「エレンよ、どうしてお前は武器を売るんだ?」
「おいチビ。エレンに対してその口のきき方は何だ」
「うるせぇデカ女。てめぇが口を挟むな」
 手持ちの銃を分解して整備していたリヴァイがぽつりと尋ね、それを同室で聞いていたミカサが咎める。が、リヴァイは己の雇主と同年であり、この私兵集団での先輩たる彼女には全く敬意を払うことなく、それどころか鋭い目つきで一瞥して「デカ女」と罵った。
 現在、仮の住処としているホテルの一室にはリヴァイとミカサ、そしてエレンの三名しかいない。他のメンバーは自由行動中で、港町であるこのエリアの散策に勤しんでいるのだろうと思われる。
 ここに留まるのは港に目的の船が着くまで。天候の悪化等もなく予定通りに進むなら、明日の昼前にはYGLI社所有の貨物船がこの町に寄港する予定だ。エレン達はそれに乗り込み、船に積まれた商品と共に次の目的地へ向かう。
 それまでの僅かな休息時間ではあるが、いつ何時命を狙われるかもしれないエレンを一人にするわけにはいかない。と言うことで、現在はリヴァイとミカサが傍で護衛することになっていた。
(正確に言うなら俺が護衛で、デカ女は自由意思でくっ付いてるだけだが)
 小さな刷毛で部品の隙間に入り込んだ汚れを掻きだしながらリヴァイはエレンの隣にぴったりと貼り付くように座るミカサを一瞥する。快適な温度に保たれた室内であるにもかかわらず、その首には赤いマフラーが巻かれていた。
 短い付き合いの中でも分かったのは、彼女が大層エレンを好いているということだ。ただしその好意は恋愛感情と言うより崇拝に近い。ミカサが時折口にする「エレンは私が守る」という言葉は、単なる護衛の任を負っているからというわけではなく、心からエレンの安全を望み、また彼を守るのは自分であるべきだと考えているからのように聞こえた。
 そんなエレン大好き人間は新入りで最年少でもあるリヴァイがエレンにタメ口で話しかけるのを好まない。むしろ同じ空間にいることすら歓迎していない様子である。そこへ来て今の質問――エレンの仕事内容を全否定する可能性を秘めた問いかけだ。ミカサは不機嫌を通り越して殺気立っていた。
「こら、ミカサ。別に変な質問じゃねぇだろ」
 ミカサを宥めた声は彼女の隣から。唯一彼女のブレーキとなる我らが雇い主で護衛対象、エレン・イェーガー。傍らのミカサが「でも」と眉尻を下げる。しかしエレン本人は窓から入り込む暖かな日差しを受けながら、それに相応しい柔らかな笑みを浮かべて脚を組み替えた。
 そして、リヴァイを見据え、

「オレが武器を売るのは世界平和のためだよ」

 常時笑みを貼り付けた武器商人は穏やかな声で、そんな滑稽な台詞を吐き出した。
「どういう意味だ?」
 リヴァイの問いかけにエレンはニコリと笑みを深めるだけですぐには答えない。しかもようよう口を開いたかと思えば、出て来たのはこちらの問いに対する答えとはまた異なるものだった。
「リヴァイは武器が嫌いか?」
「……ああ。武器は俺から故郷を奪った。俺と一緒に暮らしていた孤児達の命を奪った」
 銃は、爆弾は、地雷は、その他沢山の武器は。
 リヴァイから何もかもを奪っていく。
「そう」
 エレンは頷いた。
「オレも武器は嫌いだ」
「武器商人のくせに?」
「嫌いだからオレはこうして武器商人をやっているんだ」
「意味不明だな」
 リヴァイの感想にまたもやエレンの笑みが深まる。
「本当に最初の頃は色々違ったんだけど。父親と年上の従兄が武器商だったからオレも自然と、何も考えずに武器を売る仕事についた。まぁ今は……うん、そこそこ前からはそんな感じ。武器が嫌いだから今の仕事をやっている。いつかリヴァイにもちゃんと説明してやるよ」
 だからそれまでは、とエレンは続けた。
「リヴァイに嫌いな武器との付き合い方を教えてやる。結局のところ、好きだろうが嫌いだろうが、今のオレ達は武器を手放すことができないんだから」

* * *

 晴天。風もほとんどなく、波は穏やか。
 エレン・イェーガーとその私兵達は予定通り町に寄港した貨物船に乗り込み、現在、船上の人となっていた。事前に乗船者のチェックは済ませているので、この船に乗っているのは皆、信頼のおける者達ばかり。よって港町にいた時とは異なり、エレンも他のメンバーも自由に船内で過ごしている。
 ただし、『自由』とは言ってもリヴァイは少し違った。
 彼は戦争孤児であり戦うことだけを学ばされた少年兵である。おかげで戦いの知識は山ほどあるが、同い年の一般的な少年少女が持っている知識――ぶっちゃけてしまえば学力――が笑えるくらいに足りていなかった。なにせマガジン内の弾の残存数は分かるのに、ごく単純な掛け算や割り算がスムーズにできないと来ている。
 そんなリヴァイに算数やら語学やらを教える役目として抜擢されたのが、エレンの私兵の中で最も頭が良く学のある人物とされるアルミンだった。貨物船に乗り込んだリヴァイはアルミンにしっかりスケジュールを管理され、自分に足らないものを頭の中に詰め込まれている最中である。
「なんでこんな勉強なんか……」
 自分に勉強するよう指示した人間――エレンの顔を脳裏に描いてリヴァイは愚痴る。それを傍らで聞きながらアルミンが苦笑を浮かべた。
「そりゃあ必要なことだから、だろうね」
「でも戦うことにこんな知識は役に立たない」
「戦うことには……うん、役に立たないだろう」
 アルミンはあっさりとリヴァイの言葉を認める。しかし彼はリヴァイがノートから顔を上げる前に「でも」と続けた。
「戦わなくて良くなった時には、きっと必要になるよ」
「……」
 リヴァイのペンの動きが止まる。
「君はもう聞いたかな。エレンが何のために武器を売っているのか」
「世界平和のためだとか抜かしてたな」
「うん、そうだよ。エレンは世界平和を望んでいる」
「馬鹿らしい。それにやっぱり意味不明だ。武器を売って世界平和になんてなるわけがない」
「だろうね。でもエレンがそれを望むなら、彼は望みを現実にするまで止まらない。そしてきっと誰がエレンの邪魔をしても意志を貫き通す。だとしたらきっと世界平和は達成されるよ」
「その時に備えて勉強しろってか」
「そう言うことになるね」
「……はあ」
 リヴァイは溜息を一つ。
 なんだつまりこいつの言ってることはオレに大人しく勉強させるための詭弁じゃないか、と思ったが口には出さない。
 このアルミンという金髪の男。柔和な顔と華奢とも言える身体つきの癖に、性格はなかなかひん曲がっているらしいのだ。これならまだデカ女で筋力馬鹿のミカサの方が相手しやすい。なのでリヴァイはアルミンと口で争うことを控えるようにしていた。
 それに、口では勝てないが、他の分野なら彼を出し抜く方法もある。
「ああ、もうこんな時間か。ちょっとお茶淹れて来るよ。リヴァイはもう少しその問題集解いておいてね」
「わかった」
 腕時計で時間を確かめたアルミンが席を外す。室内に残るのはリヴァイ一人のみ。扉に鍵はかかっていない。
 リヴァイはそっと立ち上がり、扉にぴたりと耳を付けて外の様子を窺った。
「……よし」
 呟き、小さな体躯が通り抜けられる分だけ扉を開いてさっさと部屋を抜け出す。アルミンはきっと給湯室の方へ向かったからこっちに逃げよう、と反対側に足音を殺しながら駆け出した。
 リヴァイは武器が嫌いだが、勉強も大嫌いなのである。


 一方、その頃。
 甲板で潮風を身体に受けていたエレンのイリジウム衛星携帯電話に着信があった。世界中どこに居ても大抵の場合電波を届けてくれるこの便利なアイテムに電話をかけて来たのはYGLI社のエージェント。そして落ち着いた女性の声で告げられた内容は――。
「まずい……。兄さんが来る」
 エレンの顔を青くさせるのに十分な威力を持っていた。
 彼はすぐさまアルミンに連絡を取る。給湯室で茶を淹れている最中だったらしいアルミンに要請したのは、ただ今勉強中であるリヴァイを部屋から絶対に出さないこと、そしてそう望む理由。エレンが理由を話せば、アルミンもすぐ部屋に戻ると言って通話を切った。
 まもなくこの船に来客がある。きっとYGLI社所有のヘリコプターで悠然とやって来るその相手は、リヴァイに一番会わせてはいけない人物のはずなのだ。
「頼むぜ、リヴァイ。ちゃんとアルミンの言うことを聞いて、兄さんが帰るまで部屋から出てくれるなよ」
 すでに部屋がもぬけの殻であることを知らぬエレンはイリジウム衛星携帯電話を力いっぱい握り締めながらそう願った。


 甲板に設けられたヘリポートに一機の軍用ヘリが着艦する。
 出迎えたのはエレンとミケの二人。他メンバーは行方不明のリヴァイを探してもらっていた。
 ヘリポートに佇む二人の前でヘリから降りて来たのは金髪に青い目をしたエレンよりずっと年上の男性と、その男性よりは年下だろうがエレンよりは年上の女性(だと思うのだが性別不明)。前者がエレンの従兄であるエルヴィン・スミス、後者がその護衛たるナナバである。
「お久しぶりです、兄さん」
「やあ、エレン。元気そうで何より」
 年の離れた従兄ではあるが、エレンは昔からの癖でエルヴィンを兄と呼ぶ。おかげでエルヴィンもエレンを他人に紹介する時は「弟」と言ってしまうほどだった。
「いきなり来てすまなかったね」
「いえ、あの件のことでしたら通信機器を使うのはマズいでしょう。我が社のセキュリティに限ってとは思いますが、やはりもしものことがあってはいけませんから」
 船内の一室にエルヴィンを誘導しながらエレンは首を横に振る。
 今回エルヴィンがこの貨物船にやって来たのはエレンやエルヴィンが所属するYGLI社で密かに、しかし精力的に進められているとある計画に関する話し合いのためだった。この話が公開前に外に漏れれば、会社の損害は恐ろしいものになる。メインで動いているのはエレンだが、この従兄殿も必要に応じてサポートに回るため、アジア部門担当の忙しい身であるはずのエルヴィン本人がわざわざヨーロッパ・アフリカ部門担当のエレンの元へやって来たというわけだ。
「Yea.GGか……。私はあまりあれが好きじゃないんだが」
「兄さんは各国を回って昔ながらの武器商人として動くのが好きですからね」
「ああ。あの計画はスマートすぎる」
「しかし我々は父さんの……社長の意向には逆らえない」
「だね」
「こちらです。どうぞお入りください」
「ありがとう」
 エレンに案内された一室へエルヴィンが足を踏み入れる。エレンも当然それに続いた。扉が閉まり、室内の音は完全にシャットアウト。この中で話されるのはエルヴィンが呟いた通り、Yea.GGというYGLI社が次に打ち出そうとしている計画についてだ。
 Yea.GG――イェーガー・グローバル・グリッド。国際的武器運送会社たるYGLI社が提唱する次世代兵站パッケージで、全世界海上コンテナ輸送網と126個の衛星による「衛星測定補助システム」によって、どんな軍隊でも格安で海外展開能力を向上でき、すでに海外展開能力を持ち得る軍隊でも予算を大幅に削減することができるようになるという商品≠セ。
 すでにそのための衛星はほぼ打ち上げが完了しており、残りもあと僅か。エレンは現在船で運んでいる荷物を客に引き渡した後、残りの衛星の打ち上げの視察に向かう予定であったりもする。
 計画は最終段階で、今更どうこう言っても止まるはずなど無い。エルヴィンもそれを理解しているので、心情はどうであれ社の方針に従ってくれていた。


 エレンとエルヴィンが話し合いを始めてしばらくした後、ジャンが見張り台にいたリヴァイを見つけて脱走劇は幕を下ろした。リヴァイはアルミンの何となく怖い笑みに見張られつつ勉強を再開。算数の教本を開きながら、何故この世には二つの数字を上下に分ける横棒が存在しているのか黙考するに至っていた。
 だが大人しく勉強していたのは事実であり、一時間経った頃にリヴァイがトイレに行きたいと申し出ると、アルミンもそれを許した。リヴァイに会わせたくない人物ことエルヴィンもエレンと共に部屋に籠もったままであるし、トイレのために部屋の外へ出るくらいなら構わないと思ったのだ。
 しかしこの世の神様はなにぶん悪戯好きらしく、男子トイレで用を足していたリヴァイの隣に大柄の成人男性が並んだ。
「……」
 水分を出し切ったリヴァイはズボンのジッパーを上げて便座を離れ、背後に設置されている洗面台で手を洗う。山岳部隊出身の孤児ではあるが中々に潔癖なので手洗いは入念に行った。
 そしてタオルで手を拭いたリヴァイは実に滑らかな動作で己のブーツに仕込んであるナイフを取り出し、未だこちらに背を向けている金髪の男性の首筋を狙って跳躍する――。
「やあ、リヴァイ。久しぶりだね」
「エルヴィン……っ!」
 リヴァイが振るったナイフはエルヴィンに届かない。金髪の成人男性は全く防御も何もしなかったが、彼とリヴァイの間に入り込んだ人影が一つ。エルヴィンの護衛を任されているナナバがリヴァイのナイフをそれより大振りのナイフで受け止めていた。
「どけナナバ。邪魔をするな」
「それはできない相談だよ、リヴァイ。なにせ私はエルヴィンの護衛だから」
「チッ」
 リヴァイは舌打ちを一つしてナイフを仕舞う。そこまで眺めていたエルヴィンがエレンとは全く似ていない顔で、にっこりと笑みを刻んだ。
「君と会うのはエレンの護衛をお願いした日以来だったな」
「お願いだ? あれは脅しって言うんだろうが」
「脅しとは失礼な。君の大切な生き残りの孤児達の安全を保障する代わりに、君が命を賭してエレンを護衛する。そういう契約≠セろう?」
「物は言い様だな」
「しかし約束はきちんと守られている」
 そう、この男こそがリヴァイを山岳地帯の軍から引き抜き、エレンの護衛という仕事と引き換えにリヴァイの友人達の安全を保障した男だった。ただし内情はそう優しいものではない。
 そもそもリヴァイが軍の山岳部隊から出る羽目になったのはこの男の仕組んだことが原因だったからだ。
 リヴァイとその友人たる孤児達は軍に少年兵として、もしくは生身の探査機として飼われていた。ある時、一人の少女が地雷原を歩かされてその幼い命を散らすこととなる。しかしそれはリヴァイ達がいる部隊にとって必要なこと――……ではなかった。一人の新聞記者が部隊の本部にやって来て言ったのだ。「戦争の凄惨さを物語るような写真(絵)がほしい」と。その記者が言葉と共に部隊の司令の前に差し出したのは、ジュラルミンケース一杯に詰まった札束。司令や副指令はその金でリヴァイの仲間を売った。友が強欲な豚共によって殺された。リヴァイはその事実に耐えられず、たった一人で自分のいた部隊を殲滅してしまったのである。
 そしてエルヴィン本人の口から直接伝えられて分かったことだが、その新聞記者はエルヴィンの手の者だった。とても優秀な少年兵がとある山岳部隊にいることを知り、自社の駒にしたかったのだという。
 当然、それを聞かされた時のリヴァイはエルヴィンを殺そうとした。だが部隊殲滅のために体力は尽き果て、更にエルヴィンの周りには彼を守護する精鋭達がいる。結果、リヴァイは捕えられ、生き残った孤児の身の安全の保障と引き換えにエルヴィンの元へと下った。蛇足だが、部隊の兵士達を殺してしまったリヴァイは当然のことながら軍に戻れなかったし、戻るつもりも無かったというものその要因の一つだ。
 更に付け加えると、エルヴィンがその件で交渉する前、リヴァイは彼の部下に捕まってから三日間、水も食料も与えられず真っ暗なコンテナに閉じ込められていた。極限状態に晒された子供の身体は思考能力が低下し、三日ぶりに外の空気を吸うことができた時、最低限の『孤児達の生活を保障する』という条件のみで全ての義務を了承してしまった節がある。幸いにも今のところ酷過ぎる無理難題は課せられていないが。
 コンテナから出されてエルヴィンに圧倒的有利な交渉が成立した後、リヴァイはYGLI社の護衛専門の研修を受け――ちなみにその最中、臨時講師としてナナバがいた――そのままエルヴィンと再会することなくエレンの私兵として働き始めた。おかげで本当に今この瞬間がエルヴィンとの契約後初の再会だ。
「このクソ武器商人が」
 リヴァイはそう言い捨てて一足先にトイレを出る。エルヴィンに全く堪えた様子が無いのが実に腹立たしかった。


「あー……その顔、リヴァイってば兄さんに会っちまったのか」
「エレン……」
 廊下の正面から歩いてきたのは、いつも通りの笑みを貼り付けたエレン・イェーガー。リヴァイの顔を見て何があったか察したらしく、申し訳なさそうな表情に切り替えて「ごめんな」と謝ってくる。
「お前が何かしたわけじゃねぇだろう」
「でも配慮はすべきだった」
 リヴァイにとってエルヴィンは殺したい相手であり、また殺してはいけない相手だ。ならば少しでも心穏やかにいるためには会わないのが一番の方法である。それをエレンは今回しくじってしまった。ゆえの謝罪だと二十歳半ばの大人が十代前半の子供に頭を下げる。
 眉尻を下げてしゅんとする大人にリヴァイの毒気もすっかり抜かれ、「気にしてねぇから」と言ってしまった。途端、エレンの顔に笑みが戻ったので、ほっとすればいいのかイラつけばいいのか複雑な気分に陥る。
 ともあれ二人一緒に何となく外に向かいつつ、リヴァイはふと口を開いた。
「どうしてお前はオレをチームに迎え入れたんだ?」
 本来ならリヴァイはエルヴィンの私兵として働くはずだった。しかし蓋を開けてみれば、リヴァイの雇い主はエレンになっている。リヴァイとしてはエルヴィンよりエレンの方がマシなのでありがたいのだが、何故この青年は兄と慕う従兄からわざわざ駒を譲ってもらったりしたのだろうか。少なくとも技術面等で自分がそこまで必要とされる人材だとは思えない。
「リヴァイを傍に置く理由かぁ……」
 エレンは足を動かしながら――ただしいつかの日とは異なり、リヴァイのスピードに合わせて――ぽつりと答えた。
「同胞が欲しかったんだ」
「どうほう?」
「兄さんからリヴァイの話を聞いた時、リヴァイが武器を憎んでるって知った時、そいつしかいないって思った。リヴァイならオレを理解してくれるんじゃないかって。オレと同じ考えを持った同胞になってくれるはずだって」
 本当にそうなってくれるかはまだ確定していないけど、とエレンの金色の双眸がリヴァイを見つめて細められる。
「オレは、リヴァイしかいないって思ったんだ。ただの私兵じゃない。少年兵じゃない。リヴァイが欲しいと思った。だから無理を言って兄さんからリヴァイを取っちゃったんだ」
「オレだから欲しかった……?」
「ああ。リヴァイだから欲しかった」
 優しい声で語られたエレンの言葉はリヴァイの胸に熱いものを注ぎ込む。
 リヴァイだから欲しかった。――それは死んでしまった親を除けば、初めてリヴァイに向けられた強い感情だった。軍で一緒に飼われていた孤児達ですら、リヴァイはリヴァイとしてよりも自分達の先頭に立って戦ってくれる『誰か』であったというのに。
 注がれ過ぎて喉をせり上がって来そうな熱いものを必死に抑え込む所為でリヴァイは何も喋れない。そうこうしているうちに二人は外に繋がる扉へと辿り着き、エレンが鉄製のそれを開ける。先に広がっていたのはどこまでも続く青い海と青い空。
「リヴァイ」
 その二つの青を背にしてエレンが微笑む。
 それがあまりにもキラキラしていたものだから、リヴァイは思わず目を眇めた。
「どうかオレから離れないでくれ。どうか、ずっと一緒にいてほしい」
 リヴァイは答えない。答えられない。
 言葉を失ってただひたすらに、エレンの美しさに見惚れていた。

* * *

 リヴァイとエレンが初めて顔を合わせる少し前のお話。

「武器が嫌い軍人が嫌い戦争が嫌い武器商人が嫌い。そっか……この中の子は」
 とある幼い子供を閉じ込めているコンテナにそっと手を這わせ、エレン・イェーガーは口元にくっきりと弧を描く。
 その斜め後ろにいたエルヴィンは従弟の横に並んで「名前はリヴァイだ」と、自らコンテナに閉じ込めた子供の名を教えた。
「リヴァイ……。リヴァイ、か」
「我々の私兵として使えそうな人材だったから拾ってみたんだ。君のところは足りているそうだけど、もし気に入れば譲ろうと思ってね」
 わざわざ策に嵌めてここまで引き摺り落とした子供を指していけしゃあしゃあと『拾った』と言いながらエルヴィンは説明を付け加える。もしエレンが要らないと言うのなら、他の誰かに渡すか自分が使役すればいいだけだ。このコンテナに閉じ込めた子供はいささか狂犬の気があるが、それを大人しくさせるための交渉材料はすでに用意している。
 一応エルヴィンは、子供ながらにずば抜けた強さを秘めているという点がリヴァイの長所だろうと思って説明したのだが、エレンの琴線に引っかかったのは短所となるはずの方――武器も軍人も戦争も武器商人も嫌っているという事実らしい。クセのある私兵ばかり集めるエレンにはそちらの方が面白いのだろうかと思ったエルヴィンだったが……。
(ふむ。そういう顔で言ったのか)
 エルヴィンが眺めた従弟の横顔は普段から浮かべている笑みと全く性質を異にしており、おぞましいほどに金色の双眸をギラつかせていた。餓えた獣のようなその目は、餌の存在に……否、ようやく巡り合えた同胞の存在に歓喜しているようでもある。
 エレンが内に秘める化け物の片鱗を見つけたエルヴィンは恐れるよりもまず感心し、今後この青年が何を仕出かしてくれるのか楽しみに思えてきた。
「エレン」
 呼びかければ、ギラついた双眸は鳴りを潜めていつも通りに。いや、まだ少し興奮しているだろうか。ギラギラはしていないが、キラキラと場違いなほどに輝いていた。
「兄さん、リヴァイはオレがもらう」
「いいよ。君にあげよう」
(そして同胞を得た君がどうなっていくのか見せておくれ)
 口には出さず、エルヴィンは頷く。
 そうして山岳部隊の少年兵だったリヴァイは本人の与り知らぬところでエレン・イェーガーの私兵になることが決定した。







2014.02.26 pixivにて初出

【参考】ヨルムンガンド「Vain」