「よっ、クロ」
《あお!!》
 久々に現れた祓魔師コートの少年にクロは嬉しそうな声を上げた。
 少年は相変わらずフードを目深に被っており表情全体を伺うことはできないが、口元は優しげに微笑んでいる。きっとそのフードの奥にあるという青い目も柔らかな光を宿しているのだろう。想像して、クロの気持ちは更に弾む。
 門番としての定位置でゆらゆらと二股の尻尾を振れば、詰め所にいる警備員達から「クロー、ちょっと休憩して来いよー」と声があった。決して短くはない付き合いのおかげで、クロとこのフードを被った祓魔師コートの少年の仲については既に警備員達も知っているのである。
 クロはお礼の代わりに「にゃー」とひと鳴きして、ぴょんと少年の肩に飛び乗った。アオも心得たもので、クロを肩に乗せたまま門の屋上へと階段も使わずにジャンプだけで到達する。
《ひさしぶりだな、あお! さいきん、いそがしかったのか?》
「んー、まぁな。色々あって。でも大体は片付いた」
《そっか》
 どうやらアオはここ最近忙しかったらしい。しかしクロは何もできなかった。友達なのになぁと少しばかりしょんぼりすると、そんなクロの変化を察したアオがポンポンと優しくクロの背を撫でる。
「だから今日はその報告って言うか、クロにも言っとかなきゃいけねーことがあるって言うか」
《おれに?》
「ああ。クロは俺の大事な友達だから、ちゃんと俺の口から全部話しておきたいんだ」
《あお……?》
 穏やかながらも強い決意が含まれる声にクロはアオの名を不安そうに呼ぶ。改まって話があるというのは、この優しい時間が何らかの原因で変化するということだ。その変化が常にクロにとって良いものとは限らない。ひょっとしたら……。
(さよなら、とか、いわれちゃうのか)
 そんな不安がクロを襲う。
「クロ?」
《やだよ。おれ、あおとさよならしたくない》
 屋上の床に座り込んでいるアオの足にクロはぺたりと前足を乗せて鳴いた。フードの奥にある見えない瞳を見つめて《はなれたくない》と繰り返す。 「大丈夫だって」
 アオが再び優しく笑い、クロの背に手を乗せる。
「そんなんじゃねえから」
《ほんとか?》
「本当だって」
《じゃあ、きょうはどうして…………あっ》
 クロは大きく目を見開いた。
《あ、お》
 友人の名を呼んだわけではない。クロは見たのだ。フードを取り去ったアオの顔≠。その奥に隠れていた宝石のような青い瞳を。
《ほんとうに、あおいんだ》
 想像通りの―――否、想像していた以上に美しい青がそこにはあった。きれーだな、と率直な意見を言えば、アオが照れくさそうに笑う。
「今日はクロに俺の顔と本当の名前を教えとこうと思って」
《あお は あお じゃないのか?》
「ごめんな。実は生まれた時につけてもらった名前がある。その名前を使っちゃいけねー状況ってのが解決したからクロにもそっちの名前で呼んで欲しいんだ」
《いいぞ! あおは、ほんとうは、なんてなまえなんだ?》
「俺の名前は―――」
 そして、クロはアオの本当の名前を知った。



* * *



(きょうも りん はたのしそうだ!)
 任務を終えて南裏門に近付いてくる影を見つけ、クロは自分のことのように嬉しそうな顔をする。
 まだ距離はあるが、クロが門番をしているこの場所に近付いてくるのは見知った三人の姿―――主人である藤本獅郎、その義理の息子である奥村雪男、そしてクロとはかつてよりアオという名で交流のあった奥村燐。
 つい先日まで獅郎と雪男のセットでしか見かけたことがなかったのだが、今は燐を入れた三人の『親子』を目にすることができる。しかも二人だった時よりずっと幸せそうな表情を浮かべて。
 『アオ』が『獅郎の息子の燐』だと知った時には勿論驚いた。それと同時に、アオと燐なら気が合いそうだし良い友達になるだろうな、というクロの予感も崩れ去った。しかしそれがどうしたと今のクロは思う。だって燐は、そして獅郎も雪男も、今やあんなに嬉しそうなのだから。
 燐は『人間』である雪男の双子の兄なのだが、『人間』の敵である青焔魔の青い炎を継いでいる。ゆえにこの人間の中で生きていくのはただの悪魔であるクロよりもずっと厳しい。それでも燐は笑っている。大好きな人達に、燐の『宝物』に囲まれて。辛いことも苦しいことも全て跳ね飛ばせるくらいに明るく、強く。
「おーいクローっ! ただいまー!!」
《おかえり! りん! しろう! ゆきお!》
 ぶんぶんと手を振る燐にクロも大きな声で返した。
 これからも辛いことや苦しいことは沢山やってくるだろうが、それでも燐はこうやって笑い続けるのだろう。彼の宝物達と一緒に、ずっと。







2012.03.31 pixivにて初出