[きらきらと幸せ]


 もみじのような手。ふにふにのほっぺ。よちよちと不安定に歩く足。ぷりぷりのおしり。ぐらぐらと揺れる頭。それから大きな大きな、きらきらの瞳。
 引っ越しの挨拶のため母親と共に訪ねてきた幼児。その子供はにぱっと満面の笑みを浮かべ、ぶっきらぼうに名乗った高校生のリヴァイを見上げて手を伸ばす。
「りあ、しゃ」
 今度こそ守ろう。何故か強くそう思った。


 すっぽりと腕の中に納まっているエレン。その瞳は不思議な色をしていた。こうしてじっと見つめている分には濃い銀色。しかし感情が昂るとそこに緑や金が混じる。
 リヴァイ・アッカーマンはこの幼児エレン・イェーガーの隣人である。妹にはミカサ・アッカーマンがいて、エレンの少し前に生まれていた。しかし彼女には感じなかった泣きそうになるほどの愛情をエレンに抱いてしまい、ついつい妹ではなくエレンの方を構ってしまう。
 血の繋がった妹に対してなんて薄情な兄だろうと一時期は悩んだものだが、早々に自我を確立したミカサ自身がリヴァイとの接触を好まず、またエレンにばかり想いを寄せるので、リヴァイの中の葛藤はすぐに消滅した。今では兄妹揃ってこの幼い少年に夢中だ。
 今、エレンはアッカーマン家にいる。彼の両親が仕事で家を空けているからだ。隣人として、また同い年の子供を持つ親として、アッカーマン夫妻は喜んでエレンの世話を引き受けていた。が、その両親からリヴァイは早々にエレンを預かり――無理矢理奪い取ったわけではない。たぶん――、ソファに腰掛けて日々大きくなるエレンの重さを堪能している。
 先程までミカサがエレンに引っ付いていたのだが、幼い彼女は眠気に勝てず今は専用のベッドの上だ。ただエレンの方は未だぱっちりと目を開き、リヴァイをじっと見返している。
「りばしゃん」
 出会った頃よりもほんの少しだけ明瞭になった発音でエレンがリヴァイの名を口にする。こてん、と身体ごと首を傾げる様の愛らしいことと言ったら!
 リヴァイは表情筋が緩むのを自覚しながらエレンの頬を親指で優しく撫で、「ん?」とその瞳を更に覗き込む。
「どうしたエレン」
「きらきらねー」
「きらきら?」
「りばしゃん、きらきらー」
 何が面白いのか、エレンはきゃらきゃらと笑いながらリヴァイの顔に短い腕を伸ばしてきた。その指先が触れようとしているのはどうやらリヴァイの双眸であるらしいと気付く。
 リヴァイが、きらきら。
 エレンのきらきらと輝く瞳を見つめながら考える。己がきらきらとは一体……。
「俺の目のことか?」
「りばしゃんきらきらー」
 エレンの小さな手を頬に触れさせながらリヴァイが呟くと、正解だとでも言うようにエレンの笑みが深まった。
 じっとリヴァイの目を見つめ返していると思ったら、どうやら青灰色の瞳がお気に召したらしい。エレンのように大きくも可愛くもないのだが、何か琴線に触れるものがあったのだろう。
「そうだな、きらきらだな」
 エレンに顔を近付けて、こつり、と額を合わせた。視界いっぱいに広がる銀色の瞳に緑が滲む。リヴァイの顔が近付いてエレンが喜びに興奮しているのだ。
「お前もきらきらだぞ、エレン」
「えれんもきらきら?」
「ああ。きらきらしている。とても綺麗だ」
「きれー?」
「きれい」
「りばしゃんもきれー!」
 きゃらきゃら、くふくふとエレンは笑う。屈託ないその笑みにリヴァイの胸を幸福が満たした。
 エレンが幸せそうにしているとリヴァイも幸福で満たされる。その笑顔がリヴァイによってもたらされたものなら尚更に。リヴァイはくっつけていた額を離し、代わりにそこへ、ちゅう、と唇を落とした。
 かわいい、かわいい、小さなエレン。
 大きな目が見開かれて驚きを露わにし、それからより一層楽しそうに笑う。
「えれんも!」
 言って、エレンはリヴァイの頬に両手でぺたりと触れ、先程の真似をして口を付けてきた。むにゅ、と額に当たる感触はむず痒くて、幸せだ。
 リヴァイは破顔し、ちょっとだけ強くエレンを抱きしめる。苦しくないように、でもたくさん触れ合えるように。
 きゃーと歓声を上げて喜ぶエレン。
 無邪気な声を聞き、やっぱりリヴァイは泣いてしまいそうなほど幸せだと思った。





【補足】
・転生だけど記憶なし
・エレンの目は銀だが、喜びは緑、怒りは金が混じる





[ブラコン・ファースト]


「エレン」
 そう言ってこちらのジャケットの裾を掴む弟は、エレンと半分だけ血が繋がっていた。
 母親が再婚した後にできた子供、リヴァイ。今年で十歳になるのだが、父親に似てその目つきの鋭さは大人顔負けだ。だが今は口をへの字に曲げて、外出しようとしていたエレンを寂しそうに見上げている。
 エレンとは十歳差で、ちょうど年齢が半分ということになる。この子供が生まれた当時は母親がとられたようでやきもきしたが、母よりも父よりも自分に懐いたリヴァイに、エレンは早々に絆された。
「どうしたリヴァイ」
 同年代の子供達より少し小柄な弟を抱き上げてエレンは小首を傾げる。
 エレンはこれから大学のサークルの飲み会だ。あまり遅くなるつもりはないが、帰ってくる頃には幼いリヴァイは夢の中だろう。
「はやく帰ってこい」
 聡明なリヴァイはエレンにも付き合いがあることを理解している。だから「行くな」や「連れて行け」とは言わない。だが誰よりも慕っている相手と離れているのは寂しい。しかも普段なら一緒にいてくれる時間帯に不在なのだ。ゆえに早く帰って来いと乞う。せめて自分が起きている間に。
「それは難しいな」
 むっとリヴァイのへの字の角度がきつくなる。そうなることは分かっていたが、エレンは気休めの嘘を口にしない。リヴァイはまだ幼いが、この子に対して不誠実な態度を取ることは自分の根幹にある何かが許さなかった。
「なるべく早く帰れるようにする。でもリヴァイが起きている間には帰って来られないと思う」
「どうしてもか」
「ごめんな」
 眉尻を下げてエレンはリヴァイを床に降ろした。壁にかかった時計を一瞥すると、約束の時間まであまり余裕がない。しかし改めて出て行こうとしたエレンのジャケットの裾を再び、くい、と引っ張る感触があった。
「リヴァイ?」
「エレン、しゃがめ」
「こうか?」
 時間は迫っているが、エレンはリヴァイの希望を跳ね除けてしまった後ろめたさがある。まだ大丈夫だと心の中で呟きながらその場に膝を折った。
「ん」
 こくり、とリヴァイの頭が縦に動く。
 それからこの小さな弟はエレンの頬を両手で挟み込んだ。
「り、」
「いってらっしゃい」
 ちう、となんとも可愛らしい音がエレンの唇の辺りでする。というか、手入れのされていないガサガサの唇に柔らかいものが触れた。見開いた目に映るのは幼いリヴァイの顔のどアップだ。
「いって、きます……?」
 自分の弟はいつの間にこんなにもおませさんになってしまったのだろうか。あ、両親がリヴァイの目につくところでやったのかもなぁあの万年ラブラブ夫婦め。――などとつらつら考えながらエレンは立ち上がり、今度こそ玄関の扉を開けて出て行った。当然のことながら、玄関先で手を振るリヴァイに振り返すことも忘れずに。

「……あっ! リヴァイのファーストキス奪っちまった!?」

 と、エレンが気付くのはその数分後。
 それが少し間違っていることを、おそらくエレンは一生知らないままだ。


 ――九年前、まだ幼いエレンが小さなリヴァイをほんの少しだけ敵視していた頃。
 学校から帰ってきたエレンは小さなリヴァイと共に昼寝をしていた。別に隣に寝たくて寝たわけではない。ここが一番寝心地の良い場所だったからだ。
 そうして夕飯の匂いが漂ってくる頃、先にリヴァイの方が目を覚ました。
 ぱちりと開かれた青灰色の瞳。それがすぐ傍で眠っている兄のエレンに向けられる。
 もそもそと動き出すリヴァイ。もみじのような手がエレンの顔をぺちりと叩く。いや、本人からすれば撫でたのかもしれない。
 リヴァイはエレンの顔をじっと見つめていた。もぞり、とリヴァイがもう少し兄との距離を詰める。
 そして小さな身体を精一杯伸ばして、

 ちう。

 兄の唇に自分のそれをくっつけた。
「ん……」
 覚醒が近いのか、エレンがくぐもった声を漏らす。
 リヴァイはそっと身を離した。そして再び目を閉じる。
 母親が作る夕飯の匂いがふわふわと優しく漂っていた。





【補足】
・リヴァイ10歳×エレン20歳(大学生)
・転生(記憶なし)かもしれない





[ひめごと]


 まず、生まれた病院が一緒だった。一方の母親は出産予定日間近であるための入院、もう一方の母親は胎児の状態が少し気にかけるべき状態だったため早期からの入院である。
 それから家も近所だった。正しくは隣だった。おかげで母親同士入院中も和気藹々としていたが、互いに元気な男の子が生まれた後は更に交流を深めることになった。
 一方は十二月生まれ。もう一方は翌年の三月生まれ。この国では同じ学年として学校に通うことができる。両家の子供は学校へも揃って登校し、揃って下校する生活を続けていた。


 こんこん、と窓を叩く音がする。一年前――十歳の時に与えられた自室はイェーガー家の二階西側。エレンはカーテンを開け、小さなベランダに続く窓を開いた。
「リヴァイ!」
「邪魔する」
 窓から入って来たのはイェーガー家の隣家の住人で同い年のリヴァイ・アッカーマン。生まれた時から一緒にいる幼馴染である。
 リヴァイもエレンと同じ年に自室を与えられており、二人の部屋は窓を開けて行き来できる位置にあった。両家の親が意図したことかどうかは不明だが、二人にとってこの位置はベストな選択だった。
 日中は暑いくらいになってきたが、夜はまだ少し冷えるこの季節。リヴァイはエレンの部屋に冷気が入らないようさっと入室し、窓を閉めた。カーテンを引くことも忘れない。
 リヴァイを招き入れたエレンはベッドを椅子代わりにして腰を下ろす。綺麗好きなリヴァイのために部屋はいつでも整頓を心がけ清潔に保っているが、ベッドの上は特にそれが顕著だった。同年代が好むようなキャラクターが描かれた毛布やシーツは無く、ぱりっと糊のきいたシーツが角までしっかり敷かれている。母の手によるものではなく、エレン自ら練習し習得した結果だ。
 何故ここまで徹底しているのかと言うと――
「エレン」
 名を呼びながらエレンの隣にリヴァイが腰を下ろす。そのまま数秒見つめ合い、二人はそっとくちづけた。
 秘め事のように音も無く触れるだけのくちづけは見つめ合っていた時間よりも短い。だが唇を離した二人は嬉しそうに微笑む。
「カルラさんとグリシャさんは?」
「母さん達は一階で晩酌中。しばらくは上がって来ないよ」
「ならいいな」
 リヴァイが手を伸ばし、エレンと指を絡めた。そして再び唇を触れ合せる。
 これが隠さねばならないことだとは分かっていた。しかし悪いことだとは思っていない。エレンはリヴァイが好きで、リヴァイはエレンが好きだ。好きだから触れたいし、好きだから一緒にいたい。きっと生まれた病院が同じだったのも家が隣同士だったのも、好き合う二人が多くの時間を共に過ごせるように天が計らってくれたのだろう。
 指を絡めたままエレンがベッドに仰向けになり、リヴァイがそれに覆い被さる体勢をとる。上と下で見つめ合ってもう一度キス。ただし今度はリヴァイが舌を伸ばしてエレンの口の中に侵入してきた。「ディープキス」というやつらしい。リヴァイが先日、金曜日の夜にやっている映画を見て教えてくれた。映画のワンシーンでしかないため正しいやり方なんてものは分からなかったが、見よう見まねで挑戦したところ、唇をただ触れ合せるより気持ちが良いものだったので、二人はこのキスを気に入っている。時々気持ちが良すぎてエレンの身体の力が抜けてしまうため、するのは時間的余裕のある場合だけと決めているが。
 リヴァイの舌がエレンの口の中を自由に動き回る。上顎を撫でたり歯茎を舌先でつついてきたり。でも一番ふにゃふにゃと力が抜けてしまうのは、舌を絡め取られてリヴァイの口の中に迎え入れられた時だ。綺麗に並んだ白い歯で甘噛みされると、お腹の下の方がきゅんと切なくなる。
 くちゅくちゅと頭の奥で水音が鳴り響きうるさいくらいだが、それは煩わしいどころか昂る気持ちを煽る材料にしかならない。
 身じろぎするたびにシーツが波打つ。しかしこうして二人の身体を受け止めるために整えられたものなのだから何も不都合はなかった。
「ぅん……ッ!」
 ぴくん、とエレンの身体が跳ねた。
 四つん這いの格好でエレンの片足を跨いで覆い被さっていたはずのリヴァイがいつの間にか腰を落としてエレンと下腹を触れ合せている。
 否、下腹よりももう少し下方。まだ排尿しか知らない小さなその器官をほんの少しだけ固くして、リヴァイはエレンに股間のものを擦り付けていた。もどかしい感触を受けるたびにエレンの身体がぴくぴくと痙攣する。
 どうして? これは何? と思うが、大好きなリヴァイから与えられるものならばエレンは受け入れる。混乱が去った後はリヴァイの動きに合わせてエレンも腰を動かした。パンツとズボンの生地越しに幼い器官がこすれ合う。
「リ、ヴァイ」
「エレン……」
「ぁ……とまんな、い」
「俺もだ」
 指を絡めて、舌を絡めて、脚を絡めて、大事なところを擦り合って。
 はあはあと息を荒くしながら拙く互いを求め合う。その意味を知らぬまま。けれどその意味を知っても二人はこの手を離すことはない。きっと。





【補足】
・むしろ加速します。行くところまで行きます。
・あと四年したらミカサが生まれるでしょう。安定のエレン厨として。







2014.05.26 pixivにて初出