このギラついた黄金を最期の光景にするのも悪くない。少なからずそう思ってしまった己の思考にひっそりと苦笑しつつ、リヴァイはサーベルを振るって刃に付いていた血を払う。剣先の動きに合わせ、まるでノートに定規で引かれた破線のごとく地面に赤いラインが走った。
 そのラインを遅れて塗り潰していくのは同じ色。じわりじわりと地面に広がる生命の色はリヴァイの足元に伏した敵国の少年兵の身体から流れ出ている。
 彼との再会は数ヶ月ぶりだ。二度目の邂逅に際して、どうやらリヴァイを仕留めるために彼(もしくは彼にアドバイスをする何者か)は策を練ってきたらしい。それが功を奏したのか、リヴァイの前まで辿り着いた少年兵は体力を十分に温存させていた。
 だがそれでも二人の実力差は埋まらない。少年兵エレン・イェーガーも強者には分類されるだろうが、リヴァイはその遥か上を行く。伊達に『人類最強』などと呼ばれていないのだ。
 あとは――
「おい、クソガキ。あの剣はなんだ。舐めたマネしやがって」
「……」
 地に伏して尚リヴァイを睨み付ける眼光の鋭さは変わらない……はずだった。しかし最後の一閃の時エレンの剣先は僅かに鈍り、また今もリヴァイに問われて瞳を揺らした。一瞬の躊躇い。それこそが勝敗を分けた一番の原因だ。
 躊躇いの原因を推測することはできる。大方、自分がエレンの憎しみを煽る準備として告げた己の出生の件だろう。おかげでエレンの中のリヴァイに対する憎悪は強まったが、同時に剣を向けられなくなる理由にもなってしまった。結果、エレンは最後の最後に剣先を鈍らせ、リヴァイに負けたのだ。
「黙秘とは大層なご身分だな。だがまぁ理由はどうあれ、てめぇは俺に負けた。だからてめぇはここで死ぬ。父親の仇が討てなくて残念だったな」
 わざと煽るように告げれば、エレンの双眸に怒りが戻る。しかし彼に起き上がって再び敵に刃を向ける力はない。悔しそうに歯噛みするエレンをリヴァイはじっと見下ろして、
「ガフッ……!」
 横たわるエレンの腹を蹴り上げた。
 冗談のように痩身が吹っ飛ぶ。ごろごろと地面の上を転がったエレンはそれでも意識を保っており、痛みに身体を丸めながらも近付いて来たリヴァイには怯むどころか更に憎悪が籠もった目を向けた。
(もっとだ)
 リヴァイの頭の中で声がする。その声に従い、リヴァイはエレンの側頭部を踏みつけた。
「ガァッ!!!」
 本気になれば頭蓋骨を陥没させることもできる。だが死なれては意味がないのだと胸中で呟きながら、リヴァイは額が切れて顔面を赤で濡らすエレンの頭にじりじりと力を加えていく。
「っうあ、……ぐ、て、めぇ」
「ああ、そうだ。その目だ、エレン・イェーガー」
 暴力への憎悪でギラギラと光る黄金。それを見つめてリヴァイはぞくりと背を震わせる。
 躊躇いばかりの弱々しい光など必要ないのだ。リヴァイだけを見て、リヴァイのことだけを考えて、リヴァイに一片の躊躇もなく感情の全てをぶつけてくるこの瞳が欲しい。
 エレンの目尻から入った血が目頭まで伝い、そこからこぽりと零れ落ちる。ギラギラした黄金に血の涙という組み合わせも悪くない。
 リヴァイは両手にサーベルを握ったまま、指先にまで快感の電流が走るのを感じながら乾いた唇を舌で濡らす。
「俺はその目が欲しかった」
「あ……?」
 万力のようにぎりぎりと頭蓋を押さえつける痛みに苦しみながらエレンが疑問の声を出した。それに応えるためではなくただ己の心情を吐露するためにリヴァイは口を開く。
「お前を初めて見た時からだ。俺に飛びかかってきたお前は、お前の目は、それはもう美しかったぞ」
 だから狩ると決めた。その目を己のものにすると決めた。
 そして今、その決意を現実にする。
 胎児のように身体を丸めていたエレンを蹴り転がして仰向けにさせ、リヴァイはその身体を跨ぐ。先程吹っ飛ばされた時にエレンの手からは剣が離れており、武器になりそうな物も近くにはない。そもそもエレンはリヴァイの暴虐に抵抗するだけの体力も残されていなかった。
 金色の目が何をする気だと訴えてくる。息は絶え絶えで先程血涙を流した片目は閉じられていた。
「目は開けておいた方が良い」
 エレンを見下ろしながらリヴァイは告げる。
 サーベルの一方を鞘に直してエレンの身体を跨いだまま両膝を地面につけた。残った方の切っ先はエレンの開かれた方の目の真上に。空いた手で頭部が動かないよう押さえつける。これから自分がすることを想像してリヴァイは「はあ」と熱い息を吐いた。
「動くなよ。外したら綺麗に取れねぇからな」

 ぐじゅり。

「がああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
 痛みにのた打ち回ろうとするエレンの身体を片腕と両腿と自身の体重で抑えつけてリヴァイはぐじゅぐじゅとサーベルを動かす。ぶちぶちと切られていくのは目の周囲の皮膚と視神経。ぶちぶち、ぶちり。リヴァイはサーベルを動かすのを止めて本体から切り離された金色の虹彩をした眼球を手に取る。ズタズタに引き裂かれた周囲の肉の醜悪さとは対照的に、それは無機物には出せない独特の質感と美しさを備えてリヴァイの手の上で転がった。
 付着している血をそっと拭って綺麗になったそれにリヴァイは唇を寄せる。目を抉られて暴れるエレンをそのままに、眼球をぺろりと舌で舐め上げて満足そうに微笑を浮かべた。
 笑みの形に歪んだ青灰色の瞳が再度エレンに向けられる。
「あと一個」
「こ、の……クソ野郎が……っ!」
 エレンの精神は片目を抉った程度では折れないらしい。それを好ましく思いながらリヴァイは敵を睨むために開かれたもう一方の目の周囲に指を這わせる。そのまま指に力を込め、再びエレンの頭が動かないよう固定する。何をされるのか分かっているエレンは我武者羅に暴れるが、リヴァイに敵うはずもない。
「やめろ!」
「いやだ」
「やめ、やめろ……ッぁ、」
 ビクン!とエレンの身体が跳ねた。リヴァイが握ったサーベルは残っていた目の下に深々と突き刺さっている。まだ若い肉体に収まった刀身の長さは先程よりも深い。
「……あ?」
 リヴァイはエレンに跨ったまま首を傾げた。ちっとも抵抗が無い。エレンの身体は一瞬の緊張のあと弛緩し、だらりと身を投げ出している。
 ぐじゅり、と残りの眼球も取り出したリヴァイはそんなエレンを見下ろして「あー……」と顔をしかめた。
「やりすぎた」
 眼球を綺麗に抉り取ることに集中し過ぎて、眼孔から入った刃が脳にまで達してしまったのだ。重要な器官――おそらくは前頭葉を貫いて脳幹と小脳へ――を傷つけられた肉体は生命活動を停止。エレン・イェーガーは死亡した。
 エレンの上から退いたリヴァイは横たわる身体をじっと見つめる。リヴァイの所為で両目の周囲はズタズタに引き裂かれ、真っ赤な血で濡れていた。
「……」
 リヴァイは手の中にある二つの眼球を眺める。何度見ても美しい色をした目だ。しかし、その金色に感情は無い。
「…………」
 再び視線をエレンの身体へ。
「俺は……」
 得たものは美しい、ただ美しいだけ≠フ眼球が二つ。
 失ったものはその目をギラギラと輝かせていた一人の人間。まるで運命のように引き合った、金の眼をしたリヴァイの実弟。
「おれ、は」
 唖然と呟く。

「…………何が欲しかったんだ?」

 答えは不明。
 ただ胸の辺りにぽっかりと穴が開いてしまったような感覚だけが残っていた。







2014.03.13 pixivにて初出