クラバットで隠れた首筋のとある部分を無意識に指で触れていたことに気付き、リヴァイは静かに苦笑を浮かべた。そこに何があるのか、見たことがあるのはごく少数の人間に限られる。そしてその少数の人間の中でも何を意味するものなのか知るのは、おそらくリヴァイ本人だけだろう。
 つい、と視線を向けたベッドには上層部に未報告のまま捕虜とした敵国の少年兵が眠っている。彼が身に着けていた軍服や装備品を検めれば、「Eren.Y」と刻まれたドッグタグが見つかった。ファミリーネームが頭文字だけになっているのは己の立場を敵に知られないようにするためだろう。しかし生憎彼を捕まえたのは敵国の内情に詳しいリヴァイだった。他の兵士ならいざ知らず、少年――エレン・イェーガーも運が悪い。
「エレン、か」
 舌の上で音を転がしながらリヴァイは少年を起こさないよう小さな声で呟いた。
 大怪我をしたままリヴァイに抵抗した所為で壮絶な痛みに襲われたエレンはまたもや気絶してしまっている。リヴァイのいない時に目覚めて再び舌を噛もうとされても困るため、今度はその口に円筒状の口枷を噛ませていた。
「エレン・イェーガー」
 リヴァイは先程無意識に自分の首を撫でていた指でエレンの首筋に彫られた刺青の縁をなぞる。先陣を切って進む白い片翼。兵士を鼓舞し、導くための翼。あえて両翼という完全な姿を取らないことこそイェーガー家の強さの秘密だと言う。
「お前は知っているか」
 決して良い状態とは言えないエレンの寝顔には眉間に皺が寄っており、うっすらと汗もかき始めていた。怪我による発熱が原因だろう。あらかじめ熱冷ましの薬は用意しているが、薬を飲ませるならその前に腹へ何か入れておかなければならない。……一応、別の摂取方法も選択できるよう、もう一種類薬を用意しているが。
「鳥は片翼じゃ飛べねぇんだぜ」
 ともあれ、どちらの薬を使うにしろ彼が目覚めてからでないと始まらない。
 リヴァイはエレンの額にかかった髪を先程まで首に触れていた手でそっと払いながら淡々と独り言を続ける。
「一対の翼が揃ってこそ自由に空を飛ぶことができる。正確には二つの翼が同じ目的を持ってこそ、だがな」
 枷をした口からひゅっと呼気が漏れた。呼吸のリズムが変わったということは覚醒が近いのかもしれない。それでもまだ額を撫で、そのまま髪を梳き、再び首筋を擽るリヴァイの指は止まらない。
 白い翼にまで戻ってきたリヴァイは少し強めにその輪郭をなぞりながらエレンへと顔を近付ける。
「なぁエレンよ」
 体重の移動でベッドがギシリと小さく悲鳴を上げた。
「お前の片翼はどこにあるんだろうな?」

* * *

「エレンが戻って来ていないのに何故撤退した!? 離せっ! 私一人でもエレンを探しに行く!!」
「落ち着けミカサ!」
 己の腕を掴んでいる同僚のジャン・キルシュタインに、赤いマフラーを巻いている少女――ミカサ・アッカーマンはそれだけで命を奪いそうなほどきつい視線をぶつけた。
「私は冷静だ! だからこそエレンを助けに行こうとしている!!」
「全然落ち着いてねーし冷静でもねーよ! あの基地には『人類最強』がいる! いくらお前でも一人じゃ勝てるわけがねぇ!!」
「でもエレンが……っ!」
「分かってる。それは分かってるんだ。……チクショウ!」
 最後にそう吐き捨てたジャンの様子にミカサも僅かに冷静さを取り戻す。
 エレン・イェーガーが先の戦闘中に行方不明となった。死体は見つからず、また敵国の方から捕虜にしたという連絡も来ていない。その事実に発狂しそうになりながら単身で敵の前線基地へ斬り込むと暴れ出したのは、エレンと幼い頃から交流があったミカサ一人だが、このジャンもまたエレンには少なからぬ情を持っているのだ。心配でないわけがない。
 この国には『五家』という暗黙の制度のようなものがある。国内でも一部の者にしか知られていないが、この国を動かしているのは五つの家に属する人間達だ。ミカサとエレンはそれぞれその五家に属しており、いずれ国の中枢を担う者として育てられてきた。が、勿論たった五つの一族だけで全てが完結するわけではない。五家をサポートする者として、更に五つの家が影に日向にと五家に寄り添ってきた。
 ジャンが属するキルシュタイン家もその一つ。彼は同じ年に生まれたエレン・イェーガーを支える従者だった。普段は喧嘩の絶えない二人だが、ジャンの特別がエレンであることに変わりはない。
「オレが目を離した所為で……ッ」
 先の戦場でもジャンはエレンと共に戦っていた。しかし敵中枢へ斬り込んだ時に混戦状態の中で運悪くはぐれてしまったのだ。守るべき人間を守れなかった自責の念は如何程のものか。
「……ミカサ、まずはこちらの体勢を立て直す。あとはアルミンに連絡を取ろう。あいつの言うことならお前も聞いてくれるだろう?」
「………………わかった」
 心中荒れ狂いながらもジャンはやるべきことを知っている。更にはエレンとミカサ共通の幼馴染であり、策略に優れたアルミン・アルレルトの名を出されて、ようやくミカサの身体から力が抜けた。
 ミカサが頷いてすぐ、ジャンは彼女から手を放して連絡を取るため別室へ向かう。「通信士! 誰でもいいから一人来い!」と指示する姿はまだ自分達と同じ十五歳と言えども、しっかり国の中枢を治める人間のサポート役と言ったところか。
 ジャンの背中を見送って一人残されたミカサは、そっと目を伏せて自分の首に巻かれた赤いマフラーに触れる。袖口から覗く手首の内側には幾何学模様の刺青。それは五家の一つたるアッカーマン家のしるしである。
 しかしそれには目もくれず、ミカサはマフラーを撫で、そっと手で首筋を抑えた。ちょうどエレンならば翼の刺青がある部分を。
「エレン……」
 まるで小さな子供が絶対的な存在に縋るかのように、少女は呟く。
「あなたさえいれば世界なんていらないのに」

* * *

 頭が痛い。
 まずそう感じて、次に視覚情報が脳に届いた。自分は仰向けで寝ているらしく、天井の木目が見える。もの自体は古いようだが妙にピカピカに磨き上げられているのがおかしい。ただし笑おうとしても頭の痛さで顔をしかめる羽目になったが。
 それから妙に口の中が乾いていることに気付いた。何故だと思ってそちらに意識をやれば、口に何かが挟まっている。口枷だと理解した瞬間、自分が気絶するまでの出来事を思い出してエレン・イェーガーの意識は一気に覚醒した。
「ふ、ぅ、あえ、あっ!」
「目が覚めたか」
 そんなエレンを見下ろしていたのは青灰色の三白眼。鋭い眼光は気絶する直前まで見ていたものと同じ、敵軍の指揮官の一人だ。軍服の階級章から判ずるに、地位は少佐。
 ガンガンと痛む頭に歯を食いしばりながら、怪我で起き上がれない身体のまま必死に相手を睨み付ける。しかしそれは相手を怯ませるどころか、逆に僅かだが愉しげな笑みを浮かばせる結果となった。
 ほぼしかめっ面ではあるものの余裕を感じさせる様子で近付いて来た敵国少佐の手にあるのは、銃やナイフではなく深皿に入ったミルク粥と水が入ったガラスのコップ。横目で一瞥したベッド脇のサイドテーブルには薬らしきものまである。
「まだ熱が下がってねぇだろ。とりあえず腹に何か入れてから薬を飲め。話はそれからだ」
「あんあにはあすこおあんえ、あにおあい!」
(あんたに話すことなんて、何もない!)
「まぁそう言うな。こっちは色々と聞きたいことがある」
 口枷の所為で不明瞭な発音しかできないエレンの言葉を雰囲気で察したのか、的確な返事をしながら少佐はサイドテーブルに皿とコップを置いた。彼はエレンを眺め、
「……飯を食わせるために一時的にそれを取る。だがまた舌を噛んで死のうなんてするなよ。そん時は覚悟しておけ」
 それ、とはエレンにつけられた口枷のことで間違いない。治療を施したことからも分かるように、どうやらこの目つきの悪い男は捕虜となったエレンをただ嬲り殺すのではなく、きっちり尋問して有益な情報を吐かせてから捨てるつもりのようだ。
 好き勝手されてたまるか、とエレンは相手を睨み付ける眼光はそのままに、けれども身を起こそうとする手には従順な姿勢を見せる。やがて男の手がエレンの後頭部に回り、口枷のベルトが緩んだ。
(今だ!)
 仲間の元へ帰れないのは辛い。しかしここで尋問され自国に不利な情報を吐かされるのだけは駄目だ。エレンはあの国に守りたいものが沢山あるのだから。
 強い覚悟でもってエレンは己の舌を噛み切ろうとする。だが一度目ですらそれを察して止めた男が今回も気付かぬはずもない。
「ぅぐっ」
「だからな、舌は噛むなっつっただろうが、このバカ犬が」
 外れかけた口枷を再度強く締め上げながら男はエレンの耳元で囁く。
「どうやらてめぇには躾が必要らしい」
 どん、とエレンの身体に衝撃が走った。うつ伏せに……否、犬のように四つん這いにされたのだと理解したのは、その衝撃による痛みが少しだけ引いた後。しかもなんとか踏ん張っていた両手はすぐに背中へ回され、ガチャリと嫌な金属音が響いた。口枷に続いて今度は手枷だ。
「下手に暴れられて傷が開きでもしたら良くねぇからな」
「ヴ、ヴぅうあ、はあえ!!」
「うるせぇぞ駄犬。飯も薬も取ろうとしねぇヤツが吠えるな」
「っんあ!」
 屈辱的な格好を取らされて喚くエレンの尻を白い手袋をした男の手がぴしゃりと打った。容赦ない平手にエレンの身体が跳ね、ベッドもギシリと軋みを上げる。
 熱と頭痛と屈辱とでエレンの意識は朦朧とし始めていた。だが唐突に臀部の方がひやりとして目を見開く。痛みを我慢しながら身をよじれば、男がエレンのズボンを下着ごと降ろして尻を丸出しにしているのが視界に入った。
「あにうんあお! やえお!!」
(何すんだよ! やめろ!!)
 羞恥に頬を染めてエレンは叫ぶ。しかし抵抗の叫びもどこ吹く風とばかりに、男は暴れるエレンの身体を腕一本で容易く抑えつけ、眼前に晒された尻の割れ目に指を這わす。手袋の布があらぬところを擦る感触に、思わずエレンの身体には鳥肌が立った。
「ひゅ、ぃ」
「洗ってもいねぇ野郎の尻なんざ掘る気はねぇよ。薬だアホ犬」
 エレンの反応にくつりと喉を鳴らしてそう告げる男だが、尻の割れ目を撫でる手の動きが止むことはない。完全にエレンの反応を愉しんでいた。
 余りの屈辱に嫌悪感を凌駕した怒りでエレンは相手を睨む。口枷を伝って唾液が垂れるのを感じながら唸り声を上げ、明瞭に発音できないと知っていても「殺す!」と叫んだ。
「こおす! こおしてやう!!」
「はっ……良い目だ」
 男が薄い唇を舌で舐める。
 そして、
「気が変わった。怪我のこともあるし薬を突っ込むだけで済ませてやろうと思ったが、少し楽しませてもらおう」


 ぐじゅり、と本来出すべきところに入り込んできた固形物は、相手の話を信じるなら解熱剤の類なのだろう。だが羞恥と怒りと気持ち悪い異物感で今のエレンはそれどころではない。尻を高く上げさせられ、「こっちを向くな動くなぶれるな」と言って頭をベッドに押し付けられた格好は屈辱の極みだった。
 しかも憤怒に顔を真っ赤にしたエレンを見て男は愉しそうに喉を鳴らすのだ。くつりくつりと漏れ出る低い笑い声は、その声音自体がエレンの精神を嬲るのに最適だった。
「うぐっ、ぅ」
 それでも屈してなるものかと、エレンが抵抗の意志を消すことはなかった。更に上がり始めた熱で朦朧としながらも口枷をガリゴリ言わせながら噛み締め、背中に覆い被さる格好で男がこちらの顔を覗き込んで来れば睨み付けてやるのも忘れない。
 中途半端に脱がされたズボンと下着は拘束具の役目を果たし、ただでさえ怪我で無理のできないエレンの自由を奪っている。
「さすがに突っ込まれてすぐ勃つようなスキモノじゃねぇか」
 男がエレンのどこを指してそう呟いたのかなど確認するまでもない。
 自由のきかないエレンの股間を這うのは白い布に包まれた手。薬を挿入し終えたそれがエレンの内股を撫で、その刺激でひゅっと力が入った腹筋に手のひらを這わせ、男の急所と言えるそこを指で突いた。カァッとエレンの顔に朱が走る。
 エレンに背中から覆い被さるっているためそちらを目視できない男は、目の代わりだとでも言うようにエレンの下肢を撫で回す。暴れようにも想像以上に重く力強い肉体は今まで以上にがっちりとエレンを押さえ込んでおり、しかもまだまだ余裕があるのか、下肢への刺激で跳ねたり「ひぅ」と小さく声を上げたりするエレンの様子に吐息交じりの低い笑い声をあげる始末だった。
 いたずらに尻や脚や腹を撫でる手は、時折エレンの急所を掠めて離れていく。そんな些細な、けれども直接的な刺激に十五歳の少年の身体が反応しないはずがなかった。いくら精神的には屈していないと言っても、そこと頭とは別物なのだ。
「ほぅ……」
「ッッッ」
 くるり、とエレンのそれの周りに生える陰毛を撫で回しつつ男が揶揄するように声を出す。そしてエレンの外耳に唇を触れさせながら囁いた。
「俺に触られて勃っちまったな」
「ふ、ぅう、ぐぁう〜〜ッ!」
 まだ完全にではないが、エレンのそこはゆるく立ち上がっている。頭を押さえつける手に抗って相手に頭突きをかましてやるつもりで振り仰げば、寸でのところで躱した男が愉しげに口元を歪め、ぺろりと唇を舌で濡らした。
「心配するな。別に今ここで喰いやしねぇよ。さっきも言っただろう? 洗ってもいねぇ野郎の穴になんざ突っ込めるか。……ただし」
 そう言って男は先程までエレンの頭を押さえていた方の手で今度は顎を掴んできた。もう一方の手も下肢から離れていく。
 今度は何をする気だと目で訴えれば、顎を掴む手に痛いほどの力が込められてガッチリと固定された。
「ッ!」
「汚ねぇ穴やら躾のなってねぇ棒の方はさて置き、その目は気に入ったんでな」
 言いながら、男はエレンの顔に唇を寄せる。同時にもう一方の手で瞼を押し上げ閉じさせないようにし、開かれたままの金色の目をべろりと舌で舐め上げた。
「〜〜〜ッッ!!!!」
 驚愕に大きく目を瞠れば、正面で青灰色の瞳が殊更愉しげに歪む。
 だがぱっと手を放すと、男はそのまま起き上がり、重力に引かれてベッドに頭をぶつけたエレンを見下ろした。そして忌々しそうに舌打ちをし、扉へと視線を向ける。
「ここまでか」
「少佐、お休み中に申し訳ございません。エッカルト准将がお見えです」
 扉の向こうから第三者の声。
「わかった。すぐに行く」
 下級兵士らしき声の主へ男は抑揚を欠いた声でそれに答えた。「いつもは近寄らねぇくせに、こういう時に限って来やがって」とブツブツ呟きながら、わずかに乱れた軍服を正す。
 そうして自分とは対照的に乱れきったエレンを再度見下ろし、
「……中途半端な分は脱がされるのが良いか、それともちゃんと履き直すのが良いか。前者なら一回、後者なら二回呻け」
「…………」
「早くしろ。決めねぇ場合はそのままだ」
「ぐ、う」
「二回か」
 相手の問いに答えるのは腹立たしいが、半分脱いだ状態で放置されるのも、潔く全部脱がされるのも受け入れがたい。仕方なく二回呻けば、男はさっさとエレンの着衣を直し――と言っても下半身だけだが――、更には包帯に緩みが無いことも確認して部屋を出て行った。
(何なんだあの野郎……)
 横向きに寝かされたエレンは男が出て行った扉を睨み付けて胸中で呟く。そして眼球を舐められた感触を思い出し、盛大に顔をしかめた。
(気持ちワリィ)







2014.03.04プライベッター(フォロワー限定公開)にて初出