845年。
 百年続いた仮初の安寧は超大型巨人・鎧の巨人という特殊な二種の巨人の出現によって唐突に終わりを告げた。人々が鳥籠の中に囚われていたことを思い出した時には最端の壁ウォール・マリアが放棄され、人類の生存圏はその内側のウォール・ローゼにまで後退。また翌年にはマリアの奪還作戦と称して一般人を含む部隊が派遣され、数多の人命が失われてしまった。
 一連の出来事は人類に大きすぎる衝撃を与え、その影響の一端として訓練兵に志願する若者達の数も増加の兆しを見せていた。ただし明確な使命感を持つ者は少なく、開拓地にて生産者に回るのは不名誉なこととされ、そうならないために訓練兵を目指す者が多かったのだが。
 エルヴィン・スミスもそんな『生産者になるよりは兵士になった方がマシ。更に憲兵団に入団して安全な内地で暮らせれば御の字』という考えを持って、847年、訓練兵団の第104期兵として志願した者の一人である。
 巨人の襲来に関して直接的な被害を被ったのはウォール・マリアの住人達と、避難してきた彼らを受け入れたことで生活が圧迫された一部のウォール・ローゼの住人達だけだった。それ以外はまるで対岸の火事とでも言うように、実感のない出来事に未だ十分な危機感を抱ける者は少なかったのだ。よって、エルヴィンのような若者が訓練兵に志願するのは決して不思議なことではない。むしろ一般的な部類に入る。
 だがそんなエルヴィンとは対照的に強い意志を秘めて入団する者達もいた。
 そのうちの一人の名をエレン・イェーガーと言う。
 エルヴィンがエレンの名を知ったのは入団して少し経ってからのことだった。本来ならば最初の入団式の時に『通過儀礼』と称される教官からの罵倒によって全員が全員の名を耳にする機会があるはずだったのだが、その洗礼が不要と判断された特別な境遇にあった――つまり巨人の恐ろしさを知っている――者達はその対象にならず、名乗ることもなかったのだ。
 訓練兵としての生活が始まり、仲の良いらしい周囲の人間や教官がその名を呼ぶのを耳にしてエルヴィンは金色の目をした同い年の少年の名を知った。
 知ったが、必要以上の会話はない。
 同じシガンシナ区出身であるらしいアルミン・アルレルトやミカサ・アッカーマンが常時傍に張り付いているから……と言うわけでもなく。時折エレンに喧嘩を吹っ掛けるジャン・キルシュタインや良い相談役でもあるらしいライナー・ブラウンとベルトルト・フーバー、早くも調停役となり始めているマルコ・ボット、決して頭は良くないがムードメイカーの役割も果たすコニー・スプリンガー等々、エレンと関わる人間は多い。エルヴィンはそんな彼らと異なり、一歩離れた所でエレン達を眺めていた。エレンが胸に秘める熱量にはエルヴィンも一目置いていたが、入団当初から調査兵団を目指すと公言してはばからない『自殺志願者』と積極的に関わる必要性など全く感じなかったのである。
 おかげでエレンにとってもエルヴィンという人間は好きでも嫌いでもない『普通』としか言いようのない存在だっただろう。
 850年、再び超大型巨人が出現してトロスト区の扉は破壊された。兵士達は兵団の区別なく――つまり訓練兵団の人員ですら防衛と民間人の避難誘導に宛がわれ、エルヴィンは多くの訓練兵と同じく中衛部にてウォール・ローゼ死守に回った。
 訓練兵達は五〜七人で一組の班にされ、エルヴィンの所属は第34班、班員は七名。同じ班にはリーダー格としてエレンが配されている。卒業演習も訓練兵団第104期兵の解散式も終わって成績順位が確定しているため、班の中で最も成績の良かったエレンがリーダーを務めるのは自然な流れだった。
 またエレンには他人を先導する力がある。あの強い視線は揺らぎやすい少年少女達を激しく揺さぶり、彼が放つ残酷でも希望に満ちた言葉は人の心を奮い立たせた。解散式の夜、成績十位以内に入れた者やそれ以外の若者達の多くが調査兵団を希望する気になったのがその良い例だ。
(まぁ俺はこれを乗り越えたら駐屯兵団を希望するつもりだが)
 屋根伝いに立体機動で駆け抜けながらエルヴィンは胸中で独りごちる。
 ギリギリで成績上位十位に入れなかったため憲兵団を希望することはできない。明らかに自分より実力で劣る人物が十位以内に入ったのは気になるが、それでどうこう言うつもりはエルヴィンに無く、裏の方で色々と動く者がいたのだろうと冷静に推測している。また、憲兵団を希望できなかったからと言って調査兵団に入るつもりは欠片も無い。この正念場を乗り越えたら駐屯兵団に入って、ゆっくり憲兵団への異動を待つつもりだ。
 冷めた思考で屋根の上を駆けるエルヴィンとは対照的に、エレンの先導により士気が高まっている他の班員達。しかし希望に満ちた瞳は一瞬にして絶望と恐怖に染め上げられる。
 本来ならば前衛部隊となった駐屯兵団の兵士達が自分達よりずっと前の方で巨人を食い止めているはずだったのだが、そこが総崩れとなり、巨人はエルヴィン達が守る中衛エリアにまで侵入してきていた。
 最初に食われたのはトーマス・ワグナー。丸呑みされた同期を見たエレンは激昂し、周囲に十分な注意を払うことなくトーマスを食った奇行種に突撃する。
「イェーガー、よせっ!」
 咄嗟にエルヴィンが叫んだものの、飛び出して行ったエレンの片足は建物の影から顔を出した別の巨人に食い千切られ、若い者達の象徴となりかけていた彼の金眼の少年は屋根の上で無残な姿を晒した。それを見ていた班員達の間に走った衝撃は如何程のものか。
 残るメンバーのうち三人は近付いてきたエレンの足を食った巨人≠ノ襲撃をかける。しかし戦い方を知らない若い兵士は呆気なくその命を散らした。
 エルヴィンは自分と同じくまだ動かない傍らの兵士――アルミン・アルレルトを見る。エレンと特別仲が良かったアルミンは屋根の上で膝をつき、目を見開いていた。他の者より頭が回る分だけ冷静に人類の劣勢≠判断しつつ、一方でエレンの言葉に鼓舞されながらもそのエレンが敗北した姿を目の当たりにして心身ともに動けなくなっているのだろう。
「アルレルト」
 呼びかけてみるが反応は無い。
 エルヴィンはついと視線を横に走らせた。左手側から老人のような見た目の巨人が近付いてきている。大きさは自分達がいる屋根に十分届くレベルだ。
「おい、アルレルト」
 やはり反応無し。
 仕方がない、とエルヴィンは肩を竦めた。そして三度目の呼びかけはせずに立体機動装置のワイヤーを今より高い建物へ射出する。装置がワイヤーを巻き上げる力に逆らうことなくエルヴィンは飛んだ。
 重荷となるアルミンを抱えていくことはない。誰かを庇って巨人から生き延びられると思うほどエルヴィンは驕ってなどいなかった。
 己の生存確率を上げるためには、代わりにアルミンへの同情や僅かな仲間意識をすっぱり切り捨てるしかない。冷静に物事を見据えれば、自然とその答えに辿り着く。辿り着いた答えを実行に移せるか否かは個人によるが、幸か不幸かエルヴィン・スミスという人間は前者だった。
 より大切なもののために、それ以外のものは切り捨てる。今は前者がエルヴィン自身の命であり、後者はアルミンの命と彼や他の班員に向ける仲間意識だ。
 他の建物よりも少し高くなった塔の先端にアンカーを刺して壁面にへばり付き、エルヴィンは自分が立っていた場所へと視線をやった。老人のような見た目の巨人はアルミンを次の獲物と決めたようで、両膝をついて動けない彼の服を摘まみ上げる。そして大口を開け、その中へと放り込んだ。絶望に満ちた悲鳴は少し離れた所にいるエルヴィンの耳にも届く。
 その巨人から見て建物の影になった所に片足を失ったエレンがいた。あの距離ならばアルミンの悲鳴がはっきり聞こえていたことだろう。それが契機となったのか、エレンが身じろぎする。
 そこから先は一瞬だった。倒れていたエレンがガバリと身を起こし、アルミンを飲み込んだ巨人の元へと飛ぶ。項を削ぐためではない。その痩身を巨人の口の中に潜り込ませ、飲み込まれそうになっていたアルミンを引っ張り上げたのだ。
 エレンの渾身の力によりアルミンは再び巨人の口の外へと投げ出され、代わりにエレンがその中へ。口が閉じないよう全身に力を込めてエレンは外に手を伸ばす。「エレン!! 早く!!」と外から手を伸ばすアルミン。
 だが――
「うああああぁぁぁ……ッ!」
 アルミンの悲鳴が示す通り、エレンは伸ばした腕を食い千切られて巨人の腹へと落ちて行った。


 その後の光景を目撃したのはおそらくエルヴィンだけだ。
 エレンに助けられたアルミンは幼馴染の死にショックで自失呆然となり、青い目にその光景を映してはいない。少し離れた所に避難していたエルヴィンだけがその一部始終を目撃する役目を負っていた。
 自ら口の中に飛び込んできた餌(エレン)を食った巨人が次の獲物に定めたのは、当然のことながら最も近くにいたアルミンだ。しかし巨人がアルミンに手を伸ばすよりも早く異変が起こる。
 ドオッと重く生々しい衝撃音と共に巨人の腹が異様に膨れ、それに前後するタイミングで巨人の口から腕が生えた。そう、腕だ。巨人サイズの左手が天を求めるように伸ばされ、衝撃で老人型の巨人が地面に倒れ伏す。
 その膨れ上がった腹を内側から裂いて現れたモノにエルヴィンは息を呑んだ。
「……っ」
 ウツクシイ°瑞lだった。
 均整の取れた肢体は戦う者としての筋肉に覆われ、無駄な部分が一切ない。濡れたような黒髪からは尖った耳と自ら発光しているかのごとき黄金の双眸≠ェ覗いている。
 巨人の腹から生まれ出でたその金眼の巨人はすぐ傍のアルミンを襲うのではなく、近付いてきた別の巨人へと視線を向ける。そして飛びかかってきた小型の巨人に相対し、思い切り拳を振り抜いた。固い拳は気管がある場所を正確に打ち抜き、その後ろの項部分を完全に破壊する。更に倒れた小型の巨人の首を足で踏み潰して完全に沈黙させた後、金眼の巨人は人間ではなく他の巨人を次々に屠り始めた。
 金眼の巨人は己が屠るべき獲物を求めて移動する。とは言ってもここは巨人が溢れかえる場所だ。すぐに大小問わず巨人と遭遇し、金眼の巨人は自身に襲いかかってくる巨人を片っ端から殴り、蹴り殺す。エルヴィンは後を追いながらその光景を眺め続けた。
 生き延びたいならばこんな危険地帯からはすぐに退いて安全な場所に向かうべきだ。敵前逃亡であろうとも、ここまで混乱した状況では誰かに見咎められることもない。頭ではそう理解しているはずなのに、何故か身体は金眼の巨人を追いかける。
 巨人らしからぬ格闘術でもって他の巨人を屠る姿と輝く金色の双眸に、エルヴィンの中で何かが繋がりそうな予感がしていた。しかし安易にその二つを繋げることを理性が決して良しとしない。ゆえにただひたすら眺め続ける。
 途中、ミカサ・アッカーマンらしき女兵士の姿を見かけた。彼女に狙いを定めていた巨人の下顎を殴りつけた金眼の巨人は女兵士を守っているのか、それとも眼中に無いだけなのか。その巨人を完全に沈黙させ、彼女が仲間に連れられてその場を離脱した後も次々現れる巨人を屠っていく。
「あれは……アルレルトか。何とか復活したようだな」
 茫然と金眼の巨人を眺める影が三つあるのを認めてエルヴィンはぽつりと呟いた。やはり先程助けられたのがミカサ・アッカーマンで、彼女を建物の上に引っ張り上げたのがあの絶望の状況から意識を回復させたアルミン・アルレルト。その傍らにいる小柄な影はコニー・スプリンガーだ。ひょっとしたら自分が離れた後にコニーがアルミンを見つけて彼の自失状態を回復させたのかもしれない。
 そう推測しつつ、エルヴィンは彼ら三人の元へ飛んだ。近くに着地したエルヴィンに気付いてアルミンが目を見開く。
「エルヴィン……君は生きていてくれたのか」
「ああ、なんとかな」
 どうやらアルミンは知らないうちに姿を消したエルヴィンに対して、死亡したものと思っていたらしい。金髪に縁取られた女顔には驚愕と安堵が混在している。
「状況は?」
 自分が金眼の巨人を追いかけている間に起こったことを問えば、アルミンの表情から驚愕も安堵も取り払われ、要点だけをまとめた簡潔な返答がなされた。
 現在、撤退命令が出されたものの生き残った訓練兵達には壁を登るための十分なガスが残されていない。補給は本部で行うはずなのだが、配された兵士が籠城してしまい、完全な任務放棄状態。案の定、本部には巨人が群がってしまった。ガス補給室には三〜四メートル級の巨人が複数入り込んでいると推測される。つまり自分達がガスを補給できない状況だ。アルミン達は決死の覚悟で巨人の排除とガス補給のため、本部へと向かっている最中らしい。
「……無謀だな」
「でも、やるしかない」
 エルヴィンの反応はもっともだと理解した上で、アルミンは強い口調で言った。顔を見る限りでは他の二人も同じのようだ。
「わかった。ならば俺もその作戦に乗ろう」
 エルヴィンも金眼の巨人を追いかけていた所為で撤退命令に従って壁を登れるだけのガスを有していなかった。そのことには、実はたった今気付いた――巨人を追いかけている間は意識していなかった――のだが、エルヴィンは微塵も他人に悟らせない。
 同行の意志を告げると共にエルヴィンは未だ戦い続ける金眼の巨人を指差した。その指の先を追って、どういう意図なのかと首を傾げるミカサとコニー、そして何かを悟ったらしいアルミンに対し、エルヴィンは告げる。
「あれを上手く本部に誘導させれば、俺達の勝率も上がりそうだな」


 エルヴィンとアルミンの策により、四人は排除する巨人を選択することで何とか金眼の巨人を本部の方へと誘導することに成功した。先に到着していたジャン・キルシュタイン達を間一髪のところで救い、金眼の巨人が本部の外で巨人を攻撃している隙に自分達は中に入り込んだ小型の巨人を排除。ガスを補給し、撤退を開始した。
 だが本部から去る間際、エルヴィンはふと気になって視線を走らせ、金眼の巨人を探した。彼の巨人は他の巨人に食われかけていたが、トーマスを食った巨人を目にした瞬間、最後の力を振り絞るように攻撃、殲滅してみせる。他の巨人もその勢いに巻き込まれる形で物言わぬ躯となった。
 周囲にいる巨人を全て殲滅した後、金眼の巨人も力尽きて地面に倒れ伏す。それを眺めていたのはエルヴィンだけでなく、ミカサ、アルミン、ジャン、それからベルトルト、ライナー、アニ。彼らが見守る中で力尽きた巨人の項から白煙が上がった。ぼんやりとかすむ中に何かが見える。
 最も早く反応したのはミカサだ。飛び出して行ったその背と彼女が目指す先にあるものを眺めて、エルヴィンは金眼の巨人を追いかける間ずっと感じながらも否定してきた推測を認める。
(エレン・イェーガー……)
 金眼の巨人の項から出てきたのは食われて死亡したはずのエレン。ギラギラと熱して溶けた黄金のような双眸は瞼の裏に隠され、今は見ることが叶わない。
 彼が、巨人だった。
 唖然とする同期達を一瞥してエルヴィンはそっと目を閉じる。これから起こり得る事態を、おそらくはエルヴィンが最もよく理解していた。
 エレンは仲間だ。しかし巨人は敵だ。
 エレンには仲間がいる。しかし人間は弱い生き物である。
 この光景を見た者は、自分達以外にどれくらいいるだろうか。またそんな者達から話を聞かされる者の数は。
(……)
 頭の中で明確な言葉が生まれないまま、チリチリと嫌な痛みがエルヴィンの心臓の辺りで発生し続けていた。

* * *

 エレンの巨人化能力は駐屯兵団のドット・ピクシス司令の機転により有効に活用され、破壊されたトロスト区の扉を塞ぐに至った。これは人類が初めて巨人から領土を奪い返したという快挙である。
 が、そんな功績を上げたとしても、エレンが巨人になれることとそれを恐れる人間がいることに変わりはない。
 エルヴィンが予想していた通り、エレン・イェーガーは処刑されることが決定した。
 巨人の力は有用だが、もし彼が暴走した場合にそれを排除できる武力が今の人間達の手には無い。化け物級に腕の立つ兵士がいればエレンの生存に繋げられたかもしれないが、それは無い物ねだりと言うものだろう。この世界には最強と称されるべき兵士も、英雄も、存在していなかった。
 伝え聞いた話では、エレンは心臓を人類に捧げた兵士としてまずは憲兵団に身柄を移され、できる限りの情報≠提供させられるという。その提供方法が凄惨を極めることは想像に難くない。散々情報を提供させられた後、エレンは人類の英霊となる――つまり処刑される。
(酷い話だ)
 あの時から一ヶ月が経ったが、今もチリチリした胸の痛みが収まらないまま、エルヴィンは胸の裡だけで小さくそう吐き出した。
 彼が立っているのは憲兵団の本部に設えられた地下牢。壁に等間隔で設置された松明はパチパチと小さく爆ぜる音を立て、揺れる明かりは暖かさではなく不安な印象を見る者に植え付ける。
 そして静かに佇むエルヴィンの眼前には頑丈な鉄格子が存在していた。
 エルヴィンが立っているのは鉄格子の外側。対して内側にも人影が一つ。地下牢の光が届かない隅でその人影はじっと蹲っている。今日エルヴィンがここにいるのは、この牢の中の人物を地上へと連れ出すためだった。
 酷い話だ、とエルヴィンは再び胸中で独りごちる。ただし今度は違う意味で。
 エルヴィンがその背に負った紋章は駐屯兵団の蔓薔薇でも、もちろん調査兵団の重ね翼でもない。本来なら解散式を終えたばかりの訓練兵のうち最大十人しか背負えないはずのユニコーン。これは五位の成績を収めていたエレンが人間ではなく巨人として認められたため、その分の順位が繰り上がったがゆえの結果である。
 成績順が十一位だったエルヴィンはこれにより十位となり、三兵団の中から好きな兵団を選ぶ権利を得た。だがこのような方法で憲兵団への入団の切符を手に入れたエルヴィンが他の兵士達から好意的に見られるはずもなく、特にどうしようもない所まで腐りきった一部の憲兵達からはろくでもない仕事を回されるという事態になった。エルヴィンが今ここに立っているのもそのろくでもない仕事≠押し付けられた結果である。本当に酷い話だ。
 だがまぁ確かに誰も進んでやりたい仕事ではないな、とエルヴィンは思う。
 まず初めにここは空気が酷かった。地下であるため湿気が充満してカビ臭いのは勿論だが、それよりも気になるのは腐敗臭と汚物の臭いだ。あまりに酷すぎて、エルヴィンと同じ貧乏くじを引かされた別の憲兵二人は顔を真っ青にして嘔吐きながら階段を駆け上がってしまった。
 その酷い臭いはエルヴィンの前の牢屋の奥から漂ってきている。
 汚物の臭いはこの牢に囚人用のトイレが無いからだ。あるのは片手でも持てる程度の大きさの桶が一つ。そこに大便も小便も排泄させることになっている。本来ならば定期的に桶を取り換える人員がいるはずなのだが、この地下牢に囚われている存在を恐れて完全に職務放棄していた。そして誰もそれを咎めない。咎めた後で「ならばお前がやってみろ」と言い返されるのが怖くて誰も言い出せないのだろう。
 そして腐敗臭の方は、部屋の隅で蹲る本人の身体から発生しているものだ。彼≠ヘどうやら回復力が異常に高いらしく、死ににくいとあって憲兵や派遣された医師モドキや自称研究者達から散々な仕打ちを受けた。初期には腕や足を切り落とす実験も行われたらしい。なまくらな刃でつけられた裂傷、熱湯をかけられたり熱した鉄を押し付けられたりしてできた火傷、硬い物で殴られたための内出血、骨折、熱を持って腫れ上がった部分ももう数えきれない。
 裂けた皮膚は手当などされることなく放置され、回復する……かと思いきや、傷を作る頻度が高くて再生が追いつかないのか、それとも最早再生するエネルギーが枯渇してしまったのか、そのまま腐敗し始めた。おそらく近付いてよく見れば、傷口に産み付けられた卵から孵った蛆が蠢く様も見て取れただろう。
 生きながらにして腐敗している。
(酷い、話だ……)
 エルヴィンは三度繰り返した。
 この場に自分が立たされていることが。そして何より、こんな境遇に陥ってしまった彼≠ェ。
「酷い……本当に酷い話だな、エレン・イェーガー」
「……その声、エルヴィン・スミスか……?」
 牢屋の隅で蹲っていた人影が顔を上げる。
 金色の双眸は腫れ上がった瞼の奥から辛うじて外の世界を見つめており、松明の明かりをごく僅かに反射している。のそのそと億劫そうに身を起こしたのは、それだけ身体が動きにくくなっているからだろう。今の彼は――エレンは、痛みで動けず、骨が折れて物理的に動けず、そして満足に食事も与えられないため動けず、人の悪意はここまで酷いものだとその身でもって示していた。
「あ、れ……? ここにいるってことは、お前、憲兵になれたのか」
「ああ。お前が人間と認められなかった所為で成績の順位が繰り上がった。だから俺は当初の目標通り安全な内地で働く憲兵を志望させてもらったよ」
「ふーん」
 ずりずり。のそのそ。足を引き摺りながら鉄格子の方に近付いてきたエレンはその酷い有様の身体を松明に照らされながら呟く。
「じゃあ今度はお前がオレに鞭を打つのか。それとも半刃刀身でオレの指でも切り飛ばす?」
「馬鹿を言え。俺をあんな変人共と一緒にするな」
「ごめんって。わかってるよ。お前はそんなヤツじゃない」
 でも、とエレンは続けた。
「そう言っても、上から命じられたらやるんだろう?」
「何故そう思う?」
「だってお前の命や立場とオレの命を天秤にかけたら、お前の中じゃ自分の命の方が重いだろう? お前にはオレのために支払う代償なんて欠片もない。ミカサやアルミンなら自分が憲兵にとっ捕まってでも声を上げてくれるだろうけど、お前の中でオレはそこまで価値のある人間じゃねぇよ」
 かはっ、と咳をするようにエレンは笑った。
 ズキリとエルヴィンの心臓が悲鳴を上げる。今までで一番の痛みにエルヴィンは顔をしかめたが、エレンには見えていないらしい。おそらく金色の目はこちらに向けられているものの、あまり物を見ることができなくなっているのだろう。最初にエルヴィンを容姿ではなく声で判断したのもその所為だ。
「よく知っているな。俺がそういう人間だと」
 返した言葉は僅かに掠れていた。ズキズキと心臓の痛みが酷い。このまま肉の壁を破って大きな針でも顔を出すのではないだろうかと思えるくらいエルヴィンの心臓は明確な理由も判らないまま悲鳴を上げていた。
「ははっ。一応オレだってお前の同期だったんだ。お前が皆から一歩引いた所で立ってる冷めた奴だってことくらい知ってるよ。つーか気付いてないのはコニーとかサシャくらいじゃね? あいつら、そういうのに全く頓着しないから」
 第104期訓練兵団の中でも特に馬鹿と言われ続けた二人の名を出してエレンはくすくすと楽しそうに、懐かしそうに笑う。
 この場にそぐわぬ、まるで平和な日常を思わせるような笑い声を聞いてエルヴィンは唐突に尋ねた。
「イェーガー、お前はここから逃げようと思わないのか」
 そう問われ、エレンはことりと首を傾げた。
 笑い声はぴたりと止み、全ての感情を取り去ったように『無』の表情を浮かべてエレンは言葉を紡ぐ。
「じゃあ聞き返すけどさ。もしオレがここから逃げたいって言ったとして――」



「オレ以外の全てを捨ててでもエルヴィンはオレを助けてくれるのか?」



 できないだろう? 言外にエレンはそう告げる。
 それでいいよ。 エレンは再びふわりと微笑を浮かべてその言葉の代わりとした。
 エルヴィン・スミスはエレン・イェーガーを助けない。そんな義理も理由も使命もない。自分達はただ同じ年に訓練兵になっただけで、それ以上でもそれ以下でもない関係なのだから。
 だと言うのに。そのはずなのに。エルヴィンは唇を噛む。噛み締めた唇が裂けて血が溢れ出す。その味を舌で感じ取り、エルヴィンは痛む左胸を右手で抑えつけた。
(ああ、俺は彼を……エレンを助けたかったのか)
 エレンの巨人化能力を目の当たりにし、それが導くこんな結末を予想した時から。
 だが今のエルヴィンにはエレンを助ける術がない。たとえこの命を投げ打ったとしてもエレンの命が救われるどころか、傷一つ治してやることはできないだろう。
 しかもエルヴィンが上官から与えられた役目は命令と共に受け取った鍵を使ってこの牢を開け、エレンを地上に連れ出すことだ。エレンが地上に出ると言うことは、実験を受けるか最後の最後として処刑されるか、どちらか一つ。そしてエルヴィンがエレンを迎えに地下へと降りてきたのはこれが初めて。つまり、これは一度だけ発生する事象――エレンの処刑を意味している。彼はここから出た後、人類の英霊≠ニなるのだ。
 エレンもそれを悟っているのだろう。鉄格子に爪のない指を触れさせ、この場で唯一エレンと言葉を交わす存在に対して「エルヴィン」と名を呼んだ。
「憲兵団のお前にこんなことを言うのは間違ってるのかもしれないけどさ」
 エレンは土気色の顔に笑みを浮かべてきちんと見えない目を必死にエルヴィンへと向ける。
「たぶんだけど、オレが誰かと話せる機会はこれが最後なんだと思う。だから言わせてほしい」
 金眼がエルヴィンを射った。強く、気高く、狂気に満ちた美しい金色がエルヴィンだけを見つめる。
「巨人を駆逐してくれ。あいつらの絶滅がオレの願いだ」
 この黄金の双眸に見つめられて願いを託されるということが、どんなに狂おしく甘美なのかエルヴィンは初めて知った。しかしエルヴィンは頷かない。巨人の駆逐になど興味は無い。
 だってもうすぐエレンが死んでしまう。エルヴィンの心臓を突き破らんばかりに揺さぶる金眼の少年は人間によりここまで貶められ、人間によりこれから殺されるのだから。
 巨人? それがどうした。存在したって構うものか。むしろ――
(人類なんて巨人にxxされてしまえばいい)
 呪うように音もなく告げる。
 そして助ける手段を持ちえないエルヴィンはエレンをこの地獄から救い出すためではなく、彼をただ死なせるために――醜悪な人類の前で最後の見世物とするために、無言のまま牢の鍵を開けた。














「またあの夢か……」
 呟きながらエルヴィン・スミスは周囲を見回す。
 使い古された執務机は代々調査兵団の団長が使ってきた物。風格があると言えば聞こえはいいが、要は財政的に新しい家具を易々と購入できないだけだ。
 壁についた薄く小さいシミは椅子に座った状態からでは見えないものの、その場所をエルヴィンは良く知っている。古いが丁寧に使われ掃除が行き届いた部屋だった。
「夢……いや、違うな。あれは確かに現実だった」
 エルヴィンは独りごち、傷だらけになった兵士の手で顔を覆う。指の隙間からじっと天井を睨み付け、ここではないあの世界を思った。
 今でも鮮明に思い出せる。
 悪臭漂う地下牢を。そこに囚われボロボロになった少年の姿を。人間としての尊厳をこれ以上なく踏み躙られながら、それでも彼が自分に向けた気高い黄金を。そして、この胸の痛みと、彼を穢した人類への怨嗟を。
 この世界でエルヴィンは己の記憶にあるよりもずっと前の時代に生まれ落ちた。同じ世界の違う記憶に当然混乱はあったものの、すぐに冷静さを取り戻したエルヴィンは、現在、たった一つの目標を掲げてこの人生を歩んでいる。
 彼を助けよう。
 そのためにあらゆる手を尽くしてきた。
 記憶にあるよりも早く生まれたのをこれ幸いと、彼≠ェ将来目指すであろう調査兵団に入団し、そのトップの座についた。途中、彼≠殺せる人間を都の地下街にまで探しに行き、運よく見つけることもできた。これで憲兵をはじめとする口うるさい連中への牽制になるだろう。……いや、そうでなくては困る。
 地下街で見つけた逸材は今や英雄と呼ばれ、その強さを不動のものとしていた。無論、ただその人物が巨人を屠るだけでは英雄の名を知らしめるのに全然足らない。エルヴィンが影で奔走したからこそ、実力に見合った――もしくはそれ以上の――称号が壁内の人間達の間に浸透していると言える。
 こんな面倒な手を使わずとも845年より前に彼≠シガンシナ区から攫えば、それだけで彼≠フ安全は保障されたかもしれない。しかしそれではエルヴィンの知っている彼≠ノならない。壁の外に自由を求め、巨人の駆逐を狂うほど願ってこその彼=\―エレン・イェーガーなのだから。
 それにただの一般兵や一般人ではエルヴィンが特別エレンに目をかけて擁護することは難しい。けれどエレンが最初から特別な存在であったならば、エルヴィンが己の立場を利用して特別扱いをすることは容易である。それは巡り巡ってエレンの生存確率を上げることになるはずだ。
(たとえば、そう。訓練兵団を卒業したばかりのただの新兵に選び抜かれた護衛はつけられない。しかし人類の希望≠スる少年兵には人類最強の兵士ですらその命を守る理由が発生する)
 エルヴィンの手元には巨人化できる兵士エレン・イェーガーを生かすために編成される特別班の草案が記載されていた。人員の選出は班長たる人類最強の兵士ことリヴァイが行っている。紙面に名を連ねる四名はどれも突出した技術を持ち、また己のすべきことを知るつわものであり、きっとエレンを生かすためにその身を挺してくれるだろうとエルヴィンは薄く微笑んだ。
 今はウォール・シーナの審議所の地下牢に囚われ、不自由の身にあるエレン・イェーガー。しかしその不遇ももうすぐ終わる。明後日に迫った兵法会議にてエレンの処遇が決定するが、今度は決して憲兵団にエレンを渡したりはしない。エルヴィンが長年にわたって揃えた手札できっと彼の運命を変えてみせるのだ。
 そのために生きてきた。エレンを生かすためだけにエルヴィンはそれ以外の全てを切り捨てて生きてきた。
 何かを変えるために何かを捨てるという行動の繰り返しは、結果的に壁内でしか生きられない人類を真の意味で解放するための行いだと思われているようだが、エルヴィンは他者がそう考えていると知るたびに鼻で笑いそうになる。誰があんな醜い生き物のために取捨選択などするものか。人類なんて巨人にxxされてしまえばいい、という呪いの言葉は今もエルヴィンの中で蠢いていた。が、その勘違いはエルヴィンにとって非常に都合の良いものであるため、わざわざ訂正する気はない。
 人類最強と称される英雄もそんな勘違いをする一人だ。見た目に似合わずとても情に厚い彼は大事のために小事を切り捨てることを厭わないエルヴィンに殺したくなるほどの憎しみを抱く一方で、それが人類の未来に繋がる大切なものなのだと納得し、こちらの指示には素直に従っている。
 手札は揃った。あとはカードを切るだけ。
 エルヴィンは己の顔を覆っていた手を剥がし、あの時の年齢をとっくの昔に過ぎてしまった手のひらを見つめた。それからゆっくりと瞼を降ろす。
「私は全て……全て捨ててみせよう」
 必要ならば、命も、この身も、そして心さえ。
(君を生かすためならば)


 兵法会議を乗り気って予定通りにエレンの身柄は調査兵団預かりとなり、第57回壁外調査までの一ヶ月間は旧調査兵団本部にて暮らすこととなった。彼の傍で彼を監視し、そして守るのは、班長であるリヴァイ兵士長と彼が選んだ特別作戦班の精鋭四人。
 立場上エルヴィンが容易く旧調査兵団本部である古城に出向くことはできず、用もなしにエレンの顔を見ることは叶わない。だがそれでも良いとエルヴィンは思う。自分の願いは『エレンが生きること』だ。そのために必要なことならば何でもするし、そのために切り捨てなければいけないものがあるのなら躊躇いなく捨て去ってみせると決めていた。
 古城に滞在しているのはエレンを含む特別作戦班の六人で、そこへ時折ハンジ・ゾエや補佐役のモブリットが巨人研究のために赴いている。
 正直に言ってエルヴィンは実験や研究という単語に嫌悪しか抱けなかったが、それはあの世界でのイメージが強いからだろうと理解していた。それにハンジならば大丈夫だと思う。あれはエレンを虐げるためではなく、巨人の謎を純粋に解明したいがために動いているのだ。また元々リヴァイ並みに情が厚く、巨人研究に走る前は殺された仲間を思うあまりに冷酷な顔を見せるほどの人物だった。ゆえに、すぐエレンをただの研究対象ではなく仲間と思うようになるだろう。
(いや、ハンジより先にリヴァイかな。あちらの方がエレンと過ごす時間も長いし、一目見た時からそれなりに気に入っていたようだから)
 訓練兵団第104期兵のうち調査兵団に入団するメンバーも確定し、エルヴィンは彼らを含めた次の壁外調査の陣形を考えながら執務室で僅かな笑みを零した。
 審議所の地下で初めてエレンとリヴァイを引き合わせた際、ギラギラと輝く金眼を見てリヴァイが感嘆の吐息を零したのをエルヴィンはしっかりと覚えている。きっとエレンはリヴァイにとっても『特別』になるだろう。
 いや、もう特別になっているだろうか。とエルヴィンは先日のことを思い返した。
 訓練兵団の所属兵科選択の少し前、調査兵団が生け捕りにした二体の巨人が何者かによって殺害された。この事件に当然エルヴィンも顔を出しており、また同じく特別作戦班の面々も古城から出てこちらへとやって来ていた。そこでエルヴィンはエレンと再会し、彼と言葉を交わしたのだが――……。
 ただ声を潜めて会話すれば良かっただけの場面でエルヴィンは必要以上にエレンと物理的距離を縮め、背後から両肩に手を置く姿勢を取った。エレン本人は上官に対する敬意や驚き以外に何も感じていないようだったが、こちらを見つめる鋭い視線があったことをエルヴィンは知っている。
 リヴァイがエレンに執着するというのなら、諸手を上げて歓迎したい。英雄は孤独で、化け物は異質だ。そして同一の存在を持たない孤独な生き物達はそれだけで強く惹かれ合う。
 エレンに恋をしたリヴァイはエレンを絶対に殺させないだろう。もっともっとエレンに溺れて、その力をエレンのためだけに使えばいい。そのためにエルヴィンはあの地下世界からわざわざリヴァイを見つけ出して人類最高の戦力とし、また彼を孤独な英雄に仕立て上げたのだ。
 たとえそれでエレンもまたリヴァイの想いに応えたとしても、エルヴィンは別に構わなかった。エレンの生存確率が上がるなら彼が誰と結ばれても嘆くことはない。彼の心が誰に寄り添ったとしても、彼がこの世界で生きてくれるならばそれでいい。それだけがエルヴィンの願いなのだから。
 金色がこちらを見ずに別の人間ばかり見つめることを寂しく思わないわけがなかったが、エレンを生かすためならば胸の痛みすら捨てよう。
 心臓も、胸の痛みも、他者の命も。必要な代償はすべて支払ってみせる。本当に欲するもの以外は、どれほど必要であろうとも躊躇わずに切り捨てる。
 その誓いは何年経っても変わらない。むしろ日に日に強くなるばかりだった。

* * *

 ベルトルト・フーバーとライナー・ブラウン。二人の巨人化できる者達に攫われたエレンを助けるため、エルヴィン達は部隊を組み直して彼らの元へ辿り着いた。
 数多の巨人、ライナーが姿を転じた鎧の巨人……と、エレン奪還を阻む障害物は兵士達の心を挫くほど多く、強大だ。しかしエルヴィンは進撃を命じる。ここでエレンを失えば人類が生き残れる土地は永久に失われるのだと。
「前進!!」
 ただそれだけを命じる。エレンの奪還だけを。叫んだ直後、背後から襲いかかってきた巨人にエルヴィンの右腕が持っていかれる。だが激痛を押し殺してエルヴィンは兵士達にひたすらエレン奪還だけを命じ続けた。
 トップの強い言葉に兵士達は前を見る。ベルトルトの背に括り付けられたエレンの身柄はもうすぐそこだ。
 そして、時は来た。
「君は覚えていないだろうが、かつて君は私に問うたね。自分を助けるためにそれ以外の全てを捨てられるか、と」
 アルミンの策により隙を作ったベルトルトの元へエルヴィンは左腕一本だけで飛びかかる。だが決死の場面と俊敏な動きに反して、その唇が紡ぐたった一人に向けた言葉は真綿のように優しく空気を震わせた。
「その問いに今、答えよう」
 ベルトルトの胸部ごと彼とエレンを結ぶベルト部分を切り裂いて続ける。



「お前のためなら俺≠ヘ全てを捨てられるよ、エレン・イェーガー」



 ――この腕の一本や二本。心臓。エレンに求められたいと思う気持ち。それに数多の人命ですら。全てを捨てて、お前だけを救おう。
 拘束が解かれて上手くミカサに受け止められたエレンを見つめ、エルヴィン・スミスは睦言のようにそう甘く囁いた。






オ ル タ ス







2013.09.22 pixivにて初出

エルヴィン・スミスは何を変えるために何を捨てるのか。というお話でした。
「オルタス」はラテン語で「起源、出発、始まり、誕生」等を表すそうです。団長のオルタスがエレンだったらいいな、と妄想。