おとなりさんはリヴァイさん


 家から一番近いスーパー。昼過ぎから夕方の奥様によるラッシュ時間が終わると、そこそこ空いていて動きやすい。すいすいと野菜コーナー、鮮魚コーナー、精肉コーナーで必要なものをカゴに入れ、紙パック系の飲み物やデザート類を置いている冷蔵エリアに辿り着く。そこで見かけた成分無調整乳158円(税抜)の文字に、オレは思わずスマホを取り出した。
『どうしたエレン』
「リヴァイさ―ん、今日は牛乳安いですよ。リヴァイさんの好きな成分無調整乳が税抜158円です」
『じゃあ一本……いや、二本頼む』
「了解しました」
 リヴァイさんはガラケー使用者でしかも定額パケット制じゃないからLINEは使っていない。なので通常の電話で連絡を取る。そしてオレは意外とちょこちょこリヴァイさんに連絡をとってしまうので、そろそろ携帯電話各社が打ち出している話し放題のプランについて考えるべきだと思っている。
 通話を終えたオレの買い物カゴの中には成分無調整の牛乳が二本、それから低脂肪乳(ビタミンDと葉酸が添加されているもの)が二本追加された。後者はオレ用。リヴァイさんは低脂肪乳なんぞ薄くてマズいと言ってほとんど飲まない。オレはこのあっさり感が好きなんだけど。
 計四リットル、イコール、四キロの追加になったが、四十を目前にしたおっさんの腕力をナメないでほしい。これくらいカートを押さなくても余裕だ。
 そのままオレはデザートコーナーヘとスライドし、イチゴのショートケーキが二個入ったパックをカゴにそっと入れた。ありがたいことに三割引きのシールが貼られている。今日中に食べる予定だからこれで十分。
 学校帰りにス―パーでおやつを買うつもりだったのか、近くにいた女子高生にチラ見されたけど、このケーキを手放すつもりは無い! おっさんが甘いもの好きだっていいじゃないか。ところであの子、オレを見て「ぎゃんかわ」って言ってんだけど、どういう意味だろうな? 「ぎゃーん、おっさんかわってる」ってこと?


「ただいまですリヴァイさ―ん」
「おかえり」
「牛乳、冷蔵庫に入れておきますね」
「おう」
 本人の姿を見ないままオレはキッチンの冷蔵庫へ向かう。三十階建てマンションの二十五階にあるこの部屋の家主は現在自室でパソコンと対峙中。タタタタッと速めのキータッチが聞こえてくるので、メールでも打っているのだろう。ひょっとしたら月一くらいである講師のお願いに対する返事かもしれない。
 リヴァイさんは大学卒業後そのまま就職した会社で人類最強と呼ばれるほどすごい営業マンだった。冗談みたいな話だが事実だ。おかげで給料もものすごいことになっていたらしい。そして稼ぎまくったリヴァイさんは二年前――四十歳になってすぐ、その会社を超早期退職した。十二月生まれだから十二月三十一日付の退職だ。当然のようにめちゃくちゃ引き留められたらしいけど、「俺はあとの人生を遊んで暮らす。そのための資金は十分貯まった」と言って、きっぱりすっぱり辞めてしまったのだ。
 ただ、その営業スキルの高さゆえに、退職したあとも後輩達の指導をしてほしいと乞われて、時折開催されるセミナーに講師として顔を出している。その頻度がおおよそ月一回。基本的に、指定された日に用事が無ければ受けている。
「リヴァイさ―ん! ケーキ入れておくんで、あとで一緒に食べましょうね―」
「ああ」
 牛乳と一緒に買った二個入りのケーキセットを棚の目立つところに置く。そうして扉を閉めたオレは、残りの牛乳(低脂肪)やら何やらを持ったままリヴァイさん宅を出た。オートロックなので鍵を閉める必要はない。
 そしてオレは隣の部屋へ。革製のキーホルダーにリヴァイさんちの鍵とセットでつけられているのはオレの家の鍵。それを使って中に入り、さっきまでいた所と左右対称な造りの部屋へと入る。
 こっちがオレの家。自室にはスリープ状態のパソコンがあって、オレが仕事を始めるのを今か今かと待ち構えている。まぁオレの仕事はSE(システムエンジニア)だから、納期を守れば仕事を何時にしていようと構わないんだけどな。
 玄関から直行するのは冷蔵庫。リヴァイさんのものと同じデザインのそれのドアを開けて、低脂肪乳と一緒に買っていた野菜を放り込んだ。
 さて、改めて自己紹介でもしよう。
 オレの名前はエレン・イェーガー。仕事はフリーのSE。これでも結構仕事がデキる方で、このマンションの支払いだってすでに終わっている。齢は三十九。趣味はバイクと株式投資。後者の腕前は小銭が稼げるくらい。目標は誰かさんのように四十歳になったら仕事を辞めて悠々自適な生活を送ること。
 そして、おとなりさんはリヴァイさん。


夕食をご一緒に


 一人分だけの食事を作るとなると結構ムダが出るし、かと言ってデリバリーや外食ばかりしていると栄養が偏る。しかも元々このマンションは将来的にお嫁さんをもらう予定で若い頃に買った3LDKだから無駄に広く、そんな自宅で男がたった一人でメシを食うほどむなしいものはなかった。
 そんなわけで、オレは頻繁にお隣さんの家へ突撃したり、こっちに招いたりしている。お隣さんことリヴァイさんが最初に提案してくれたことなので、オレがリヴァイさん宅に突撃する方が圧倒的に多いんだけど。
 さっきもスーパーで買ったケーキをリヴァイさんちの冷蔵庫に入れてきたので、必然的にオレがお邪魔する側になった。夕飯の材料はリヴァイさんちに大体揃っている――って言うかオレが揃えた分もある――し、足りない物はオレの家から持ってくる。鍵も渡されているから、自分の家の冷蔵庫にスーパーで買った残りのものを入れたら早速リヴァイさんちヘゴー! 徒歩一分どころか十秒で到着だ。
 今夜は中華で揃える予定。ナスが旬だから麻婆茄子(マーボーナス)を作って、青椒肉絲(チンジャオロース)も二つ目のメインにしよう。これだけだと脂っこいから、レタスと鶏ささみにさっぱりしたドレッシングをかけたサラダ、酢を効かせた春雨の和え物も用意する。ご飯は中華ちまきで! 圧力鍋で作るとあっという間に作れてしまう。しかも自画自賛になっちまうけど美味い。
 オレの家もそうだけど、リヴァイさんちのガラストップコンロはガス火が強くて炒め物なんかは特に上手く仕上がってくれる気がする。いや、あくまでそんな気がするだけなんだけど。まぁリヴァイさんが「悪くない」って言ってくれるから、悪くない仕上がりなんだろう。
 あ、買ってきたケーキはデザートに出すわけじやない。それなら昨日のうちに準備した杏仁豆腐があるから、そっちを出す。ケーキは夕食のあと、風呂から出た頃にリヴァイさんとする晩酌用。今夜はきりりと冷やした日本酒で。ショートケーキと日本酒って結構合うんだぜ。まぁ友達連中には「これだから甘党は……」って呆れられたけど。納得できん。イチゴショートとか合いまくりなのに!
 とか考えている間に傍へのそりとやってきた人影が一つ。
「ほぅ。今日は中華か」
 仕事部屋から出てきたリヴァイさんがキッチンの作業台に置かれた材料を見て呟いた。「デザートは杏仁豆腐ですよ」と告げると、しかめっ面がデフォルトになっているリヴァイさんがほんの少し嬉しそうに笑う。オレもそうだけど、リヴァイさんも甘いものが好きだ。と言うか、食べ物の好みは牛乳以外あまリズレがないので、ご飯も一緒に食べててストレスがないし、作る時も自分が好きなように作れて超楽チン。
「すぐ作りますから、もう少し待っていてくださいね」
「ああ。……いや、手伝おう。何かすることはあるか?」
 リビングのテレビの方へ向かおうとしたリヴァイさんだが、こちらを振り返りそう尋ねてくる。じゃあ有り難くお言葉に甘えてしまおう。二人で作った方が早く仕上がるしな。
「麻婆茄子のナスと青椒肉絲のピーマン切ってもらっていいですか? あ、あと春雨サラダのキュウリも。オレ、牛肉切りますんで」
「わかった」
 そう言ってキッチンの片隅から取り出してきたのは紺のエプロン。ちなみにオレは水色のエプロンをしている。
 リヴァイさん自身はあまり料理をしないけど、調理器具だけは揃っている。オレは肉専用と決めているまな板を取り、リヴァイさんは野菜専用のまな板を作業台に置く。包丁だって何種類もあるから、各自一本ずつ持ってさくさくと材料を切り始めた。ピーマンは細切り。ナスは櫛形に。オレの方も牛肉を細切りにして、終わったら合わせ調味料を先に作っておく。
「エレン、終わったぞ」
「じゃあお湯沸かしておいてください。春雨茄でちゃいましょう」
「ささ身は?」
「そっちはレンジでチンです」
 リヴァイさんは鍋に水を張って火にかける。オレはささ身を耐熱皿に移して酒を振りかけてラップをした後、電子レンジヘ。タイマーセットしてスタート。
 それから二人でレタスをちぎり、サラダボウルヘ入れてしまう。 ドレッシングは市販のもので。最近お気に入りの大根おろしが入ったノンオイルのドレッシングだ。
 湯が沸いたら春雨を投入。細いやつだから事前に水に浸しておく必要もない。春雨をリヴァイさんに任せ、オレはその隣で中華鍋を火にかける。まずは麻婆茄子な。油を熱して、十分温まったら合いびき肉を投入。ジュワッといい音がして、手早くかき回しながらそぼろ状にしていく。
 ピーっとレンジが鳴ったら、リヴァイさんがささ身を取り出してくれた。箸でざっくり開いて、少し冷ます。粗熱が取れたら適当な大きさに裂いてレタスの上に乗せ、ドレッシングをかけてサラダの方は出来上がりだ。
 春雨が茹で終わったリヴァイさんは、水で冷やしてきちんと水切りした後、キュウリとオレが作っておいた合わせ調味料を一緒のボウルに入れ、ざっくりとかき混ぜる。ごま油を少したらし、白ごまを散らして完成。小鉢に盛るのはもう少し後で。
 リヴァイさんがサラダ二種を作っている間にオレは麻婆茄子を完成させ、大皿に移す。それから鍋をきれいにして、青椒肉絲を作り始めた。リヴァイさんが切ってくれたピーマンがまさに「細切り!」って感じで、見た目がすごくいい。
 オレが鍋を振っている一方、リヴァイさんはダイニングのテーブルを布巾で拭いて、サラダと麻婆茄子を運ぶ。箸とグラスと取り皿を用意し、それから普通よりも色が黒い烏龍茶のペットボトルを冷蔵庫から出してきた。そうそう、おっさんが中華を食べる時は気休めでもそういうのを飲んじゃいますね! 身体に脂肪が付きにくい系の飲み物!
「リヴァイさん、青椒肉絲できあがりました!」
 中華鍋から大皿に移し、カウンター越しにリヴァイさんヘパス。あとちょっと待ってくださいね。オレは続いて圧力鍋にもち米と水を投入。それから乾燥させたしいたけを手でパキパキと一口大に折って入れる。ニンジンのイチョウ切り、水煮のタケノコの細切り、豚こまも入れ、最後にオイスターソースをひと匙。これで蓋を閉めて加熱スタート。完成まで二十分くらいかな。食べている間に飯が炊けるという寸法だ。竹の皮で巻かないけど、味は立派な中華ちまきになる。
 そこまで終えて、どちらもエプロンを外して席に着いた。
 空調がきいた部屋で湯気を上げる料理を見ながらオレは満足感を覚える。よし、今日もいい出来だ。
 対面するように座ったオレ達は揃って両手を合わせた。
「「いただきます」」


晩酌をご一緒に


 甘いものは別腹、などという言葉が世のお嬢様方のためだけのものとは思わないでいただきたい。おっさんだって甘いものが好きな人は好きなんです。たとえばオレ! そしてリヴァイさん!
 夕飯の後、だらだらとテレビを観たり喋ったりして、適当な時間に風呂へ。オレも隣に戻れば自宅の風呂に入れるけど、いちいち一人だけのために湯を張るのって非経済的すぎる。それはリヴァイさんも一緒で、今夜はリヴァイさん宅でお湯をいただくことになった。ちなみにリヴァイさんの家で風呂に入る時はリヴァイさんが先、オレの家で風呂に入る時はオレが先というのが暗黙の了解だ。まぁリヴァイさんの後って綺麗だから、オレは別に常にリヴァイさんが先でも構わないんだけどな。
 ともあれ風呂から上がって少し身体の熱が冷めた頃、やって参りました晩酌のお時間です! 冷蔵庫から取り出すのは冷酒の瓶と本日買ってきたイチゴのショートケーキ。リヴァイさんが食器棚から切り子のグラスを出してくる。同じ形で色違い。青いグラスがリヴァイさん、赤いグラスがオレ。
 完全に夫婦用のペアグラスだけど気にしない。色が違う方が、どっちがどっちって分かりやすいし。それにリヴァイさんがわざわざ買ってきてくれたものだから、オレが文句を言うのは筋違いってもんだろ? あと、このグラス、たぶんかなりのお値段がする。唇に触れた時、グラスの縁がすごく薄くて酒の味を全然邪魔しないんだ。こんないいものをオレの分まで用意してくれるリヴァイさんマジイケメンオヤジ。カッコイイですリヴァイさん……ッ!
 リビングのローテーブルに冷酒の瓶とグラス、皿に移したケーキを置く。ああ、フォークを忘れていた。先にソファに腰を下ろしていたリヴァイさんがそれに気付いて立ち上がろうとするが、オレは彼を制して食器棚のところに戻る。デザートフォークを二本取り出してリビングヘ。
「お待たせしました、リヴァイさん」
「すまん」
 フォークを手渡す時、リヴァイさんの指がオレの指に触れた。するとリヴァイさんはフォークではなくオレの手を握る。
「リヴァイさん?」
「冷てぇ」
 リヴァイさんが、くつり、と笑う。そりゃあさっきまで冷やした酒の瓶を持ってましたからね。そう答える代わりにオレはリヴァイさんの手を両手でぎゅっと握り返した。少し驚いたように青灰色の瞳が見開かれる。が、すぐに緩んで「おい、こら。冷てぇだろ」と口元に弧を描いた。
「リヴァイさんの手は温かいですね」
 握った手がじわじわと温かくなっていく。身長はオレの方が高いけど、手はリヴァイさんの方が大きい。それに風呂上りなんかによく見かけるのだが、体格もリヴァイさんの方がしっかりしている。筋肉量なんて悲しくなるくらい違うんだろうなぁ。体温が高いのもそれの所為か?
 と、そこまで考えて、デザートフォークも徐々に温もっていくのに気付いた。オレはそっと手を離し、ソファの左半分に腰かけていたリヴァイさんの隣に座る。
 リヴァイさんが瓶の蓋を開け、先にオレのグラスに酒を注ぐ。その次にオレが瓶を受け取ってリヴァイさんのグラスに注いだ。酒、準備オッケー。ケーキ、準備オッケー。
 どちらともなくグラスを手に取って、カチン、と軽く打ち合わせた。


買い出しと飲み会


 今日はリヴァイさんの元同僚の方々がやって来る。どんちゃん騒ぎの飲み会になるのは必至なので、リヴァイさんは数日前から眉間の皺が深くなっていた。だが本当に嫌なら家になんて絶対に入れないはずだから、なんだかんだ言いつつも元同僚の皆さんのことを気に入っているのだろう。
 いつも二人で飯食ってるけど、今日は大人数になる。だから近所のスーパーまで二人で買い出しにやって来たわけだが――
 カートを押しつつオレが鮮魚コーナーで品定めをしている間にリヴァイさんがふらりと姿を消した。いい年したおっさんなので迷子だなんだと慌てることもない。そのうち戻ってくるだろうと思い、続いて精肉コーナーに移った頃、案の定リヴァイさんはふらりと戻ってきた。
 カサッという小さな音と共に。
「……」
 野菜と魚が投入されているカートの上の買い物カゴを見ると、何かが一つ追加されている。箱型だ。紙製の箱型。そんなに大きくはない。大人の男の手のひらに納まるくらいだ。そして縦長の箱に描かれているのは白と黒の愛らしい生き物、パンダ。ミルクチョコレートとホワイトチョコレートを合わせたビスケット菓子の名をオレは思わず声に出した。
「さく○くパンダ……」
 定価は税別100円。しかしこのスーパーでは税別78円で販売されている。
 ねぇ、これリヴァイさんが入れたの。リヴァイさん、これをお菓子売り場まで行って選んできたの。結構目つきが悪いと言われるオレが言うのもなんだけど、チビで強面のリヴァイさんがこれ手に取ってカゴに投入したの……?
「……なんだ」
「いえ、なんでもありません。これ一つで大丈夫ですか?」
「ああ」
 短くそう答えてそっぽを向くリヴァイさん。
 うちのおとなりさんがかわいいんだがどうすればいいですか。
 さ○さくパンダ、おいしいですよね。ミルクチョコレートとホワイトチョコレート、更にビスケットまで一緒に味わえるなんて最高ですよね。
 オレはとりあえず一番近くにあった鶏の手羽先三パックをカゴに放り込んで足早にデザートコーナーヘと向かった。プリンアラモードも買っておこう……! 普通サイズじゃなくて、プリンが二個入ってる大きいやつ! オレと、リヴァイさんの分! あ、味は違う方がいいかな。普通のカスタードプリンとチョコレートプリンのバージョンがあったはず。オレもリヴァイさんも、できるならどっちの味も楽しみたいから途中で交換しよう。そうしよう。いつもしてることだし。


 三パックも買ってしまった鶏の手羽先は甘めの煮つけとスパイシーな唐揚げにした。これがなかなか好評で嬉しい。
 リヴァイさん宅にやってきたのは同じ会社にいたエルヴィンさん、ハンジさん、ミケさん、ペトラさん、オルオさん、グンタさん、エルドさん。リヴァイさんにとってエルヴィンさんは元上司で、ハンジさんとミケさんが元同期、ペトラさん達四名は元部下となる。こういう飲み会は初めてではないので、オレも彼らと顔見知りだ。特にハンジさんなんかは度々冗談で「私のところへ嫁に来てよエレン!」と言ってくれるくらいだから、かなり馴染めていると思う。
「エレン、リヴァイの隣人なんかやめて私の嫁にならないか」
 あ、エルヴィンさんまで言い出した。アルコールが回ってしまったのだろうか。
「今の状態がすっごく居心地いいんで、まだまだリヴァイさんの隣人でいさせてくださいよー」
「ははは。それは残念」
 エルヴィンさんの笑い方は「HAHAHA!」って感じがして、更に冗談っぽく聞こえる。オレもつられて笑っていたら、何故か隣に座っているリヴァイさんに腿を抓られた。痛い!
「リヴァイさん何するんですかぁ」
「嫁が旦那の元上司と浮気しそうになったからな、咎めただけだ」
 わーリヴァイさんまで! そんなに強い酒なんてあったっけ? まぁ久々に友人が来て浮かれているのかもしれない。これならオレもノった方がいいのかもな!
「大丈夫ですってー。リヴァイさんの嫁は貞淑さがウリですから! 浮気なんてしませんよー」
 ケラケラ笑いながら答えれば、リヴァイさんも満足そうに微笑む。「さすが俺の嫁」と言って肩を抱き寄せるもんだから、オレも調子に乗って抱きついた。アルコールが入った皆さんはそれを見てゲラグラと笑う。なんだか楽しくなってきたぞ。
「そうだ、リヴァイさん。デザート食べましょう、デザート。今日買ってきたやつ」
「ああ」
 一旦身体を離して冷蔵庫へ向かう。プリンアラモードを二つと、それからシャンパンで作ったお手製のゼリーが人数分。戸棚に置いてあったさ○さくパンダも!
 まずは皆さんにゼリーを配る。ペトラさんが目をキラキラさせて「綺麗! おいしそう!」と喜んでくれた。いやあ作り甲斐がありますね!
 それからオレにはプリンアラモード! リヴァイさんにはチョコプリンアラモードに加えてパンダも! オレ達が甘党なのはすでに皆さんに知れ渡っているので、今更この組み合わせに驚かれたりはしない。ハンジさんは毎度「似合わねー! 特にリヴァイ!」と言って大笑いし、既定事項のようにリヴァイさんに蹴られるんだけど。
 皆さんがシャンパンゼリーにスプーンを突っ込む中、オレとリヴァイさんはプリンにスプーンを刺す。まずオレはカスタードプリン、リヴァイさんはチョコレートプリン。ぺろっと一つ食べた後、オレは自分のもう一つのカスタードプリンをスプーンに掬ってリヴァイさんに差し出した。
「はい、リヴァイさん」
「おう」
 ぱこっと口を開けたリヴァイさんにプリンを投下。「やっぱカスタードもうめぇな」「ですよね」と会話を交わす。
 それから今度はリヴァイさんが自分のチョコレートプリンをスプーンで掬ってオレに差し出した。口を開ければ、チョコレートの風味の冷たい感触が舌上に乗る。
「こっちもうまいです」
「だな」
 そんな調子でプリンを食べさせ合っていたら、いつの間にか室内がシンとしていることに気が付いた。
「どうしました?」
「どうかしたのか?」
 オレとリヴァイさんがきょとんとしていると、皆を代表してハンジさんがすっと手を挙げた。いや、手を上げる必要なんてないですよ、まったく。
「あのさ……」
 何故か眼鏡の位置を直しながらハンジさんは言った。
「君達、付き合ってたの?」
「「はあ?」」
 あ、リヴァイさんとハモった。
「いや、ねぇだろ。俺とエレンは隣人だ」
「そうですよ。それに男同士が付き合うだなんて、そんな」
 リヴァイさんの言葉に同意してオレもそう告げる。しかし皆さんの顔を見るに、納得はしていない模様。
 いやいや、本当ですってばー。同性愛に偏見はないつもりですが、オレもリヴァイさんもヘテロですから。異性愛者のおっさんですから。
 ぱたぱたと手を振って説明すると、エルヴィンさんが「そういうことらしいよ」と言って場を収めにかかった。やがて「そうなの?」「そうなんだろ?」と会話が交わされ始め、元の雰囲気に戻る。
 もー皆さん早とちりがすぎるんだから。
 オレは苦笑いを浮かべながら、さくさ○パンダに手を伸ばした。パッケージを開けているとリヴァイさんが「エレン」と呼んだので、その意図を汲んで一つ目のパンダをリヴァイさんの口元に差し出す。
「はい、どうぞ」
「ん」
 唇が指先をかすめるのを感じながら、摘まんだビスケットがリヴァイさんの口の中へ消えていくのを見る。ハンジさんが飲んでたワインを吹き出したけど、何かあったのか?
 リヴァイさんがそちらを見て「きたねぇ」と顔をしかめる。まぁフローリングの上だから良しとしましょうよ。掃除をすれば済むことです。二枚目のパンダを差し出しながらオレが笑うと、リヴァイさんも眉間の皺を浅くして再び口を開けた。


ベッドの話・表


「毎度思うんですが、学習しませんよねオレ達」
 目覚めてそこが自分んちのリビングのフローリングの上だと気付くと同時にオレは告げた。誰にって、もちろんソファの座る部分に頭を預けたままさっきまで寝こけていたリヴァイさんに、だ。
 昨日はオレが受けていた仕事の納期で、クライアントから受領と動作確認完了の返答があったのだ。つまりその夜は羽目を外してもいいということ。いつもはちょっとした晩酌程度で済ませているが、昨夜はリヴァイさんと思い切り酒を飲んだ。どれくらい飲んだかなんて覚えてねぇけど、周囲に転がっている缶や瓶を見る限りでは、我ながらよく飲んだなと思う。
 飲みまくった結果、オレもリヴァイさんもベッドの上ではなくリビングのフローリングにごろ寝である。これはオレの家ではなくリヴァイさんの家で飲み会をした場合も同様で、オレは自分の家に帰ることなく、またリヴァイさんはちょっと歩けば辿り着くはずの寝室に行くことなく、翌朝揃ってフローリングの上で目覚めるのだ。
 若い頃はどこで寝ようと平気だったけど、この年になると硬いフローリングの上での睡眠は厳しいものがある。でも一方が自分の部屋に戻らねぇのに、もう一方が寝室のベッドですやすやと眠りこけるってのも、なんだかなぁと思うわけで。
 少なくともオレはリヴァイさんが酔っぱらって部屋に戻らねぇのに、自分だけベッドにダイブするのは、酔っていてもやりたいと思わない。それならリヴァイさんに自室のベッドを譲って、オレはソファで寝るだろう。リヴァイさんが了承しないから今の状態になっているんだけども。
 まぁそもそも酒量を調整すれば良いだけの話だが、それができないというのが酒の魔力ってやつだよな。
 幸いにもアルコール分解能はこの年になってもばっちりで、二日酔いに悩まされることはほとんどない。南向きの窓から差し込む爽やかな光の中、ガチガチに固まった身体に苦笑を漏らすだけだ。
「うおーからだイテェ」
 うめきながら首を回したり腕を回したりする。バキバキバキッと結構いい音がして、ちょっとびっくりした。
「んあ? リヴァイさん、どうかしました?」
 ぐいぐいとその場で身体を動かしていると、リヴァイさんが何かを考えている姿が視界に入る。腰を捻りながら尋ねたオレに青灰色の瞳が向けられるものの、「いや、なんでもない」と返された。
「確かに身体がイテェよな」
「ですねー。若い頃みたいにはいきませんよねぇ」
 オレがそう同意する中、リヴァイさんもストレッチを始める。二人揃って体中をバキバキ言わせながら、ひとまず話題を今朝の朝食に切り替えた。


 その一週間後。
 いつもは自宅でパソコンと向かい合って仕事をしているオレだが、次の仕事のクライアントと直接会うことになり、スーツを着て半日ほど外出していた。夕方になって帰宅すると、ベランダ越しにリヴァイさんから声をかけられ、「ちょっと来い」と招かれる。なんだろう?
 ひょこひょこと尋ねた隣人宅。そのままオレは何故かリヴァイさんの寝室に通された。
 …………こ、これは!
「でかいベッド……!」
「クイーンサイズだ。これで俺とお前が飲み明かしても、硬いフローリングで寝なくて済む。今度からはここで一緒に寝るぞ」
「いいんですか!?」
「そのために買ったからな」
 リヴァイさんがドヤ顔してる! 素敵! これで飲みまくっても酔っぱらっても気兼ねすることなく柔らかいベッドで寝られるんですね!
「リヴァイさん愛してます!」
「俺もだ」
 きゃー、と若い女の子みたいに歓声を上げて抱きついたリヴァイさんはちっとも揺るがない。さすが人類最強とまで言われた営業マン! ん? 関係ない? いやでも素敵ですリヴァイさん!
 ぽんぽんと軽すぎる調子で好きだの愛してるだの繰り返しながら、折角だからということで今夜も酒を飲みまくることになった。
 当然その夜、オレ達はそのベッドを使うことに。いくらかかったかは聞かなかったけど、これ、良いベッドだった……。やべぇ病み付きになりそう。ってかもうずっとリヴァイさんのベッドで寝ていたい。


ベッドの話・裏


 今更自己紹介は必要ないかと思うが、あえて言おう。リヴァイ・アッカーマンだ。二年前に会社を辞め、それまでに稼いだ金で暮らしている。ぷーと呼ぶな。早期退職だ。
 すでに支払いも終わっている3LDKのマンションに一人暮らし。だが隣人のエレン・イェーガーと日常的に家を行き来しているので、寂しいなどとは感じたこともない。
 いや、むしろ幸せすぎて困る。
 今日は、一週間ほど前に「フローリングで寝ると身体が痛くなる」とエレンが言っていたので、自分の寝室にでかいベッドを入れてやった。これで寝落ちするほど酒を飲んでもフローリングの上で朝を迎えることはなくなるだろう。
 案の定、エレンは大層喜んで好きだの愛してるだの連発してきた。

 こっちの気も知らないで。

 顔には出ていないと思うが、心臓はものすごいスピードで鼓動を刻んでいる。その、まぁ、なんというか。エレンは俺を良い人だとかなんとか思っているのかもしれないが、俺はエレンに対して下心ありまくりで接している。申し訳ないとも思うが、どうしようもない。と言うか、好いた相手だからこそ特別扱いしてやりたくなるってもんだろう?
 互いの買い物をし、料理を作り、セットになった食器を使い、風呂も同じ湯に浸かり、どちらも甘いものが好きだからという理由で時折自分が食べているものを相手に与え、フローリングの上とは言え共に寝る。隣人として過ごす中で少しずつ距離を縮めてきた結果がこれだ。そして近日中、いや、おそらく今夜にもベッドインできるだろう。いやらしい意味ではないが、すまん、エレン。繰り返すが下心ありまくりだ。おっさんだしな。
 エレンに「俺も愛してるぞ」と何でもない風に返答していると、エレンが早速というか予想通り酒盛りの準備をし始めた。今日は夕食から酒を出すらしい。先に風呂に入っておけるよう、少し早いが今から湯を張っておくか。
 そうしてエレンはキッチンへ、俺は浴室へ。
 パネルを操作しながら浴室の鏡に映った自分の顔を覗き込むと、案の定ニヤけていた。
 当然、まだ俺達は『隣人』なのだから、お触りは厳禁だ。だが好きなヤツと同衾できるのはやっぱり嬉しい。
 ニヤけた顔を引き締めて、俺はキッチンへ向かう。エレンの手伝いをするために。






おとなりさんはリヴァイさん







2014.06.17 pixivにて初出

続編を追加し、更に他短編と合わせてオフ本になりました。
詳細はoffページをご覧くださいませ。