ざわざわと空気が騒ぐ。ここは戦場なのだから騒がしいのは当たり前だ。しかしこの騒がしさは普通のものではない。
 驚愕と、恐怖。動揺と、瞠目。信じられないと周囲の者達は驚き、それ≠ェ今度は自分の身に降りかかるのではないかと恐怖する。
(ああ……この部隊は総崩れになる。たった一人の支柱を失っただけで)
 どよめきの中心にいたエレンは、そんな彼らには目もくれず、己の剣が刺し貫いた人物の顔を見上げる。
 敵である男の懐に潜り込んで放った一撃は相手の胸を刺し貫き、心臓のすぐ傍にある重要な血管を引き裂いたらしかった。見開かれた青灰色の瞳が身を屈めたエレンを捉えて揺れる。
 傷口から溢れ出る血で顔を汚しながらエレンは口を開いた。
「人類最強なんて大層な呼び名も今日で返上だな」
「……はっ」
 どろり、と男の口の端からエレンの顔を汚すのと同じものが溢れ出る。
「これ、で、満足……か?」
 男はエレンにとって父親の仇であり、それ以上の存在だった。
 満足か? 問われて、エレンは僅かに逡巡する。
 周囲の敵兵達は主力であり支柱でもあった『人類最強』が敗れて動揺し、総崩れとなっている。これならこの敵国の前線基地を陥落させるのも時間の問題だ。長らくこの男の所為で手出しできなかった土地がようやく自分達のものとなる。それはとても喜ばしく、エレン個人にとっても栄誉なことだ。それに加えて絶対に殺すと誓っていた相手に勝った。当然、満足なはずだ。
 エレンは男と視線を合わせたまま金色の双眸を細める。
「……ああ」
 その答えに、しかし男は口元を歪めて嘲りの表情を浮かべた。
「やっぱ、嘘が、下手だな、てめぇ、は。すぐ顔に、出る」
 途切れ途切れにそう告げた直後、男はごぷりとひときわ大量の血を吐いて、エレンは頭からそれを被る。と同時に男はぐらりと身体を傾け、エレンにもたれかかって来た。
「っ……ぁ!」
 重力に任せるままエレンは男と共に倒れ込む。男がエレンを背中から串刺しにしていたサーベル≠フ柄が地面に押され、エレンだけでなく男の身体諸共刺し貫いた。
 鋭利な刃が己の腹の中を動く感触にエレンは口元を歪めながら、自身の剣から手を離し、自由になった両手ですでに鼓動を止めた男の頭を掻き抱く。ごぽり、とエレンの口からもまた血が溢れた。
 背中から腹を貫く傷も致命傷であり、傷口からはどんどん血が流れ出していく。すでに男の頭を掻き抱く手は指先の感覚が失われ始め、視界も暗くなりつつある。「はは」とエレンは笑った。実際にはもっと掠れた隙間風のような音が喉から漏れただけだったが。
「……チッ」
 笑い声を止めたエレンは舌打ちし、重い両腕で己が殺した兄の頭を抱き直しながら吐き捨てる。
「大正解、だ。クソ野郎」







2014.03.13 pixivにて初出