【記憶がリボーンしたよ@兵法会議後別室】
「ないわー。お前がオレの上官とかホントないわー」 「うるせぇ黙れこの若作りめ。俺の方こそてめぇが部下なんて有り得ねぇんだよ」 「ザンネンでしたー。今のオレは若作りしてんじゃなくて本当に若いんですぅ。ぴちぴちの十五歳なんですぅ。どうだ羨ましかろう三十路」 「……次は一本と言わずその歯全部折ってやるよ」 「暴力反対! ってか皆さん引いてるからそろそろ事情説明とかしなきゃいけねぇんじゃねぇの?」 そう言って自分達のやり取りを唖然とした表情で眺めていた三人へと視線を向けたのは、巨人になれる新兵――エレン・イェーガー。つい先程、憲兵団との攻防に勝ち、調査兵団が身柄を確保した少年である。 そして、その少年と親しげに話していたのは、調査兵団の象徴とも言うべき人類最強の兵士――リヴァイ兵士長。 彼らの立場は大きく異なり、また年齢もリヴァイはエレンの倍ほどある。だが審議所からこの部屋にやって来た途端始まった二人の会話は、まるで同級の者が交わすもののようにしか聞こえなかった。 「リヴァイ……あなた、エレンといつの間に親しくなったの? と言うか、あなた達一体どういう関係なんだい?」 人一倍好奇心が強く、また物怖じしないハンジ・ゾエ分隊長が口を開く。リヴァイがこんな風に誰かと気安げに話すなど滅多にないため、眼鏡の奥の瞳は驚きに満ちていた。 リヴァイはエレンに向けていた視線を部屋の中で固まる三人に向け、面倒臭そうに後頭部を掻いた。 「あー……話せば長くなるんだが」 「じゃあ短くしろよ」 「てめっ……!」 臆することなくツッコミを入れたのはこの部屋で一番地位が低いはずのエレン。「リヴァイの話は回りくどいんだよなぁ」と言いながらケケケと笑っている。 「じゃあてめぇが説明しろよ」 「オレはいいけど……団長や分隊長のみなさんとしてはどうなんでしょうか」 後半の台詞はハンジ達に向けて。 その問いを受け、この場で最も強い決定権を持つエルヴィンが、やや戸惑いながらも「説明してくれ」と答えた。 「わかりました。では説明下手なリヴァイに代わってオレから説明させていただきます」 十五歳とは思えぬ大人びた微笑みを浮かべてエレンが告げた。 「まずご理解いただかなければならないのは、オレとリヴァイが『エレンとして・リヴァイとして』一度人生を終えたことがある、ということです」 「人生を終えたことがある……?」 「はい」 オウム返しに問うエルヴィンへエレンは頷く。 「人生を繰り返しているとも言えるでしょう。オレ達はかつて調査兵団に属する兵士で、同い年の同僚でした。そしてリヴァイは今と変わらず人類最強と呼ばれ、オレは巨人化能力を持っていた。巨人化の力が明らかになったのはオレが調査兵団に入ってから数年後のことですが、状況は今とさほど変わりません。残念ながら、巨人ではなく人間同士の争いによってオレもリヴァイもあまり長くない人生を終えることになってしまいましたが」 説明する口調は軽いが、その中身はドロドロとした人間の醜さが垣間見える。これから何を相手に戦わなければならないかを示唆する言葉にエルヴィンは顔をしかめた。 その暗さを払しょくするようにエレンは「ともあれ」と続けた。 「オレは……そしてリヴァイも、一度目の人生の記憶を保持したままこの場にいる。これを生かす手はないでしょう。ちなみにオレはリヴァイに蹴飛ばされた瞬間に思い出しました」 「俺も記憶を思い出したのはてめぇのツラを蹴飛ばした瞬間だな」 「リヴァイと一緒かよー。なんか運命みたいで気持ち悪い」 「それはこっちの台詞だ」 リヴァイが腕を組んで呻く。 エレンは元同僚の現上官から視線をエルヴィンに戻し、 「記憶が戻ったタイミングはそういう感じです」 「そ、そうか」 よくもまぁあんな場面で記憶を思い出して、そのままあれを続けられたものだな、と。自分が指示したことではあったが、エルヴィンは頬を引き攣らせそうになりながら思った。 【監視役の四人に会うよ@調査兵団本部控室】 「団長達にはオレらの記憶のこと教えたけど、これから会う四人には黙っといた方がいいよなぁ……やっぱり」 「まぁな。こういうことはあまり大人数で共有する情報じゃねぇだろう。ただ、新兵であるはずのてめぇが気安く俺に話しかけてるところなんて見た日には何を言われることか」 「じゃあエルド達の前では、リヴァイは上官でオレは部下って立場をきっちり守るってことで。しっかしまぁあいつらがオレの先輩になるとは……」 「はっ、懐古か? じじくせぇ」 「じじくせぇ!? 精神年齢はお前と同じなんだけど!? しかも身体はオレの方が若いんだけど!?」 ちょっと何ナメたこと言ってんの!? と十五歳の少年エレン・イェーガーは上官であるリヴァイの胸倉を掴み上げた。身体は十五歳だが心は三十路オーバー。そして三十路を過ぎると年齢を意図する発言には非常に敏感になるものなのだ。 ある意味で化け物と罵られるよりもハートがブロークンする発言にエレンが半泣きになる一方、リヴァイは怒るどころかニヤニヤと楽しそうに口の端を持ち上げている。しかしふと何かを思いつくと、己もまたエレンの胸倉を掴んだ。 そして―― 「……黙れって言う代わりに物理的に口を塞ぐのは相変わらずだなエロカリアゲ」 「何なら舌もサービスしてやろうか?」 エレンの口を己の口で塞いだリヴァイがそっと身を離して囁くように告げる。「リヴァイが本気出すと腰抜けるからパス」というエレンの経験に基づく発言を聞いて満足そうに目を細め、まだ完成しきっていない少年の背や腰に手を這わせた。 「んっ……ヤメロって。これからエルド達と顔合わせなんだろ。もうすぐこの部屋に来るんじゃねぇの」 あからさまな情事の気配を漂わせる触り方にエレンが身じろぐ。 「心配すんな。最後までしねぇって」 「中途半端にされた方が辛いってことをリヴァイ君は分かっていないのかね」 「いつもはわざとてめぇが悶えるようなところで止めてんだよ」 「うわっサイテー」 止まらない手の動きに目元をうっすらと赤く染めながらもエレンは相手を罵る。 リヴァイはいつも≠ニ言ったが、当然それは前の人生のことであり、この身体で触れ合うのは初めてだ。互いが出会った時には二十歳を過ぎていたため、十代の身体をまさぐるリヴァイは少しばかり新鮮さを感じているようだった。 「十五なんて言ったらヤリたい盛りだよなぁ」 「あっ、こら! 手を止めろ馬鹿リヴァイ! そこはアウトだ!!」 ズボンの上からとは言え尻の割れ目に指を這わされ、エレンは声を荒らげた。 だが相手の胸倉を掴んでいた手はリヴァイに縋るように肩を掴んでおり、記憶に染みついた過去の行為がこの後にやって来る快楽の波を期待してエレンに陥落を促してくる。しかもリヴァイが言った通り、今の身体はヤリたい盛りの十五歳だ。大人だった頃よりも全然我慢がきかない。 抵抗らしい抵抗をしないエレンにリヴァイはますます気を良くし、脱衣を邪魔するベルトに手をかける。 「ちょ、リヴァ、まっ……」 「リヴァイ兵長、エルド・ジンです。グンタ・シュルツ、オルオ・ボザド、ペトラ・ラル、共に参りました」 扉一枚向こう側からの声にすっと二人は身を離した。 エレンは赤くなった頬を隠すように顔を伏せ、リヴァイは僅かに乱れた襟元を正す。それから何事もなかったかのように「入れ」と外で待つ四人に入室を許可した。 失礼します、の声と共に姿を見せた四人の目にはきっとエレンがしおらしくしているように映っただろう。たとえ本人が心中で「リヴァイ泣かす。今夜絶対色々搾り取ってやる」と非常によろしくないことを考えていても、エレンの頭の中を読めない四人にはその外見からしか相手を判断することができないのだから。 ただ一人、エレンの考えていることを察していたリヴァイは、こちらもまた心の中だけで「楽しみだ」と呟いた。 【見た目が十五歳の三十路はあざといよ@古城】 ■先輩きゅんきゅん編 「ペトラさん、その洗濯物オレが運びます!」 「いいの?」 「はい! この班じゃオレが一番下っ端なんですから、どんどん仕事任せちゃってください」 にこっ! だか きらきら! だかの形容がつきそうなくらい眩しい笑顔を浮かべてエレンがペトラからタライに入った洗濯物を受け取る。 調査兵団特別作戦班、通称リヴァイ班が旧調査兵団本部の古城へ移ってからしばらく経ち、エレンの監視役として選ばれた四人の兵士も新兵の存在に慣れてきた頃。エレンの方も己の先輩らに心を開いてきた……という風を装ってはいたが、最初から知っている人間なので実際には気負うことなど最初から無かった。 しかしそれを装うことは大事だ。彼らにエレン(とリヴァイ)の事情を明かす予定はないのだから。 エレンの屈託のない笑みにペトラもつられて笑いながら「じゃあお願いするね」と言ってその場を去る。彼女の背中を見送ったエレンは両手に持ったタライを上下させ、「あっ、なんか思ってたより重い。やっぱ全盛期とは筋肉のつき方が違うのか……」とぶつぶつ呟きながら水場へと向かった。 さて、エレンに洗濯物を任せたペトラだが、彼女は小走りで食堂を訪れた。バンッ! と、かなり大きな音を立ててドアを開けたのだが、先にいた三人の男達がそれを咎めることはない。 それどころか、 「エレンが可愛すぎて生きるのがツラい!」 「同じく」 「同じく」 「同じ……ガフッ」 叫ぶペトラに同意が三つ。男達の同意を受けてペトラは「だよねー」と、しみじみと呟いた。 仕方がない。 巨人になる兵士と聞いてどんな化け物じみた男かと思いきや、初対面では俯き気味のシャイボーイで、古城での生活に慣れてくると屈託のないキラキラ笑顔を向けてくる子犬ちゃんだったのだから。しかもただでさえ大きな金色の瞳が特徴的な整った容姿だと言うのに、全身から「先輩だいすき! オレに何でも任せてくださいね!!」というオーラを出してくるのだ。これで絆されない奴は鬼か悪魔の類だろう。 「十五歳ってなに……。十五歳って生き物はあんなにも可愛いものなの……」 「少なくとも俺らが十五の時はあんなにキラキラしていなかったと思うが」 「じゃあやっぱりエレンが特別……? えれん・いぇーがーじゅうごさい……恐ろしい子ッ!」 べたーとテーブルに上半身を預けて呻くペトラ。男共は実際にそこまでせずとも、心情的には彼女と同じようなものである。 「ああ……お姉ちゃんって呼ばれたい」 「「「お兄ちゃんって呼ばれたい」」」 自分達の庇護欲を何故かピンポイントでついてくる$V兵の存在に、先輩兵士らは早くも骨抜きにされていた。 ■兵長ハッスル編 「わざとやってるオレが言うのもなんだけど、あんなにちょろくて大丈夫なのかとオッサンは四人のことがとても心配です」 険悪な関係よりは仲良くできた方が良いだろうと、過去の記憶を参考にして四人の先輩兵士に接していたエレンは、ベッドの上でぽつりと独りごちた。 ただしベッドとはいっても、巨人になれる新兵に与えられた地下室のベッドではない。暗く湿った地下室とは正反対の、最上階に近いリヴァイ兵士長の部屋のベッドである。更に仰向けに寝転がっているエレンの上にはその部屋の主が覆い被さっていた。風呂に入った後なので、ラフな麻のシャツと綿のパンツを身に着けている。エレンも似たような格好だが、上に覆い被さるリヴァイの手によってその衣服は現在進行形で脱がされているところだった。 「おっさん、ねぇ……」 瑞々しい十五歳の少年の肌に唇を落としながらリヴァイが呟く。揶揄するような響きがあったのは先日の一件を覚えていたからだろう。しかしエレンとしては、自分自身を「おっさん」や「じじい」と称するのは別に構わないのだ。他人に言われるのが嫌なだけで。 「あいつらのことを考えるのもいいが、そろそろこっちに集中しろよ」 「ぁ……ッ」 首筋を舐められ、エレンは小さく身を震わせた。 「なんかさ、リヴァイ、最近舐めるの好きだよな」 「そうか? まぁ若い肌ってのは綺麗だと思うが」 「えーそれって若けりゃ誰でもいいってことかよ」 「んなわけあるか」 エレンの胸にキスをしていたリヴァイは顔を上げて金色の双眸を見据える。 「若かろうが年寄だろうが、てめぇ以外のヤローにこんなことする気なんざこれっぽっちもねぇよ」 「ふーん……ッあ、ぁ」 胸の飾りを口に含まれ、エレンは思わず声を上げた。引き離すように、またもっと欲しいとねだるように、両手でリヴァイの髪をかき乱す。 そのどちらの要求にも応えるかのごとく、リヴァイはエレンのそれを甘噛みした後、ぺろりとひと舐めして唇を離した。 「……リヴァーイ。舐めたり触ったりするのもいいけど、そろそろ口寂しい。ちゅーしたい」 「はいはい、仰せのままに」 リヴァイがそう答えながらエレンの唇を塞ぐ。薄く口を開ければ、すぐに舌が侵入してきてこちらの舌を絡め取られた。覆い被さる男の首に腕をひっかけて抱き寄せ、ぴたりと胸を触れ合せる。刺激されて立ち上がっていた乳首がリヴァイのシャツに擦れ、ピリッと走った小さな快感にエレンの脚がピクリと跳ねた。 「なんつーか……」 深いキスを終えて唇を離したリヴァイがエレンの顔を見つめながら呟く。 「若いてめぇ相手だと、イケナイコトでもしてる気分になるな」 互いに気心の知れた仲であり、もう何度も身体を重ねてきた。だがその記憶は同じ年齢の自分達のものだ。この古城に移ってからの行為は、言うなれば『いい年したオッサンといたいけな少年』のものである。そのことをしみじみと呟いたリヴァイにエレンは小さく吹き出した。 「くっ、じゃあもっとそれっぽくしてやろうか」 「あ?」 首を傾げるリヴァイにエレンは嫣然と微笑む。 だがたっぷりと色気を含んだその笑みは、瞬き一つのうちに初々しく頬を染める新兵の表情へと切り替わる。 そして―― 「へいちょうを、おれに、ください」 初心な少年が精一杯年上の相手を誘うその姿は想像以上にクルものがあったとリヴァイが語ったのは、エレンが完全に足腰立たなくなった翌日のことであった。 【今は昔@古城】 エレン・イェーガーが巨人化能力の所為で地下牢に入れられたことも、調査兵団の一員として巨人の力を揮うためリヴァイが監視役についたことも、エルヴィンに告げた通り今と同じだ。そして憲兵団ひいては王政府がエレンの身柄を欲していることも。 だがその詳細は多々異なっている。 エレンが調査兵団入りしたのは十五歳の時だったが、それは850年ではなく835年の出来事である。 父に怪しげな注射を打たれたのはその三年前――エレンが訓練兵団に入る直前の832年。なお、父親のグリシャはその直後から行方が知れない。 エレンの巨人化能力が初めて発現したのは入団から三年後の十八歳の時で、壁外調査中だったため目撃したのは調査兵の一部にとどまった。とどまる、と言うより、全滅しかかっていた壁外調査のメンバーを巨人化したエレンがなんとか救ったのだ。そして僅かに生き残った兵士らはエレンの巨人化に関して口を噤んだ。これを表沙汰にすれば自分達を救ったまだ十八歳の青年がどんな目に遭わされるか予期していたために。 ただしその能力を完全に制御しきれていなかったエレンがそのまま一般の兵士の中で生活することは、さすがに助けられた兵士ら全員が許容できることではなかった。半数以上の者がエレンの能力に脅え、その結果、調査兵団の上層部はエレンが万が一巨人化しても暴れることができないよう、彼の身柄を地下へ押し込めた。 もしこの時点でエレンの抑止力足り得る実力者がいれば、その処遇も改善されただろう。だが実際には巨人化したエレンに対抗できる人間などおらず、調査兵団の兵士らは壁の外の世界を望むエレンを地下に閉じ込めるしかなかった。 「エレン、すまない」 陽の光が決して差すことのない地下室に押し込められたエレンに謝罪するのは、その先輩兵士であるエルヴィン・スミス。彼もまたエレンに命を救われた兵士の一人である。 その青い瞳の前に広がる光景は、兵士らの命を助けた青年に対するものとしてあまりにも惨いものだった。一見して窓がないだけの普通の部屋のように見えるが、自傷行為によリエレンが巨人化するのを防ぐためその両手足には罪人のように枷がつけられ、口にも舌を噛まないよう口枷がなされている。計四つの枷からは鎖が伸び、行動を更に制限していた。壁に突進して身体に傷を作ることがないように、という用心のためだ。 ここまで厳重になったのは、地下に閉じ込められると知ったエレンが激しく抵抗したのが原因である。だがエルヴィンはエレンが抵抗するのは当たり前だと思っていたし、当然他の兵士もそう思っているだろう。エレンが常に口にしていた望みは、外の世界を見ること。だというのに、この状態は彼の希望の正反対を行く。 「エレン……」 もう一度エルヴィンは名を呼ぶ。 だがランタンに照らされたその顔がエルヴィンを見ることはなかった。 拘束される間際までギラギラと怒りに満ちていた双眸は今やひっそりと閉じられ、全てを拒絶している。いや、拒絶ではなく解放の時に向けて力を溜めているのかもしれない。どちらにせよエルヴィンのことなど眼中にないといった風情だった。 それでもエルヴィンは真摯にエレンを見つめ続ける。 「お前はきっと俺の希望だ」 エレンは何の反応も示さない。 「俺はお前を利用したい。この世界の秘密を暴いてやりたい。だから俺がお前をここから出してやる」 ただの善意ではない。偽善ですらない。これまで誰にも話さなかった己の中を晒し、エルヴィンは告げる。 「必ずだ。必ずお前の自由を取り戻そう。だから少し待っていてくれ。お前の自由を保障する『もの』を俺が必ず用意するから」 まだ彼を開放する鍵も権利も持たないが、いずれそのどちらも手にしてみせる。エルヴィンは黙したままのエレンにそう誓い、一歩後ろに下がった。自分の言いたいことは全て言い終えたのだ。あとはエレンが期待していようといまいと、己がやるべきことをやるのみ。 だがエルヴィンが背を向ける直前、ずっと閉じられていた瞼がそっと持ち上がった。 ランタンの光を受けて黄金色に輝く双眸。灼熱の怒りをたたえ続けるそれにエルヴィンの喉がごくりと鳴る。 エレンが言葉を発することはない。しかし燃え盛る炎のような高揚がエルヴィンの全身を侵した。それだけで十分。エルヴィンは口元に弧を描き、今度こそエレンの前を辞す。 そうしてこの日の誓いの通り、エルヴィンはエレン解放のための地位と鍵を手に入れた。 844年、己は分隊長の地位をいただき、のちに人類最強とまで称される兵士を調査兵団に引き入れたのである。 845年。 リヴァイが地下街を出て調査兵団に籍を置くようになってから一年が経っていた。 早くもリヴァイの実力は民衆の知るところとなり、『人類最強の兵士』と呼ぶ声も聞こえるようになっている。少々名が知られすぎているのは、ある人物がリヴァイの名声(ひいては価値=jを上げるための策だったのだが。 ともあれ、立体機動装置で空を舞う兵士で誰が最も強いかと問われればば、多くの人間がリヴァイだと答えるくらいにはなっている。 そうして運命の日は何の前触れもなくリヴァイの目の前に現れた。 「リヴァイ、お前に会わせたい人物がいるんだが、時間はあるか」 「ああ」 分隊長のエルヴィン・スミスに尋ねられてリヴァイは首肯する。その日は休息日であったが、兵団に殊更仲のいい友人を持たないリヴァイが誰かと会う約束をしているわけでもなく、時間はいくらでもあった。 「休みの日にすまないな。だが人が少ない方が都合が良いんだ」 「なんだそれは……」 怪しいとは思いつつもリヴァイはエルヴィンに連れられて馬を駆り、旧調査兵団本部の古城へと辿り着いた。 城は使う者がいないにもかかわらず綺麗に整えられている。それが裏口から入って地下へと続くルートのみだとリヴァイが知るのは、もう少し後になるが。 「こんな所に誰がいるっていうんだ。落ち合うにしてももっと都合のいい場所があるだろう」 「残念ながら相手に指定の場所へ来てもらうことはできないんだ。だから我々がここへ来るしかない。彼が住んでいる……いや、彼が閉じ込められているここへ」 「なに……?」 石の階段を下りた先、リヴァイの疑問に答えたのはエルヴィンではなく、目の前に広がる光景だった。 「おい、俺に会わせたいというのはそこの罪人か?」 一見して普通の部屋だが、中にいるのは枷と鎖で完全に拘束された一人の青年。一体何年切っていないのか、伸びた髪はとっくに肩を越しているが、体つきから性別は男だと分かる。 若い男の罪人。誰が見てもそう思うだろう。しかしリヴァイの発言にエルヴィンの目がすっと細められた。 「リヴァイ、彼は罪人などではない」 驚くほど冷たい物言いにリヴァイがぎょっと目を剥く。元々柔和な顔をしながらもその思考はひどく冷めた男だと知っていたが、凍りつくような、しかし不快だと隠すことのない怒りに満ちた声音は意外すぎた。 「彼は……」 その声が拘束された青年に視線を向けると同時に洸惚としたものへと変わる。 「エレンは、『希望』だ」 エレン・イェーガーが巨人化できる兵士として表舞台に現れたのは、この出来事のすぐ後。 シガンシナ区が超大型巨人に襲われたその日、リヴァイという抑止力と共にエレンは太陽の下で自由への咆哮を上げた。 「おかげで俺はてめぇを初めて見た時、エルヴィンのお手付きだと思ってたな」 「う―ん、エルヴィンさんがオレのこと特別視してたのは知ってるけど、それは……。そういう色っぽい話じゃなくて、本当にオレのこと最終兵器か何かみたいに思ってただけだろ」 850年。一方は兵士長で一方は新兵。ただし監視役と巨人化できる人間と言う立場は変わらず、リヴァイとエレンは古城の地下にいた。 視界に映るのは、この時代ではない人生を送っていた時に、エレンとリヴァイが初めて出会った場所。あの頃は七年間も閉じ込められる羽目になったエレンのためになるべく普通の部屋に見えるよう内装が整えられていたが、今はもう少しお粗末な様相を呈している。エレン曰く「リヴァイのところで寝るし、あんまり使わないから気にしない」とのことだが。 エレンの告げる『エルヴィン像』にリヴァイは内心「さぁどうだろうな」とは思ったが、今更蒸し返すことではないと考え、口を噤む。 確かにエルヴィンはエレンを自分の目的のために利用するつもりだっただろう。そのために自分の命を危険に晒して必要なものを揃えてきた。 だがやはり拘束されたエレンを見つめる瞳はただの道具に向けるものではない。あの男は確かにこの『化け物』に焦がれていた。 (まぁ今となっちゃどうでもいいことだが。こいつは俺のものだしな) リヴァイはそう思いながら傍らに立つエレンの腰に腕を回す。 その様子がまるで恋人を他人にとられないよう警戒している男そのものであったことを、本人が気付くことはなかった。 同僚リヴァエレ、一緒に逆行したってよ。
2016.06.10 Privatter(フォロワー限定公開)にて初出→加筆版を2014.06.12 pixivにて初出 |