「今回我々YGLI社が皆様にご紹介するのはこちら――」
 エルヴィン・スミスが大きな液晶画面をバックに各国の軍事関係者やその他代表者に向かってプレゼンテーションを行っている。
「我が社渾身の次世代兵站パッケージ。全世界海上コンテナ輸送網と126個の衛星による『衛星測定補助システム』によって、どんな軍隊でも格安で海外展開能力を向上でき、すでに海外展開能力を持ち得る軍隊でも予算を大幅に削減することができるようになります」
 世界地図を映し出した画面の中で126個の点とその衛星軌道を示すライン、それから輸送コンテナを模したアイコンが点滅する。その他にも補足的な内容がエルヴィンの声に合わせて次々に映し出されていった。
「その名もイェーガー・グローバル・グリッド」
 エルヴィンの説明に合わせて画面にはYea.GGの文字が表示される。
「このパッケージの要となる人工衛星ですが、最後の一基がもう間も無く打ち上げられようとしています」


「おおー。兄さんってばしっかりプレゼンしてんじゃん。自分はあんまり好きじゃない企画なのに、こういうところは大人って感じだよなぁ」
 そんなエルヴィンのプレゼンの生中継をパソコンの画面で眺めながら、エレンは感心したように独りごちた。
 彼とその私兵が現在いるのは、以前にも訪れたことのあるYGLI社所有のロケット発射場。正確にはそれを安全な位置から眺められる専用の見学スペースである。
 発射台には人工衛星を積んだロケットがセットされ、発射の時を今か今かと待ち構えている。
 その様を一瞥し、エレンは楽しそうに笑った。
「世界平和ももうすぐだな」
「Yea.GGのどこが世界平和に繋がるんだ」
 エレンの台詞に異を唱えたのは彼の隣でパソコンの画面を覗き込んでいたリヴァイ。
 距離が近いと傍らのミカサが痛い視線を投げかけて来てもなんのその。リヴァイは気にすることなく、ノートパソコンを持つエレンの腕に顎を預け、「エレンよ」と慣れた調子で呼びかける。
 二人が出会ってから一年の歳月が流れていた。
「むしろあれは戦争を助長するシステムじゃねぇのか」
「そう見えるよなぁ。と言うかそう見えてくれねぇと駄目なんだけど」
 苦笑するエレン。
 折しも世界情勢は東ヨーロッパのU国における政権交代を発端として、その隣の大国ロシアがU国に軍事介入。EU各国やアメリカがそれを良しとせず、世界は東西冷戦の再来――否、果ては第三次世界大戦の色を濃くしていた。Yea.GGの需要はきっと爆発的に高まるだろう。だからこそYGLI社は多額の資金をつぎ込んでこの計画を進めてきたわけだが。
「その言い方じゃあ、まるで違う目的を持ってるみてぇじゃねぇか」
 リヴァイの言葉はエレンの言う『世界平和』の全貌を知らぬ者に共通の疑問だった。
 エレンがロケットの発射台に背を向けて彼を見つめる私兵達に身体の正面を向ける。ちょうどその少し前から聞こえていたカウントダウンが終わり、エレンの輪郭をロケットのエンジンの炎が照らし出した。
「Yea.GGのために必要な人工衛星は今、打ち上げられたもので最後だ。でもオレはあと一回ロケットを打ち上げる。オレが計画した世界平和実現のための最後の鍵を宇宙に上げるために」
「最後の鍵……?」
 オウム返しに問うリヴァイへエレンは頷く。
「まだその物自体は完成していないけどな。今はハンジさんに頑張ってもらって、この前完成したフリューゲル社の第二工場ぐらいのサイズをロケットに乗せられる程度に小型化してる最中。あと一年か二年くらいらしいんだけど……まぁ期限も見えてきたってことで、そろそろ皆に真相を話しておこうと思う。加えて、Yea.GGの存在が公開されたことでオレの目的に気付くヤツが現れないとも限らないし」
 エレンが私兵達に話そうとしていること。それこそかねてよりエレンがリヴァイに言っていた彼の抱える真意についてなのだろう。そう気付いたリヴァイは口を噤み、黙って雇い主の言葉を待つ。
 黙して傍らに侍るリヴァイを一瞥したエレンの金眼が僅かに細められた。
「オレがこれからする話は、すでに知っているヤツもいるし、何となく察しているだろうヤツもいるし、全く欠片も教えていなかったヤツもいる。けれどこの辺で認識合せと皆の意思確認をしておきたい」
 リヴァイから視線を外して再び正面の私兵達を見渡したエレンがはっきりと通る声で告げる。
「今さっき打ち上げられたロケットの分で、YGLI社が提唱するYea.GGのシステムは完成した。あれにより世界の流通は隈なく監視される。そこへオレは近年中に一つの制御装置としてもう一つの人工衛星を打ち上げる予定だ」
 そこまでは先刻エレンがリヴァイに説明したのと同じ内容。
 しかしついに彼の口から彼の真の目的が紡がれる。
「それこそ、世界中の陸海空を監視し統制する頭脳――量子コンピュータを搭載した人工衛星」
 量子コンピュータ? とジャンの口から無意識に漏れ出た。彼の横でアルミンが「現代のスパコンじゃ到底かなわない性能の次世代コンピュータだよ」と簡単に説明する。
「オレはYea.GG用に打ち上げた126個の衛星とハンジさんに作ってもらった量子コンピュータを用いて、まず軍事・交通・通信を問わず『空の利用』を全世界同時に禁止する。その後、空・海・陸の順に全人類の行動を制限し、地球上の流通を強制的に停止することで、軍事と人間を切り離す」
 強制的世界平和。
 エレンがこの世に与えようとしている世界平和は緩やかで穏やかに、また理性的に形作られるものではなく、圧倒的強者がその他全ての者達を従えることで実現できるものだった。
 それの意味するところを読み取った者達は息を呑む。
「もちろん技術的に軍事力を行使できないってだけじゃない。人類の意識改革も必要だ。だから一気に全てを遮断するんじゃなくて、最初に空の利用だけを禁止する。――人間に武器なんて必要ない。人殺しの道具なんて、人殺しの歴史なんて、恥ずべきものだと教えてやるんだ。空に手が届かなくなった人間はようやくそれに気付くだろう。自分達は恥ずべき行為を何百年何千年と続けてきたんだって。今こそそれを止めなきゃいけないんだって」
 常に笑みを浮かべていた顔には相も変わらず微笑が刻まれているものの、その金色の双眸はギラギラと輝き、エレンの本性とも言えるものを露わにしていた。
 笑顔の仮面を被って内心を悟らせず、数多の人間を相手に武器を売り捌くディーラー。そんなものはエレンの仮の姿でしかない。武器を憎み、武器を忌み嫌い、それを人間の手から強制的に引き剥がし、『世界平和』と言う名の統制を敷く。それこそがエレンのたった一つ望むもの。
「……これが、オレがこの八年間準備してきた『ヨルムンガンド計画』だ。さあ、皆に尋ねる。お前らはオレについてくるか、否か。否なら銃を捨ててどこへでも自由に去ってくれ。持っていてもすぐ使い物にならなくなるからな。是のヤツは武器を持ってオレの傍に留まれ。計画が完了するまで野蛮人共からオレを守るために」
 沈黙が数秒続く。しかし銃を捨てる者はいなかった。
 エレンは黙したまま私兵達へと順に視線を向ける。まず最初にミカサと視線が合った。彼女は黒曜の瞳でじっとエレンを見つめ返し、「私はあなたを守ると誓った。ついて行くのは当たり前」と静かな声で答える。
 次はアルミン。彼は肩を竦め「ずっと昔からエレンが決めたことには従うって僕自身が決めているからね」と笑った。
 ミケは「それが俺の仕事だからな。雇い主としてこれからもよろしく頼む」と相変わらず読めない表情で答え、サシャは「これからも美味しいご飯を食べさせてくれるならどこへでもついて行きます! それにエレンといると楽しそうですし」と呑気に笑う。その隣にいるコニーも似たり寄ったりで、この計画を理解しているのかいないのか――きっと後者だ――「エレンといると楽しいよな!」とサシャに賛同している。
 一方、ジャンはエレンと視線が合うと渋い顔を見せた。ヨルムンガンド計画が決して常識的な手段ではないことをきちんと理解している自称『エレン・イェーガーの私兵の中で一番の常識人』は、しかしやがて肺の中を空っぽにするように大きく息を吐き出すと、エレンをまっすぐ見据えて言った。
「お前について行ってやるよ、死に急ぎ野郎」
「死に急ぎ野郎って……ひでぇな」
「あ? 事実だろうが。てめぇはこれから世界中の戦争大好き人間とそいつらに武器を流してた商人達に追われる身になるんだぞ」
「ははっ! 確かに。でもそんな死に急ぎを守ってくれるんだろ、ジャンは」
「仕方なく、だ。ちなみにてめぇの過去に同情したとか、そんなんじゃねぇからな」
 そう言ってジャンはそっぽを向いてしまった。
 エレンが最後に視線を合わせたのは私兵の中で最後に加わった少年兵、リヴァイ。
 真意を知ったとしても傍にいると誓ってくれた子供だが、果たしてエレンの計画を知った彼は現実としてどの選択肢を選ぶのか。
 金色の瞳に見つめられたリヴァイはそれをじっと見返した後、おもむろにホルスターから愛用のFN Model HiPower Mk3を抜き取る。そうして、彼はそのまま銃を放り投げた。
「……」
 銃は地面を滑ってエレンの足元にまで届いた。しかしこつり、と靴に当たったそれをエレンが見ることはない。金色の双眸はひたすらリヴァイに向けられている。
 痛い沈黙が続く中、耐え切れないとばかりにジャンが口を開いた。
「おい、リヴァイ」
 リヴァイの行為が意味することに顔を青褪めさせたジャン。だが呼ばれたリヴァイはその声など耳に入っていないかのように、エレンから視線を逸らすことなく口を開く。――青灰色の瞳を挑発的に歪めて。

「これからが本番ってことだろ。じゃあもっと強力なモノを用意してくれ。お前を守るためにとびっきりのヤツを」

「……ああ」
 黄金の双眸がとろりと融けた。
「もちろん、リヴァイに合ったとびっきりのモノを用意するよ」

* * *

 一人の少年兵と一人の武器商人が出会ってから三年後の、ある春の日。
 一機のロケットが衛星軌道上に向けて打ち上げられた。それに搭載されているのが小型化に成功した量子コンピュータであることを知るのはごく一部。
「これでシステムは完成した」
 金色の目をした青年がタブレット端末を操作しながら呟く。その画面に描画されているのは一つのボタン。『START』という文字だけのシンプルなデザインは、それを一度タッチしただけで世界が大きく変わってしまうことなど微塵も感じさせない。
 青年の周りに集まっているのは七人の男女。年齢も性別も異なる彼らは、しかし二年も前にたった一人の青年に従うことを誓った仲間だった。その中で最も小さい――まだ160センチにも満たない――身長の少年が金眼の青年の隣に立ち、その顔を見上げる。
「エレン」
「リヴァイ、約束を守ってくれてありがとう」
「馬鹿野郎。これで終わりみたいな言い方してんじゃねぇよ」
 青灰色の三白眼で青年――エレン・イェーガーを睨み付けながら、リヴァイは、とん、と青年のこめかみを軽く指で小突く。
「まだまだ一緒にいてやるから、さっさとそのボタン押しちまえ。んで、お前の望んだ世界平和を実現してみせろ」
 二人が見据えたタブレットの画面上に浮かぶスタートの文字。
 エレンは「ああ」と頷き、始まりを告げるボタンに指を触れさせた。





END

























【番外編】ヨルムンガンド計画を知った従兄殿の反応(計画発動前)


「いいんじゃないかな」
「え?」
「あの子が選んだことなら、それでいいと思うよ」
 126個目の人工衛星が打ち上げられた数日後、各国要人へのプレゼンテーションとその事後処理を終わらせたエルヴィン・スミスの前には、エレン・イェーガーの私兵の一人であるアルミン・アルレルトが立っていた。
 実はエレンが独り立ちする前、アルミンは一時的にエルヴィンの元にいたことがある。その関係で、忙しいエレンの代理として『ヨルムンガンド計画』について話すためにやって来たのだ。
 これは「どうせ黙ってても兄さんならすぐに気付くだろ。だったらこっちから話しておいた方が良いんじゃないかと思って」というエレンの方針による。言外に、兄と慕う従兄の労力をほんの少し削減しようという弟心と、こちらから計画を明かすことでエルヴィンの反応を知ることができればという警戒心が含まれていた。
 エレンはエルヴィンが武器商人という仕事をそれなりに好いていることを知っている。ゆえに人間と軍事を切り離すヨルムンガンド計画をエルヴィンが支持することはないと思っていた。むしろ全面的に対決するまでには至らないだろうが、エルヴィンならば最後の最後まで武器を売り歩いていそうだと、アルミンの前で呟くほど。
 しかし蓋を開けてみれば、エルヴィンはどちらかと言うと計画に肯定的であるらしい。いや、計画というよりはエレン本人に、と言うべきか。
「アルミン、君は知っているはずだ。カルラさんを失った直後のエレンの姿を。あれを見ていれば、エレンの馬鹿げたような決意がどれほど強いものか分かるだろう?」
 エルヴィンの言葉を受け、アルミンは思い出す。
 母親のカルラを失った直後の自己を責めるだけだった虚ろな金が、やがてその罪を償うためにギラギラと輝きだした日のことを。その唇から「世界平和を実現させる」と告げられた時のことを。
 化け物のように瞳をギラつかせてエレンは言った。「武器を売って売って売りまくって、それで稼いだ金も地位も人脈も信頼も全て世界平和のために使う」「自分がこれから売る武器で人が死ぬという事実も全て背負って立ってやる」「だから、絶対に、実現してみせる」――。
「確かに世界平和など簡単になせるものではない。いくら地球全土の流通を停止させて軍事と人間を切り離そうとしても、人間の本質は闘争を望む――つまり、相手を殺すための武器を望む。そうなると別にミサイルや銃が手元になくても、その辺の木の枝や石ころでさえ人間は武器にするよ。そうして人間同士で争い続ける。私が徒歩で木の枝や尖った石を売り歩いても商売が成り立ってしまうかもしれないね」
 つまり武器商人エルヴィン・スミスにとってヨルムンガンド計画など一笑に付す程度のものなのだ。
 しかし、と男は続けた。
「それでも私はあの子の……エレンの行く末を見たい。化け物のような精神が最後に何を掴み、この地上に何をもたらすのか。私はそれが見たいんだ。まぁひょっとするとひょっとして、世界平和が実現できてしまうかもしれないし。それならそれで面白い」
「だからエレンのしたいようにさせる、と?」
「そうだよ。無論、助力も惜しまないつもりだ。エレン・イェーガーという化け物が辿り着いた先を見られるなら、私はどんな対価でも支払おう」
 そう言って男は青い目を細め、従弟とは全く血の繋がりを感じさせない顔にうっとりと恍惚の笑みを浮かべた。







2014.03.03 pixivにて初出