クソみたいな世界でクソのように生きてきた。
名前もなく、己より強い存在にただひたすら虐げられる日々。 しかしそれは名無し≠ノとって当たり前であり、変えられるか否かの前に変える気すらない世界だった。 だった、のだが―――。 (俺の世界は深山鶯最中に出会って変わった) 名無しの悪魔は最中と言う少女に出会い、「夜」と言う名を手に入れた。そして世界すらも。 ゴミ溜めのような世界から切なくも美しい世界へ。それはおそらく名無しから夜となった悪魔の一生で最も大切な、奇跡のような時間だった。 しかし幸せな時間は続かず、夜を虐げていた悪魔―――パズスが最中に目をつけ、優しい世界で輝くように生きていた少女を奈落の底に突き落としたのである。 夜は最中を救いたかった。 だが夜には力がなかった。 パズスに挑み、ボロボロになった夜に残されたたった一つの対抗手段は悪魔が恐れる存在を頼ること。己自身が悪魔であることなど、それが理由で殺されるかもしれないことなど関係なかった。 「頼む。俺に……悪魔の殺し方を教えてくれ」 ただひたすら大切な人を助けたい一心で悪魔が恐れる存在―――祓魔師に願う。 パスズに対抗できる手段を。最中を助ける方法を。どうか、どうかこの弱い悪魔に授けてくれ。 人語を発せない悪魔だった夜の言葉はその場に居合わせた祓魔師達にとってただの鳴き声にしか聞こえない。そして夜の言葉は意味を解されることなく無視され、悪魔だからという理由で呆気なく潰されるはずだった。 けれども名無しの悪魔が最中に出会って夜と言う名を得たのが最初の奇跡だとするなら、奇跡はもう一度だけ夜の身に優しく降り立った。 「悪魔が俺≠ノ悪魔の殺し方を教えろだなんて、こりゃもう叶えてやるっきゃないだろ?」 切なげに、楽しげに、愛おしげに。 青い目をした祓魔師の男が笑う。 夜はその言葉の本当の意味を知らない。しかし自分の中にあるたった一つの願いがその男によって聞き届けられたのだと理解した。 安堵を覚えた途端、限界だった体力は容赦なく夜の瞼を降ろさせる。成体の猫ほどしかない夜の身体はそっとその祓魔師に抱き上げられ、優しい手つきで背を撫でられた。 悪魔を救うと決めた男に同僚達が僅かばかりどよめいたが、貴方なら仕方ないと苦笑する声もちらほら上がる。夜の意識はそれを疑問に思う前に闇へと落ちた。 気絶するように眠りについた小さな悪魔を抱えて青い目の祓魔師は悪魔が呟いていた言葉の端々から傷ついた彼の境遇と思いを推測する。祓魔師でありながら悪魔の言葉を理解する男―――否、悪魔の言葉を理解できる存在≠ナありながら祓魔師をやっている男は、黒髪の合間から青い目を優しく眇めて呟く。 「大切なやつのために俺がお前の世界を変える手助けをしてやるよ」 かつて大切な存在を二度と泣かせないという願いを持って世界を変える決心をした悪魔≠ヘ、小さな悪魔から顔を上げ、周囲の祓魔師達に宣言した。 「この下級悪魔は俺、奥村燐と青十字騎士会が預かる! 以上、今日は解散!!」 ―――こうして「夜」の名を持つ悪魔に二度目の奇跡が舞い降りる。 それは、かつてその身に一度だけ訪れた奇跡によって大切な者達の笑顔を取り戻した悪魔の青年の姿をしていた。 2012.05.27 pixivにて初出 |