一目見た時にはもう理解していた。
(あれは俺の獲物だ)
 金色の瞳をギラつかせて飛びかかって来たのはまだ十代半ばと思われる少年。敵国では兵役につける最低年齢であるはずなのに、こちらの歴戦の兵士を切り捨てながらリヴァイのいる中枢にまで攻め込んできたその強さは純粋に賞賛に値する。
 お下がりくださいと叫ぶ部下を押しのけてリヴァイは実用一辺倒のサーベルを鞘から抜き放つ。本来二刀流だが、まずは相手の力量を探る意味も込めて右手だけに銀の刃を握った。
 ギャリィィィッ!!と耳障りな金属音を伴って二振りの剣が打ち合わされる。これまでことごとく相手の剣を弾き飛ばしてきたらしい少年兵は自分の攻撃が受け止められて金色の目を丸く見開く。が、すぐさま我に返ってリヴァイから距離を取った。その判断は悪くない。もしあと一秒でも動くのが遅ければ、リヴァイの鉄板を仕込んだ軍靴が容赦なく少年の腹を蹴り上げていただろう。
 だがそれで見逃してやるほどリヴァイも優しくはないし、付け加えれば仕事にサボり癖があるわけでもない。「次は俺の番だな」と口の端を僅かに持ち上げ、勢いよく地面を蹴った。
 全身のバネを使って生み出される瞬発力はただのスラムの住民だったリヴァイを今の地位にまで押し上げた要素の一つでもある。類稀なる身体能力は小柄な体躯から想像もできないスピードとパワーを生んだ。ガゴッ!とまるで金棒でも振り下ろしたかのような音を立ててリヴァイのサーベルが少年兵に受け止められる。だが防御の構えをした少年兵の金眼は強すぎる力に見開かれ、つるりとした白い歯は欠けてしまいそうなくらい強く噛み締められていた。
 しかし、
(嗚呼……)
 ぞくり、とリヴァイの背中を言い知れぬ感覚が走り抜ける。
 リヴァイとの力量差などこの二撃で十分理解しただろうに、敵の少年兵は諦めることなく、むしろ更に敵意を剥き出しにしてリヴァイを睨みつけてきた。ギラギラした黄金にリヴァイの背筋をぞくぞくした感覚が断続的に走り続ける。思わず舌先で唇を濡らせば、思った以上に熱い吐息が一緒になって零れた。
(たまんねぇな)
 これまでそこそこストイックに生きてきたつもりだが、うっかり股間の一物が勃起してしまいそうだ。
 わざと押さえつける力を緩めてやれば、今とばかりに少年兵が切っ先をずらして横へ逃げる。その方向は当然こちらが誘導したものであるが、少年兵がそれに気付く前にリヴァイは腰に下げたままだったもう一振りのサーベルを引き抜いた。相手が「あ」の形に口を開いた時にはもう遅い。サーベルを逆手に持ったリヴァイは己が振り抜く勢いと相手の踏み込んだ勢いを利用してその横っ腹を掻っ捌く。
「……ッ!!!!」
 声すら出せずに少年兵がこれまでにないほど金の双眸を見開く。零れ落ちそうだな、と場違いにも感じながら、リヴァイは体重を支えきれずに倒れ掛かってきた敵兵の身体を受け止める。ぐちゃり、とわざと傷口に指を突っ込みながらその身を支えれば、痛みで少年兵の意識がぶっ飛んでしまった。
 潔癖症が災いして四六時中つけている白い手袋に赤い液体がじわじわと染み込んでくる。普段のリヴァイなら顔を歪めてすぐに手袋を剥ぎ取り捨ててしまっただろう。
 だが今は、
「おい、こいつを治療したら俺の部屋に運んでおけ」
「は、はい!」
 少年兵の身柄を近くの部下に預け、手を顔の前に掲げる。
 そしてそのまま、リヴァイは女の柔肌に口づけるように赤黒い手袋へそっと唇を落とした。


 リヴァイが生まれる前からこの国は隣国と派手な戦争を繰り返している。おかげで首都でさえ少し中枢を外れればスラム街が広がる始末。リヴァイは物心ついた時にはそこにいて、犯罪にまみれながら育った。
 ファミリーネームすら持たず、その日暮らしをしていたリヴァイだったが、そこそこ強く名も売れていたためか、兵士不足に頭を悩ませていた軍部からスカウトされて徐々にその力を発揮していった。おかげで二等兵から始めたというのに、あっという間に階級を上げ、三十路を迎えた今では少佐の地位を与えられていた。士官学校も卒業していないのに、だ。
 家柄も良く順当なルートで階級を上げた頭でっかち達は戦場などに近寄らず、今日も首都に据えた本部の会議室で意味のない会議ばかり開いている。一方、自分の力とその功績の積み重ねだけでのし上がってきたリヴァイは数多の兵士を現場で指揮し、軍本部にある自室に戻れる日など数えるほどしかない。
「だがまぁ、本部から離れれば離れるほどこういう自由がきくってのは利点だよな」
 前線基地であるここに用意されたリヴァイの部屋は本部のそれと比べて決して質が良いとは言えない。しかし自分より上の階級の者が滅多に現れない場所でもあるため、リヴァイの裁量権は非常に大きなものとなっていた。おかげで捕虜として正式な取り調べをすべき兵士を部屋に連れ込んでも、僅かな関係者達に口止めをしておけば何の問題もない。
 今、リヴァイの自室のベッドには一人の少年が寝かされている。所々に包帯やガーゼの白をまとった上半身裸の少年は兵士とは思えないほど華奢に、そして儚く見えた。リヴァイがつけた脇腹の傷もすでに縫合が済まされ、包帯でぐるぐる巻きにされている。また、拘束するための枷は無かった。この傷ではきっと満足に歩くことすらできないからだ。
 リヴァイはベッドに腰掛け、じっと少年の顔を眺める。
 あの獣のようにギラついていた双眸は瞼の裏に隠されており、それだけで寝顔はずっと幼く見えた。
「……ん?」
 と、少年を観察していたリヴァイはふと細い首筋に何か紋様が刻まれていることに気付いた。顎に手を添えて少し横を向かせるように動かせば、耳から数センチ下がった位置に白い片翼の刺青が彫られている。それを発見し、リヴァイは「ほぅ」と感心したように呟いた。
 翼は隣国で大切な意味を持つモチーフの一つだ。それを持つ少年の正体を察したリヴァイは指でそっと白い片翼を撫でる。
「ん……」
 その刺激の所為だろうか。少年が眉間に皺を寄せて、リヴァイの指から逃げるように身じろいだ。やがて瞼がゆっくりと押し上げられ、金色の双眸がその下から覗く。
「よぉ」
「っ、てめ……い、ぁッッッ」
「無理すんな。傷口が開くぞ」
 リヴァイの姿を視界に入れた途端、少年が起き上がろうとする。しかし痛みに呻いてベッドの上の住人へと逆戻り。大きな金眼で憎々しげにリヴァイを睨みつけてきた。
 その視線だけで再びリヴァイの背中をぞくぞくとした感覚が走り抜ける。戦場で感じたほどのものではないが、思わず喉が鳴った。
 もっとその強い視線で射られたい。そう思ったリヴァイは自然と口を開く。
「てめぇ、五家の一人だろう?」
「ッ!!」
 金色の眼力が更に強まった。
 五家とは敵国の中でも有力者とされる五つの家を指す言葉だ。アッカーマン、ブラウン、フーバー、レオンハート、そしてイェーガー。彼らは古くから国の重要なポストを任されており、その家に生まれた少年少女もいずれは中枢へと上り詰めることが決定付けられている。よって――どうして前線にいたのかはさておき――まさにこの少年は捕虜とするに相応しい人材と言えた。
「片翼の刺青ってことはイェーガー家か。そんなに血気盛んでちゃんと国を支えられんのか? ……まぁその前におうちに帰らなきゃなんねぇけどな」
 くつり、と喉の奥で笑えば、元々出血の所為で青白かった少年の顔から更に血の気が引く。前線に突っ込んでくる馬鹿ではあるが、自身の価値がどれくらいかは理解しているようだ。
「てめぇを返してもらうために、てめぇの家と国はどんだけの対価を支払ってくれるんだろうなぁ?」
 これからこちらが少年の身柄をどう扱おうとしているのか。それを察した瞬間、少年は何の躊躇いもなく己の舌を噛み切ろうと口を開いた。敵国に利用されるくらいならばいっそ、という立派な愛国精神だろう。
 しかし――
「うぐっ、ぉ」
「馬鹿が」
 リヴァイは少年の口に左手を突っ込み、嘔吐かせながら鼻で笑う。
「これからてめぇは俺が直々に飼ってやる。死んで終わりなんて許してやらねぇよ」







2014.03.03プライベッター(フォロワー限定公開)にて初出