壁内でのクーデターを成功させ、巨人の謎を解き、人類の天敵を地上から一掃することに成功した調査兵団は、ようやくその名に相応しい活動を開始した。
 他の兵団や一般市民からも参加者を募り、壁外へ旅立つ班をいくつか作る。それぞれの班は別々の方角へ向かい、この世界に存在する様々なものを調べて壁内に情報を持ち帰るのだ。
 そんな班の一つ、ウォール・マリアのシガンシナ区から真っ直ぐ南下する班は特別に第104期訓練兵団出身の面々のみで構成されていた。班を率いるリーダーは調査兵団でも頭脳派として知られるようになったアルミン・アルレルト。一定期間で行けるところまで行き、調べた情報を壁内に持ち帰るのが調査兵団に属する彼らの使命だったが、アルミン達の目的はもう一つあった。
 海を、見つけよう。
 アルミンが班員に向かって放った第一声がそれである。
 海。広大な塩水の塊。壁内では長らく禁書とされてきた本に、その記載はあった。
 アルミンが何故単に行って帰ってくるだけではなく海を見つけようと望むのか、その理由を知らない者はこの班にいない。『彼』をよく知っている班員達は一も二もなく、もしくは仕方なさそうな様子を装って、自分達の班長の意見に同意した。
 そうして調査兵団南下班もといアルミン班は、海を目指してシガンシナ区を出発した。
 残念ながら第一回目の調査では海を見つけることができず、真っ白な地図に少しばかり新たな世界を描き込むだけに終わってしまう。その後も二度三度と調査に出かけ、目的の海に辿り着けないまま地図は少しずつ詳細かつ鮮明になっていった。
 容易に海が見つからずとも班員らが諦めることはない。彼らは少しずつ目標に向かって前進していた。海を見つけようというモチベーションの高さは調査結果にも表れ、他の班と比べてずっと早く正確に空白の地図を埋めていったのである。
 そして調査が両手の指の数をとっくに超えた頃、アルミン班の面々はついに辿り着いた。


「嗚呼……」
 誰ともなく、その姿を目にした班員達は感嘆の吐息を漏らす。
 辺りには嗅ぎ慣れない不思議な匂いが満ちていた。これが磯の香りと言うものだと彼らが文献で知るのは、もう少し後のことである。それよりも何よりも、皆の思考を奪っていたのは、眼前に広がる光景だった。

「あの色だ……。エレンの、目の、色だ」

 どこまでも広がるエメラルドグリーン。雲一つない空から降り注ぐ太陽の光を受け、水面がキラキラと輝いている。
 誰かがぽつり零した呟きは『彼』を知る全員の想いだ。
 ようやく見つけた海は、彼らのよく知る色をしていた。これは偶然だろうか? いや、きっと運命だと、強く強く思った。
「君は最初から『海』を持っていたんだね」
 両目を潤ませながらアルミンが呟く。ついに目尻から熱い雫が零れても、拭うことはしなかった。たとえ一時であっても視線を逸らしたくない。この色を一秒でも、一瞬でも、長くこの目に焼き付けていたいのだと示すように。
「エレン」
 その名は、彼らにとってとても大切なもの。単なる記号としての『人類の希望』ではなく、生きている人間としての『彼』――エレン・イェーガーを知る者達は、アルミンの言葉を耳にして胸がいっぱいになる心地がした。
「見つけたよ。ついに見つけた。君が望んだ『自由の証』を。僕らはようやく見つけたんだ」
 アルミンの独白は続く。今はもう隣にいない、大切な人に向けて。











(今アルミンの隣にいないだけで、壁内にいないとは言ってないよ!)











 後日、調査兵団本部にて。
「マジかよアルミン達が海見つけたのか!? オレも見たい!! あ、でもオレの方は氷の大地を見つけたぜ! クッソさみぃけど!!!!」
「最近エレンの言動が若干リヴァイ化してる気がする。昔のエレンはクソとか言わなかったのにねぇ」
 南下していた班の活動報告書を目にして大興奮する部下もといエレン・イェーガーを眺めやり、ハンジ・ゾエ団長はそう言って苦笑した。なお、エレンの隣で無表情のくせにドヤ顔しているリヴァイが彼の属する北上班班長を務めていること、あまつさえ前回の探索で温泉を発見し、彼らがゆっくり湯治を楽しんできたことは蛇足である。






を飼う







2015.01.10 pixivにて初出