prologue 《2850》


 2850年3月。人類の空白の歴史が秘されていると言われる遺跡群の一角から奇妙なものが発掘された。それはこれまでその遺跡群から見つかったことのない、それどころか今までどの歴史のどの場所の遺跡からも発掘されたことがないもの。
 あまりの珍しさと奇妙さ、そして美しさ≠ノ、発掘された当初から人々の注目が集まっていた。それを間近で見たいと望む民衆の勢いに押され、その奇妙な遺物は発見からたった五ヶ月という――貴重な遺物としては異例なほど短い――期間の後に一般公開へと踏み切られた。
 全世界が注目するそれは世界各国の主要都市で展示が行われる予定だが、最初に公開されたのはその遺跡群から最も近くにある博物館。遺跡がある土地の名を取って、国立マリア博物館と呼ばれる場所だった。


 八月の太陽が容赦なく殺人的な光を地面に照射している。それを頭から受けてがっかりしている人間は、国立マリア博物館の当日入館チケットを買い逃した者達だ。現在この博物館の当日チケットなど朝の六時から並んでも手に入らない。ちなみに開館時間は午前十時である。
 小柄で目つきの悪い黒髪の男は、会社の上司がどこからともなく手に入れて来た前売りチケットを入場ゲートのスタッフに見せ、当日チケットの争奪に負けた者達を横目に悠々と薄暗い館内へ足を踏み入れた。
 普通、人気の展示物がある場合、博物館は恐ろしいほどの人でごった返す。館内はすし詰め状態で、物を見に来たのか人を見に来たのか分からなくなるほどだ。しかし今回の展示だけは、その貴重性ゆえに厳しい人数制限が行われていた。おかげで男が館内に足を踏み入れ、案内に従って進んでも、客はまばらでとても静かである。
 同じ遺跡から発掘された遺物には興味がない。目指すは一番奥に展示されているものだ。それは男だけでなく入館している客のほとんどが同じ考えであり、人々はゆっくり静かに、しかし確実にそれだけを目指して歩を進める。
 数多の展示物を通り過ぎ、ひときわ広いエリアに出た。その中央に天井からのライトを浴びてきらきらと輝くモノ。
 人が立ち入らないようロープでぐるりと囲われたそれは、何に喩えるのが最も適しているだろうか。透明度が高いため巨大な水晶の結晶と言うのが一番近いかもしれない。だがそれは水晶特有の六角柱ではなく、巨大な宝石の塊を粗く削り出したかのような輪郭をしていた。
 光を弾くそれは確かに美しい。だがそれが人を引き付けるのは、鉱物の煌めきゆえではない。
「これが……」
 ぽつりと客の誰かが呟いた。
 きらきらと輝く透明な鉱物の中に異物が一つ。――あれは、人だ。巨大な宝石の中央に十代半ばと思われる少年が眠っていた。
 髪は黒。瞼に隠され、瞳の色は窺い知れない。細身だが決して弱々しい雰囲気はなく、若木のようなしなやかさと強靭さを感じられた。容貌も整っている。だがそれだけがこの遺物の美しさの本質ではない。
 人が鉱物に閉じ込められているという奇妙さに更なる異質を添えるものが一つ。
 それを示すものとして、この遺物にはタイトルが付けられていた。

『嘆きの花』

 宝石の中で眠る少年の胸を突き破って咲き誇る白い大輪の花≠ゥらつけられた名前だった。
 永久の生と死がそこにある。
 穏やかな顔で目を閉じている少年の胸の中央に咲く美しい花。その花に内側から胸を突き破られ、少年は確かに死亡したと言えるだろう。だが花が咲いた瞬間を閉じ込めたそれは、まだ少年の肉体が完全な死に至っていないことをも示していた。
 生と死の狭間に閉じ込められた永遠の少年。人はそれに圧倒され、魅了され、言葉を忘れる。それでも発見者が何とか頭を振り絞って付けた名前が『嘆きの花』だ。
 あと少しでも結晶の中の刻が進めば、花を咲かせたこの美しい少年は完全に死んでしまう。人々は少年が結晶から出で来ることを望めない。美しいものは触れられないままそこにある。
 展示スペースの隅に置かれたカードを読まずともテレビ等からの情報で事前にその名を知っていた男は、ただひたすら呆けたように『嘆きの花』に顔を向けていた。
 だが双眸は遺物に焦点を結んでいない。男が見ているのはもっと遠く。遠く膨大な記憶を思い出すようにその双眸は慌ただしく揺れている。しかし決して長くは続かず、やがてその動きはぴたりと止んだ。代わりに男は視線を床に落とし、両手で顔を覆う。
「嗚呼……」
 それはまさに嘆き。
 男の罪科がそこにあった。


1 《phase_germination(発芽)》


「これは?」
 幼い少年は植物の種のような茶色い粒を小さな手で指差し、そう尋ねた。大きな金色の目は粒を持ってきた父親を見上げている。
「心の痛みを消す薬だ」
「鎮痛剤なの?」
 少年の父親は医者である。ゆえに少年は幼いながらも薬や治療に関する知識をほんの少しだけ持っていた。そんな知識から引っ張り出してきた単語を口にすると、父親は眼鏡の奥の瞳をゆるりと細め、苦笑の形を作り出す。
「その仲間かもしれない。ただし――」
 人の命を救うことを生業にしている父親は目を伏せて静かに告げた。
「死よりも酷い痛みに襲われた時にしか使ってはいけない薬だが」


 エレン・イェーガーはゆっくりと目を開いた。だが地下牢であるここは外からの光が届かず、火を灯さなければ常に闇が満ちている。今もまた体内時計が朝を告げるものの、眼前に広がるのはじっとりと湿った冷たい闇だった。
「……」
 昔の夢を見ていた。父親が往診から帰ってきたある日の昼過ぎの記憶。
 キッチンのテーブルの上には植物の種のような茶色い粒が一つ。細くて白い線が一本走っている。窓から入る陽光に照らされて、反対側に小さな黒い影ができていた。
 父親はそれを鎮痛剤の類だと言った。ただし死よりも酷い痛みに襲われた時にしか使ってはいけないものだとも。
 当時のエレンはその言葉を理解できなかった。と言うより、死の上を行く痛みなど想像もつかなかったのだ。そんなものがあるはずない、と。
 心のものでも、身体のものでも、痛みはまだ生きている証。自分が進めるという証。自由を掴む権利があるという証だ。しかし死は終わりしかない。
 酷い苦痛か永遠の終わりか。選ぶなら、エレンは痛みを取るという選択しか思い浮かばなかった。それは故郷を巨人に侵略され、劣悪な環境の開拓地に放り出され、兵士になるための厳しい訓練を受けている間もずっと。
(でも)
 エレンは胸中で呟き、元々何も見えない視界を更に腕で塞ぐ。暗闇の中で左右の手首につけられた枷がジャラジャラと鎖を鳴らし、触覚と聴覚で少年の境遇を端的に示していた。
(痛い)
 先日直属の上官となった男に蹴られた時の痛みではない。肉体的な痛みはこの忌々しい身体がすぐに治してしまった。エレンが闇の中で歯を食いしばり耐えているのは胸の中央から全身に広がる心の痛みだ。
(おれは、化け物じゃ、ない)
 言い聞かせるように繰り返すのはこれで何回目になるだろうか。エレンはトロスト区でのあの一件から、もう数えきれないほどこの言葉を繰り返してきた。
 人は少年を化け物と呼ぶ。『巨人化できる人間』ではない。『巨人』であり『化け物』であるのだ。ただ普通の巨人と違って人間と意思疎通ができ、巨人を狩る意志を見せているからこそ、首の皮一枚でこの命が繋がっているに過ぎない。でなければエレンは人間の手で今頃ぐちゃぐちゃに切り刻まれてこの鼓動を停止させていただろう。
 だがそうやって物理的に傷つけられ殺されることよりも酷いと思える痛みをエレンは感じていた。
 常ならば壁の外の世界への憧れと巨人への憎しみで蓋をしている感情。だが時折、そう、このような暗闇にいるとその蓋が小さく開いてしまうことがある。
 ばけもの。
 それは声であり、視線であり、態度であり。世界の全てがエレンを疎み、厭う。そしてその『全て』にはエレン自身も含まれていた。むしろエレンが一番己を厭うている。母を喰い殺し、故郷を奪い、エレンが欲する自由を妨げる、あの巨人に変じる力を持ってしまったのだから。
(こんなの、死んだ方がマシだ)
 普段のエレンならそんなことは考えない。自由を求め、巨人の駆逐を誓うエレンならば。それでもこうして時折、闇や人の声や視線や己自身がエレンの心の蓋を静かに、無理矢理、こじ開けるのだ。
 今朝は何故かそれが特に酷かった。己に繋がれた鎖が鳴るだけで惨めさが込み上げてくる。エレンは一度だけ深く息を吐いた。のろのろとベッドの上で身を起こす。ちょうど、ここ数日で聞き慣れてきた足音が階段を下りてくるのを耳が拾った。エレンが入っている牢の鍵を開け、枷を取り去るために来たリヴァイ兵士長の足音だ。
 カツン、と最後の階段を降り切ってリヴァイが牢の前にやって来る。彼が手に持ったランタンの光が鉄格子の向こう側にいるエレンの目を焼いた。
「おはようございます、リヴァイ兵長」
「ああ」
 牢の扉を開錠しながらリヴァイは答える。その視線が上がり、小さなランタンの灯りを反射していたエレンの金の双眸を見た。
 ギラつくそれにリヴァイは何の感情も乗せずに独りごちる。
「化け物の目だな」
 リヴァイが見たのは暗闇に爛々と光る大きな黄金の双眸。事実を述べただけで、別に悪気があったわけではない。エレンは十分に理解している。だがそれを聞き、エレンは僅かに金色の目を細めた。
(ええ、そうですね)
 公に捧げたはずの心臓が痛みを訴える。
 リヴァイは何も悪くない。彼は何も悪くない。そう思っているうちに――……パチン。何か泡のようなものが弾けた感覚がして、胸の中に生まれた痛みはすぐに消え去ってしまった。初めての感覚だったのでエレンは頭上に疑問符を浮かべたが、上官に「どうした」と問われ首を横に振る。
「何でもありません」
 エレンは枷を外すため牢の中に入ってきた上官の姿を目で追う。そうして、理由は不明だがもう欠片も感じなくなった痛みにほっと息を吐いた。


 牢の鍵を開けて枷を外したリヴァイは、そのままエレンが使っている机の上にあった粗末な燭台に火を灯し、己はさっさと地上へ戻っていった。
 エレンはようやく得たその灯りの元で素早く着替える。寝間着から着替えたら服の上に立体機動装置のベルトを取り付けて準備完了だ。だが地上へ向かおうとした足が立ち止まる。
「なんだ、これ」
 不思議そうに呟くエレンの視線の先、火が灯された蝋燭の傍に小さな茶色い粒が落ちていた。エレンがそれを持ち込んだ記憶はない。リヴァイのものだろうか? と思いつつも、見覚えがあるそれにエレンは目を見開く。
 心の痛みを消す薬。
 昔、父親がそう言って見せてくれたものによく似ている。
 エレンの手は無意識にそれへと伸びていた。指で摘まんでまじまじと見つめる。
「……違うな」
 似ているが、違う。
 この粒は茶色一色だ。しかしエレンの記憶にある『薬』は、全体的に茶色だが一本白い筋が入っていた。
 きっと外の掃除をしている時に何かの種が服についてしまったのだろう。そう結論付けたエレンは茶色いただの種を摘まんだまま牢の外に出る。たかが種一粒であっても、こんな地下室に放置されているより、日の当たる世界に出してやった方が良いに違いない。
 エレンは地上に出るため階段を上る。その途中でふと思った。
 ところで父親が見せてくれたあの薬は一体どこに行ってしまったのだろう、と。


2 《phase_paineless(無痛)》


「お前がいたのになんでこんなにも仲間が死んだんだ?」
 初の壁外調査で女型の巨人と遭遇。たった半日で引き返した調査兵団は、満身創痍の状態でウォール・ローゼに戻ってきた。そうして街を行く最中、頭に包帯を巻いた兵士がエレンの乗せられた荷台の傍にやって来てぼそりと告げたのがその言葉だ。
 兵士は淡々と告げた。エレンに向けられた目はまるで空洞のようで、生気が無い。そこに責める感情は無く、ただひたすらに虚無だけが広がっている。
 だが彼が本当にエレンを責めていないはずがない。憤っていないはずがない。責めすぎて、憤りすぎて、絶望が大きすぎて、感情が表に現れていないだけなのだ。エレンはそれを理解していた。
「お前を守るために何人死んだ。お前が俺達人類を守るはずじゃなかったのか。どうしてお前のために俺達が死ななきゃならねぇんだ」
 ぼそぼそと、虚無の目をした兵士は抑揚を欠いた声で話し続ける。周囲にいる者達は誰もそれを止めようとしない。つまり皆そう思っているのだ。
 エレンは金色の双眸を細める。痛みは自覚しなかった。まるで自覚する前に何かに吸い取られてしまったかのごとく。痛みを感じない己を恥じるための痛みすら生まれなかった。生まれていたかもしれなかったが、すぐに消えて知覚できなかった。
 だがそれは驚くようなことではない。何故ならもっと前からその『症状』はあったから。
 はっきりとした始まりは知らないが、時期はここ一ヶ月以内だろうと思っている。エレンの心は痛みを感じなくなった。他人に何を言われても、どんな目を向けられても、自分で自分を化け物と思っても、エレンの心はそれまでのように痛みを訴えなくなっていた。
 なんて自分は図々しく、浅ましく、鈍感になってしまったのかと恥じた時でさえ、それが原因で起こるはずの痛みは感じる前に消滅し、エレンの胸に残らない。
 ただし痛みが無い代わりに、心臓の辺りが少しだけ異なるリズムを刻むことを知った。回数にして一回から二回。トクトクと脈打つ心臓が、痛みを感じるべきところでそれを感じない時、代わりにドクンと少し大きく脈打つのだ。
 肉体的痛みは伴わない。違和感もすぐに消え、通常の活動が継続可能。ゆえにエレンはそのことを誰かに話したこともない。
 胸の痛みに顔をしかめることも泣き出すことも後悔することもないエレンに飽いたのか、それともただ単に吐き出したいことを全て吐き出したからか、兵士は徐々に後方へ下がっていった。兵士がエレンを責める様子を眺めていた周囲の視線も霧散する。
 エレンはそっと息を吐き出した。
 息を吸って、止める。そして自分の目の前で死んでいった四人の先輩兵士達のことを考えた。
「……やっぱりか」
 諦めたように再び息を吐き出し、エレンは呟く。
 彼らの死に様をはっきりと覚えているのに、鼓動はいつものごとく少しリズムを変えただけで、胸を掻き毟るような痛みが訪れることはなかった。
 トク、トク、……ドク、ン。

* * *

「芽生えたらおしまいなんだ」「あとは際限なく痛みを吸収し続ける」「小さな痛みも、大きな痛みも。全て吸い尽くしてそれは育っていく」「全身に根を張り、心臓で蕾を膨らませ、肋骨の奥で開花の時を待っている」「花は宿主の胸を突き破って咲き誇るだろう。痛みを吸い続けて育った美しい花を」
 顔の見えない男が独白する。だがそれを傍で聞く者がいた。
「花が咲いたらどうなるの?」
 たった一人の聴衆は小さな小さな子供。
 子供は金色の丸い大きな目をくりくりと見開いて男に問う。
 男は子供の頭をそっと撫でた。殺菌と消毒で高い濃度のアルコールを頻繁に使う男の手は荒れていて、しかしとても温かい。
「死んでしまうよ。痛みを感じなくなるのと引き換えに」
 そう答えながら男は子供に一粒の種を握らせた。
 茶色の表皮に一本白い筋が入った小さな種だ。
「オレ、こんなのいらない」
 子供は男に種を突き返そうとする。しかし男は受け取らず、少年にその種を握らせたまま寂しそうに微笑んだ。
「そうあってほしい。要らないままでいてほしい。だが」
 男は目を伏せる。
「この先、お前は死よりも酷い苦痛に見舞われるかもしれない。それに耐え切れなくなった時、この種が芽生えてお前に束の間の安息をもたらすだろう。そうならないことを心から祈っているのだが」
 男は再び顔を上げた。見えなかった顔が見えるようになる。
 眼鏡の奥の緑色の瞳が懺悔するように細められた。
「すまない、エレン」


「……ん?」
 エレンは目を開けた。自分が乗せられた荷台は相変わらずガタゴトとカラネス区の中を進んでいる。ぼんやりと空を眺めながらエレンは眉根を寄せた。
「何の夢を見てたんだ?」


3 《phase_sign(胎動)》


 敗走の後、リヴァイと共に古城へ向かうエレンは本部へ向かう部隊と別れる前にミカサとアルミンへ挨拶に行った。「またな」と言うエレンに対し、二人の表情は酷く暗い。当然だ。この壁外調査の失敗により、首の皮一枚で繋がっていたエレンの命は再び窮地に立たされるのだから。
 それでもエレンの心は痛まない。エレンは死にそうな顔をしているミカサの手をそっと握った。
「ミカサ」
「エレン……」
「そんな顔すんなよ」
 彼女や幼馴染が抱えてしまった痛みを少しでも掬い取るようにエレンは少女の手に触れる。すると――
「エレン」
「ん?」
「なぜだろう。少し心が軽くなった気がする」
「そうか?」
「うん」
 赤いマフラーに顔をうずめて少女は頷いた。死にそうになっていた顔色がほんの少しだけ血色を取り戻している。
 エレンとアルミンは顔を見合わせた。試しに二人で手を握ってみる。
「……本当だ。エレンと手を繋いだだけで少し気分が軽くなったような」
 君が大変なことになってるって言うのに、とアルミンは不謹慎な自分を責めるようにそう付け足した。だがエレン本人にしてみれば、自分が痛みを感じていないのにこの二人が心を痛めていることの方が理不尽で良くないことだと思う。
「これくらいでお前らの気が少しでも楽になってくれるならいくらでもやってやるよ」
 エレンは微笑を浮かべ、改めて同郷の二人の手を握りしめた。
 心臓が不規則なリズムを刻む。
 トク、トク、……ドク、リ。


 エルヴィン団長の命令に従ってリヴァイとエレンは古城にて待機。現在、エレンを憲兵団に渡さないため、調査兵団の頭脳を司る者達が必死に策を練っているところだ。
 何もすることがない古城の二人はひとまず紅茶でも淹れようということになり、食堂で共にティーカップを傾けていた。だが食堂で休息したのは失敗だったかもしれない。空席のままの四つの椅子がじくじくと二人を責めたからだ。
(それでもオレの胸は痛みを知らない)
 エレンは胸中で独りごちる。ただエレンはそうであってもリヴァイは違うはずだ。むしろエレンとは異なり今回の作戦の裏側を知っていた彼は、深く強く己を責めているかもしれない。その無表情の裏ではどれほどの痛みが彼を襲っているのだろう。
「……」
 エレンはリヴァイを見つめる。脳裏をよぎったのは日中、別れ際に手を握った幼馴染達のこと。
 カップをテーブルに置くと、エレンは上官の名を呼んだ。
「リヴァイ兵長」
「……なんだ」
 青灰色の瞳がカップからエレンに向けられる。その目を見返してエレンは言った。
「少し手を拝借してもよろしいでしょうか」
「はあ?」
 訝しげに細められる青灰。だがエレンは構わず席を立ってリヴァイの横に回った。
「ほんの少し触れるだけでいいんです。試したいことがあって」
「……はっ。慰めに人の体温でも欲しくなったか?」
 露悪的にリヴァイが口元を歪めた。「気持ち悪い」と付け足された言葉に、一ヶ月前のエレンならば幾許か心を抉られていたかもしれない。しかし今は違う。何の感慨も無く、エレンは半ば無理矢理リヴァイの手を取った。
「おい」
「兵長、痛みは薄れませんか」
「……?」
 いきなり握られた手を引き抜こうとしていたリヴァイは部下からの問いかけにその動作を止める。そして気付いた。
「なん、だ。これは」
 つい先程まで己の胸の中をぐるぐると渦巻いていた後悔と苦しみが少し和らいでいた。
 エレンが触れただけでリヴァイから苦痛が薄れていく。
 そんなリヴァイの驚きの表情を見ていたエレンが「やっぱり」と口の中で呟いた。
(オレは他人の痛みすら失くしてしまえるのか)
 喜ばしいことなのかもしれない。人の痛みを取り除くことができるのだから。
 しかし。
(ますます化け物だな)
 エレンの口角が歪に持ち上がる。
 金色の双眸が見つめる先では、痛みを失うという安らぎを知ってしまったリヴァイが縋るようにエレンの手を握りしめていた。

 トク、トク……ドク、リ。ドクリ。


4 《phase_bloom(開花)》


 痛みを感じない・痛みが薄れるということに関して、今のところエレン本人は己の中の痛みも他人の中の痛みもこの化け物の身体が食っているだけだと思っている。自分の痛みだけを感じないならば、己がただ鈍感になり、感情もまた人間らしいものから乖離しつつあるのだろうと考えたが、他人にも関係してくるとなれば、そちらの方がしっくりくる。
 しかし他者は違うらしい。ミカサもアルミンも自分達がエレンを好いているからその手に触れるだけで許しを得たような気持ちになれるのだ、だから心が軽くなるのだ、と考えているようだった。
 それはエレンの上官であるリヴァイも同じく。むしろミカサやアルミンよりも行動を共にする時間が多いため、またその立場ゆえ頻繁に痛みを抱えるため、エレンに触れて癒される回数が必然的に増えてその考えは強いものになっていた。
 エレンが触れると心が軽くなる。つまり、自分にとってエレンは『安らぎを与えてくれる人間』なのだとリヴァイが思うようになるまで時間はかからなかった。ひょっとしたらあの日、古城で手を握った瞬間からリヴァイはそう思っていたのかもしれない。
 つまり端的に言うと、リヴァイはエレンに偽物の恋心を抱いたのだ。
 愛だの恋だのそういうものに興味のない――他者曰く鈍感な――エレンが何故リヴァイの気持ちを知っているのかと言うと、答えは簡単。その上官様自ら告白してきたからだ。
 エレンを憲兵団に渡さないためアルミンが主体になって練った策により、エレンはウォール・シーナのストヘス区で巨人化し、女型の巨人ことアニ・レオンハートと戦った。その後、療養する羽目になったエレンの元へリヴァイが現れ、自分にとってエレンが特別な存在であることを告げた。
「お前が傍にいると心が安らぐ」
 そう言ってリヴァイはベッドの上で身を起こしていたエレンの手を取り、指先にくちづけたのだ。
 エレンは何も言わなかった。それは勘違いだと教えるべきだったのだが、ならばどうして痛みが消えるのかと問われるのが怖かった。痛みが薄れる原因を話し、それによりリヴァイがますますエレンを化け物として見るのだろうと考えるだけで、その辛さを想像するだけで、身が竦んだ。その辛さや痛みさえ今の自分は感じないはずだと理解していても。タイミング悪く弱気になっていたのはきっとアニと戦った直後だったからだろう。
 口を噤んだエレンにリヴァイは「この気持に無理に応える必要はない」と言って退室し、以降、エレンは答えを出さないままでいる。だが恋心を勘違いしたリヴァイはそういう意味合いの態度を僅かに見せるようになっていた。それはエレンの『叫びの力』が明らかになり、エレンを手中に収めようとする王政府や中央憲兵の動きが活発になってきた後も変わらずに。
 リヴァイを騙していることにエレンは罪悪感を抱いている。抱いているはずだ。ただしその痛みを感じることはない。精神的な痛みは全てエレンが知覚する前に泡のように消え去った。なんとか己の感情の変化があったことを理解できるのは、そのたびに鼓動のリズムが変化したから。自己だけでなく他者の痛みを消した時も含め、心臓が――否、その頃になると心臓だけでなくもっと広い範囲が――、普段よりほんの少し大きく脈打って、ようやくエレンは己が痛みを感じていると知ることができた。
 それは本に書かれた文字を理解もせず流し見ているような感覚でしかなかったが、頻度は確実に増している。リヴァイが求め、エレンが拒まず、人類最強とまで呼ばれた上官がこんな化け物に「いたい」と泣き言を零すたび、知覚できない痛みは増していった。


 リヴァイと行動中、エレンが中央憲兵に襲われて重傷を負った。王政府が欲しているのはエレンが持っている能力であり、エレン本人ではない。そのため生死はあまり重要ではないらしかった。
 それにエレンは腕が切り飛ばされても腹を貫かれても驚異的な修復スピードのおかげで生きることができる。おかげで王政府側はやりたい放題であり、リヴァイの目の前でエレンは肩から脇腹まで袈裟懸けに斬り裂かれた。
「エレンッ!!!」
 焦ったリヴァイの声。エレンを袈裟懸けにした中央憲兵の一人を蹴り倒して駆け寄ってくる。地面へと仰向けに倒れたエレンは激痛で頭がおかしくなりそうな中、その姿を視認した。
「へい、ちょ……」
「エレン、大丈夫だ。ほら、もう蒸気が――……ッ!?」
 リヴァイに抱き起されてエレンは己の傷口を見た。
 シュウシュウと立ち上る蒸気の向こうからぱっくりと開いた赤い傷口が覗いている。そして頭上ではリヴァイが息を呑んでいた。
(ああ……これじゃあ仕方がない)
 上官の異変の理由を察し、エレンは納得と共に胸中で独りごちる。
 エレンとリヴァイが見たのと同じものを目にした中央憲兵達も二人への攻撃を忘れて息を呑んでいた。――否、恐れた。
「ばけものだ」
 誰かが呟いたその言葉の通り。
 エレン・イェーガーの肉体は完全に化け物だった。
 ぱっくりと開いた傷口から見えるのは、切り裂かれたピンク色の肉と赤い血液、それから少しだけだが薄黄色の脂肪。プラス、現在進行形でうごめきながら切断された部分を再結合しようとしている植物の根=B
 根は斬り裂かれた肉を繋ぐためではなく、ただ単に養分を求めてぐねぐねとその身を震わせ、至る所に伸びていく。真っ白な根はところどころ血の赤に濡れながら、まるで意志を持つ生き物のように切れた物同士で接合したり、肉の断面に潜り込んで顔を出すという動きを繰り返した。その光景は大きな蛆が肉を貪っているようにも見える。
「ッ……ぅ、おえ……ッ!」
 少し離れた所で誰かが吐いた。
 確かにおぞましかろう。エレン本人も気持ちが悪い。赤い血肉の中でうごめく白はきっと全身に及んでいる。ここのところ腕や脚が切断されることもなかったため、いつからこの状態になっていたのかは不明だ。だが始まりはきっと巨人の力が明らかになってからだと、エレンは漠然とそう思った。
 そんな巨人化の力の所為で傍にいるようになったリヴァイは、今のエレンを見て固まってしまっている。たとえ勘違いでも彼はエレンを好いていた。その相手の中身がこんなにもおぞましい状態だと知って頭が真っ白になっているのかもしれない。
(これが百年の恋も冷めるってやつかな)
 勘違いの恋心ならばなおさら。
 エレンは冗談交じりに自嘲し、ゆっくりと口を開いた。
「オレが化け物だってことくらい最初から分かっていたことでしょう? だったら今はそんなことに気を取られず、ここを切り抜けることだけ考えましょうよ」
 リヴァイの青灰色の瞳がこれでもかと見開かれ、対するエレンはうっそりと微笑む。そして離れるリヴァイの手。
 胸は少しも痛まなかった。
 心臓が、否、全身が歪な鼓動を刻む。……ドク、ドク、ドク、リ。


 おぞましいエレンの身体を目視した中央憲兵達はことごとく戦意を削がれ、リヴァイ一人に倒されてしまった。
 敵を退けたリヴァイがエレンを振り返る。その目にこれまで宿っていた愛しみや恋情は見当たらない。
 傷が修復されつつあるエレンは未だ蒸気を上げながらもゆっくりと身を起こす。リヴァイがそれを手伝うことはなく、ふらふらとよろめきながらエレンは一人で立ち上がった。
「へ、ちょう」
 口から零れていた血をジャケットの袖で拭い、エレンはリヴァイを呼ぶ。それだけで嫌悪を滲ませる青灰。
 痛くない。全然痛くない。エレンの胸は痛まない。ただ淡々と、身体が歪な鼓動を刻むだけ。
「へいちょう」
 一歩、前へ。
 だがリヴァイが一歩後ろに下がり、二人の距離が縮まることはない。
「リヴァイ、兵長」
 シュウシュウと蒸気を上げながらエレンの傷口が完全に塞がった。勿論あの白い根も見えない。だがそれがエレンの身体の中をうごめいている様は二人ともしっかりと覚えている。
 エレンはもう一歩前へ。リヴァイはもう一歩後ろへ。
「リヴァイ兵長」
 斬り裂かれた服はそのままだが、外気に晒された皮膚は綺麗なものだ。そのすぐ下で蛆のような根が這っているなど想像もできないほど。
「リヴァ――」
「それ以上近付くな、化け物」
 エレンの声と足が止まる。
 上官が言う『化け物』が、これまで彼がエレンを称した『化け物』とはまるで違うものだと嫌でも分かる。
 身体の痛みはもう引いた。胸の痛みは最初から感じない。ただ、ひときわ大きくその身が鼓動を刻んで――

 ぐじゅり。

「え……?」
 傷一つないエレンの胸を突き破り、百合によく似た細長い蕾が顔を出した。
 消えた痛みと、胸から咲く花。エレンの脳裏で忘れたはずの父親の言葉が蘇る。
 痛みを消す代わりに安らかな日々と死をもたらす花。消えた心の痛み。花が成長する際に胎動する身体。これまでの異変が全て頭の中で繋がった。
「ああ……おれ、しぬのか」
 いやだな、と思った。死んでしまったら巨人を殺せない。外の世界を見られない。
「しにたくない」
 そう呟いた直後、ペキッと硬質な音が足元で鳴った。視線を向ければ、かつてアニの全身を包んだのとよく似た結晶がエレンを足から覆い始めている。どうやら巨人化の力は持ち主の願いを何とも滑稽な形で叶えてくれるらしい。美しい花がもたらす死を止めるため、結晶は急速にエレンの全身を包み込んでいく。
 エレンはリヴァイを見た。こちらに向けられた青灰の瞳は生理的嫌悪感に染まっている。
「あははっ」
 胸から花を咲かせて少年は笑う。
「全然痛くねぇや」
 そして少年は目を閉じ、痛みを知らぬ穏やかな表情のまま美しい結晶の中に囚われた。

* * *

「なんてことだ……」
 エレン・イェーガーの結晶化を知ったその人物はがくりと項垂れ、玉座に腰を下ろす。
「これであの力が手に入らなくなってしまった」
 壁内の真なる王は求めた力がその器ごと強固な檻に閉じ籠ってしまったことを静かに嘆く。
 その胸中に渦巻くのは百年続いた王国が崩壊する未来への憂い。壁に囲われたこの世界は終わる。裏で幾人もの人間が暗躍し、停滞させ、守ってきた世界が。
 あの少年が抱えていた力は綻び始めていた世界を修正するために絶対必要なものだった。しかしそれはもう手に入らない。ここは、壁の中の世界は、中に住む人間達によって崩壊するのだ。
 これから壁の中の人々の意識はどんどん発展していくだろう。操られることのない彼らはこの世界の矛盾と不条理に気付くだろう。
「世界が、変わる。我々の時代が終わるのか……」
 まるで笑うように。
 ロッド・レイスはそう呟いて、王国の崩壊を一人静かに嘆き続けた。


epilogue 《2850》


 これは己の罪の証。後悔の源。
「……ふっ、はははっ」
 絞り出すような嘆きから一転。小さく笑い、顔から両手を引き剥がす。
 かつてリヴァイ・アッカーマンという名を持っていた男は『嘆きの花』を見て蘇った記憶に顔をしかめ、吐き捨てた。
「こんなおぞましい化け物を愛しただなんてとんだ汚点だ」
 守りきれなかったことが罪ではない。
 触れたことが、心を許したことが、愛したことが、罪。唾棄すべき己の汚点。
 男が睨み付けた先、少年は痛みのない生と死の狭間で眠り続けている。その胸の花が瑞々しさを増したように見えたのは……目の錯覚か、否か。
















 花が咲くまで痛みを与えたのは、だれ?







嘆 き の 花




























特典映像


「はいカーット!!」
 最後のシーン――リヴァイが結晶に包まれたエレン(模型)を見据えて嫌悪に顔を歪ませる場面を撮り終え、監督の声が現場に響く。
 その瞬間、リヴァイがその場で膝を折ってくずおれた。
「ああああああ……すまんエレン。演技とは言え俺はなんて酷いことを」
 小柄で目つきの悪い大の男が手で顔を覆いしくしくと泣き始めた。
「あちゃー。リヴァイさんがネガティブモードに突入しちまった」
「おーい、エレンはどこだー! リヴァイさんにエレンを補給させろー!」
 博物館の一部を借りているため、撮影現場は声が良く響く。スタッフ達がほんの少し声を張り上げると、隣のエリアに取っていた控えスペースからひょっこりと新人俳優のエレン・イェーガーが顔を出した。
「はいはーい! ここでーす!」
 最後のシーンでは結晶に包まれた模型を使用しているので全く出番が無かったエレンは、劇中の調査兵団の制服ではなくノーマルな私服姿でてけてけと駆け寄ってくる。館内を走ってはいけませんなどとは言わない。それよりもまずは大物俳優リヴァイ・アッカーマン氏の精神状態の回復が優先なのだ。
「えれん、えれんんんんん」
「だいじょうぶですよーリヴァイさん。リヴァイさんが『エレン』を気持ち悪いって言ったのはそういう役だからですもんね。わかってますって。本当のリヴァイさんはオレのこと大好きですもんね」
「エレンんんんんんん」
 自分の半分しか生きていない少年に縋りつく姿はまさに『まるでダメなおっさん』すなわちマダオである。周囲は呆れ返り、しかし幸か不幸かこの撮影の中ですっかり慣れきってしまっていた。
 巷で人気を博している大物俳優リヴァイは新人俳優のエレンがいないと本当にダメなおっさんなのだ。
 彼の演じる『リヴァイ兵士長』が『新兵エレン』に嫌悪感を露わにする――否、それどころか僅かでも素っ気ない態度を取るようなシーンの撮影中、リヴァイはカットの声と共にくずおれてエレン成分の補給を要求していた。ちなみに当然だが、一連の流れを撮影していてもカメラの視点が切り替わるたびに「カット」の声は入るので、作中ではたった数分の流れを撮るだけでもリヴァイは幾度となく膝を折っていた。俳優として意地でも泣いて目を腫らすことはなかったが。
 しかしながら最後のシーンを撮り終えた途端、リヴァイは滂沱の涙。ぐずぐずと鼻を鳴らしてエレンの胸に顔を擦り付けている。
「えれんえれんえれんえれんえれんえれんえれんえれんえれんえれんえれん」
「なにあれ怖い」
 ひたすらエレンの名を連呼するおっさんを遠巻きに眺め、撮影スタッフの一人がぼやいた。「なんかミカサさんモード入ってるぞ」
 ミカサさんことミカサ・アッカーマンも今を時めく人気女優である。そしてリヴァイとは従兄妹同士。更に付け加えると二人とも大のエレンフリークであった。
 そのスタッフは先日、ミカサとエレンが共演する二時間ドラマの制作にも携わった人物だった。ちなみに今回のリヴァイとエレンの関係よろしく、そのドラマではミカサとエレンが敵対関係にあった。そこで見たミカサのエレン大好きっぷり(エレンごめんなさい本当の私はエレンが大好き以下略っぷり)に血の繋がりを見てしまったのだ。なお、今回の撮影では彼女の精神に大きな負荷はかからず、クールビューティー・ミカサの状態が保たれていたことを追記しておく。
「にしてもあの模型、よくできてるよなー」
 ぼんやりと結晶に包まれたエレンの模型を眺めていた別のスタッフが呟く。その隣にいたカメラマンが苦笑いを浮かべた。
「なんかすでにミカサさんが買い取るって話になってるらしいぞ」
「マジか。あれ、でも買うのはリヴァイさんじゃねぇの?」
「『俺は本物が傍にいるからいい(ドヤ)』って言ったんだと。さすが同居を同棲と言い張る男」
「かっこドヤかっこ閉じるって何だよ、いやまぁ分かるけど」
 そう言って肩を落としたスタッフはふと話し相手のカメラマンが未だに撮影用のカメラを回していることに気付く。
「あ? なに、今のも撮ってんの?」
「おー。ブルーレイ購入特典映像にするんだってさ」
「は?」
 目を点にするスタッフ。
「みんなには知らせてねぇぜ。監督とスポンサーの独断もとい悪ふざけによるものだから」
「団長! 総統……!」
 何やってんですか、と頭を抱えるスタッフ。
 補足すると、団長を演じたエルヴィン・スミスは今回の監督、総統を演じたダリス・ザックレーはスポンサー会社の社長である。
 カメラマンは苦笑の度合いを深くして再びレンズをエレンとリヴァイに向けた。大人気の大物俳優様は未だマダオモード続行中である。しかしエレンに抱き着いてその細い身体を堪能する姿は実に幸せそうだ。エレンも慣れた様子でリヴァイの頭を撫でている。
「平和だねぇ」
 カメラを回しながらぽつりと呟く。
 その画面の奥の方からミカサが物凄い形相で走ってくるのが映っていた。


END






人物設定


エレン・イェーガー(16)
新人俳優。
ミカサとは家が隣同士で幼馴染。ちなみにミカサの方が4つ年上。
今回が初主演。
先日、ミカサが主役の二時間ドラマに敵役として出演したばかり。、ミカサの恨みを買ってフルボッコされる役。いつも自分にベタベタと甘いミカサが演技中はその片鱗を見せず、純粋にすごいと思った。でもその後いつも以上に甘やかされたのでちょっと辟易とした。
両親が仕事の都合で海外へ行ってしまったため、リヴァイさん(保護者以上恋人未満)と一緒に暮らしている。


リヴァイ・アッカーマン(32)
大物人気俳優。
従兄妹のミカサ一家を訪ねた時、たまたま当時十歳だったエレンを見かけて一目惚れ。以降、とんでもなくエレンラブ。世界はエレンを中心に回っていると本気で信じている。
どんな役でも仕事であれば完璧にこなすが、今回のことに関しては後で脚本家と監督を全力でシメるつもり。
実はまだエレンとキスもしていない。でも一緒のベッドで寝ている。


ミカサ・アッカーマン(20)
人気女優。
世界はエレンを中心に回っていますがそれが何か?がデフォ。
隣人のイェーガー家に天使が生まれた時からその天使の虜。
実は小さなエレンが「みかさはきれーだから、じょゆうさんになれるな!」と無邪気に放った一言により女優業へと進んだ。たぶん歌って踊れるアイドルが似合うと言われれば、そちらに進んでいただろう。なお、エレンはその時のことを覚えていない。
家にはエレン誕生時からのアルバムがきっちり保管されている。アッカーマン家では当然のようにミカサよりエレンの写真の方が多い。







2014.06.05 pixivにて初出