壁内の平和を守るために、また壁の外で跋扈する巨人を狩るために、兵士を育成する機関――訓練兵団。ウォール・マリアとウォール・ローゼそれぞれの計八つの突出区に存在し、三年の歳月をかけて十代の少年少女に最低限の知識と技術を叩き込んだ後、憲兵団・駐屯兵団・調査兵団いずれかの兵団に送り出す。
 だが八ヵ所に分けられた訓練兵団が全て同じ訓練を施していたわけではなかった。845年にウォール・マリアが破られる前は、マリア南方のシガンシナ区とローゼ南方のトロスト区にて、マリアが破られた後はトロスト区のみで、他の訓練地とは異なる訓練課程が実施されていた。
 その訓練課程とは――超能力者の育成、である。
 ただし迷信や呪術的なものではない。人々が壁内に逃れる以前、今では想像もつかないほど科学力が発達していた頃に世界で最も高い技術力を持っていた地域にて編み出された手法だ。それがどういう因果か、南方の地域にのみ細々と受け継がれていた。
 成功すれば一人の人間に途方もない能力を付加するその手法を壁内に閉じ込められた人々が用いないはずもなく、トロスト区では通常の訓練内容とは別に、適性を持った訓練兵には超能力開発のカリキュラムが組まれている。地形的・人種的要因もあるのか、適性は全ての少年少女にあるわけではなく、またトロスト区(と、かつてはシガンシナ区)のみでしか開発は行えなかったのだが。
 そして三年のカリキュラムを終えた訓練兵らはその能力を総合的に判断され、この先の所属兵科を自由に選ぶことができる上位十名が決定される。その十名は超能力を発現させた者であることが多い。ただし強い能力を有する者は稀で、一人も能力者が現れなかった年もよくあった。
 だが第104期訓練兵が卒業する今年、上位十名のうち七名がレベル5、三名がレベル4の能力者だった。これは快挙であり、また異例の事態だ。
 なお、この『レベル』というのは、超能力開発の結果得た力の強度や有用性を示している。全く能力が発現しなかった者をレベル0とし、最高でレベル5までの6種類。本来『超能力者』と呼ばれるのはこのレベル5に到達した者達のみであり、それより下を順に大能力者、強能力者、異能力者、低能力者、無能力者としている。つまり今期の卒業生は七人が超能力者で、三人が大能力者というわけだ。
 ただしこうして分類はされるものの、能力の傾向は個人によって大きく異なる。
 例えば今期第一位の成績を収めたミカサ・アッカーマンはベクトル操作能力『一方通行(アクセラレータ)』を発現させ、あらゆるものの力の向きを自由に変えることができた。彼女の身体に触れる物は全て――地面も岩も水も風も木も鉄も、彼女が望み計算した通りに動く。
 また、そんな彼女と同郷で血の繋がらない家族である少年エレン・イェーガーはそういった物理的な能力ではなく、『心理掌握(メンタルアウト)』という異能を発現させた。これはその名の通り、生物(脳を有するもの)の精神を掌握する能力だ。他人の心を読む、考えや行動を変えさせる、そして疑似的な憑依まで――。精神に関わることならば、まさになんでもあり¥態。無意識の暴走を避けるため普段は強い制御がかかっているものの、一歩間違えれば大惨事になりかねない力を持っていた。が、それでもエレンの『心理掌握』を受け付けない人間がミカサを含め四人いたため、エレンの卒業順位は五位となっている。
 強い攻撃にも使える能力を持つミカサはともかく、そのような対人的と考えられる能力を持つエレンは、普通なら壁内の治安維持に努める憲兵団に配属すべきであろう。だがエレン本人の希望は調査兵団。そして彼の能力は調査兵団にとって喉から手が出るほど欲しいものだということが、とある一件で明らかになった。


 訓練兵団第104期訓練兵の解散式を目前に控えた日。五年前の悲劇と同じようにトロスト区の壁は破られた。
 超大型巨人によって開けられた穴から次々と巨人が入り込んで来る。運悪く調査兵団は壁外調査に出たばかりであり、街にいるのは駐屯兵と訓練兵、そして一般市民のみだ。一般市民を避難させる時間を稼ぐため、駐屯兵のみならず訓練兵まで命令で戦闘に駆り出された。ただしレベル5の少年少女らにとっては―― 一個体としての強さゆえに――命じられたと言うよりは懇願されたと表現した方が適切かもしれない。
 ミカサが倒壊した家屋の破片を細い足で蹴り上げた瞬間、それは猛スピードで近くを闊歩していた巨人のうなじを抉る。スピードも照準も普通の人間では到底真似できない。物の動きを司る彼女だからこその常識はずれな巨人の削ぎ方だった。
 そこから少し離れた所で第二位のライナーは通常の兵士と同じように巨人のうなじを切り付けた――かと思えば、横から現れた別の巨人の手に掴まれる。しかしその巨大な手が力を込めて人間を握り潰すよりも早く、ライナーを捉えていた肉の塊は無残なまでに切り刻まれた。巨人の手首から先をバラバラにした刃は見えない。それはこの世のもの≠ナはなかった。『未現物質(ダークマター)』という、この世にあるはずがないものを生成する能力により、ライナーは危機を脱したのである。そのまま『未現物質』により生み出された不可視の刃でライナーはその巨人を葬り去った。
 ライナーの近くには同郷のベルトルトとアニもいる。二人の能力は外見上少し似ており、どちらも直線的に飛ぶ光線を利用して巨人を攻撃していた。
 ただし第三位のベルトルトが操るのは電気・磁力。名称は『超電磁砲(レールガン)』。この壁内ではあまり利用されない電気の力を用い、小さな金属片を高速で撃ち出す。撃ち出された金属片は空気との摩擦で高温になり、五十メートルも飛べば燃え尽きてしまうほどだ。その威力は推して知るべし。まず人間に当たったならばひとたまりもない。
 一方、第四位のアニが操るのは電子の力『原子崩し(メルトダウナー)』。電子を波と粒子のどちらでもない状態に固定し、自在に操る能力である。人類が壁内に閉じ籠る前よりも科学力がずっと落ちてしまったこの時代では存在を知る者すらほとんどいないものだが、それを操り、見た目はベルトルトのレールガンと似た攻撃を同時に複数放つことができる。なお、これは電気よりも制御が難しく、その関係でアニはベルトルトよりも下の順位となっていた。
 以上四人はそれを目にした者が仕組みを知らずとも本能レベルで理解できる『攻撃』を繰り広げている。しかし彼らに続く第五位のエレンは少し様子が違った。
 ガリッ、とエレンは己の右手親指の付け根を噛み切る。血が溢れ出し、指先へと伝った。それを舐め取るように、もしくは広げるように、エレンは血が流れた跡に舌を這わせる。そして赤く滲んだ指先をまだ遠くにいる巨人へと向けた。
「ばーん」
 まるで幼子が銃を撃つ真似をするように。
 弾も何も発射されないそれは、しかし次の瞬間、指先が向けられていた巨人に変化をもたらす。
 エレンに撃たれた°瑞lはその場に立ち止り、近くを跳んでいた兵士を捕まえようとしていた手は己のうなじへ。そのままうなじの肉を自らの手で抉り取ってしまった。当然、巨人は倒れ、シュウシュウと蒸気を上げながら消滅していく。
「あー……なんだ、巨人にも通じるじゃねぇか」
 ニイ、と凶悪に口元を釣り上げてエレンは嗤った。己の能力の有用性を初めて#Fめた少年の双眸はギラギラと輝き、巨人を駆逐するという己の悲願達成にまた一歩近付いたことを歓喜する。
 自分の『心理掌握』がどのレベルの生物にまで有効なのか。それに巨人は含まれるのか。予感はあったが確証はなかった。しかし今日、ここで、エレンは己の能力がとても自分に適したものだと初めて思うことができたのだ。
 エレンは血に濡れた指先を別の巨人に向ける。
 本来、エレンの能力はこうして目標を定める必要はない。エレンが望むだけでその結果は生まれる。だがそうすると無意識に、また無差別に、他人を操ってしまう危険性があった。ゆえにエレンが己の能力を制御するためにつけた枷が『対象の定め方』である。
 一つ。故意に自傷し、能力を行使するという意志(合図)が無ければ発動を許可しない。
 一つ。その血に濡れた指先で目標を設定することにより、能力をより高い精度で行使できる。(これは脳を有する生き物が複数密集している状態で、一つのターゲットだけに能力を行使したい場合にとても有効だった。)
 他にも諸々あるが、大きくはこの二つ。
 そしてエレンがその存在を認識しているならば、距離など関係ない。操作対象であると定められたそれは、その瞬間からエレンの手中にある。指先で指定された新たな巨人はいとも簡単に操られ、自滅した。
 自ら弱点のうなじを抉るもの。巨人同士で殺し合うもの。新たな巨人が壁の穴から入り込まないように自らの肉で塞ぐもの。対人間の場合がそうであるように、エレンは複数の巨人を自由自在に操る。
 やがて超大型巨人が開けた穴の近くまでやって来たエレンは、何体もの巨人を統制して付近にあった大岩でその穴を塞いで見せた。
「エレン……お前の力、巨人にも使えるのか」
「らしいな」
 第二位のライナーが第五位のエレンを唖然とした表情で見つめる。その目には畏怖すら宿っていた。当然だろう。エレンがその気になれば、巨人を操り人類に惨い死を与えることすらできるのだから。ライナーの近くにいたベルトルトとアニも程度の差こそあれ同じ表情をしている。
 一方、エレンを心配して駆けつけたミカサは穏やかな気配を纏っていた。これで大切なエレンを傷つけることが可能な存在はいなくなった、と。エレンより下位の者は彼の能力によって絶対に逆らえない。そして能力者が豊作だった今期に第一位を冠したミカサは、エレンの能力を受け付けないライナー・ベルトルト・アニを抑えることができる。
 そうこうしているうちに異変を察した調査兵団がトロスト区に帰還してきた。が、彼らの出番はもうほとんどない。トロスト区を襲った巨人達の多くはたった十名足らずの少年少女の力によって退けられてしまったのだから。


 最も多くの討伐数を上げ、また穴を塞いだエレンへの注目度は、当然のことながら高くなる。
 実のところ、シガンシナ区とトロスト区の訓練兵団はこれまで超能力開発をしているただ二つの組織でありながらも、目を瞠るような能力者を輩出できていなかった。しかしそこに突如として現れた異例過ぎる104期の少年少女達。その中でも巨人を操れるエレンは、壁外で巨人と遭遇せざるを得ない調査兵団にとって垂涎の的。エレンを得るためならば、調査兵団は何でもするという勢いだった。
「『人類の希望』の身の安全を守るためなら『人類最強の兵士』を護衛につけるのも吝かではないよ。むしろ足らないくらいかな。勿論、他に希望があるなら何でも言ってほしい」
 トロスト区の一件で解散式が先延ばしになり、未だ双剣の紋章を背負うエレンに訓練兵団内の応接室で相対しているのは、白と黒の重ね翼を背負った金髪碧眼の偉丈夫。エレンの記憶が、また本人の名乗りが正しいならば、彼は調査兵団の団長エルヴィン・スミス。そして彼の隣に座っている小柄な黒髪の男は、エルヴィンが引き合いに出した『人類最強』ことリヴァイ兵士長だ。
 ずっと前から入団を希望していた兵団のツートップが直接己を訪ねてきて、しかもそんな提案をしてくるものだから、エレンは馬鹿のようにぽかんと口を開け、これは夢ではないかと思った。もしくは無意識に『心理掌握』の能力を使って目の前の偉丈夫にとんでもないことを口走らせているのでは、と。
 エレンは自分の手が血に濡れていないことを確認して、ひとまず後者ではないと安堵する。そしてこれが夢でも現実でもエルヴィンへの答えは決まっていたので、それを口にした。
「特別なことは何も望みません。オレは調査兵団に入って巨人をぶっ殺したい。それだけです」
「……ほぅ」
 興味深そうに感嘆の吐息を零したのはリヴァイ。鋭い青灰色の瞳が巨人への殺気でギラついた金眼にひたと照準を合わせている。
「おい、エルヴィン」
 エレンから視線を逸らすことなくリヴァイは告げた。
「巷じゃこいつを救世主やら化け物やらとうるさく言っているが……、なるほど確かにこいつは化け物だな」
 化け物、と罵りつつも語る口調はどこか愉快そうだ。
「おい、クソガキ」
「はい」
 エレンがその気になればここで首を掻き切らせることさえできるのに、それを恐れることなくリヴァイは問う。
「てめぇ、巨人を殺したいんだな?」
「そうです。オレはこの世から巨人を駆逐したい」
「それで終いか?」
「え?」
「巨人を全てぶっ殺した後、お前は何がしたい」
 問われたエレンの双眸に殺気ではない輝きが瞬いた。
「オレは……」
 きらきらと、エレンの瞳の中で輝きが増していく。

「オレは、外の世界へ行きたい。炎の水を、氷の大地を、砂の雪原を、海を、この目で見て、誰よりも自由である証明を得たい」

「それがてめぇの本当の願いか」
 独りごちるようにそう告げて、リヴァイはエレンに手を差し出した。
「ならばこの手を取れ。俺がお前を外の世界に連れて行ってやる」
「リヴァイ、兵長……?」
「お前の自由への望みを阻む者がいるなら、お前にその者の対処が不可能であるというならば、その時は俺が全て薙ぎ払う。だからお前はお前のために俺の傍にいろ」
「……最初から貴所への配属を希望している人間に対する勧誘としては、いささか熱烈過ぎやしませんか?」
 そう苦笑しながらもエレンはしっかりとリヴァイの手を握り返している。今ここに、『人類の希望』と『人類最強』の盟約は結ばれた。






メンタルアウト







2014.05.12 pixivにて初出

今回の発端はツイッターで呟いたこれでした↓

進撃×とあ魔について考えてみる(一人遊びスタート)
とあ魔(と言うか壁繋がりで学園都市 注1)に進撃キャラを突っ込むのか、進撃世界にとあ魔要素を突っ込むのか。
104期生の成績順に学園都市第〇位ってつけるなら、ミカサが一方通行(アクセラレータ)、ライナーが未元物質(ダークマター)、ベルトルトが超電磁砲(レールガン)、アニが原子崩し(メルトダウナー)、そして我らがエレン様が心理掌握(メンタルアウト)となるわけでして。いやはや似合わないわーwwwと思っていたんですが、エレン様の心理掌握を対巨人って考えたらアリだなって! 心理掌握=記憶の読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植など精神に関する事ならなんでもできる十徳ナイフのような能力。(※シブの百科より)だからさぁ!ねぇ! 人の感情も巨人の感情も操れるエレン様マジエレン様。

注1…パロ元の「とある魔術の禁書目録」において、主人公が生活しているのは学園都市と呼ばれる場所。そこはぐるりと周囲を壁に囲まれて、内外の人・物・情報等の流れを制御されております。

そして、書き終わった後の感想(?)がこちら↓

巨人を操るエレン様が書きたかっただけなので、正直兵長の出番は無くても別に問題な(ry
アルミンは統括理事会のブレインなあの先輩みたいな超頭脳派ポジション。能力は発現しませんでしたが、それを補って余りあるほど頭がいい。
チートなエレン様の敵はきっと巨人じゃなくて、『人間』と『自分の中の油断(甘さ)』の二つ。兵長頑張ってください。
この後、もしエレンちゃんが兵長を好きになって、兵長がエレンちゃんに好きだって言ったりすると、エレンちゃんは「オレの能力が暴走して兵長を操っちまったのか!?」と兵長の気持ちを信じない展開に。兵長は自分の想いを信じてもらうために『エレンが望むはずのないこと』をしようとする。それができるなら、自分はエレンに操られていない=エレンへの想いは本物、という証明になる。しかし『エレンが兵長に望まないこと=兵長の死』ということになってしまって――!?
……アカン。この展開アカンやつや。もう無自覚のままラブラブ壁外生活してればいいじゃない。
実はエレンがループしていて、超能力云々の設定は今回のループが初&エレンはループの記憶あり、というのも考えていたのですが、しかしループver.だと本気でエレンがチートエレン様過ぎて楽し……ゲフゲフ。収拾がつかなくなりました。それは困る。
あ。もういっそ兵長が『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ってのもアリか……いや、ナシか。

色々放り投げたまま終わります。
きっと続かない。