【1】


 夜ノ国。
 そこは闇に蠢く魔物達の王国で、強大な力を持つ吸血鬼が統治しているとされる。
 魔物達は夜ノ国から人間達の土地へとやって来て人々を襲い、人間は魔物を狩るために軍隊を組織して夜ノ国へ攻め入る。しかし数の上では圧倒的に有利はなずの人類が未だこうして夜ノ国を滅ぼせていないことからも分かるように、その力量には大きな隔たりがあった。
 そんな関係にある一方、人間の中には夜ノ国に攻め入るのではなく彼らと上手に付き合っていこうとする者達もいる。――商人と呼ばれる職種の人間である。
 一部の商人は夜ノ国の王が発行する許可証を持ち、魔物に襲われることなくその国の中で商売をすることができた。広大な土地に広がって文化の発展と共に様々な物を生み出す人間と違い、夜ノ国にはあらゆるものが――特に嗜好品や娯楽の分野で――不足している。そこに目を付けた商人が定期的に夜ノ国へと入国し、人間界で用いられる物を商品として魔物達に提供しているのだ。


「許可証を確認。通って良いぞ」
 夜ノ国の首都、ミットラス。その関所で首から下げた通行証を役人に見せ、何の問題もなく門をくぐったのは、夜ノ国に出入りする商人の一人、エレン・イェーガー。まだ十五歳という若さだが、早くに両親を亡くしたエレンは生きるために自力で金を稼ぐ必要があった。そのためなら多少の危険は伴いつつも、夜ノ国で魔物相手の商売ですらやってみせる。そう決めたのは両親が死んですぐのこと。
 許可証は小さな青い石の形をしている。これには夜ノ国の王である強力な吸血鬼の力がほんの少しだけ籠められているらしく、魔物達が本能的にその持ち主を襲えないようになっていた。動物のマーキングのようで気に入らないが、夜ノ国という魔物達が蔓延る世界で商売をするには必須のアイテムである。
 門をくぐればそこは、人間達の世界と同じかそれ以上に栄える魔物達の街。ただし街を照らすのは太陽の光ではなく、濃紺の闇に浮かぶ月と人工の灯りだ。国の名前になっている通り、魔物達が最も活動的になるのは夜。ならば商人が商売をするのも自然と日暮れから日の出までとなる。
 早い者はすでに路上で自分が持ち込んだ品物を売り捌いており、エレンも足早に己が使用許可を持つ場所へ向かった。
 夜ノ国の首都で人間が商売する場合、店を開く場所は基本的に一人一人決められている。これは商人が他者の目がない所や治安の悪い所へ行くなどして不慮の事故に巻き込まれるのを防ぐためであった。いくら青い石があるとは言え、もしものことが起こらないとは限らない。そして危険が増えれば夜ノ国で商売をしようと思う商人は減る。よって、これは人間である商人だけではなく、彼らから品物を購入する魔物にとっても必要な決まり事と言えた。
 目的地に着いたエレンは早速荷解きをする。商品は全て自分一人で運ぶのが鉄則だ。これはかつて、商人のフリをして大きな荷車を押してきた人間がその荷物の中に魔物を殺すための大型重火器を隠していたからである。よって現在、商人が夜ノ国に持ち込めるのは自分が抱えられる量だけ。力に自信のある者なら重い商品を持ち運ぶことも可能だが、生憎エレンは筋肉がつきにくい体質らしく、ひょろりと背ばかりが伸びた身体で重さのある商品を大量に持ち込むことはできなかった。
 しかし重い物が駄目なら、軽くて更に利益率の高い商品を仕入れればいい。
 路上に敷物を敷いてエレンがその上にいくつものケースを並べる。そのケースの中に入っているのは――
「おお、エレン! もう買ってもいいか?」
「あ、おっちゃん久しぶり! どうぞどうぞ、おっちゃんの好きな『葉』もめいっぱい仕入れてきたぜ!」
 エレンの準備を今か今かと待ち構えていたのは額に角を生やした一つ目の大男、サイクロプス。比較的人間に近い見た目で、エレンを贔屓にしてくれる客の一人だ。
 その彼が手に取ったのは赤いインクで獅子の略図が描かれた布に包まれた物。サイクロプスが布を開くと、そこには裁断した葉を紙で筒状に巻いた物――紙巻煙草が入っていた。この他にも別のケースを開ければ、緑のラベルの物、青いラベルの物、灰や黒のラベルの物、また紙巻煙草ではなく葉巻煙草(シガー)、更には噛み煙草等、様々な種類を取り揃えている。
 エレンが取り扱っているのは煙草。人間の世界でも同じく、完全な嗜好品であり、また愛用者が絶えることのない品物の一つだ。他にも煙草を売っている者はいるが、エレンの店の方が品質が良く、多少値は張っても買い求める魔物は多かった。
(煙草なんて苦くて臭いだけなのに、何が良いんだろうな)
 そう独りごちつつも、軽くて小さくて利益率の高いこの商品を手放すつもりはない。エレンは愛想の良い笑顔を浮かべながらサイクロプスに「銀貨五枚だぜ、おっちゃん」と値段を告げ、それを了承した魔物から代金を受け取った。
 その後も、大勢が押し掛けるほどではないが、客はぱらぱらと途切れることなく続き、エレンは順調に在庫を減らしていった。
 月が西の空へ沈み、夜明けまでもう少しという頃。顔を見せた別の常連にエレンはぱっと表情を輝かせる。
「こんばんは、リヴァイさん!」
「ああ」
 短い応えを口にしたのは目つきの鋭い小柄な男性。一見して普通の人間だが、彼もまたこの国に住まう魔物である。種族は吸血鬼。夜ノ国を統べる王と同じだが、本人曰く自身は下っ端の下っ端だそうだ。
 いつも不機嫌そうな表情を浮かべるリヴァイ。しかしその中身はとても優しい。エレンが発する言葉には一つ一つは短くても律儀に返してくれるし、いつも自分の方が客なのに手土産を持ってきてくれる。また初めての出会いはエレンが商売を始めたばかりの頃、商品を試したこともないのに「高すぎる」と難癖をつけてきた魔物から庇ってくれた時だった。その後すぐ、エレンの目を見て「太陽みたいで綺麗だな」とぼそぼそ言われて、恥じていいのか笑っていいのか分からなくなってしまったのも良い思い出である。
「変わった形の菓子を見つけたんで持ってきた」
「わあ! ありがとうございます。綺麗ですね」
 リヴァイから渡されたのは星のような形をした小さな砂糖菓子。早速一粒口に含んでみると、優しい甘味が広がった。
「ぅんまい」
「そりゃ良かった」
 幸せそうな顔をするエレンにリヴァイが苦笑する。
 エレンは残りを大事に自分の荷物の中へ仕舞って、代わりにリヴァイのために取っておいた小箱を彼に差し出した。
「リヴァイさんの分、ちゃんと確保してますよ!」
 木製の箱を開いて取り出したのは、茶色い紙で巻かれた細長い煙草。葉巻どころかエレンが最も多く取り扱っているどの紙巻煙草よりも細長い。そして最も特徴的なのは、火をつける前から漂ってくる甘い香りだった。
 チョコレートのような甘い香りは、煙草を商品にしつつもその長所を見出せないエレンにとって数少ない好きな物の一つ。リヴァイもその匂いを気に入ったらしく、初めの頃は色々な煙草を試していた彼が最終的に常用するようになったのがこれだった。
「あるだけ全部もらおう」
「まいどありー!」
 毎回のやり取りであるためエレンも慣れたものだ。一本いくらという値段がつく煙草を箱ごとリヴァイに渡す。金額も全購入を予想して計算済みであるため、詰まることなく告げた。手のひらサイズの箱に納まるだけの本数で金貨三枚。煙草の中でも高級な部類に入るため、価格もまた跳ね上がるのだ。
 リヴァイが懐から金貨を取出してエレンに渡す。
 自称下っ端の吸血鬼は、その立場の割に羽振りだけは妙に良かった。本人はこれ以外に金を使う趣味が無いからだと主張しているが、それが事実ならリヴァイはエレンの懐を潤すためだけに金を使っていることになってしまう。
 有り難いような、もっと他に使い道があるだろうと諭したくなるような、不思議な気分だ。それともエレンが煙草の美味さを理解できない子供だから、煙草の購入に大金を使うリヴァイを見ると微妙な気分になってしまうのだろうか。
 リヴァイはエレンから受け取った小箱をポケットに仕舞うと、おもむろに尋ねた。
「おい、エレン。何か欲しい物はあるか?」
「え? どうしてですか?」
「いつもこうして融通してもらっているだろう。その礼だ」
 小箱がある方のポケットを手のひらで軽く叩き、リヴァイは小さく笑う。
「リヴァイさんにはいつも高っっっかい煙草買ってもらってるし、それどころか差し入れまで頂戴してるのに、これより更に何かなんてもらえませんよ」
「煙草を買うのも差し入れも俺が勝手にしていることだろう。お前が欲しがる物とはまた別だ。ほら、遠慮無く言え」
 あくまでもリヴァイはエレンに『礼』をしてくれるらしい。折角の申し出を強く断るのも気が引け、また実は少しばかり欲しい物があったので、エレンはその言葉に甘えることにした。
「じゃあ一個だけ。人間の世界じゃ手に入らない物でして」
「ほぅ……一体何だ?」
 興味深そうにするリヴァイ。
 エレンは己が首から下げている青い石を持ち上げると、「許可証じゃないんですけど」と前置きしてから告げた。
「これよりもっと強力な魔物除けになる道具ってありませんか? オレが贔屓にしてる仕入先がいくつかあるんですけど、最近その一つへ行く途中に四足歩行型の魔物が出るようになって、許可証の石だけじゃちょっと心許ないんです。まぁ遠回りすれば行けなくもないんですけど、やっぱり最短ルートが使えた方が便利ですし。……あっ、でも無理なら無理でいいですから! リヴァイさんにはホント、こっちからお礼しなきゃいけないくらいいつも贔贋にしてもらってますもん!」
 やはり下っ端だと自己申告している吸血鬼に、夜ノ国の王が用意したと言われる石より強力な魔物除け効果がある道具など願うべきではなかったのかもしれない。そう慌てて思い直し、エレンは最後の方の台詞を殊更大きな声で言う。
 リヴァイの立場で手に入れられないならそれで構わない。彼に言った通り、完全に仕入れられなくなったわけでは無いのだから。ただ、もし手に入るなら欲しいと思う。それだけだ。
 慌てるエレンに対し、リヴァイは顎に手を当ててしばらく黙考していた。エレンが「リヴァイさん……?」と名を呼びつつ窺うと、彼は顎から指を離して視線を合わせてくる。
「いや、無理じゃない」
「えっ」
「次、お前がこっちに来た時に用意しておこう。とびっきりの物を用意してやるから、楽しみにしておけ」
 無理難題に困ったり怒ったりするのではなく、逆にニヤリと何とも楽しそうな表情を浮かべるリヴァイ。エレンは呆気に取られつつも、不意にもたらされた幸運に自然と笑みが浮かぶ。
「いいんですか!?」
「ああ。勿論だ」
「っ、やったー! ありがとうございますリヴァイさん!」
 感極まって抱き着けば、驚いたのかリヴァイが一瞬身体を硬直させる。しかしすぐに「落ち着け。……ったく、こっちが礼するってのに」と、リヴァイがエレンの背を軽く叩くように抱きしめ返しながら苦笑を浮かべた。
 魔物は人間の天敵。そんな魔物相手に商売をする商人は売国奴にも等しい裏切り者。そう言われても、リヴァイさんのような魔物だっているのだと、エレンは声を大にして人間達に言ってやりたいと思った。




【2】


「ようやく散歩からお戻りかい、陛下」
 場所は王城の上層階に存在する空中庭園。間も無く夜が明けると言う時間帯。
 何の前触れもなく黒い靄が集まり人の形を成したものに対してハンジ・ゾエは驚いた様子もなく、呆れ半分からかい半分で声をかける。靄はやがてワインレッドのシャツと白いクラバットそして漆黒の生地で作られた上衣をまとう男となった。
 ハンジはこの夜ノ国でも高位の水系魔物ニクシーであり、本来は王城に設けられた巨大な池に棲んでいる。しかし知識欲が非常に強く、魚の尾ひれを二本の足に変えて人の姿で様々な場所へ赴くため、彼女が水の中にいるのはごく稀だ。
 長い時間をかけて膨大な知識を頭に溜め込んだ彼女は王の重要なアドバイザーの一人であり、こうして国のトップにも軽口を叩けるのであった。
 ハンジの軽口を受けて男は小さく舌打ちする。しかし今日は機嫌が良いのか、それ以上何かをすることはなかった。さっさと歩き始めて自室へ向かおうとする。毎度『散歩』に出かけた後の男は比較的機嫌が良いのだが、今日は特別だ。よほど嬉しいことがあったのだろう。
 眼鏡の奥の双眸をキラリと光らせて、ハンジは含み笑いをしながら言った。
「ようやく愛しいあの子から何かおねだりでもしてもらえたのかな?」
 空中庭園を出て行こうとしていた男の足がぴたりと止まる。振り返ればもうこちらのものとでも言いたげに、ハンジはニンマリと口角を上げた。
「大正解〜! そうかそうか、魔物を統べる王が何ともまぁ可愛らしいことで」
「うるせぇぞクソメガネ。いい加減その口を閉じろ」
「閉じてもいいけどその前に一つだけ。可愛がるのは良いけど、あんまりやりすぎないようにね? あなたの他の側近達がうるさくなっちゃうよ」
「分かっている。これでも分別はつけているつもりだ」
「そ。ならいいや」
 肩を竦め、今度はハンジの方が空中庭園に背を向ける。
「人間の少年を可愛がるのはあなたの勝手だけど、あなたがこの国の至高の存在――『王』であることを忘れてもらっちゃ困るからね。リヴァイ陛下」
 ひらりと手を振り、ハンジは下の階へと降りる。男――リヴァイからは「しつこい」という声を投げかけられつつ。
 一方リヴァイもまたすぐに反対側へと足を向け、今度こそ自室へと向かった。


『これ、甘い匂いがするから好きです』
 商人である少年のその一言だけで特定の煙草しか買わなくなってしまったのだから、もう笑うしかない。
 本来、リヴァイにとって嗜好品など紅茶一つで十分だった。しかし気まぐれで市井の様子を見学しようと街に下りたある日、偶然にもエレンと出会い、その太陽のような黄金の瞳を見てしまったらもう駄目だった。
 彼と繋がり続けるためだけに好きでもない煙草を購入し、実は煙草が苦手らしい少年が唯一気に入っている銘柄を知ってからはそればかり買い求めるようになってしまった。おかげでリヴァイがまとうのは煙草の苦みが少しだけ混じった甘いチョコレートの香り。ハンジを筆頭とする知人にはからかわれ、実に散々であったが、止めることは未だにできていない。
 自室に戻ったリヴァイは買ったばかりの煙草を一本手に取り、火を着ける。深く吸い込めば肺の中に甘い香りが満ちて、リヴァイは目を細めながら煙を吐き出した。
「エレン……」
 甘い煙に混じって名を呼ぶ。
 煙草の先端からふわふわと立ち上る紫煙に視線を移し、更にその先にある物を見つめる。愛おしげに細められる両目。青灰色の双眸に映るのは、壁に飾られた巨大な絵画だった。
 描かれているのはリヴァイが名を口にした人物である。
 夜ノ国一の絵師に描かせたエレン・イェーガーの肖像画。一目見て囚われた太陽のような美しい両目も正確に描写されている。無論本物には劣るが、リヴァイにとって大切なものであることに違いはなかった。
 たかが人間の子供。しかし闇に生きる魔物には決して届かない太陽の色を持つ稀有な子供。
 そのエレンに願われたことを思い出し、リヴァイはひっそりと口の端を持ち上げる。彼の願いは強力な魔物除け効果を持つ物。ならば最適の――たった一人の魔物以外全て跳ね除けることができる――アイテムをリヴァイだけが精製可能だった。
 右手を持ち上げ、その指先で右目に触れる。目は開いたままだ。そしてリヴァイは躊躇なく、ずぶり、と指を眼窩に差し込んだ。人差し指と中指を侵入させ、中で鉤状に曲げて引っ張り出す。視神経をぶちぶちと引き千切りながら眼球が取り出された。
 空洞になった右目から赤い涙を流しつつ、リヴァイは己の手のひらにころんと眼球を転がす。青灰色の虹彩がこちらを向いた。それにフッと息を吹きかければ、瞬く間に一粒の青い宝石と化す。人間の世界で売り物にすれば一生遊んで暮せるどころか三〜四世代に渡って働かずに済むほどの価値がある大粒のブルーサファイア。それにもう一度リヴァイが息を吹きかけると、何もない所から銀色の台座が現れてサファイアを嵌め込んだ銀のバングルが出来上がった。
 所有者が望めばこの宝石(眼球)の主であるリヴァイ以外の全ての魔物を跳ね除けることができる、特別な魔力が籠もった世界でただ一つのアイテム。エレンがこれを受け取ってくれた時のことを考えると、リヴァイは歓喜で身体が震えた。
 あの子は自分の前に現れてくれた太陽だ。彼が存在するだけで世界には意味がある。彼が望むものは全て叶えてあげたい。彼の喜びこそ自分の喜び。彼の笑顔こそ自分の幸福。
 長い長い時間を何にも心動かされることなく過ごしていたリヴァイにとって初めて現れた特別な存在がエレン・イェーガーである。もし彼が望むなら、この国を差し出しても構わない。リヴァイに逆らえる魔物などいないのだから、リヴァイがエレンに仕えれば、それで全てはあの太陽の少年のものとなる。
 ハンジに告げた『分別』など最初から存在しない。今のリヴァイにとってはエレンが望むか否か。エレンにとって良いか悪いか。それだけが全て。
「エレン……。エレンエレンエレンエレンエレン」
 銀のバングルを両手で握り締めてリヴァイは至高の名を繰り返す。
「もっともっと俺に望んでくれ。お前の欲しい物を教えてくれ。俺がお前に全てを差し出すから」




【3】


 前回の訪問から一ヶ月後。夜ノ国の首都ミットラスを訪れたエレンの元へリヴァイがやって来た。エレンはいつも通りに「こんばんは」と挨拶しようとして――
「ちょ、リヴァイさん!? その目はどうしたんですか!?」
 右目に布で作った簡易な眼帯をしているリヴァイを見てぎょっとする。しかしリヴァイは上機嫌で「大したことはない」と淡く笑うばかり。自分の目のことなどどうでも良いといった感じで、リヴァイは懐からある物を取り出した。
「それよりエレン、お前が欲しがっていた物を持ってきた。受け取ってくれ」
 リヴァイがずいと差し出したのは、青い宝石が輝く銀のバングル。一目で高価と分かるそれにエレンが再び目を剥く。
「なっ、え、あ……こっ、こんな高そうなの受け取れませんよ!」
「何故だ? お前のために用意したのに」
 さっきまでの上機嫌が一瞬にして萎んでしまう。その変わりようにエレンは三度驚いて、あわあわと意味もなく手を動かした。
「でっ、でも! あ、そうだお金! お金払います! いくらですか!?」
「金は要らん。お前へのプレゼントだ」
 リヴァイは頑として譲らない。「あ、これは駄目だ」と彼の顔を見たエレンは早々に折れ、バングルを受け取った。
 片方だけになった青灰色の瞳を見れば、早く着けてくれと言っている。その視線に促され右腕にバングルを着ければ、リヴァイの周りの空気が一気に明るくなった気がした。
「エレン、良く似合っている」
「あ、ありがとうございます……」
 右腕に乗っかる金貨云百枚云千枚分の価値。普通に暮らしていれば一生お目にかかることはないだろうそれに若干腰を引きながらエレンはなんとかお礼の言葉を口にした。
 しかしやはりこれでは駄目だと思う。せめてリヴァイに代わりの何かを渡したい。けれどもエレンが持っているのは煙草と多少の金銭と、それから己自身のみ。
(……あ、そうだ)
 エレンはリヴァイの片目を見て、はたと気付いた。
「リヴァイさん、ちょっとここで待ってもらってもいいですか? すぐに戻ってきますから!」
「あ? ああ、構わんが……」
「ありがとうございます! すぐ! すぐ戻ってきます!!」
 そう言ってエレンは駆け出す。向かう先は街の入口近くにある自分と同じ人間の商人が出している店。そこは嗜好品や娯楽用のアイテムではなく革製品を取り扱っている店だった。
 エレンがここへ来る時にその店の前を通ったのだが、確かリヴァイに似合いそうな黒革の眼帯も置いてあったはずだ。
(今はこれくらいしか渡せないけど……!)
 他に何か思いついたらその都度リヴァイに渡していけばいい。と言うか、それしか方法がないような気がする。
 エレンは全速力で目的の店へと走った。

* * *

「も……もらっていいのか?」
「はい!」
 そう言ってエレンがリヴァイに差し出したのは、黒い革製の眼帯。革はしっとりと柔らかく手によく馴染み、縫製もきちんとされていて、大変質の良いものであることが分かる。
 眼帯をした右目を見てエレンがそれを買って来てくれたという事実に、リヴァイは「これは夢か?」とさえ思った。それくらい予想外で、また嬉しすぎる出来事だったのだ。
 布を取り去り、黒革の眼帯を受け取って装着する。「お似合いです」と言われて頬が緩んだ。
「大切にする」
「オレもリヴァイさんにもらったこれ、ずっと大切にします」
 エレンが青い宝石を撫でると、何もないリヴァイの右の眼窩に甘い痺れが走る。幸せすぎて倒れそうだ。
 そんな幸福が天元突破しているリヴァイにエレンは更なる言葉をかけてきた。
「あ、そうだ。オレに何かして欲しいこととか、オレがリヴァイさんにあげられる物とかあったら、遠慮なく言ってくださいね。何ならオレ自身でもいいですよ」
 己の首筋を指差しながらエレンは言う。その動作と『エレンは人間・リヴァイは吸血鬼』という事実を合わせれば、エレンの言う『オレ自身でもいいですよ』とは、リヴァイが必要とする時に血を分け与えることができるという提案であると理解できたはずなのだが、エレンからのプレゼントという事実に舞い上がってしまっているリヴァイはうっかり言葉通りに受け取ってしまった。
 つまり。
(ッ、エレン自身を!?)
 リヴァイは慌ててエレンの両肩を掴む。
「まっ、待て! 自分を安売りするな、エレン」
「安売りなんかじゃありませんって。オレがリヴァイさんにできるのは今のところこれくらいしかないでしょう?」
 ことん、と小首を傾げる姿が大層可愛らしく見えてしまうから困った。
 リヴァイは自ら望んでエレンの些細な願いを叶えただけだと言うのに、エレンは自身をリヴァイにくれるのだ。それが許されるくらいの仲であると言うことは、もしかしなくてもエレンに「人間の地に帰ることなく一緒にこの国で暮らしてほしい」と願えば、叶えてくれるのではないだろうか。
 想像しただけでブワワッと体温が上がる。太陽の光を浴びない白い肌はすぐに赤く染まって、エレンに不思議そうな顔をされた。
「リヴァイさん?」
「なっ、なんでもない! そうだ煙草! いつものやつをくれ」
「あ、はい」
 エレンが屈んで荷物からリヴァイ用の煙草の小箱を取り出す。
「どうぞ。お代は要りません」
「え、あ、そっ、そうか! ありがとう」
「いえ、お礼を言うのはオレの方ですから」
 エレンとずっと一緒に暮らせるかもしれない。その可能性に舞い上がってしまったリヴァイは真っ赤になった顔を見られたという羞恥心も合わさって非常に挙動不審な態度を取りながらそそくさとその場を離れた。「またどうぞー!」というエレンの声に後ろ手で応えながら、頭の中はエレンとの暮らしのことでいっぱいだ。
「これなら……」
 ぽつり、と考えを口にする。
「エレンを城に呼んだら来てくれるんじゃないのか」




【4】


 エレンはリヴァイからもらったバングルのおかげで四足歩行の魔物にも襲われることなく無事仕入れを終えてミットラスの地を踏んだ。
 しかし彼に会ったら改めてバングルの礼を言おうと決めていたのに、いくら待ってもリヴァイが来ない。
 夜明けも近くなり、そろそろ店仕舞いかという頃、リヴァイの代わりにある者達が現れた。
「貴殿がエレン・イェーガーか?」
「そうだけど……。あんたらは?」
 訝しげにエレンは眉根を寄せる。
 エレンの前に現れたのはカーキ色の制服に身を包んだ兵士の二人組。人間に良く似ているので吸血鬼や狼男の類だろう。
 一応誰何したエレンだったが、彼らの胸、背中、腕についた紋章からその所属はすぐに判断できた。
 白と黒の重ね翼は近衛兵のしるしだ。
「我々は勅命を受け貴殿を王城にお連れするためにやって来た。ご同行を」
「……勅命、ですか。分かりました」
 表面上平静を取り繕っていたエレンだが、背中はどっと汗で濡れた。瞬時にこんな状況に陥った理由を考える。
 ちっぽけな一商人であるエレンに勅命の主つまり夜ノ国の王が一体何の用なのか。インチキや質の悪い物を売りつけているわけでもなく、また派手な商売をしているわけでもない。この国の法律に則り、清く正しく慎ましやかに商売していたはずだ。それなのに何故、兵士に城へ連れて行かれなければならないのか。
(先月と変わったことと言えばバングルだけど……リヴァイさんがヤバい物をオレに渡すとは思えない。それとも別に悪さをしたから呼び出されたんじゃなくて、ただ単に陛下も煙草に興味を持ったから、とか? いやでもこの国のトップがわざわざオレなんかを呼ばなくても、兵士に買いに来させればいいだけだし)
 エレンが頭をフル回転させる中、近衛兵達は踵を返して王城への道を行く。自分達の後ろにエレンがついてくるのが当然だと思っている雰囲気だ。エレンは必要最低限の物だけかき集めて彼らの後に続く。ここで逆らえば、今後一切商売ができなくなるどころか命さえ危うい。夜ノ国は魔物の国。人間のエレンなどたちまち喰われてしまうだろう。
 しかしこのままついて行ったらどうなるのか。ただ挨拶して売買をしてそれで終了なら良い。だがもし何かの思い違いや王の気まぐれで幽閉や命を奪われることになったら――。
(……もう、会えなくなるのか?)
 この緊急事態にふと脳裏に浮かんだのは、甘い香りの煙草をくゆらせるリヴァイの姿。最悪の予想が当たってしまえば、エレンは二度と彼に会うことも無くなるだろう。そう考えた瞬間、じわ、と目頭が熱くなった。無意識のうちに唇を噛む。
(いやだ)
 リヴァイに会えなくなるのは嫌だ。上客だからとか、高価すぎる物をもらってしまったからだとか、そういうのではない。ただ純粋に、リヴァイというあの吸血鬼と顔を合わせることもなく、言葉を交わすこともなく、永遠に繋がりを絶ってしまうことが嫌だと思った。
 どうしてそんなにも厭うのか。恐れるのか。理由はすぐに浮かんできて、エレンはようやく自覚した感情に「ああ、そうか」と小さく独りごちる。
 いつの間にか、エレン・イェーガーはあの吸血鬼を好きになってしまっていたのだ。


「やぁやぁ初めまして! 君が私達にとって『傾国の美女』になるかもしれない子だね」
 王城へと連れて来られたエレンを出迎えたのは、屋内に入ってすぐ目に飛び込んでくる大階段の手前に立っていた眼鏡の……女性なのか男性なのか、いまいち判断のつかない人物。近衛兵が「ハンジ様!」と呼んだので、そういう名前なのだろう。
 ハンジはエレンの数歩前に立つ近衛兵達に向かって「ここから先は私が連れて行くよ。さあ、君達は持ち場に戻りな」と告げる。すると二人の近衛兵は一瞬戸惑いを見せたものの、素直にその場を辞した。このハンジという人物、城の中でかなり重要なポストについているのかもしれない。
 取り残されたエレンの元ヘハンジが近付いてくる。
「改めて、初めまして。私はハンジ・ゾエ。種族はニクシー。気軽にハンジさんって呼んでね」
「……エレン・イェーガーです」
 すでに名前は知られているようだが、一応名乗られたのだから名乗り返す。ハンジは上機嫌で頷いた。
 ここで疑問が一つ。ニクシーとは水系の魔物であり、下半身が魚の尾ひれのようになった存在だ。しかしハンジは二足歩行の完全人型。エレンは小さく首を傾げて確認のために問いを発する。
「失礼ですが、ハンジさんの足はわざと人型に変化させているんですか?」
「そう! 水の中だけで得られる知識は限られているからね。いずれは空を飛ぶための羽も出せるようになりたいと考えているんだが、まぁ今は水陸で得られる知識を収集するのに忙しいから、まだ先だろう」
 第一声からそうだが、ハンジはかなりフレンドリーな性格をしているようだ。近衛兵の態度、自らの身体を変化させられるほどの大きな魔力、常軌を逸した知識欲――これらからハンジの地位がかなりのものであるのは確実だが、それに捕らわれない態度でエレンに接してくる。
 ハンジの性格をそう分析した上でエレンは「あの……」と、二つ目の疑問を口にした。
「オレが『傾国の美女』になるかもしれないって、一体どういうことですか?」
「それは先に進みながら話してあげよう。こっちだ」
 ハンジがエレンの肩に触れて城の奥へと案内する。エレンは言われるまま足を動かし、彼女(もしくは彼)と共に大階段を上り始めた。
「先に教えてほしいんだけど、君には好きな人っている?」
「ッ!」
 エレンは息を呑む。
 ここへ来る時にようやく自覚した思い人が脳裏をよぎり、頬が熱を持った。
「うーん、そっかぁ」
 エレンの心の中に大事な人がいることを知ってハンジはへらりと笑い、
「ごめんね。その人のことはもう忘れた方がいい」
「…………え?」
 一瞬にして熱くなったエレンの顔からすっと赤みが引く。
 ハンジは滔々と言葉を続けた。
「エレンをここに呼んだのは、君が悪いことをしただとか、この国の王が君を無意味に虐げたいだとか、そういう理由じゃない」
 階段を上り終え、奥へと続く廊下を進む。
「実はとても単純な理由でね」
 振り返ったハンジが眼鏡のレンズ越しにエレンを見た。
「君に一目惚れしたそうだよ」
「……だれ、が」
「勿論、この国の王が」
 ハンジは視線を前に戻し、少しトーンを落としたまま説明を続ける。
「とは言っても、一目惚れしたのは少し前なんだけどね。長く生きてる割に誰かを好きになったのは初めてらしくて、ずーっとウジウジしてたんだ。本人は君が存在してるだけで十分幸せだとか言ってたけど、それが本当ならこうして君を呼び付けることなんてしなかっただろう。……で、どうやら先日何かあったらしくて、とうとう君を自分の傍に置くため行動に移してしまったというワケさ」
 ご愁傷様、とハンジは話を締め括る。
 話を聞き終えたエレンは暗い目で廊下を見つめながら言った。
「ああ……それで、『傾国の美女』ですか。オレはこれから初恋で自制のきかなくなった王様に口説かれるんですね」
「そ。もし君にその気があるのなら、自分に惚れた王に我侭を言ってこの国を滅茶苦茶にすることだってできるだろう。……まぁもしそんなことになれば、我々王の側近が君の心臓を抉り取るつもりではあるけれど」
 殺気の籠った物言いに、本来ならエレンは背筋を凍らせる羽目になっただろう。しかし実際にはそうならなかった。
 ハンジからの殺気を恐れる前に、また王が自分のどこに惚れたのか分からないと疑問に思う前に、ただただ、これでもうあの吸血鬼と短い会話を交わすことすらできなくなったのだと目の前に突き付けられて絶望した。ひたすらに悲しかった。
 右腕にはめたバングルを左手で撫でる。いくらこれに強力な魔物除けの効果があったとしても、さすがに魔物の王を退ける力は無いだろう。
 エレンが初めて抱いた恋は育む前に終わってしまった。
「着いたよ」
 二人とも黙り込んだまましばらく進み、足を止めてハンジが振り返った。王に謁見するのだからそれ相応の広間に通されると思っていたのだが、手で示されたのは個室に通じる扉。個室とは言っても、一般のものと比べれば扉は大きく、またその向こうには遥かに広い部屋が広がっているのだろうが。
「いきなり王の私室に通すわけにもいかないから、客間の一つなんだけどね。こんな場所で顔合わせするからびっくりした? 個人的なことに謁見用の広間を使わない程度には、まだ王にも理性があるってことだよ。……理性があったとしても、君から拒否の言葉を聞くつもりはないだろうけど」
 最後の一文にエレンは苦く笑い、ハンジに促されるまま扉の前に立つ。ハンジがノックをして、中にいる人物へ声をかけた。
「陛下、エレンを連れてきたよ。……さあ、エレン」
「はい」
 瞬きを一つ。リヴァイヘの想いが表に出てこないよう、胸の奥へ閉じ込める。
「失礼します」
 そう言ってエレンは扉を開け、入室した。
 部屋に足を踏み入れた瞬間、
「――ッ」
 ふわりと香ったチョコレートに似た甘い香り。エレンは金色の目を大きく見開く。
 部屋の奥でソファに腰掛け煙草の煙をくゆらせていた男が立ち上がり、エレンと視線を合わせた。黒革の眼帯に覆われた右目と三白眼気味の鋭い左目。その瞳の色は青灰色。
「リ、ヴァイ……さん?」
「よう、エレン」
「ほんもの?」
 まさかもう一度会えると思っていなかった人物の登場に呆然とし、エレンはふらふらと部屋の奥へ進む。相手も火の着いた煙草を灰皿に押し付けてこちらへ近付いて来た。
 手を伸ばせば触れられる距離まで近寄ると、甘い匂いが一層強まる。エレンが売っている特別な煙草の匂い。リヴァイだけにしか売らないあの煙草のものだ。
「ぇ、でも……リヴァイさん、自分は下っ端だって」
「すまん。ああいう場所で本当のことを言うわけにはいかねぇだろ? それに本当のことを言っちまったらお前と今までのように話せなくなると思って。だから……黙ってて悪かった」
 気まずそうに頬を掻くリヴァイ。その視線がエレンの顔から外れ、右腕へと下りた。大きなブルーサファイアが嵌った銀のバングル。リヴァイがプレゼントしたそれをしっかり身に着けている様を目にした送り主は、嬉しそうに左目を眇める。
 反対の目はエレンが急遽贈った黒い眼帯に覆われている。彼の立場ならいくらでも質やデザインの良い物を選べたはずなのに律儀にエレンからの物を使ってくれているのだ。それだけでほっこりと胸が温かくなり、エレンは自然と笑みを浮かべた。
 しかも、
(ハンジさんの言ったことが本当なら、リヴァイさんはオレのことが――)
 その先は頭の中で考えるのさえ恥ずかしい。リヴァイが王であると知らなかった時はあんなにも嫌な気持ちだったのに、今は手のひらを返すように嬉しさと気恥ずかしさが混同している。いよいよ口元の緩みが酷くなり、エレンは意識して表情を引き締めなければならなかった。
「エレン」
「はっはい!」
 リヴァイのことを考えていた最中に名前を呼ばれ、エレンは驚いて上ずった声を出してしまう。
 するとリヴァイは眉尻を下げ、
「緊張しているのか? それとも、やはり嘘を吐いていた俺が嫌いになったか……?」
 長い時間を生きる魔物の王であるというのに、気弱な声で問いかけてきた。エレンは慌てて首を横に振り、「嫌いになるなんて、そんなはずありません!」と力いっぱい否定する。
「そうか。……よかった」
 ふっと嬉しそうに微笑むその顔を見て、エレンは改めて思う。「ああ、この人は本当にオレを好きでいてくれるのだ」と。正体を明かした分、エレンの一挙一動に対し素直に一喜一憂する様は、エレンの胸に沢山の愛おしさをもたらした。
「リヴァイさん、どうして今になって自分が王であると教えてくれたんですか?」
 目を合わせたままそう尋ねるエレンにリヴァイは一瞬息を詰めると、意を決したように口を開く。
「エレンに叶えて欲しい願いがあったからだ」
「オレに叶えて欲しい願い、ですか……?」
「ああ」
 リヴァイは頷き、両手でエレンの右手を取って握り締めた。

「エレン……俺と一緒にこの国で暮らしてくれないか」

 一緒に暮らすためには正体を明かす必要があった。だから――……と、エレンの頭は思考するが、そのために割く脳の容量など些細なもので、思考のほとんどはリヴァイからのプロポーズとしか言いようのないそれに感動するために使われていた。真っ赤になった顔と、これでもかと働く心臓。どきどき、ばくばく、と、まるで全身が血液を送り出すポンプにでもなったかのようだ。
 あまりの衝撃に言葉を紡げないエレン。するとリヴァイはエレンの手を更に強く握りしめ、「確かお前は言ったよな?」と言葉を補足する。
「『オレがリヴァイさんにあげられる物とかあったら、遠慮なく言ってくださいね。何ならオレ自身でもいいですよ』と。だから俺はお前という一人の人間そのものを望んでも良いんだろう?」
 言った本人ですら正確に記憶していない台詞を一字一句(おそらく間違いなく)告げたリヴァイを凄いと思う一方で、エレンは彼がこの行動を起こしたキッカケであろう『誤解』をようやく理解するに至った。
 その台詞は、吸血鬼であるリヴァイに対し、エレンがバングルへの感謝のしるしとして血液を提供することも吝かではないという意味だった。しかしリヴァイはエレンという個人そのものだと捉えてしまったのだ。だからエレンが存在するだけでいいと言っていた(らしい)リヴァイが、それを越えてエレン本人と寄り添って生きることを望んだのだろう。
 でも、
(まぁいいか)
 その勘違いによりもたらされた結果は、エレンにとっても、またリヴァイにとってもより良いものになるはずだから。
「リヴァイさん」
 エレンは名を呼びながら左手でリヴァイの手を包み込む。
「その願い、喜んで叶えましょう」






チョコレート・シガレット







2014.11.07 pixivにて初出

ツイッターでのタグ「#フォロワーさんの好きな要素を詰め込んだリヴァイを書く」にて頂戴した要素を全て詰め込みました。
お相手してくださった皆様、ありがとうございました^^