長い金髪が動きに合わせてふわりと靡く。ヴァチカンからわざわざ正十字学園までやって来たその人物は、カツリと硬質な足音を立てて現れ、眉間に皺が寄る一歩手前のような顔でこう言った。
「貴様がミーシャ……奥村燐か」
 問われ、燐は前の記憶の所為で思い切り顔をしかめる。そんな燐の反応に金髪の人物は小さく鼻で笑い、黒いコートに包まれた胸を堂々と張ってこう名乗った。

「オレはアーサー・O・エンジェル。上一級祓魔師にして四大騎士の一人だ」

 燐が持っている前の記憶だと、アーサーは祓魔師達のトップ―――聖騎士だった。
 しかしそれは前聖騎士の藤本獅郎が死亡したため。よってまだ獅郎が存命中の今、アーサーは四大騎士という地位にあるらしい。また聖騎士ではないため、あの白い特注のコートではなく、若干装飾過多に見えるが祓魔師の黒いコート姿だった。
「そのお偉いオーギュスト卿が一体俺に何の用だよ」
 燐は憮然とした表情でそう問いかけた。
 場所はアーサーを迎えるためにセッティングされたヨハン・ファウスト邸の一室。屋敷の主であるメフィストと燐の付き添いである獅郎が対峙する二人の様子を無言で窺っている。
 燐が祓魔塾に入ってから半年と少し。つい先日、祓魔師の資格を得るために試験を受けたばかりだ。
 ゆえにヴァチカン所属で三賢者の命令に忠実なアーサー・O・エンジェルの来日は燐の関係者全員に大きな警戒を抱かせた。試験の結果に無理矢理な屁理屈をつけて燐を幽閉や処刑にするつもりでは、と。
 しかしながら、生憎同席を許可されたのは日本支部長であるメフィスト・フェレスと燐の後見人になっている藤本獅郎のみだったため、この二人が普段通りの顔をしつつもアーサーが何かしでかした時には容赦なく対応≠キるつもりで構えているのだった。
「オレは今日、貴様にある用件を伝えるためにやって来た」
「用件を伝える?」
「ああ、そうだ」
 訝る燐の様子に気付いているのかいないのか、アーサーは自分には何の落ち度もないという表情で頷く。
 彼が伝えに来たという用件の内容を想像してみるが、どうにも良いものなど浮かびそうにない。まさかまたオペラ座法廷への召還か、と想像すれば、燐の視界の端で同じことを考えたらしい養父の口元がピクリと動いた。
 もしここでアーサーが本当にオペラ座法廷への召喚を告げたなら、カソックではなく祓魔師のコートを纏っている――つまり明らかに最初から戦闘態勢な――養父が腰から銃を抜きかねない。そしてきっと、そうなればメフィストも獅郎を止めはしないだろう。
 緊張が高まる中、その中で唯一の例外であるアーサーが、そうして燐に告げた。

「喜べ、奥村燐。先日の祓魔師認定試験において、貴様は見事、騎士の称号を得て中一級祓魔師に認定された!」

「……………………は?」
 あれこれ今の空耳? 俺の妄想か何か?
 燐は目を点にしてアーサーを見つめる。だがアーサーは「残念だったな! 嘘だ!」とも何も言わない。皺が寄る直前だった眉間は力が抜け、代わりにその整った顔には隠しようのない喜びが浮かんでいる。
 ひょっとしてさっきまで厳しい顔つきをしていたのは表情が緩みそうになるのを必死にこらえるためだったのだろうか。
 何それ意味がわからない。と燐は混乱の真っ直中に落とされる。どうしてアーサーがこんなにも嬉しそうなのか。しかも中一級だ。中一級とは雪男と同じ位である。天才と称され、祓魔師になってから三年経ったあの雪男と。
「俺が……? なんで」
 ようやく燐がそれだけ吐き出すと、アーサーは何故か誇らしげに「それはだな」と素直に答えてくれた。むしろ答えるというより自慢すると表現した方が近いくらいに。
「勿論、貴様の実力が無視できないものだったからだろう」
「でも俺は青焔魔の落胤だぞ?」
「それを踏まえた上での決定だ。もし青焔魔の落胤という付属物がなければ、貴様はもっと上に認定されてもおかしくない」
「……マジで?」
「オレは嘘などつかん」
 きっぱりとそう言ってからアーサーはぐるりと燐以外の二人にも視線を向けた。燐も合わせて獅郎達の方を向れば、メフィストは愉快そうに笑い、獅郎は驚きに目を瞠っている。
 そんな彼らの姿を確かめた後、アーサーは再び口を開いた。
「しかしまぁ、本当は中一級どころか下二級であっても資格など与えたくないなどとほざく老害共もいたのだがな」
「……………………は?」
 先程と同じ長さの沈黙を挟んで燐が一音だけ発する。
 ひょっとしてこの金髪の男はアーサー・O・エンジェルではない別の誰かなのだろうか。ああ、そうだきっとそうに違いない。でなければどうして騎士團上層部を『老害』などと称すだろうか。しかも忌々しそうに顔を歪めて。
「お前本当にアーサー・O・エンジェルなのか?」
「? そうだぞ。最初に名乗ったはずだが」
「でもってそのオーギュスト卿が老害とか言っちゃう?」
「本当のことだからな。だが安心しろ。奴らの意見はオレと志を同じくする者達によって一掃させてもらった」
 ちょっと待ってくれ、と思わず声が出そうだった。
 あの聖騎士が――今は四大騎士だが――、あのアーサー・O・エンジェルが、前の世界では燐の片足を容赦なくぶった斬ってくれた男が! よりにもよって燐を肯定的に捉え、その燐を貶める者達に牙を剥いたと?
「なんで。なんであんたがそんなこと」
 問う燐にアーサーはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの様子で満面に喜色を乗せる。
「昔、日本に来ていた視察団が悪魔と遭遇したことがあっただろう。その時のことを覚えているか」
「……え、それって俺が」
「そうだ。貴様が数多の悪魔から戦闘能力のない者達を救った件だ。ちなみにオレは上二級祓魔師として彼らの護衛にあたっていたが、いかんせん悪魔の数も守るべき対象の数も多くて手が回らなかったのだ」
 アーサーがいたことには気付かなかったが、視察団のメンバーを悪魔から守ったことは覚えている。まだミーシャとしての名がなく、それどころか雪男もまだ祓魔師になっていなかった頃だ。
 同じく当時のことを知っているメフィストが口を挟む。
「その視察団だった方々ですが、確か今はヴァチカンの方で結構な要職についているとか」
「いかにも」
 メフィストの台詞にアーサーは大きく頷いた。
「あの時の視察団メンバーだった者とその護衛を担っていた者達は、オレも含めて皆ミーシャという名を知る前からその存在に感謝していた。ミーシャが青焔魔の落胤だったという事実には驚いたが……助けてくれた存在をその肩書きだけで憎むようになる器の小さい者などいなかったのでな。こうしてミーシャの―――いや、奥村燐の助成に加わったというわけだ」
 満足そうな笑顔でそう言いきってアーサーは懐から何かを取り出した。
「これを」
 燐は差し出されたそれを見て青い目を大きく見開く。―――祓魔師であることを証明する階級証(バッチ)と免許証だった。
「受け取れ。貴様の努力と我々の想いの形だ。……これで名実共にオレ達は同じ場所に立てたな」
 柔らかな微笑みが燐に向けられ、そしてバッチと免許証が燐に手渡される。
 アーサーは二つの祓魔師の証ごと燐の両手を己の手で包み込むようにして持ち、「オーギュスト卿……?」と呟く燐にこれまでで一番の笑みを向けた。
「親愛の証にアーサーと呼んで欲しい。我々は貴様を歓迎する。どうか一緒に戦ってくれ、奥村燐」


 ちなみにこの後、免許証の記載内容から燐は日本支部所属ではなくヴァチカン本部所属になってることが判明した。勿論、燐の祓魔師認定の一件で公になったアーサー達の派閥――のちに騎士団内でも有数の派閥となり「青十字騎士会」と名乗るようになる――がうっかりに見せかけ、しかし実際は意図して行ったことだ。
 そんなわけで、青十字騎士会に対し雪男を筆頭にした日本支部メンバーが大暴れするのだが―――……。それはまた別の話。







2012.04.23 pixivにて初出

後日談で、アーサー来襲編でした。ちなみにオフ本未収録です。(入稿してから思いついた話なので!・笑)
アーサーをツンデレ(べ、べつにアンタに会いたくてはるばるヴァチカンから階級証と免許証を届けに来たわけじゃないんだからね!)にしようと思ったらデレデレ(会いたかったぞー! ミーシャー!)になった。あるぇー? またアーサーは過去に助けられたことを簡単&軽くしか説明していませんが、当時は死を覚悟して絶望した時に助けられた所為で本当に心から感謝していました。なのでアーサーも他のメンバーもミーシャ(燐)を敬愛していると言っていいレベルだったり。「貴様」呼びはツンデレの名残です。……こんなアサ燐もありでしょうか(どきどき) あとラストがなにやらもう……このまま続いたら燐の弟子ポジで夜さんまで出そうですね!(にこっ)