「『英雄色を好む』と言うことわざにあなたは該当しないと思っていたんだけどねぇ」
しみじみとした呟きと共に娼館帰りのリヴァイを出迎えたのは、同じ調査兵団の一員であるハンジ・ゾエ。眼鏡のブリッジを指で押し上げて位置を直しながらハンジは苦く笑う。 「まぁその顔を見る限りでは何か事情があるようだけど」 「うるせぇよ」 リヴァイが突き放すようにそう答えれば、ハンジは肩を竦めて道を譲った。ただしそこでお別れではなく、横を通過して歩を進めるリヴァイの少し後ろをついてくる。 二人して静まり返った夜中の廊下を歩けば、妙に足音が耳に付いた。ここ――調査兵団本部に勤務する兵士達のほとんどは現在、宿舎にて休んでいるはずなので、こちらの棟にいる人数は日中の三分の一もない。その三分の一未満の中に含まれていたハンジはうっすらと隈が浮いた目を眇めながら軽い口調で告げる。 「キース前団長のところに行ってからだよね、あなたがそんな風になったのは。まさか調査兵団の中の誰かに一目惚れでもしたかい? それで、その子の代わりに娼館へ行って発散……いや、娼婦のお嬢さん方の中にその子の面影を探しているのかな?」 きっとハンジは適当にそう言っただけなのだろう。リヴァイの生活態度が変化したのは確かに調査兵団の前団長が教官を務めるウォール・ローゼ南方面の訓練兵団を訪ねてからであるが、リヴァイと言う人間の内面を僅かにでも知る者であれば、想い人の面影を他者に求めて云々というイメージなど抱かない。それこそ悪い冗談だと思うはず。 ゆえにリヴァイが足を止めて「だったらどうする?」と尋ね返した途端、ハンジは「へ?」と固まった。 そんな同僚の態度にリヴァイは小さく自嘲してみせる。 「正解とは言えんが大体合ってるぞ。言っておくが、俺は訓練兵団のヒヨっ子に惚れたつもりはない。そこは訂正させてもらう」 「あ、ああ。うん。わかった」 全く理解などできていない様子でハンジは頷いた。 リヴァイが再び廊下を歩きだしても今度は他人の足音が後ろに続いたりはしない。混乱中のハンジを放置してリヴァイはふと今夜の相手だった女のことを思い出す。 瞳の色を自慢にしている女だった。確かに部屋の間接照明の光を受けて輝く瞳は時折金色に見えなくもなく、リヴァイの記憶にある月下の黄金の双眸には遠く及ばずとも、一夜限りの夢を見るには相応だったと言える。 その前に抱いたのはショートカットの黒髪が艶やかで、どこか性があいまいな若い女だった。更にその前は花を飾るのが趣味で、行為をする部屋にもたくさんの生花やドライフラワーを飾っている女。他にも、回数は片手にも満たないものの若い同性を抱いた夜もある。 そんな彼女ら(および彼ら)が持つ要素を少しずつ抽出し、足し合わせた先にいるのは名も知らぬ少年だ。たった一度、しかも僅かな時間しか目にすることの叶わなかった彼の少年の印象的な黄金の瞳と狂い咲いた花畑の中で浮かべた微笑みが、数ヶ月経った今もリヴァイの脳裏には鮮明に焼き付いている。 自分の半分も生きていないであろうあの少年を女のように抱きたいわけではない。ただ触れるどころか見ることすらできないあの黄金を求めて疼く腹の底を鎮めたくて、少しでも彼の少年を連想させる者へと手を伸ばさずにはいられないのだ。それこそ潔癖症を押してでも。 ただし潔癖症は潔癖症だ。消えたわけではないその性質は、相手との行為を終えた途端に復活する。さっさと湯浴みをしてしまおうと、深夜にもかかわらずそれが許される立場であり、またそれゆえに任務外で遠出することを良しとされない――つまりあの子供を探しにも行けない――リヴァイは、女物の香水の匂いをまといながら徐々に増す苛立ちを抱えて自室へと足を速めた。 やがて、時は流れ――。 五年前のシガンシナ区と同じく、超大型巨人の攻撃を受けてトロスト区は壁に大穴を開けられた。しかし巨人化できる能力という特殊すぎる力を持ったある一人の新兵の活躍とその他の多すぎる命の犠牲によって穴は埋められ、人類は壁内に籠もってから初めての防衛に成功した。 が、その新兵が大岩で壁の穴を塞いだ直後、無防備な彼を覆った巨人達の影。新兵の幼馴染二人が傍にいたものの守れるような状況ではなく、彼らの胸を絶望が満たす。 「オイ……ガキ共、これはどういう状況だ?」 その絶望を払うように崩れ落ちる巨人達と、轟音の中で彼らに問いかける男が一人。 男――リヴァイは背後を振り返る格好で、まだ配属先も決まっておらず交差した剣の紋章を背負う新兵達を見据えた。 黒髪黒目の少女、金髪碧眼の少年、それから少年に抱えられた黒い髪と――…… (金眼の、ガキ……?) 決して気を抜いてはいけない状況であるにもかかわらず、くらりと眩暈がする。金髪の少年に抱えられぐったりとした様子の黒髪の新兵から目が離せない。 薄く開いた瞼の合間から覗く黄金の双眸は三年以上前からリヴァイが探し続けてきたそれに良く似ていた。また髪の色や顔立ちも――光の加減や年月の影響はあるものの――これまで見てきたどんな人間よりあの狂い咲く花畑で見た少年に似通っている。 「……はっ」 久々に腹の底が疼いた。 吊り上がりそうになる口の端を意志の力で抑えつけ、リヴァイはひとまず視線を黒髪金眼の新兵から引き剥がし、餌を求めて群がってくる巨人へと向ける。 あの子供が欲しい。ゆえに今はこの新兵達を背にして巨人の項を削ぐのが最優先事項だ。 どんな事情があってこの状況になっているのかまだリヴァイには解りかねるが、目的だけははっきりと判明している。ならばその通りに進むのみだと、リヴァイは半刃刀身が装着されたままの操縦桿を操り、空中へと躍り出た。 リヴァイが再び金眼の新兵と顔を合わせたのはその三日後。 手枷を嵌められ鉄格子の向こう側で巨人を殺したいとギラつく双眸は花畑で見た慈悲の眼差しからかけ離れたものだったが、それもまた悪くないとリヴァイには思えた。 そうして更に幾日後、審議所での兵法会議を経てリヴァイは正式に金眼の新兵――エレン・イェーガーを己の監視下に置くこととなる。 エレンが開拓地にいた頃、三軒隣に住む少し年上の女性は街で花を売り始めた次の年の夏に病気で死んだ。あんな荒れた土地では珍しく気立ての良い美人であったが、彼女の売る花≠ェ何であるか身を持って理解していたエレンにとって、その事実は悲しむ対象となる前に一つの教訓として胸に刻み付けられている。 彼女の死の原因について、子供であるエレン達は周囲の大人達から開拓地での貧しく辛い生活のためだと教えられた。無理が祟ったのだと。しかしエレンは彼女を死に至らしめたのがとある病であり、それは花売り≠ノよって他人から伝染されたものだと気付いていた。そういった事実と己が成人男性に襲われかけた経験が合わさり、エレンにとってそういう″s為は汚らしい……という表現は適切ではないのだが、兎にも角にも忌避すべきものだという意識が根付いてしまったのだ。 ゆえに、 「……」 今のこの状態をエレンは全く歓迎していない。 幼少期に一度だけ体験したあの時とは違って今は昼間で、エレンがいる木陰では葉っぱ同士の隙間から零れてきた陽光がキラキラと宝石のように輝きを発している。また背中の下には冷たい地面ではなく、やわらかな緑色の草や花々。しかしそういった細々とした小道具が異なるだけで、基本的な状況は同じだ。 つまり、自分の力だけでは敵わない相手に押し倒されている、ということ。 エレンの身体は地面とそこに生える植物に触れており、また己を押し倒している人物とも接触状態にある。ただほんの少しだけエレンが生物間の時間の移動を願えば、それだけで相手は急激に老いるか逆に胚にまで若返って消滅するか、そのどちらかの現象が起こるだろう。 しかしながら――。 「えっと」 この状況が過去のあの時のように性的な意味合いを含んでいると言うのは早合点かもしれない。その可能性が高い。と、エレンは戸惑いつつもすぐに考え直す。なぜならばエレンの両腕を捕らえて組み伏せているのが特殊な性癖の害獣ではなく、己が憧れる兵士であったから。 「あの、リヴァイ兵長……?」 目の前の深く刻まれた眉間の皺を眺めつつエレンはその名を呼ぶ。 そして、もしかしたら掃除を自主休憩して木陰で一息ついていたのが彼の怒りに触れてしまったのかもしれない、いや十中八九それだと確信しながら己の早とちりを恥じた。 一方、むっとして青くなって赤くなるという百面相を晒すエレンとは対照的に、押し倒しているリヴァイの方はいつも通り不機嫌で固定化されたしかめっ面である。 「エレンよ、てめぇ今なにしやがった?」 「え……」 やっぱり自主休憩してたのがバレたー! そして兵長は大変お怒りだー! と慌てつつも、さすがにエレンとて馬鹿正直に休んでいましたなどとは言えない。古城での生活にも慣れ始め、リヴァイが決して無意味な暴力をふるうような人間ではない――むしろ物言いはぶっきらぼうだがあまり手も足も出してこない――とすでに知っているが、それでも審議所で行われたパフォーマンスを忘れたわけではないのだ。頭では理解しているが、身体がまだそれに追いついていない。そんなエレンは上手く言葉が紡げず、緊張状態に陥っていた。 口をはくはくと開閉させるエレンにリヴァイは小さく「ちっ」と舌打ちをする。 「もう一度訊く。エレン、お前は今ここで何をした?」 「ぁ……ぅ……」 言葉に詰まるエレンだが、ふとリヴァイの問い方に疑問を覚える。今、ここで、何をしたのか。それは『掃除をしていなかったこと』への指摘と言うより、エレンが掃除の代わりに行った事項を尋ねているように聞こえた。 そう思うと同時にちらちらとエレンの視界の端に風で揺れる花の姿が映り込む。そしてエレンは先刻、自主休憩中の手慰みに自分が一体何をしていたのか思い出し、ザッと音を立てて顔を青くした。 リヴァイが現れる前、エレンはここ最近の己を取り巻く状況に関して頭がいっぱいになっていた。 憎むべき巨人になる力を持っていた自分。しかも巨人化している間は自我が曖昧で、大切な家族である少女にすら攻撃してしまったらしい。そんな己の立場は――たとえエレンを「人類の希望」と称する人間がいたとしても――非常に危うく、街から離れた古城の更にその地下室が己に与えられた寝室という警戒具合。審議所で聞いた罵声や嫌悪の声も未だ耳から離れず、自身に対する不信と他者から向けられる恐怖の視線を夢に見るなど毎晩だ。 無心に掃除をしていれば一時的にそれを忘れられたものの、ちょっとした拍子で思い出しては、公に捧げた心臓のある辺りが鉛でも詰まったかのように重くなる。 ゆえに自主休憩と称して木陰で休んでいたエレンは生き物の時間を自由に移動させられる己の手を眺め、ほぼ無意識にその手で傍らにある固い蕾を撫でていた。 もし父親に怪しい薬を注射される前まで自身の身体の時間を戻したとして、その薬の効果が消えてくれるのか確証はない。 それ以前に、そもそもグリシャが打った薬は本当に巨人化するためのもの≠セったのだろうか。ひょっとしたら別の効果――たとえば元々エレンには巨人化に繋がる因子があって、それを抑えつけたり制御したりするための薬だったとしたら。身体の時間を戻してその薬の効果が失われてしまった場合、一体どうなるのか。また一度時間を戻し、早送りして再び十五歳の身体に戻った場合、薬の効果は消えているのか復活しているのかも不明である。 こんな危うい賭けにはさすがにおいそれと手出しできない。 暗い地下室で幾度となく繰り返した考えをぼんやりと頭の片隅で再生させながらエレンが撫でたその蕾は、数日分のエレンの身体の時間を与えられてふわりと花開いた。 そして五年の月日を戻す決心ができないまま、ほんの少しの時間を次々に周囲の花へと分け与える。 気付けば、エレンの周囲にだけ異様にたくさんの花が咲いているという状況が完成していた。 (見られ、た……? いや、そうじゃなくてもこんなの変に決まってる) たとえ指先で撫でるだけで花が咲くところを目撃されておらずとも、エレンの周囲にのみ花々が咲き誇っているというのはあまりにもおかしい。ゆえにリヴァイは今、この身を逃さないよう押さえつけて事実を聞き出そうとしているのだとエレンは確信する。 なんとか平静を取り戻したエレンは身体の力を抜いて抵抗の意思が無いことを示しながら口を開いた。 「すみません。少し休憩をしながら花を見ていました」 ひとまず自分の能力を使うところを見られたのかどうか確認するためにそう答える。直後、リヴァイの眉間の皺が深くなった。これはマズい、とエレンは彼に何を見られたのかほぼ確信する。 観念するしかない。 エレンは僅かに沈黙を保った後、眉尻を下げてリヴァイに告げた。 「ひとまずこの体勢を何とかして頂いてもいいですか」 さて、どこまで真実を混ぜれば上手く誤魔化すことができるだろうか。 木陰で休憩しているエレンを見つけた時、リヴァイは上官としてそれを注意するつもりで近付いて行った。しかし彼の周りだけ妙に開花した花の数が多く、その『花々の中で休むエレン』を認識した途端、己の手元に置くだけである程度大人しくなっていた腹の底の疼きが一気に強くなったのだ。 その時のエレンは『リヴァイの一番欲しいもの』にひどく近かった。 次に踏み出した一歩にはもう注意しようという意思はなく、ただ『欲しい』という感情だけで足が動く。しかしその時、リヴァイの目は不思議な現象を捉えた。 花の中央で座り込んだエレンがまだ緑色の残っている草の上部を撫でる。すると数瞬後、固い蕾だったはずのそれは色鮮やかに花開き、エレンの周囲を彩る花の一つとなった。まさにエレンの意志によって狂い咲くかのごとく。 リヴァイの脳裏に強烈なフラッシュバックが起こる。雪の中で狂い咲いた花々。その中央に立つ、慈悲の微笑みを浮かべた金眼の子供。 そうして、気が付くとリヴァイは注意するはずだった新兵を――そんなものを通り越して――押し倒していた。 「あの、リヴァイ兵長……?」 恐る恐る名を呼ぶエレンの声にはっとして、取り繕うようにリヴァイは尋ねる。 「エレンよ、てめぇ今なにしやがった?」 「え……」 狂い咲く花畑に立つ幼子。 花を狂い咲かせている若い兵士。 まさかあの一方的で刹那的な邂逅の相手とこんな所で再び会えるなどとは思っていない。しかしあまりにも多く、また特異的な共通点にリヴァイの脳の奥が殴られたように揺れている。 エレンは上官の急すぎる凶行に驚き、極度の緊張状態に陥っていた。きっと審議所での一件も引き摺っているのだろうと気付き、リヴァイは舌打ちをする。 「もう一度訊く。エレン、お前は今ここで何をした?」 「ぁ……ぅ……」 言葉に詰まるエレン。しかし彼はふと何かに気付いたかのようにゆっくりと平静を取り戻していく。 そしてガチガチに緊張していた身体から力を抜くと、へにょりと眉尻を下げて口を開いた。 「すみません。少し休憩をしながら花を見ていました」 リヴァイは眉間の皺を深くする。 どうやらこの新兵は花のことを隠す気でいるらしい。もしくはリヴァイが何をどこまで見たのか確認したいのか。 しかしリヴァイがそういう考えを顔に出したことでエレンも隠し通せないと観念したようだ。僅かな沈黙を挟んだ後、「ひとまずこの体勢を何とかして頂いてもいいですか」と苦笑してみせた。 身体を退けてやり、リヴァイは自分が立ち上がるついでに相手の手を取って引っ張り上げる。エレンは何の抵抗もなく地面から起き上がって気まずそうに頬を掻いた。 「で?」 その一音のみでリヴァイは話を促す。 詳細を――否、エレン・イェーガーの正体≠知りたいのは、無論それを管理する上官としての義務でもあるが、今は何よりあの子供≠ニの共通点を多く持つこの少年に強く興味を引かれていた。年齢的にもエレンとあの金眼の幼子は一致する。目の色も髪の色も、顔の造形だってそうだ。そして、花も。 ただ一つエレンと金眼の幼子との差異は、黄金の双眸が餓えた獣のようにギラつくか、それともあの慈悲深い微笑みを受かべるかどうかという一点のみ。 微笑み以外は金眼の幼子そのものであるエレンをリヴァイは強く欲する。それこそこれまで単に腹の底の疼きを抑えるため抱いてきた女や少年などでは比べ物にならないほど。 そんな感情が籠もる強い視線に晒されたエレンは一瞬息を詰めたものの、大きく深呼吸をして真っ直ぐにリヴァイを見つめ返してきた。 「とてもおかしな話になります」 「巨人化できるってだけですでに十分おかしい話だけどな」 「ははっ、そうですね」 エレンはへらりと眉尻を下げ、それから数歩離れたところに生えている雑草を手折ってきた。 「でも、こういうのだってやっぱりおかしいですよ」 そう言いながらエレンが空いた手で草の上部をひと撫ですると、それはあっと言う間に蕾を付け、そしてその蕾は瞬く間に綻び、最後には花を咲かせる。 リヴァイは息を呑んだ。その様子を見たエレンが苦笑を浮かべて狂い咲いた花を手放す。 「ずっと昔からこうなんです。オレがそう願い、触れるだけで、どんな花だって咲いてしまう。巨人化できるようになる前からオレは奇妙な人間だったってことですね」 「お前の調書にはそういった記述を見かけなかったが」 当たり前だと自身で理解しつつもリヴァイがそう告げれば、エレンは苦笑の度合いを深めて「知ってるのは両親とミカサとアルミンだけですから」と答えた。 「そうか」 ならば秘密が漏れるはずもない。 エレンのこの不思議な力を知る四人のうち、一人は五年前に死亡、一人は同時期に行方不明、そして残りの二人はリヴァイも目にした通りトロスト区で身を挺してエレンを守ろうとした者達である。 ただ単に花を咲かせるだけで特別な益などない能力だとしても、普通とは違うというだけで当人の意志など関係なく自由を奪いたがる者はいくらでもいる。そんな普通ではないエレンの力を他者に漏らし、彼が不利な状況に陥ることをミカサもアルミンも望むはずがなかった。 たった今、エレンの不注意の所為でその秘密を知る者はもう一人増えてしまったけれども。 「隠し事ならきちんと隠し通せってんだ」 「すみません。自覚はあるつもりだったんですが、考え事をしている間についつい力を使ってしまったみたいで。手慰みに、というか。まぁ情けない話ですが、周りの視線に結構こたえていたようです」 「……そうか」 先程と同じ返答だが、僅かに間が空いた。 周りの視線に結構こたえていたようです=\―ああこいつは巨人化の能力を持っていても、どうしようもなくまだ十五歳の子供なんだと、たったその一言にリヴァイは改めて考えさせられる。 九歳で強盗である大人二名を殺害および一名の殺害教唆、十歳で生まれ育ったシガンシナ区に巨人が襲来して母親を目の前で食われ、その後二年間の辛い開拓地生活。訓練兵団に入団し、三年のカリキュラムを経て五番目の成績を収めたと思ったら、巨人化の能力が判明して危険物扱い。なんとも波乱に満ちた人生ではあるが、それでもエレン・イェーガーはまだたったの十五歳で、それに――僅かな共同生活でも垣間見える通り――根は素直で優しい子なのだ。 そんな子供を大人達は寄ってたかって危険視し、畏怖し、嫌悪し、そして口々に殺せと叫ぶ。 恐れるのも嫌悪するのも理解はできるが共感はしないし、なんとも情けない姿じゃないかと、いざという時にはその子供を殺す役割を担った大人であるリヴァイは思った。 そうしてリヴァイは「はあ」と大げさに息を吐き出し、がしがしと頭を掻いた。「兵長?」と金色の目がこちらを見つめる。それを見返してリヴァイは新兵の胸の中央を軽く小突いた。 「花を咲かせようが何しようが、巨人を狩る能力があるならそれでいい。だが面倒事は嫌だからな。精々他の奴らにはバレねぇようにしとけよ」 「っ、はい! ありがとうございます!」 ガバッという効果音が付きそうなくらい勢い良くエレンが頭を下げた。 たとえば花ではなく人に作用する力――死んだものを生き返らせるだとか、老いた人間を若返らせるだとか――ならば、その能力の活用方法も考える必要がある。しかし『花』だ。女子供には好かれるかもしれないが、巨人と戦う兵士には無用でしかない。それこそ考えるにも値しないほど。 ゆえにエレンの特殊な力のことを、エルヴィンを含め他者に告げる必要などないし、そのことでエレンを不安にさせる理由もない。 きっぱりすっぱり気にするなと言動で示し、リヴァイはエレンに背を向ける。もう一度頭を下げる気配と共に「ありがとうございます!」と声がかかったので、振り返らずに軽く手を上げて応えてやった。 ただその背に向かって最後に新兵が「すみません」と謝罪したことなど知る由もなく。 2013.08.02 pixivにて初出 |