[ご注意]

リヴァイとケニー・アッカーマンが血の繋がった親子であると仮定。
エレンとリヴァイの瞳が同色であると仮定(※原作カラー)。
その上でのケニー×(→)エレン、リヴァイ×(←敬愛?)エレンです。
また女体化・逆行(タイムスリップ)要素を含みます。












 ケニー・アッカーマンの妻は不思議な女だった。
 容姿を見る限りまだ若いはずなのに髪は真っ白で、瞳は水銀色。十代の子供のように振る舞うかと思えば、時折何十年も生きた老人のような顔もする。
 昔はこの髪も黒かったんだ、と本人が言ったことがあるのだが、ケニーは出会った頃から変わらぬ容姿の妻の過去についてそれくらいしか知らない。本当の名前や年齢、出身地も全て彼女は教えてくれなかった。
 それでも彼女を己の妻に迎えたのは、成り行きでもあり、また秘密主義なところも含めて魅力的な人間だったからだろう。
 切り裂きケニーの異名で王都を恐怖のどん底に陥れた男に躊躇いも無く近付き、するりとその懐に入り込んだ女。だが彼女自身がケニーのように血まみれの人間だったわけではない。むしろ彼女からは日向(ひなた)と自由の匂いがした。具体的にどんな匂いなのか表現することは難しいが、とにかくケニーは彼女が隣にいるといつもそう感じていた。
 男と女が傍にいる。するとヤることはヤるので、相応の結果が出る。
 女はケニーの子供を身籠った。「要らないならオレがもらうけど?」と妊娠判明後すぐ女が事も無げに言ったので、ケニーが同日中に指輪を購入することになったのは今でも苦くて甘い思い出だ。きっとあの時ケニーが結婚を申し込まなければ、彼女は平気な顔をしてケニーを置いて行っただろう。そして子供を己だけの子として育てたに違いない。
 幸いにも彼女はケニーの妻となることを受け入れ、ケニーは二人の家族を持つに至った。
 妊娠から十月十日。生まれたのはケニー譲りの黒髪と妻譲りの濃い銀色の瞳を持った息子。名前をどうするかと尋ねれば、彼女は最初から決めていたように迷うことなく息子の名を告げた。
「この子は『リヴァイ』だ」
 ギラリ、と妻の水銀色の瞳が光る。
「リヴァイ?」
「そう。……困難を飛び越える翼。障害を切り裂く刃。自由への導(しるべ)」
 母が子に抱く愛情とは違う、焦がれるような熱を瞳に宿して妻は言った。
「やっと会えた……!」
 その瞬間、ぞわり、と言いようのない悪寒がケニーの背を走り抜ける。自分が何かとんでもないことを仕出かしてしまったような、そんな気になった。しかし何がどう具体的にいけないことだったのか分からない。
「ケニー」
 妻がケニーの名を呼んだ。彼女がケニーの名を口にしたのはそれが初めてのことだった。
「なん、だ?」
「頼みたいことがある」
「…………、聞こう」
 頭の中で警鐘が鳴り響く。数多の憲兵に囲まれた時でさえ感じなかった恐怖が、たった一人の女を前にして皮膚を焼かんばかりの強さで感じられた。
「ありがとう」
 妻は微笑む。それはそれは美しく、歓喜の表情で。
「この子を鍛えてくれ」
 史上最悪の犯罪者は誰かと民衆に問えば必ず名前が挙がってくるであろうケニーに向かって妻は願った。
「あんたの技術を全て伝えて。この子が人類最強と呼ばれるくらいに」
「な、ぜ……?」
 口の中をカラカラにしながらケニーは問う。妻は水銀の双眸をぱちりと瞬かせ、当然のように言ってのけた。
「だってそのためにオレはあんたに股を開いたんだぜ?」
 嗚呼、と思った。嗚呼、と納得した。
 この女はケニーの妻になるため現れたのではない。リヴァイと名付けられた子供をこの世に産み落とすために現れたのだ。
 妻は、女は、きっと化け物だった。否、過去形ではない。化け物、である。
 そしてケニーは化け物が化け物を産み落とすための道具にされたのだ。
「わかった」
 震える声でケニーは頷く。化け物に魅入られた憐れな人間は彼女に従う以外の術を持ち得ない。
「こいつに俺の全てを教えよう」
「よろしく」
 ふわり、と化け物は美しく笑う。
 そして愛おしそうに己の子を腕に抱き、彼女は赤子の額にキスを落とした。






「誕生をお待ちしておりました、兵長」





* * *

 エレン・イェーガーはウォール・シーナ中央の王都に立っていた。大通りは沢山の人が行きかっている。先程すれ違った物売りらしき女は「ウォール・マリア特産の――(あとは人の声に紛れて聞こえなかった)」と言っていたので、何故かウォール・マリアは巨人に破られていないらしい。
(だってオレが覚えているウォール・マリアの状態はまだ復興途中だったのに。あそこから物を持って来られるはずがない。そんな余裕、マリアには無かった)
 どんっ!
「おっとごめんよ嬢ちゃん! 怪我してないかい?」
「え? あ、ああ。大丈夫だ」
「ははっ! 嬢ちゃん、可愛い顔してんのに男みたいな言葉遣いだな! まぁいいや、そんじゃあな!」
 立ち止まっていたエレンにぶつかった恰幅の良い(ついでに愛想も良い)男が太い指の手をひらひらと振って去って行く。
 エレンは己の身体を見下ろした。
 服装は見慣れた己の私服。
 だがどれだけ鍛えても薄っぺらさが消えなかった男の身体は、今や二つの丘を備えていた。また下を見たついでにさらりと落ちてきた髪の毛は記憶にあるものより長く、そして真っ白になっていた。
「……は?」
 意味が分からない。
 ここはどこだ。この街並みと繁栄具合は王都だ。
 しかし、これはいつの時代だ? 過去なのか? そして己は一体どうなった。
 世界の秘密を暴き、自分達調査兵団は壁の外へ飛び出して行ったのではなかったのか。
「……」
 ゆらり、と幽鬼のようにエレンは周囲を見回した。そこでふと、ガラスに映った己の顔を見る。すぐ傍にあった建物は宝飾店だった。
 ショーケースの中できらめく贅沢の象徴を見るのではなく、ガラスに映り込んだ己の瞳の色を見る。
「銀色」
 ぴと、とエレンは女のものにしか見えない細い指でガラスの表面を撫でる。別段色が変わったわけではない。エレンの瞳は生まれた時からこれだった。
 だが何もかも分からない場所でただ一つ、それだけが確かなものに思えた。何故ならこれは、

「へいちょうの、いろだ」

 にい、と口元が弧の形に歪む。
 そうして彼――否、『彼女』のすべきことが決まった。






アマルガムの聖母







2014.05.27 pixivにて初出

言い訳。
・白髪化はほぼ書き手の趣味です(`・ω・´)キリッ
・でもこれくらいの違いがあれば、ケニーさんがエレン少年を一目見た時に、自分の妻だった人とは思わないかな……という考えが無い訳では無い。の、です、よ……?(おろおろ)
・ケニーさんのことは眼中に無しで、兵長(というか、兵長がいる未来での『成功』)ばかり求める狂気的なエレンさんが書きたかった。そのためなら敵に股を開くことさえするよ。
・タイトルの「アマルガム」は水銀と他金属の合金のことです。