攻撃は届かない。パキン、と硬質な音が響き、辺りに冷気が満ちた。 「やるじゃないか、クラウス。133秒ももったよ」 スティーブンさんの唇が弧を描く。僕にはそれが見えて≠「た。と同時に僕がタップしたのは送信ボタン。 血界の眷属が僕に向けた攻撃はスティーブンさんの血凍道によって完全に防がれていた。ああ、でも。 (スティーブンさんってこんな顔だったんだ) メールを受け取ったクラウスさんが名前を読み上げ、密封体勢に入る中、僕は唖然とスティーブンさんを見上げる。攻撃を防ぐ際に余波を受けて破れた紙袋がカサリと音を立てて床に落ちた。 茶色い紙の向こうから現れたのは、声や容姿に見合った年相応のとても整った顔。左側のこめかみから口元にかけて走る大きな傷がK・Kさんの言う『スカーフェイス』の理由なんだろうな、なんて考えるのは、さすがに能天気すぎるだろうか。 「……ぁ」 僕を見下ろすスティーブンさんの両目がじわじわと見開かれていく。その頬に黒い影……いや、違う。文字が走った。 (『しまった』?) 焦りの表情に浮かぶ、『しまった』という単語。それが流れたと思ったら、お次は『見られた。どうしよう』という短文。そのスティーブンさんの向こう側でクラウスさんは自身の血を使い、真名を呼ばれて狼狽える血界の眷属に封印の技を叩き込む。ぎゅるぎゅると音を立てて小さな十字架へと圧縮される化け物。でも僕の視線はスティーブンさんの顔に釘づけで。 ああ、そうか。そうだったんだ。 これでもかと言うくらい、あからさまに隠されていた顔。以前見たスティーブンさんの自宅のリビングの光景と、優しい人だと知った夜。そして、この人の心情と連動するかのような黒い文字達。 「貴方が隠したかったのはそれなんですね」 「……」 顔をしかめるスティーブンさん。その頬にまた言葉が流れる。『消すか? いや、だめだ。どうしてこんなミスをしてしまったんだ!』ちょっと怖い考えも入っているけれど、どちらかと言えば自分の迂闊さを悔やむような文字達。地下鉄の駅に吸血鬼が出た時は重傷でも紙袋だけは死守していたのにこの場面でミスをしてしまったのは……三年前の記憶が焦りを生んだのかもしれませんね。なんて、口に出すまでには至らないけれど、ふと思う。 苦々しい顔の上司を見上げて僕は笑った。スティーブンさんが不思議そうな顔をする。 たぶんだけど、スティーブンさんが呪いにかかっているのは本当。でもそれは変な顔に見えるなんて恥ずかしいものではなく、本音もしくは考えたことが文字通り顔に出てしまう呪い。隠していたのは、スティーブンさんが皆に隠れてやっていることが原因なんだろう。様々な悪感情が渦巻いていた広いリビングが脳裏をよぎる。でもそれはきっとライブラや世界のためには必要なことで、ただし真っ直ぐに光を見つめるクラウスさんには見せられないもの。だからスティーブンさんは隠したんだ。 「隠していたのは、クラウスさんを心配させないためっすか」 「……ッ!」 スティーブンさんが息を呑む。ほら、正解だ。 僕は立ち上がってこの優しく不器用な上司の腹に、畏れ多くも軽くコツリと拳を当てた。 「少ね、」 「義眼でクラウスさんの視界を一時的に誤魔化します。その隙にスティーブンさんは破れた紙袋の代わりを調達してください。でもあまり長くは保たないんで、その辺よろしくお願いします」 言って、前へ。息を呑んだスティーブンさんの顔を見ることなく義眼を発動させ、クラウスさんの元へ向かう。 単純に自分の視界を他人に転送するんじゃなく、幻術を使ったかのように有りもしないものを見せるのはちょっとばかり骨が折れる。でもこれくらい、尊敬する上司のためならやるべきだろ。 クラウスさんがこちらを振り返った。僕の向こう側にスティーブンさんが見えているはずだけど違和感を覚えた様子はない。義眼はきちんと発動している。それをスティーブンさん本人も理解したのだろう。小さな声で「少年……すまん。世話を掛ける」と聞こえた。 いえいえ、どういたしまして。でもまぁ謝罪より、たった一言「ありがとう」って言ってもらえた方が嬉しいんですけどね。 「わざわざ来てもらってすまないね」 「いえ、こちらこそ夕飯に招待していただけて嬉しいです」 ライゼズでの一件から数日後、スティーブンはレオナルドを自宅に招いた。本当ならすぐにでも時間を取って話を聞くべきだったのだが、生憎ライゼズの一件からこちら、他の事件も雨あられのように降ってきて、その処理に追われているうちにタイミングを逃してしまっていたのである。 ようやく得た機会。スティーブンは手ずから料理を振る舞い、あの夜とは異なる出来立ての品々をレオナルドの前に並べた。 「話は食べながらでも大丈夫かい?」 「っす! 問題ありません」 今にも涎を垂らさんばかりの表情で答える欠食児童もといレオナルド。その様子にスティーブンは「じゃあどうぞ」と告げ、己もまた少年の向かいの席に腰を下ろした。 レオナルドは口封じの毒が入っているなんて危機感を微塵も抱くことなくその料理を口に運ぶ。そして一口食べては表情をとろとろにとろかせて「うまいです……!」と、単純な語彙ばかりではあるものの称賛の嵐。スティーブンは良い意味で「裏切られたなぁ」と思わざるを得ない。 いっそこのままレオナルドがもきゅもきゅと口を動かす様を見守っていたいくらいだったが、その考えには一時ご退場いただいて、スティーブンは自宅でもかぶったままだった紙袋を脱いだ。 「いつ気付いた?」 「スティーブンさんが掛かっている呪いのことですか」 「いいや、僕が皆に隠れてやっていることについて……だな」 呪いの件がバレたのはライゼズの時で間違いない。むしろそれしかないだろう。スティーブンが問題にしたのは、レオナルドにあのような行動を取らせた原因――……いつ、どこで、この少年がスティーブンの本当に隠したいことを知ってしまったのか、ということ。クラウスには絶対に教えられない、そしてできるなら少年にも知らないままでいてほしかった後ろ暗いあれやこれや。 スティーブンの問いにレオナルドは眉尻を下げ、へにゃりと情けない表情を晒す。 「ある程度はお察しかもしれないですけど、以前この家に呼んでいただいた時に。リビングに残っていたオーラが……まぁ、アレがアレな感じだったので」 ははは、と乾いた笑い。ああ、これは……とスティーブンは思う。あの時は何でもない顔をしていたレオナルドだったが、どうやら彼の義眼は相当凄いものを持ち主に見せていたようだ。 「やっぱり、あの時か」 「ええ、あの時っす」 スティーブンが次いで「やっちゃったなぁ」と天井を仰げば、レオナルドが苦笑しながら「必要悪ってやつですかね」なんて言ってくる。 そんなレオナルドが手にしていたナイフとフォークから手を離し、一呼吸置いた。 「少年?」 場の空気を改めるようなその動作にスティーブンがレオナルドへと視線を戻せば、 「俺がこんな言い方するなんて何様だって怒られるかもしんねーですけど」 そう前置きしてから少年は告げる。 「スティーブンさんは隠したいことがあって、その隠したいことはクラウスさんのためになるけどクラウスさんには教えられないことで。貴方は優しいから、それがバレないよう、ずっと頑張ってきたんですね」 お疲れ様です。大変なことをスティーブンさん一人にお任せしてしまってすみません。それから、ありがとうございます。――そう告げて微笑む少年にスティーブンは息を呑む。 (ああ、くそっ) 胸がいっぱいで言葉が出ない。 スティーブンは服が皺になるのも気にせず、自身の胸元を握り締めた。視界が滲んだような気がしてそっと目を伏せる。 (もしかしたら……もしかしたら俺は、誰かに認めて欲しかったのかもしれない) 仕事を任せる私設部隊はスティーブンの考えや行動に従っても、それを肯定し称賛しているわけではない。仕事だから適切に処理しているだけだ。またこちらが何を知っているか薄々気付いているであろうライブラの一部のメンバーは、K・Kなら嫌悪――ただし諸々の行為の追及まではしない――、ザップやチェインは見て見ぬフリ。ツェッドは仲間になって日が浅く、まだ知らないままなので除外させてもらうとして。残るクラウスは、レオナルドが言う通り気付かせることすらしたくない。 そんな中、レオナルドだけが正面からスティーブンと向き合い、暴き、そして認めてくれた。必要だと、感謝していると、笑ってくれたのだ。 「……なぁ、レオナルド」 「はい」 スティーブンの声は震えていたはずなのに、少年は笑いもせず応じる。 「少し、愚痴を言っても?」 「僕で良ければ」 出来立ての料理を前にして、腹ペコのくせにレオナルドはそれ以上手をつけることなく頷いた。 自分よりずっと年下の少年であるはずなのだが、やはり『お兄ちゃん』なんだなぁと、スティーブンは会ったこともないレオナルドの実妹を少し羨ましく思う。だが、今レオナルドを独り占めにしているのは、彼の大切な妹ではなく己だ。 「必要だと思うからやってきたけど、疲れる」 「あー……やっぱり大変なんですねぇ」 「本当にね。友達にも裏切られるし」 「つらかったですか?」 「つらかったなぁ。それにさびしかったし、悲しかった」 「そうですか」 「でもライブラの皆の前でそんなの言うわけにもいかないし、そもそも悟らせるつもりもないしね」 「それが更に大変、と」 「うん」 レオナルドの声は優しかった。きっと彼の視界に映るスティーブンの顔には、発した言葉と同じ文字が次々と現れては消えているのだろう。この声は全て真実だから。その言葉を否定せず、笑いもせず、レオナルドはやわらかく受け止めてくれる。 スティーブンは閉じていた目を開いた。「だったら」と視線を合わせてレオナルドが微笑む。 「せめて吐き出す場所を作りましょうか」 「え?」 「スティーブンさんが隠したいあれやこれやをすっぱり止めるなんて無理なのは解ってます。だったらせめて、こうして溜まったものを吐き出す機会を作らないと、しんどいままっすよ」 「それは、そうだが……」 作れるものなら早々に作っている。けれどそれができないから、つらいものはつらいまま、スティーブンの内側に溜まり続けているのだ。 スティーブンが戸惑いを顔に表すと、レオナルドの笑みが深まる。 そうして、 「僕で良ければ」 先程と同じ台詞を口にする。ただし意味することは少しばかり違っていた。 「僕で良ければ、今日だけでなく、これからいつでも。そのままのスティーブンさんの姿で、貴方の愚痴を聞きますよ」 「レオ……」 「だってほら。もうスティーブンさんの本音が顔に出るって秘密、知っちゃったんですし。それなら僕の前だけでも隠さないでくださいよ。あ、もし気が向いたらこうして美味いメシとかおごってくれたりするとサイコーに嬉しいですけど」 まるで後者が本音とばかりに、けれどもやはり隠しきれない慈しみがその言葉の端々に感じられて、スティーブンは脱いだはずの紙袋を再び手に取り頭に被る。小さくはない呻き声がその中で響いた。 「あのさぁ、レオ」 「なんですか?」 顔も本音も隠さなくてもいいと言ってもらって早々に顔を隠した上司が名を呼べば、レオナルドは律儀に返答する。たったそれだけでスティーブンは肺が空気以外のもので満たされるような気がした。 「君のこと、好きになりそうだ」 「あれ。奇遇っすね。僕はもうスティーブンさんのこと結構好きですよ。スティーブンさん優しいですし」 「……」 ゴンッ、とスティーブンは思い切りテーブルに突っ伏す。もしかしたら自分は早々に、この年下の部下に何か凄く好ましいもので殺されてしまうのかもしれない。 (でも、それもいいな) 紙袋の下で男は幸せそうに表情を崩した。 紙袋を頭に被った奇妙な上司と、不思議な眼を持つ部下の物語はこれにて終幕。 なお、古来より呪いの解き方は「愛する者からのキス」と相場が決まっているのだが……それはまた、別のお話。 紙袋にグラッチェ
《1》2015.10.14 pixivにて初出 《2》2015.12.13 pixivにて初出 《3》2016.02.13 pixivにて初出 《4》2016.02.20 pixivにて初出 |