己の吐く鉱物をたった一人にだけ分け与えるようになってから数日後。執務中に覚えのある吐き気に襲われ、ころりと口から飛び出した物にリヴァイは目を丸くした。
「色がついてやがる……」 それまで異物嘔吐症の発症者であるリヴァイが吐き出すのは無色透明の水晶のみであった。しかし現在、硬い手のひらの上でランプの光を反射している小さな鉱物達には様々な色がついている。 血潮のように赤いガーネット。 壁内の人類がまだ見ぬ海の色をしたサファイア。 深い森の緑を閉じ込めたヒスイ。 透き通った若葉色のペリドット。 薄いピンク色にけぶるローズクォーツ。 それから、少しだけリヴァイの大切な子供の瞳に似ているシトリン。 キラキラと輝くそれらを眺め、リヴァイは思案する。これまで無色透明の水晶しか吐き出さなかった身体が、なぜ今頃になってこんなにも色鮮やかな――そう、まるでエレン・イェーガーが吐き出す花のような色を持った鉱物を生み出すようになったのか。 これらがリヴァイの生命の欠片であることは変わらないため、効能にも変化は無いと思われる。つまり今まで通りエレンに与えても問題は無いということ。 (だったらまぁ何でも構わねぇか) そもそもこの奇病自体どうせ考えても解らないのだからとリヴァイが早々に思考を放棄しかけた、その時。 「兵長、エレン・イェーガーです。グンタさんから書類を預かってまいりました」 執務室の扉の向こうからリヴァイと互いの命を支え合う相手であるエレンの声がした。彼以外には誰も扉の向こうに立っていないことを気配で察した後、入室を許可する。 「入れ」 「はい、失礼します」 蝶番が僅かに軋む音と共に静かにエレンが入ってきた。 リヴァイの手のひらには未だ己が吐き出した異物が乗っており、エレンしか他人がいない空間であるため隠すそぶりも見せない。よってエレンの黄金の双眸が容易く上官の持つそれに向けられる。 一体何かと興味深げに見開かれた瞳は、すぐに推測を立ててその顔に僅かな笑みを浮かばせた。 「兵長は水晶だけでなく色々な鉱物を吐かれるんですね」 「あ? ああ」 リヴァイ自身このようなことは初めてなので返答が曖昧になる。だがそんな上官の様子には気付かず、エレンは書類を持つのとは逆の手で恥ずかしそうに頬を掻いた。 「オレの方はなんだか最近、同じような花ばかりになってしまって」 「……ほう?」 どうやらリヴァイとは逆の現象が発生しているらしい。わざと興味を持ったと分かるよう語尾を上げて発音してやれば、エレンは書類をリヴァイの机の端に置いて先を続けた。 「ほとんどが薔薇なんです。特に赤と白とピンクが多くて、時々青色も」 兵長に差し上げるために溜めていたら種類が偏っていることに気付いたんです、とエレンは苦笑で締めくくる。 「ふむ。俺も実は今初めてこんな種類の鉱物を吐き出したばっかりでな。お前もそれがここ数日の現象ってことは、俺達が互いに延命させ合っているのが原因……と考えるのが一番納得のいく答えかもしれん」 この変化がリヴァイだけ、もしくはエレンだけならまた別の原因があるのだろうが、二人揃ってとなると、一番の可能性はそれになるかもしれない。 異物嘔吐症が元々どういう理屈で発症する病かも解っていないので全ては推測の域を出ないが、答えを捻り出すとしたらそれくらいだろう。 「だがまぁ些細なことだ。これらが俺達の命であることに変わりはない。……ほら、来たついでだ。ガキはこれ食ってクソしてさっさと寝ろ」 と言いながらリヴァイは椅子から立ち上がり、色鮮やかな鉱物を手ずからエレンの口に押し込む。 ふに、とエレンの唇に指が当たってやわらかな感触と熱が伝わったが、別段、嫌だとは思わない。互いに命を与え合うパートナーとしてやはりこの子供だけは特別なのだと改めて実感しながら、リヴァイは薄く薄く微笑んだ。 その笑みを直視したエレンが赤いガーネットを嚥下した途端、宝石の代わりとでも言うように花を吐き出す。種類は彼が言った通りの薔薇。色はまるでガーネットが変化したかのような真紅。 「エレン」 その名を呼ぶだけで少年は上官の意図を察し、花びらを一枚摘まんで口へと近付ける。 「いい子だ」 リヴァイはエレンの指ごと深紅の花弁を食み、驚く子供に今度こそはっきりと笑ってみせた。 さて、赤い薔薇の花言葉は一体何であっただろうか。 2013.07.21 pixivにて初出 兵長が吐き出した宝石と新兵が吐き出した花についてのメモ 水晶:明晰・完璧・沈着冷静 ガーネット:秘めた情熱 サファイア:誠実・慈愛 ヒスイ:知恵・名誉・安らぎ ペリドット:夫婦愛、豊穣 ローズクォーツ:恋愛・繊細 シトリン:完璧・冷静沈着・神秘的 赤い薔薇:情熱・愛情 白い薔薇:あなたを尊敬する ピンクの薔薇:わが心君のみが知る・温かい心・満足 青い薔薇:奇跡 という感じでした! ちなみに新兵が本編で吐いたムラサキツユクサは「貴ぶ・尊敬しているが恋愛ではない」でして。兵長と命の分け合いっこをし始めてからは一度もムラサキツユクサを吐いていないという裏設定があったり。 更に。この後で兵長が吐き出したのはダイヤモンドだったり。 更に更に。食べさせ合いっこは基本だったり(`・ω・´)キリッ リヴァエレはよ結婚しろ。 |