ザップ・レンフロは美しい男だ。
癖のないさらさらの銀髪と、蠱惑的な褐色の肌。すらりとしながらも必要な筋肉がついた身体はヒョウやチーターといった野生のネコ科の獣を思わせる。肌の色を鑑みるならクロヒョウだろうか。 指は長く、節くれだっており、良く見かけるシーンの一つでもある葉巻を手にする様は男の色気というものを存分に漂わせていた。 酒か煙草によるものか、はたまた元来のものか、ほんの少しかすれ気味の声は、きっと耳元で囁かれれば腰砕けになる者が続出するだろう。 また、僅かにタレ目がちな双眸は肉食獣のようなザップの雰囲気にちょっとした愛嬌を加えており、これにやられる女性は多かろうと推測させる。事実、彼を性的魅力あふれる異性だと好む女性は多い。 兎にも角にも、ザップは美しい男であった。 たとえクズだクソだと罵られるような最低最悪の振る舞いを日常的に行っていたとしても、至近距離で真面目な顔のまま迫られれば息を詰めてしまうほどに。 「お前せっかく俺がイイオンナの身体見せてやってもすーぐ目を逸らしてギャーギャー喚くだけでよぉ。コッチの方は全く反応見せねぇし。あれか? 男の方が良かったか?」 頻繁にレオナルドのことを童貞だとからかう先輩は冗談半分ならぬ冗談十割の表情でそう言ってのけた。ついでにその長い指でレオナルドの股間を示したので、レオナルド本人は「クソが」と本気十割で罵る。呆れ声で「サイテーだなアンタ」と言い返すレベルはとうに超えていた。 現在の時刻は午後十時過ぎ。レオナルドがいるのは自身のアパートで、フローリングの上にぺたりと座り込んでいる。反して、つい三十分ほど前に押しかけてきたザップは家主のベッドを易々と占領して寝転がっていた。 ザップがベッドにダイブして早々「スプリング馬鹿になってんじゃねーのこれ。あー昨日のリリアナのとこは良かったなぁ」とか何とかほざきやがったので、レオナルドは相手をベッドから蹴り転がさんとする自身の右足を落ち着かせるのに相当な苦労を要した。なお、蹴ることを自制したのはザップのためではなく無駄な抵抗となるそれを行った時に自分へと返ってくる仕打ちを回避するためである。残念ながら二人の間にある実力差はいかんともし難いものであった。 ベッドに寝転がりつつザップが手にしているのはS○NY製の携帯ゲーム機だ。ソフトはレオナルドも持っているもので……と言うより、今夜はそのゲームの協カプレイをするためにザップがこの家を訪れたのだった。 だらだらとした体勢でありながら血法を用いて常人には真似できない操作を披露しつつ、一つのクエストが終了して拠点に戻ってきた途端、男が放ったのが先の台詞である。ご丁寧に血法でキャラクター操作は続けつつ、自らの右手はレオナルドの股間を指差して。 「はっ、事実だろうが」 クソが、と冷たく罵る後輩に対し、ザップはニヤニヤと人を小馬鹿にした笑みで言う。 「だからって男に興味があるみたいな言い方やめてくれませんかね。失礼っすよ」 次のクエストに向けて道具のチェックをしつつ、やや諦め交じりの声音で答えるレオナルド。思わず溜息が漏れた。本当にこの先輩は口も態度も悪い。 ホモセクシャルを悪く言う意図はないが、そもそもザップはレオナルドをからかうつもりでゲイなのかと訊いてくるのだから、苛立つのは致し方ないだろう。 「なんでアンタみたいなクズ人間が女性にモテるのかホントわかんねーわ」 ――確かに見た目は悪くないけど。 と、小さな声で最後に付け足したのが間違いだった。その台詞を耳にしたザップがニンマリと口の端を引き上げる。 「ほうほうレオナルド君、わかっているではないかね」 「うぜぇ。こいつうぜぇ!」 うっかりでも何でも言うんじゃなかった! と、レオナルドはすぐさま頭を抱える。しかし発言してしまったものは取り消しようがない。それこそザップの頭を強打して今の記憶を忘れさせるくらいでなければ。 ニヤニヤ笑いのままザップは起き上がり、両足を床につける。ゲーム機はすでに血法による操作すら止められ、傍らに放り出されていた。 「おい、陰毛」 「単語で呼ぶな! つか陰毛って呼ぶのやめろよマジで!」 レオナルドは糸目のまま相手を睨み付けるが、ザップはどこ吹く風状態だ。子猫がじゃれている程度にしか思っていないのかもしれない。 「だよなぁ。そうだよ、俺はカッコイイ。だからモテる」 「自分で言うなよ」 すかさずツッコミを入れるが、これも効いていない。むしろ更にザップの機嫌が良くなったように感じられて、レオナルドは「あーもー最悪だ」と、とうとう項垂れてしまった。 その様子を、銀の目を妙めてザップが眺める。このチンチクリンな後輩がこちらの容姿の良さを認めていると知れたのは気分が良いが、やはり何度も何度もウザいと言われていれば、喜んでばかりもいられない。ちょっとした意趣返しもしたくなるというものだ。 ザップは項垂れたままの後輩の胸倉を掴み上げた。「わ!?」と驚きの声を上げる軽い身体を自分が座るベッドに転がし、その上に乗り上げる。プレイヤーの手を離れ放り出される少年のゲーム機。そうして両手首をベッドに押さえ付け、柔らかな身体を持つ何人もの恋人達にするように、耳元に唇を寄せて囁いた。 「レオナルド」 「……ッ!」 びくっとレオナルドが震えたのが触れた部分から直に伝わってきてザップは、くつり、と喉を鳴らす。期待以上の反応だ。 「ほらやっぱてめぇ男が――」 好きなんじゃねぇの? と、からかうつもりでザップはレオナルドの顔を見た。だが最後まで台詞を言い切る前にその声が止まる。 レオナルドは顔を真っ赤に染め、更に至高の芸術品とも言われる青い双眸を薄く開き、仕方ないじゃないかと自分自身に言い訳をしていた。 ザップ・レンフロは美しい男だ。 癖のないさらさらの銀髪と、蠱惑的な褐色の肌。すらりとしながらも必要な筋肉がついた身体はヒョウやチーターといった野生のネコ科の獣を思わせる。肌の色を鑑みるならクロヒョウだろうか。 指は長く、節くれだっており、良く見かけるシーンの一つでもある葉巻を手にする様は男の色気というものを存分に漂わせていた。 酒か煙草によるものか、はたまた元来のものか、ほんの少しかすれ気味の声は、きっと耳元で囁かれれば腰砕けになる者が続出するだろう。 また、僅かにタレ目がちな双眸は肉食獣のようなザップの雰囲気にちょっとした愛嬌を加えており、これにやられる女性は多かろうと推測させる。事実、彼を性的魅力あふれる異性だと好む女性は多い。 兎にも角にも、ザップは美しい男であった。 たとえクズだクソだと罵られるような最低最悪の振る舞いを日常的に行っていたとしても、至近距離で真面目な顔のまま迫られれば息を詰めてしまうほどに。 「レ、オ……」 ザップの喉がごくりと動いた。その様を至近距離で見つめながら、レオナルドは赤い頬を隠すように顔を背ける。 「うるさい黙れ何も言わないでください! 間違っても人のことゲイ扱いすんなよ!?」 ただただザップの容姿が整っているのが悪い。あんな声で呼ぶのが悪い。 レオナルドは「くそっ」と毒づいて両目をぎゅっと瞑った。結果、ザップの前にはほっそりとした首筋が無防備に晒される羽目になる。無抵抗の草食動物が自ら身を横たえているような状況にザップの心臓は鼓動を速め、当人はそんな自分の身体の反応に酷く戸惑った。 粗末なベッドに男が二人。片や野生の肉食獣を思わせる青年、片や草食動物を思わせるひ弱な少年。レオナルドの両手は未だザップによってベッドに固定されている。女と比べればしっかりしたつくりの手首も、ザップからすれば簡単に握り潰してしまえそうなくらい柔くて可愛らしいものだった。 「……ああ」 呟いたのはザップ。その心臓は未だ落ち着きを取り戻さない。 顔を背けたレオナルドを見つめ、彼は戸惑いながらもごくりとツバをのみ込んだ。 「お前は、うまそうだよな」 褐色の獣
2015.06.04 pixivにて初出 |