ご注意。

 この話は100年ぶりに巨人が現れた際、エレンは家へ戻るまでの間にミカサと離れ離れになり、ハンネスも現れず、一人で母親の死を直視した……ということになっております。
 そして偶然、この巨人来襲のすぐ後にリヴァイを含む調査兵団が帰還し、町で戦闘を開始したという設定です。
 なお、エレンはそのまま兵長に見つかり(助けられ)、調査兵団に連れ帰られます。よって父親との再会及び注射器アレコレなイベントはありません。
 原作とは違う流れになっておりますので、受け付けられないなぁという方はどうぞウインドウを閉じるかブラウザバックをお願いします。





◆ ◆ ◆






 845年。100年の安寧の中にあった人類はウォール・マリアを破壊してシガンシナ区に出現した巨人達により悲鳴と絶望の世界を思い出すことになった。
 だがただ無意味に屠られるだけではない。偶然にも巨人の出現から僅かに遅れる形でシガンシナ区に壁外から調査兵団の面々が帰還したのである。しかもそのメンバーの中には人類最強と称されるリヴァイ兵士長の姿もあった。
 調査兵団も万全の体勢ではなかったが、彼らとシガンシナの駐屯兵団は立体機動装置を駆使して巨人侵攻に対抗。結果は残念にもウォール・マリアの放棄となってしまったが、救えた命は調査兵団が不在だった場合よりも多かっただろう。
 そんな混乱の最中、件のリヴァイ兵士長はある一人の子供を自らの手で助け、そのまま自身の本部に連れ帰った。
 子供の名はエレン・イェーガー。目の前で巨人に母親を喰われ、あわや自分も同じ運命を辿るかというところでリヴァイに救われた命である。
 ただ恐怖して腰を抜かすか生きる気力を失った子供だったなら、リヴァイは彼をその場に捨て置いたかもしれない。またそこまで非情でなくとも、自らの手間を増やして連れ帰ることはなかっただろう。しかしエレンという名の少年は違っていた。
 リヴァイがエレンを救った時、子供は母の血を浴びながら、彼女を喰らう巨人をじっと見据えていた。そして絶望から一転、壮絶な色を宿す金の瞳で人類の天敵を睨み付け、はっきりと言ったのだ。

 お前ら全員、一匹残らず、駆逐してやる。

「ほぅ……。悪くない」
 人類最強の男はうっすらと口の端を持ち上げ、呟く。そして巨人を殺した後に子供へと手を差し出したのだ。

「お前に巨人の削ぎ方を教えてやろうか、クソガキ」

* * *

 壁外への遠征という任務のため必然的に巨人と相対することも多く、三つある兵団(訓練兵団を含めるならば四つ)の中でずば抜けて死亡率の高い組織――調査兵団。
 兵士としての訓練を終えた少年少女達のうち各期上位十名のみが入団する権利を得られるのは憲兵団であり、実力者はそちらに取られてしまうのがこの人間世界の仕組みであるのだが、人類最強と称される男は憲兵団でも駐屯兵団でもなく調査兵団に属していた。
 その名をリヴァイと言う。
 人類最強の兵士、リヴァイと言えば兵役に関わっていないものですら知っているだろう。それくらいに圧倒的で、巨人に脅える人間社会において彼はまさに人類の希望と言えた。
 しかし一年ほど前から――まだ彼が属する調査兵団においてのみの現象であるが――リヴァイに次ぐ実力者として注目されつつある人物がいた。
 その人物は弱冠十五歳。100年の安寧を打ち砕いた超大型巨人の出現の際にはたったの十歳だった子供である。だが幸運にも戦地となったシガンシナ区でリヴァイにその命を救われ、彼自らの手によって兵士として育てられた稀有な存在だった。
 名をエレン・イェーガーと言う。
 リヴァイと同じ黒髪だが猫っ毛で、金の瞳を持つ双眸もどことなく猫を思わせる。また体格は良く言えば若木のような、悪く言えば頼りない少年だ。けれどもその裡に抱えた巨人への憎悪は大きく、その一方で冷徹冷静なリヴァイに躾けられた彼はその激情に振り回されることもない。
 巨人との戦闘の際に用いられる立体機動装置を始めとする技術は、ずば抜けた才能はないものの、多大なる努力によって十分すぎるほどに補われていた。
 無論、人類最強の男に狂信的な憧れを持つ一部の者達などからは特別扱いされているとやっかみを受けることもあったが、エレンはそんな者達も最終的には黙らざるを得ない実力者に育った。十歳から十五歳までというたったの五年間で。
 ゆえに今、エレン・イェーガーという人物は調査兵団内にて一目置かれる人間の一人になっている。
 正式に調査兵団に入団したのがここ数年の話であったためまだ一般兵と言う立場ではあるが、それでもエレンを知る調査兵団の兵士達は彼をこう呼んだ。
 リヴァイ兵長の傑作、と。


「心臓を捧げよ!」
 ウォール・ローゼ南方面駐屯の訓練兵団104期兵として無事に訓練課程を終えた少年少女達が、調査兵団団長エルヴィン・スミスの号令により一斉に右の拳を左胸に当てる。この人類圏における敬礼は己の心臓を王に、民に、人類復興のために捧げるしるし。
 だが舞台の中央に立つエルヴィンを舞台袖から眺めつつ、号令と共に己もまた敬礼の姿勢を取ったエレン・イェーガーは違う。
(この心臓はリヴァイ兵長に捧げます)
 100年の安寧を打ち壊す巨人が現れたあの日、エレンはリヴァイによって命を長らえ、そして巨人を倒す術を手に入れた。
 母の死を直視しながら幼いエレンが誓ったのは巨人への復讐。そのための全てを叩きこんでくれたリヴァイに、エレンは対価として己が持ち得るものを何であろうと差し出そうと決めていた。あの人が望むならば心臓も。
 そもそもエレンが立体機動装置を駆って半刃刀身を握り締めて戦うのは人類の繁栄でも、ましてや中央で安穏と暮らす王や貴族のためでもない。母や大切な人や自分の街を奪った巨人への復讐がその根幹にある。ゆえに見も知らぬ誰かに捧げる心臓など持ち合わせていない。エレンの行動原理も身体も全てはエレンのもので、そして今のエレンはリヴァイによって形作られた姿なのだ。
(母さん……父さん、アルミン、そしてミカサ)
 エレンは心の中で失ってしまった、もしくは離れ離れになり生死不明のまま五年も経ってしまった者達の姿を思い出す。
 巨人来襲のその時までエレンはミカサと共にいたのだが、パニックに陥った人々の波にもまれて彼女とはぐれてしまった。かつてエレンが救い、またエレンを救ってくれた幼馴染は今どこで何をしているのだろうか。
 無事に生きていてくれればいい。
 母を失い、また兵士として生きる中で年上の同僚達の命が散っていく様を見続けてきたエレンだからこそ、切にそう願う。
 舞台上ではエルヴィンが敬礼をした二十人の新兵達に向かって尊敬の意を示していた。最も過酷な兵団に属することを自ら決めた勇敢な次代の戦士達に。
 彼らの中にはエレンと同じ年の者も含まれると聞いている。エレンもひょっとしたら――リヴァイに助けられずとも生きてウォール・ローゼに辿り着けていたならば、彼らの中に入っていたかもしれない。
 ふとそんなことを思ってエレンはこの時初めて舞台袖から残った新兵達の姿を伺った。
 そして、目を見開く。
「……ぁ」
「エレン?」
 小さく声を漏らしたエレンに気付き、隣に立っていたリヴァイが名を呼んだ。
 普段ならば何を置いても応えるべき呼びかけだ。しかし今だけ、エレンの意識は残った新兵達に注がれていた。

「ミカサ……アルミン……ッ!」

 調査兵団への入団を決めた総勢二十名の新兵の中に二人の大切な幼馴染の姿を認め、エレンは思わず舞台袖から身を乗り出す。
 そんな、まさか。無事でいて欲しいと願った二人は生きていた。それは嬉しい。けれど圧倒的に死亡率の高い兵団へ何故あの二人が。
 舞台袖からチラリと覗いた人影に幾人かの新兵が気付き、視線を送る。
 そして視線を動かした者達の中にエレンが名を呼んだ二人も含まれていた。
 淡々と落ち着いた目をして前を見据えていたミカサが黒曜石の瞳を大きく見開く。
 エルヴィンの演説を聞いて顔色を悪くしながらもその場から去ろうとしなかったアルミンが疑問形で小さくエレンの名を呼んだ。
 知り合いか? と傍らのリヴァイが問う。「はい。シガンシナで別れた幼馴染です」とエレンが頭を縦に動かすと、彼は皮膚の硬くなった手でそっと背中を押した。
「もうエルヴィンの演説は終わった。一時的に自由行動を許す」
 行って来い、と暗に告げられて、エレンは完全に舞台上へと姿を現す。そのままこちらを見つめる幼馴染達の元へ向かった。
 会えて嬉しい。生きててくれて嬉しい。
 でも。
「二人とも、なんで……」
 視界が滲む。
 ミカサが新兵の列を外れてエレンの前まで駆け寄ってきた。その背後にはアルミンも続く。
 エレンの声を聞いたミカサは行方知れずでもう死んだとさえ思っていた大切な人の姿を確認し、次いで彼が調査兵団の制服を身に纏っているのに気付いて、

「私からエレンを奪った巨人に復讐するため」

 そして五年ぶりに再会したその幼馴染を正面から抱きしめ、

「でも、それはたった今変わった」

 エレンの背中に描かれた自由の翼を右手で握り潰す。

「私がここにいるのは、あなたを死なせないため」

 黒曜の瞳が舞台袖の方へと向けられる。
 彼女が睨み付けた先では人類最強と謳われる兵士が鋭い目つきをこちらに向けていた。






アウルム アキエース







2013.05.05 pixivにて初出

実はこのお話が進撃二次で初めて書いたものでした。最初から突っ走っております(笑)
「テメェなにうちの可愛いエレンを危ない場所に引きずり込んどんじゃワレェ!」って詳しい事情を知らないはずのミカサさんが兵長を睨みつけているのは完全に女の勘。